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その正義を討て

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その正義を討て
その正義を討て その正義を討て その正義を討て

リアクション




第2章

 一方、数人の警官がシャッターの閉まった銀行を前に集結していた。だが、人質を取って銀行強盗が立てこもる、という事件のわりにその人数は少ない。というのも、朝からブレイズが街の各地で巻き起こした正義行為のせいで、事故の処理に追われて人手が足りないのだ。
 しかも、図ったように向いのアパートでは火災が発生。事態は混乱を極めていた。
「これは、警察はアテにならんな……よし、ここは俺が出るか」
 呟いて、たまたまスーツにネクタイ姿だったエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は懐から取りだしたサングラスを掛けた。傍らでその姿を珍しそうに眺めるのはベルトラム・アイゼン(べるとらむ・あいぜん)。本来は魔鎧だが、今日は少年の姿だ。
「お、何するんだ!? 銀行に突入して犯人やっつけるか!?」
「いや、今日の俺は――交渉人だ」
「お? いわゆるネゴシエイターってやつか!? カッコいー!! じゃあ俺助手な、助手!!」
 元から大人びているエヴァルトがキリっとした格好をすると、確かに様になる。あっという間に警察官に取り入ると、犯人に電話をして交渉する約束を取り付けてしまった。
 どうやら、警察官も指揮を取る責任者がおらず、どうしていいか分からない状態のようだ。見ると、銀行の裏口から命からがら逃げ出して来た銀行の頭取らしき人物を保護するので精一杯、という様子である。
「な、なんで警察は何もしてくれんのじゃ! 誰か、誰か頼む! まだ大勢のお客様が人質として残されておる! 金はどうでもいい! 人質を助けてくれぇ!」
 取り乱した様子で頭取は叫んでいる。どうやら裏口から潜入できるルートがあるらしく、数人が頭取から詳しい話を聞いていた。恐らく、腕に覚えのある連中だろう。その中には見覚えのある顔も何人かいる。
 襟を正して電話に向うエヴァルト。
「よし、やるぞ――向こうの要求を盾に、徐々に人質を解放させる」
「――それに、潜入する連中の時間稼ぎ、だろ?」
「そうだ。最低でも30分」
 視線を合わせ、こくりとうなずく二人だった。


                              ☆


 銀行内では、大勢の人質がひとかたまりにされていた。気を失った琳 鳳明を介抱する美鷺 潮(みさぎ・うしお)もその中にいた。
「……ん」
「良かった、気が付いたのね」
 鳳明が目覚めると、潮の膝枕だった。
「あれ……私……?」
 徐々に意識を取り戻す鳳明。すぐに自分の置かれた状況を理解した。
「あ……そうか、私……刃物で気を失って」
「どうもそのようね」
 潮に礼を言って半身を起こす鳳明。その傍らには、潮のいつもの日傘が畳まれていた。
 鳳明は、自らの身に起こった不幸を嘆く。
「うー、不意打ちは卑怯だよ……ちゃんと覚悟してれば一応は我慢できるようになったのに……」
「……刃物、苦手なの?」
「刃物というか……尖った物が」
 さすがに銀行強盗の目の前である。あまり堂々と話すこともできない二人は、目立たないようにこっそりと、ヒソヒソ声だ。
 鳳明が目を覚ます前から様子を伺っていた潮が手短に説明する。
「とりあえずこのホールに5人。全員が刃物や銃で武装しています。人質の中にも腕に覚えのある人はいるようだけど、一般人が多いから手を出せないのが現状……あとは裏口の方にも見張りに何人か回ったようね」
 なるほどと周囲を見渡すと、犯人グループの男達がそれぞれに武装している。ようやく警察と交渉の連絡が取れたのであろう、リーダーらしき男がカウンターに腰かけて電話で話しているのが見えた。
「うん……相手が多いね、気を逸らしてくれれば何とかはできると思うんだけど……」
 小声で呟く鳳明に、潮が告げる。
「とりあえず、自分のパートナーになんとか連絡を取ってみる。外側から刺激してもらえれば、何とかきっかけになると思うから」
 うなずく鳳明、潮は精神感応で同じ街に来ているパートナーに現状と詳細を伝えるのだった。

 銀行の外では、頭取から事情を聞いた朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)イルマ・レスト(いるま・れすと)が突入の準備をしている。
「――そんな装備で大丈夫なのか?」
「大丈夫、問題ありません」
 聞いたのは千歳、うなずきつつも答えたのはイルマだ。
 突入と言っても作戦を行なうのは彼女らではなく、イルマのペットであるところの機晶犬である。その数は六体。
「この子達に裏口から見張りを何とかしてもらいましょう、やればできる子ですから何とかなります」
 大丈夫か、というのはその機晶犬の装備というか、服装だ。余暇を楽しんでいる最中の出来事だったので、その機晶犬たちも普通の犬が着ているようなファンシーなドッグウェアを着せられているのだ。
「メカドックス、よろしくね!」
 その他にも数人が頭取から聞いたルートで潜入しようとしたり、独自ルートで潜入しようとしている。頼もしいような不安なような、複雑な表情でそれを見守る頭取だった。


                              ☆


 一方、その頃の高峰 結和。
「あれ、さっきので地図を落としてしまいましたねー。困りました」
 どうやらさきほどのゴタゴタで友人宅への地図を落としてしまったらしい。
「よお、困ってんのかお嬢ちゃん?」
 どこかで聞いた声に振り向くと、微妙にうすら汚れたブレイズがいる。ちなみに首の角度はコナンに回されたそのままだ。
「ちょっ! どこから! というか首! 首!」
「ああ、これか?」
 ブレイズは、ふんっ! と両手で首を掴んでごきりと直す。どうやら正義は蘇ったようである。
 恐るべし、正義マスク。
「ひぇぇぇ〜!」
 震え上がる結和だが、ブレイズは意にも介さず、彼なりの方法で結和を助けるのであった。
 ――合掌。


                              ☆


 街のオープンカフェで優雅なランチを楽しんでいたゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)は、パートナーのジェンド・レイノート(じぇんど・れいのーと)俺様の秘密ノート タンポポ(おれさまのひみつのーと・たんぽぽ)の噂を聞いて笑い飛ばしている。
「ひゃひゃひゃひゃひゃ! 正義の味方が暴れてるだぁ〜? みんなのピンチにズバッと現れてズバッと解決ってか〜? そんなもんいるわけねえだろ、このバ〜カ!」
 笑い飛ばされたジェンドとタンポポは、むぅ〜とふくれっ面をする。
「これだからゲドーのスカポンタンはロマンってものがありませんね。どうしてそう悪しざまに否定することしかできないのでしょう? そんなことだからいつまで経ってもうだつが上がらないのです」
 とジェイド。ぱっと見は美少年だが、その実けっこうな毒舌だ。言われたゲドーは飲みかけのコーヒーをツバと共に飛ばして抗議する。
「かー! うっせ〜んだよ、正義の味方なんてぇのがいるならまずこの俺様を幸福に、いや俺以外の人間を不幸にして俺を助けてくれってんだよ!」
「何だか、ものすごく切なくて救われないことを言いやがりましたのです。これだからダメ人間は」
 と、タンポポ。こちらも見た目は可愛らしい子供だが、中身もそうとは限らない典型である。ある意味では、ゲドーにお似合いのパートナーとも言えるのだが。
「へっ! だったら助けを呼んでみりゃいいじゃな〜い? きゃわいいタンポポちゃんが大声で助けを呼べば来てくれるかもよ〜?」
 ゲドーはタンポポの頭をぽむぽむと叩く。叩かれたタンポポはまたむぅ〜と不満顔だ。
「みゅ、ウゼエですよこのクズ。でも面白そうだから呼んでみるですよ。ジェンドも一緒に呼びやがれです」
 タンポポとジェンドは息もぴったりに叫び声を上げた。

助けて〜!! 正義マスク〜!!

 叫び声を上げるか早いか、空から男が降ってきた。言うまでもなくブレイズ・ブラス、正義マスクである。
「呼んだか、子供たち!」
 どうせ来るわけねーよ、とタカをくくっていたゲドーは盛大にコーヒーを吹き出した。
「どうした、何か困ったことがあったのか!!」
 ――さて困った。ジェンドとタンポポもまさか来るとは思ってなかったので、特に理由など考えていなかった。
 ぽん、とジェンドが何かを思いついたように手を叩いた。ブレイズにすがるように叫ぶ。
「そこの変態で! ロリコンで! 生きているだけで犯罪者の! 変態が! ボク達をイヤラシイ目で! 見た気がしたんです!」
 そこの変態、とは言うまでもなくゲドーのことだ。部類としては最悪の思いつきであろう。
「何ぃっ!?」
 何しろ子供の言うこと、疑う余地もなく信じてしまうブレイズ。
 もちろん、言われたゲドーは気が気でない。こんなアホな思いつきで成敗されてたまるものか。
「ちょ、待てやコラ! 気がしたって何だよ気がしたって!! しかも変態って2回も言ったな!?」
 これは面白くなって来やがりましたです、とばかりにタンポポも畳みかける。
「そうなのですよ、そこの変態で変質者なロリコンで息をするだけで条例違反で犯罪者の最低最悪史上最低のダメ変態のヒトインフルエンザウィルス保持者のスットコドッコイのスーパー大変態がタンポポたちをイヤラシイ目で見やがった気がしたのですよ!!」
 さらに盛大にズッコケ、椅子から滑り落ちるゲドー。
「よくもまあそれだけ長い台詞をポンポンと息継ぎもせずに言えるなぁ!! しかも増えてる!! 変態って3回も言ったな!! おい、そこの正義野郎! 信じるんじゃネェぞ、そこのガキ共が悪ノリしてるだけだからな!!」
 ――そうなのか? とジェンドとタンポポを見るブレイズ。
 当然のように、二人は答えた。
「間違いなく見てたんです!!」

 まさに外道!!

「そいつは許しちゃおけねえなぁーっ!!」
 ずずいと前に出て拳をバキバキと鳴らすブレイズ。いつの間にか窮地に立たされたゲドーは冷や汗を流すしかない。
ああ、原因はともかくとして、やはり彼は不幸なのだ。
「チェッ、しかたねえ。だったら俺様の本気ってェのを見せてやろう!」
 しかたなく禁じられた言葉を唱え、身構えるゲドー。来るか、と警戒するブレイズ。
 裂帛の気合を込めてゲドーが叫ぶ!
 両者の間に火花が散った気がした!!
「封印解凍! 紅の魔眼開放!! 喰らえ!!」
 ブレイズはガードの姿勢を取る。何が来る、魔法か!?
「俺様必殺の『光術による目くらましのソナタ』!!」
 ――どうやら気がしただけだったようだ。
 その名の通り光術による目くらましをかけて、一瞬のうちにバーストダッシュで逃げ出すゲドー。面倒なことにならないうちにジェンドとタンポポもその場を離れるのだった。

 余談ではあるが、もちろんソナタとは何の関係もない。


                              ☆


「何だったんだ、ありゃ」
 一人呟くブレイズだが、何だか街が騒がしいようだ、こうしてはいられない。
 騒がしい原因の80%はブレイズ自身なのだが。

「――正義マスクって、あなた?」

 移動しようとしていたら、背後から声を掛けられた。
 機晶バイクにまたがった黒いフルフェイスヘルメットとライダースーツ姿の人物がいる。声から察すると女性だろうか。
 周囲に響くバイクの駆動音。そのままでも、その女性がすらりとしたスタイルの人物だと分かる。
 だが、良く聞くとその女性の辺りから別の声も聞こえた。
「うう……あっちいけぇ偽善者めぇ……そういうのを独り善がりって言うんだぞ……」
 こちらはもっと若い、子供の声だ。しかも、また別の声までするではないか、こちらは中年男性の声だ。

違う世界で生まれた二人だから
 信念の違いはしかたないのね
 それは余計なお世話
 それはありがた迷惑

 たまたま出かけたお買い物
 二人の出会いはランダムエンカウント
 あなたとっても邪魔だから
 この気が済むまで殴りたい ああ殴りたい


 ひとしきり妙なフレーズを奏でた男性の声が止むと、最初の女性の声で自分の胸元に何かを喋っている。
「何、それ?」
「……おまえの気持ちを代弁してみた」
 かなりトンチンカンな状況であるが、この女性はエルフリーデ・ロンメル(えるふりーで・ろんめる)
 そして子供の声はサリー・クライン(さりー・くらいん)、エルフリーデの魔鎧である。ライダースーツに見えたのは魔鎧だったのだ。
 さらに中年男性の声はエルフリーデの胸元で揺れるドックタグ……に内蔵されたフラッシュメモリ、【戦術情報知性体】 死海のジャンゴ(せんじゅつじょうほうちせいたい・しかいのじゃんご)、魔道書だ。
 ブレイズにしてみれば、一人の女性から3人の声が響いているようにしか聞こえない。そして、エルフリーデにそんなことを頓着する気はさらさらない。何しろ、彼女は怒っているのだ。
「……あなたが騒ぎを起こしているせいで、サリーが怖がる。落ち着いて買い物できないじゃないの」
「ううぅ〜……怖いよう……」
「正義のために他者の迷惑を顧みないなどただの精神異常者だ、正義より先に自分の矮小さを認識するがいい!」

 一度に三人が喋るものだから、どれを聞いたらいいのか分からない。ちなみに、サリーは対人恐怖症だ。

「……何だか分からないが、要するに俺の正義を邪魔するってことだな! だったらてめえは悪だ!!」
 突進し、バイクに乗ったままのエルフリーデに殴りかかるブレイズ。しかし、エルフリーデはその右手を取り、そのまま後方にブン投げる。
「ハッ!!」
 気合を込めて、自らのバイクに足を掛けて空中のブレイズにキックを当てた。変形シャイニング・ウィザードである。
「おおっ!?」
 正義マスクを着けたブレイズには大したダメージはないものの、空中ではその勢いを殺すことができずにそのまま吹っ飛ばされてカフェに突っ込んだ。
「ててて……なかなかやるじゃねえか!」
 頭を振りながら身を起こすブレイズ。再びエルフリーデに向っていくブレイズだった。

 その戦いを眺める二人がいた。相田 なぶら(あいだ・なぶら)木之本 瑠璃(きのもと・るり)である。なぶらはボサボサの黒髪をがりがりと掻きながら、その様子を呆然と眺めている。
「あー、あれが噂の正義マスクか。なんとも迷惑だなぁ」
 のんびりと構えているなぶらに比べて、美しいなロングヘアーを震わせて拳を握りこむ瑠璃。
「あ……あの者が正義の味方だと言うのか? あんなのは正義の味方ではないのだ!!」
 あ、しまった。となぶらは思った。
 どうやら正義についてはそれなりのこだわりがあるらしい瑠璃、これまでも正義のためと言っては厄介事に首を突っ込むことが度々あった。
「行くぞ、なぶら殿!!」
「え、どこに!?」
「決まっておる、あの者に文句を言ってやるのだ!!」

 返事も聞かずに飛び出す瑠璃と、その後を追うなぶら。当然、目的はエルフリーデと交戦中のブレイズだ。
 戦場に飛び込んで行く瑠璃になぶらは声を掛けた。
「いいか! 文句言うのはいいけど、周りに迷惑かけるなよ!? 危ない事するなよ!? 話をややこしくするなよ!?」
「分かっておる! どりゃあああぁぁぁ!!!」
 言うが早いか、瑠璃はブレイズに飛びかかった!!
「……ダメだ、絶対こいつ俺の話聞いてないよ」
 もちろん、そのなぶらの呟きも瑠璃には届かない。

「何だ!?」
 エルフリーデとの戦闘に集中していたブレイズは、突然横から飛びかかってきた瑠璃に対して反応が遅れた。

「でやぁっ!」
 先の先! 飛びかかった勢いを利用しての飛び蹴り!
「はあぁっ!」
 着地と同時、流れるようにブレイズの顔面と胴体に同時に拳を叩きこむ鳳凰の拳!
「ほりゃっ!」
 思わず反撃に出たブレイズの蹴りを飛び上がって避け、そのまま脚の上に立つ軽身功!

「……何だてめえ」
 見事な連続攻撃だったが、ブレイズにはそれほどこたえた様子もない。
「我輩は木之本 瑠璃! お主に一言、言いたいことがあって来た!!」
「……何!?」
 言いたい事があるなら殴らなくてもいいじゃないか、となぶらは思うが、あえて口には出さなかった。それよりも瑠璃が事態を更にややこしくしなければいいのだが、と心配する。

「お主、何故正義の行ないをするのに仮面など着けているのだ!! 自分が正しいと思うなら姿を隠す必要などなかろう!!」

 あ、突っ込みどころはそこだったのか? と肩透かしを喰らうなぶら。もうちょっと常識論とか他人の迷惑とか言うのかと思ったら。
 というなぶらをよそに、瑠璃は更にヒートアップする。

そもそも、仮面など着けていたらファンレターを届けられないではないか!!

 さらにもう一段気が抜けるなぶら。そういう問題か!?

そうか、ファンレターか!! そいつはいかん!!

 あ、良かったアホだ。となぶらは胸を撫で下ろした。

 そのまま、正義を行なうならば誤解を恐れずにありのままの自分を太陽に晒すのだと熱弁する瑠璃を尻目に、その場を後にするエルフリーデ。突然瑠璃が割って入ったので、取り残された格好だ。ジャンゴはエルフリーデに尋ねる。
「いいのか? あれ」
「まあいいでしょう、とりあえず大人しくなったようですし。気を取り直して買い物に行きますか」
 後ろでは、話が無限ループに突入した瑠璃とブレイズの会話が延々と続いている。
「しかしよぉ、俺が正義をするためにはこのマスクが必要でなあ?」
「そんなことはないのだ! そもそも仮面など着けていてはファンレターを……」