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【カナン再生記】続・降砂の大地に挑む勇者たち

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【カナン再生記】続・降砂の大地に挑む勇者たち

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 5章

 ヘルハウンド軍と分断された神官軍に、かすかな困惑の色が広がっている。
 何だこれは。契約者とはいえ、相手はただの子供ではなかったのか?
 先行したワイバーンの一団で、さっさと決着がつくだろうという目論見は、何だったのか?
 ――まあいい。ならば直接倒すまで。
 ネルガル様に仇なすものは、絶望でもって遇するのみ。

 剣を構え、ずらりと並んだ神官軍の騎士隊は、一糸乱れぬ正確さで向かってくる。
 その後ろの列。やはり騎士隊だが、こちらは弓をつがえて、その時を待っている。
 そして。
 背後にいる指揮官が、振りかざした手を、まさに下ろそうとした。

「――それは通せないな!」
「!?」
 はるか上空から、一頭のレッサーワイバーンが舞い降りてくる。
 それに乗っているのはウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)
「馬鹿な! どこから現れた?」
「ふふ、海からの通りすがりです」
 ウィングはそう言いつつ、懐から赤黒い石を取り出した。
 神官軍で、その正体を知る者は思わず叫んだ。
「あ、あれは!『フェルキアの試金石』!」
「ご明察」
 フェルキアの試金石。
 使用者の体力と精神力とを引き替えに、信仰を源とする力を拡散させる力場を作る。
 通りすがりで用いるには危険すぎる代物だが、ウィングにはためらいもない。
「参ります!」
 試金石はウィングの生命を吸い上げ始めた。
 と同時に、空中から放たれた波動が神官軍を押し包み、力場は砂地に風紋を描く。
 神官軍の弓をつがえる手が震え、足がもつれる。たちまち隊列には穴が空き始めた。
 ウィング自身も、落ちていくように混濁する意識と懸命に戦いながら、力場を維持する。
 決して無事では済まないが、その犠牲を払って有り余る程の効果。
 それは図らずも、いかに神官軍が強固な信仰に基づいているかの証明だった。
 が、絶好の機会には違いない。

(俺が遅れを取るわけにはいかん!)
 先陣に立ったメルカルトは、剣を振りかざして神官軍に斬り込む。
「おおおおーーっ!」
 雄叫びと共に振り下ろした剣が、屈強なナイトの兜を割り、鎧をひしぎ、盾を削る。
 防御の上から構わず相手を粉砕する、勇猛にして剛直な武だ。
 しかしカナンの人間と見るや、神官軍は目の敵のようにメルカルトに襲い来る。
「!」
 敵に囲まれまいとするメルカルトの周りを、鬼崎 朔(きざき・さく)の放つチャクラムが舞った。
 それは正確に敵の手元を襲い、ナイトの剣や盾を次々と落としていく。
「かたじけない、――!」
 メルカルトが朔を見て、一瞬表情を固めた。
「どうしました?」
 朔が不思議な顔をする。
「いや、良く似ておられる。はっはっは! これは幸先がいい!」
「似てるとは、何に??」
 意味の分からない朔に対して、メルカルトは笑顔を向ける。
「我らの、生きる希望です」
「???」
 狐につままれたような表情の朔。
「はははは! お会い頂く時が楽しみだ!」
 メルカルトは豪快に笑いながら、神官の前線を切り崩しにかかった。

「今だ!」
 後方から、補助魔法をかける間を計っていたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が、満を持して周囲にオートガードとパワーブレスを放つ。
「行くヨー! エース、あとでカナンの郷土料理、用意しといてネ!」
 前線を押し上げるべく、パートナーのクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が前に出ようとする。
 その時、いきなり目の前に、白と黒が逆のパンダが姿を現わした。
「う、ワぁああ」
 勢いあまって毛皮にめり込むクマラ。
「だっだだれだレっ!?」
 最高に混乱するクマラ。
 光学迷彩を解いた熊猫 福(くまねこ・はっぴー)は、そんなクマラの様子を気にも留めず、涼しげな瞳で言う。
「カナンの郷土料理――今、そう言ったね?」
「う、うン」

 ――クマラと福が意気投合するまで、ほんの10秒もかからなかった。
 次の10秒で、二人はカナン解放と、また特産品の情報を交換し合うことを誓い合う。
「じゃあ先に行くね。あたい、忍者だから」
 そういって再び光学迷彩をまとい、敵軍へ消えていく白黒、いや黒白パンダ。
「――よーシ、やる気出てきタ!」
 その背中を見送ると、クマラは意を新たにして、近接部隊のサポートへ向かった。

 前線では、エースの補助魔法を受けた大岡 永谷(おおおか・とと)が、砂地に軍用バイクを走らせて突撃を試みる。攻撃というより陽動が目的だった。が、タイヤが砂に取られて、思うような操縦が出来ない。
 オイルの焼ける匂いとエンジンの金切り声が、休ませてくれと懇願しているようだ。
「ち、しくじったか。まあ、囮くらいは出来るだろう」
 作戦を切り替え、永谷は敵騎士団の眼前で、いきなり進路を真横に振る。
 騎士達の注意が、一瞬二つに割れた。
 それと同時に、神官軍の後方から、「背後より敵襲!」の声が上がる。
 光学迷彩により潜り込んだ、福の仕業だった。
 騎士団の後方は僧侶の一団。守らなければ、という騎士の本能が、戦線に緩みを作る。
「ボクが行きます。タマ、頼んだよ!」
 タマと呼ばれたレッサーワイバーンが咆哮を上げた。
 永谷が作った亀裂に楔をねじ込むようにして、真口 悠希(まぐち・ゆき)が飛龍を駆る。
「よし、うまく崩せそう――」
 その瞬間。
「――!」
 悠希は、突き刺さるような神官軍の視線を全身に浴びた。
 胸が詰まる。
 彼らから感じるもの。それは妄信ではあっても、決して狂信ではなかったからだ。
(何が、あなた方をそこまで駆り立てるのだろう――)
 敵陣を切り裂きながら、足止めの光術を放つ。
 目が眩んでも、騎士達は執拗に悠希へ向かって剣を振るい、弓を射る。味方に当たることも厭わない。
「ネルガル。やはり、直接聞いてみたかったです。が」
 今は、その時ではなかった。
 頭からネルガルの幻を追い出す。
 悠希は必ず訪れるであろうその瞬間を信じて、騎士隊の無力化に専念する。

「どうやら、神官軍にはウィザードの類はいないようだ」
 じっと戦場を観察していたエースが呟く。
「ナイトと、それを支援するプリーストのみ。そのプリーストも、攻撃魔法の類は使ってこない」
「直接の攻撃しかない、というわけですわね」
 いつのまにか傍らに来ていた冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)が言う。
 エースは驚いて振り返った。
「おおっと! これは失礼」
「では、私も参ります」
「しばしお待ち下さい、お嬢さん。これを」
 エースの右手には百合の花があった。
「まぁ、ありがとうございます。あの、どこから?」
「――美しい女性を前にして、私にできないことなど何もありません」
 小夜子があっけにとられている間に、エースは今日何十度目かのパワーブレスの態勢に入った。

 コンジュラーとしての小夜子の戦い方を初めて見る者は、まるで悪魔の仕業だと思うかもしれない。
 小夜子はマントを羽織ったまま、レビテートで浮きながら、うねる砂地を音もなく移動する。
 そのまま、敵の間合いに入った。
 瞬間、ナイトの剣が、小夜子のマントをズタズタに切り裂く――と、そこにはなにもない。
 振り返ると、二人の小夜子がこちらを見つめている。
 剣を横に薙ぐ。今度は、至近距離なのに当たらない。遠近感が掴めない。
 疲労困憊になりながら剣を振り続け、ついに、手応えがある。
 同じ顔をした、二つの首が地面に落ちる。
 しかしよく見ると、それは自分の首だ。
 驚いて首筋に手をやる。感覚がない。おかしいと思い、手を見る。手は骨になっている。
 剣の刃に目をやる。自分の顔が映っている。しかし、それは、――。
 彼が理性と共に世界を見るのは、そこまでだった。

「――お別れです」
 小夜子は背を向ける。
 端から見れば、小夜子は何もしていない。
 ただ相手が、まるで違う方へ剣を振り回し続けていただけだ。
 哀れな騎士は目を見開いたまま、その場に倒れ伏す。止めを刺すまでもない。

「『ミラージュ』から『その身を蝕む妄執』――良い腕をお持ちね」
 一連の小夜子の戦いを見た、マリーウェザー・ジブリール(まりーうぇざー・じぶりーる)が笑う。
「少しだけ、昔を思い出したわ」
 ここまで静観していたが、気が向いたのか、神官軍へ向かって歩き出す。
 と、何の前触れもなく、マリーウェザーはブリザードを放った。
 辺り一帯が凍りつき、何人かのナイトが巻き込まれるが、その生死にもさして興味を持たず、なにか面白い遊びを探す子供のような感じである。
「ネルガルに会えるまでの退屈しのぎになるかしら。ね、陵?」
 振り向いて迦 陵(か・りょう)に話しかける。
「ネルガル――」
 陵もまた、直接ネルガルに問い質したい一人であった。
「ま、そのうち嫌でもお目にかかるでしょうけれど」
 今度は両手から凍てつく炎を操って、包囲されないように立ち回る。
 マリーウェザーの戦い方はどこまでいっても遊興から出ない。
 それが逆に、相手の虚をつくことに繋がっていた。
 
 と、ここに来てようやく、先行したワイバーン部隊が、神官軍の援護に戻ってきた。
「――!」
 マリーウェザーの足下は砂。素早い動きはできない。
 ワイバーンは地表の二人を認めると、大きく旋回して速度を増したのち、風斬り音を放ちながら頭上を掠めた。
 金髪が、はらはらと宙に舞う。
「あら――少しは楽しませてくれるのかしら?」
 上空に戻ったワイバーンは、いつのまにか二頭――いや三、四頭と数を増していた。
 再び頭上から襲い来るワイバーンに対して、マリーウェザーはブリザードの体勢に入る。
 しかし、飛龍はいきなり目の前で方向を変える。
 目標は、陵だった。
 一瞬、虚を突かれるマリーウェザー。
「陵! 伏せて!」
 その声が届く前に、ワイバーンの爪は陵のいたところを切り裂く。
「!!」

 耳をつんざくような金属音が、辺りに鳴り響いた。
「陵!」
 マリーウェザーが、砂に足を取られつつも駆け寄る。
 巻き上げられた砂埃が晴れると、陵はその場にしゃがみ込んでいた。
 どうやら、無事らしい。
 いや、それより、何より目を引くのは、砂地に突き立ったヴァーチャースピアと、それにへし折られたワイバーンの爪。

「――良かった。間に合って」
 ペガサスから砂地に降り立った一人のヴァルキリーが、微笑みながらスピアを引き抜いた。
「ワイバーンは、わたくし達が何とかいたします」