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アタック・オブ・ザ・メガディエーター!

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アタック・オブ・ザ・メガディエーター!

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【三 更なる脅威】

 下部第三層の混乱は、最上層の比ではない。
 一部の壁は大きく崩れ、冷たい強風が塔内に容赦なく吹き込んできている。この階層に居る人々は、一般人もコントラクターも関係無く、全員が襲撃者の姿を目の当たりにしていた。
 分厚い鉄筋コンクリートの壁を容易く突き破り、巨大な牙の列が床の一部を噛み崩していった時のあの恐怖と混乱は、阿鼻叫喚地獄もかくありやという様相を呈していた。
 しかも、上部第二層へと繋がる一切の上昇手段が分断されてしまっており、事実上、ここに居る人々は孤立してしまっていたのである。
 しかも、主柱が大きく折れ曲がっている為、床面も傾斜している。もし崩落した壁付近で足を滑らせようものなら、そのまま宙空へと放り出され、悲惨な結末を迎える破目となる。
 混乱するな、という方が無理な話であった。
 大空から吹き込む強風が唸りをあげる中、人々の悲鳴や怒号、或いは子供の泣き声などが縦横に入り混じり、最早誰かが誰かの呼びかけに対して冷静に応じる、などというような状況ではなかった。
 そんな中、藤林 エリス(ふじばやし・えりす)の甲高い怒声が特によく響く。
「ちょっと! あんた達従業員が一緒になってパニック起こしてどうすんのよ!」
 手近でおろおろと混乱している従業員を逐一捕まえては、そう怒鳴り散らすエリスだったが、従業員とて所詮は一般人に過ぎない。
 ある程度の事態であれば彼らでも十分対処出来たであろうが、まさか塔自体が破壊され、ここまでの損傷を受けるなどとは予想だにしていなかったらしく、また、そのような超非常事態に対するマニュアルも作られていなかったのだろう。
 危機管理が全くなっていない、といってしまえばそれまでだが、これ程の大打撃を空中展望塔が受けようなどとは、夢にも思っていなかったのだろう。
「まぁまぁ、そうかりかりしなさんなって。コントラクターの皆様が、一所懸命に頑張っていらっしゃるじゃないの」
 クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)の呑気なひとことが、エリスの神経を逆撫でした。
「ふざけないでよね! このひと達ここのスタッフなんだから、お客さんを安全な方向に誘導するぐらいの仕事はしてもらなきゃ駄目でしょうに!」
「そうはいってもねぇ、スタッフさん達もただの一般人さんだから、コントラクターみたいに飛んだり跳ねたり馬鹿力出してみたりってぇ訳にはいかんでしょぉ」
「わ、分かってるわよ、そんなこと……じゃあ、あんたはどうなのよ!? コントラクターなのに、何もやろうとしてないじゃない!」
 エリスの指摘に、痛いところを突かれた、と考えるのが一般の思考回路であろうが、クドにはクドの考えがあるらしい。
 彼は相変わらず、のんびりした調子で軽く笑った。
「いやぁ、おにいさんこっち方面は苦手でござんしてねぇ。どうしたもんかなぁって考えてたんすよぉ」
「……何もする気が無いなら、黙ってて頂戴」
 さすがに腹に据えかねたようで、エリスはクドを三白眼の鋭い眼光で睨みつけながら、妙にドスの効いた低い声で唸った。
 これにはクドも小さく肩を竦めるしかない。

 確かにクドがいうように、決して少なくない数のコントラクター達が、一般人たる観光客達を何とか無事に脱出させようと、必死に努力している。
 下部第三層と上部第二層間を繋ぐ幾つかの上昇手段のうち、非常階段はまだ比較的損傷の少ない方である。
 崩れ落ちた壁材を除去し、一部の歪んだ段を補強すれば、何とか一般人の足腰でも登り切ることが出来そうであった。
 この見込み報告を、氷室 カイ(ひむろ・かい)と一緒に非常階段を調査していた矢野 佑一(やの・ゆういち)が、自身の銃型HCを通じて下部第三層に待機しているパートナーのミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)に伝えていると、その傍らでカイは、ふと奇妙な気配を感じて階段上方に目を凝らした。
 狭い吹き抜けを中心に螺旋を描く非常階段は、その吹き抜けから見上げれば、相当上の方にまで視線を飛ばすことが出来る。
 最初はただの気のせいか、とも思ったらしいカイだが、その表情は見る見るうちに険しい色へと変じていき、遂には得物を手に取るにまで至った。
 これには佑一も驚き、通信を切ると慌ててカイの視線を追った。
「……何ですか、あれは?」
「さぁな。俺にもさっぱり分からん」
 ふたりが凝視するその場所は、無機質な光景が続く非常階段の中にあって、酷く異質な存在に占拠されてしまっていた。
 黒光りするソフトボール大の何かが、上部第二層の廊下へと続く扉付近に、それこそ雨後の筍の如く大量に涌いており、不気味に蠢いているのである。
 距離はまだ相当にあるが、その謎の物体の一部は、既に非常階段を下降し始めているようであった。
 カイと佑一は、更に目を凝らした。迫り来る謎の物体の外観を、その目にしっかりと焼き付けようというのである。

 相変わらず混乱が続いている下部第三層では、銃型HCのLCDを覗き込んでいたミシェルが、佑一からの思わぬ報告にぎょっとした表情を浮かべていた。
 幾ら何でも、この報告内容をそのまま一般人たる観光客達に伝える訳にはいかない。ここで下手にこの情報が知れ渡れば、今以上のパニックが巻き起こるのは必須であった。
「ねえ、どうしたの?」
 そこへ、雨宮 渚(あまみや・なぎさ)が怪訝な表情で横から覗き込んできた。
 一瞬ミシェルはLCDの表示内容を渚に見せるべきかどうか逡巡していたが、いずれ彼女のパートナーたるカイからも連絡が入るだろうから、どの道一緒だ、と腹を括った。
 ミシェルは銃型HCを他の一般人達からは見えない角度で隠すようにしながら、渚にLCDに映し出されている情報を示した。
 直後、渚の表情が一変した。
 確かにこれは、一般人達に知られては拙い内容である。ミシェルが迷う素振りを見せたのも、頷けるというものであった。
 ミシェルが不安げな様子で問いかけた。
「これ……どうしたら良いかな?」
「榊さんに知らせましょう。あのひとなら、何か分かるかも。あなたはここで、非常階段からの連絡を受け続けて頂戴」
 頷くミシェルを尻目に、渚は口々に不安の声や脱出を希望する喚き、或いは絶望に慄いて繰り返される泣き言などが渦巻く混乱の中へと足を踏み入れてゆく。
 ややあって、彼女は高坂 甚九郎(こうさか・じんくろう)と脱出経路について話し合っている益田 椿(ますだ・つばき)を見つけた。
「御免なさい、ちょっと割り込んで良いかしら?」
「……何かあったのかい?」
 渚のやや青ざめた表情に異変を察知した椿が、眉間に皺を寄せて応対した。
「榊さん、今どこに居るか知ってるよね?」
「ん? 孝明なら管制室に居るけど?」
 今ひとつ事態が飲み込めない椿は、甚九郎と顔を見合わせた。その甚九郎は、傍らで尻尾を振っている伝令犬のパトラッシュに一瞥を与えてから再度、椿と渚に視線を戻した。
「どうも今以上の緊急事態のようでありますな。先にそちらを片付けて頂いた方が宜しゅうございましょう」
「ありがとう。ね、あなた達も来てもらえる? 多分、一緒に聞いてもらった方が良いと思うから」
 渚の頼みを断る理由は無い。
 かくして三人は、人々の注目を浴びないよう、素知らぬ風を見せながら管制室へと足を運んだ。

 その管制室では、榊 孝明(さかき・たかあき)が壁沿いの無線装置前に陣取り、若干苛々した様子でスピーカーの向こうに居る相手と通信を交わしていた。
「こちらにイコン部隊は回せない理由は何だ? 俺の言葉が信じられないという訳か?」
『そうじゃない。そこは、空京の領空だからだ。我が天御柱としては、空京からの正式な要請が無い限り、勝手に部隊を展開する訳にはいかんのだよ』
 確かに、と孝明は納得せざるを得ない。腹は立つが、通信相手のいい分の方が正しいのである。
 だが、孝明の注進の全てが否定された訳ではない。今回現れた巨影が、天沼矛にも攻撃を仕掛ける可能性が無いとはいえないのだ。
 この件については、スピーカーの向こう側から肯定的な返答があった。
『天沼矛に関しては周辺空域の哨戒を強化するよう、上にいっておく。君のいうその化け物がこっちに向かってきたなら、それは十分対処するに足る情報だ』
「で、その化け物なんだが……」
『メガディエーターだよ。間違いない』
 スピーカーから響くその断定のひと言に、孝明は息を呑んだ。まさかという思いと、矢張りという思いが彼の胸中で複雑に交錯していた。
『今、そちらに資料を転送した。まだ、こちらも全てに目を通した訳ではないから、あまり細かなことはいえないのだが、相当に厄介な相手だぞ』
「それなら、さっき経験したよ。あいつ、床ごと壁材を食い散らかして……」
 孝明がそこまでいいかけた時、不意に管制室の扉が開いた。椿、渚、甚九郎の三人である。
 若干緊張した表情を浮かべる三人に、孝明は一瞬、怪訝そうに小首を傾げた。だが彼はすぐに、三人のただならぬ様子から異変の発生を察した。
「……何か、あったんだな」