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リアクション
■アナト大荒野〜サンドアート展準備中(3)
トンテンカンテン型枠を叩く音が、あちこちのブースから響いてくる。
どうせ作るなら景気よく、でっかい砂像を作ろうじゃないか! という参加者が多いためだ。
「えーと。あっちはプラント、あっちは遊具で、こっちは店舗ですね…」
御凪 真人(みなぎ・まこと)はボードの区割り表にチェックを入れながら、ブースを1つ1つ回っていた。
一応、事前提出された製作申請書に作成予定のサンドアートは記入されていたが、当日になって出展物が変更されたり、追加されたりするのはよくあることだ。実際、遊具のブースでは広すぎることから数点、作品が追加されていた。ベンチが作られるということだから、休憩所を兼ねることができるだろう。
「回り疲れた人たちが腰を下ろして休むにはピッタリですね」
そのことも説明に入れておこう、と走り書きをメモする。
彼は、イベント当日に入り口で来場者に配布するパンフレットを作成しようと考えていた。展示物の名前の下に1行程度の簡単な説明文。そしてどこに何があるか、子どもでもひと目見て分かるようにマーク付きで、そして目で楽しめるようにカラフルな色合いで作ろうと思っている。そのためには一度シャンバラへ戻って印刷してこないといけないので、今日中に地図や説明文、デザインなどを決めてしまうつもりだった。
「よーっし、大体できた! ティエン、ちょっと降りてみてくれ!」
少し先のブースから高柳 陣(たかやなぎ・じん)の声がした。
大のブースいっぱいに、巨大な長方形に盛った厚い砂を楕円の形でくりぬいた物が占拠している。
「あれは……えーと……ハーフパイプ?」
って、何だろう?
「えーっ。怖いよ、これー! 絶対こけちゃうってー!」
陣の反対側、右側の端によつんばいになったティエン・シア(てぃえん・しあ)がおそるおそる下を覗き込んでいる。
「垂直になってないからこけねーって! ソリ使っていいから、ほら来いってば!」
「お邪魔してすみませーん。これ、ハーフパイプでいいですかー?」
下の方から真人が声を張り上げた。
「あー? ああ。ソリやボードを使用して滑る、子ども向けのやつだけどな」
「分かりました。ありがとうございます」
ハーフパイプ、ソリやボードを使って遊ぶ子ども向け遊具、とメモに書き込むと、真人は手を挙げて礼を言い、その場を離れた。
「さて次は……と。大ブース2個分? ずいぶん大きなアトラク――」
と、そこに書かれていた文字を見て、真人は目を瞠った。
思わず二度見。
「――ええ?」
本気デスカ? コレハ。
半信半疑ながらもその現場へ行くと、そこは今まさに大勢の東カナン工兵たちによる大工事が行われている真っ最中だった。
「よーし、そのまままっすぐ下ろしてくれ」
クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)の指示で、組まれた足場から滑車を利用して細長いパイプが下の白い箱に下ろされている。円を描くように、数本がすでに立てられていた。
「すみません、こちらのアトラクションはもしかして…?」
「ああ。サンドフラッグを開催しようと思っている」
その言葉を聞いて、ああやっぱり、と真人は以前開催された教導団と蒼空学園の合同演習を思い出し、眉をしかめた。かなりのけが人、リタイヤが続出したのだ。
「それ、大丈夫なんですか?」
あのとき参加者はコントラクターたちばかりだったが、今回はカナンの一般人たちだ。けが人を出してはイベントの成否にかかわる。
疑問に答えたのは、脇についていたゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)だった。
「もちろん規模はあのときよりも小さく、難易度も低めにします。今回はわれわれにとっても初めての試みですから、砂山の高さは無難に8メートルぐらいです。カナンの人々が楽しめることが第一ですから」
「かといって、あまり易くしすぎても問題だが。競技としてはやらせたいからな」
周囲にトラップを仕掛け、それを探知し合う頭脳プレイと、流砂の山を踏破して頂上の旗を奪い合う白熱バトルとで参加者も観客も魅了したいクレーメックとしては、そのさじ加減が難しいのだ、と思う。
困難すぎてだれもクリアできないのは困るし、その反対に、だれもが簡単にできても困る。
「じゃあ安全なんですね? 砂に吸引された場合の対処はどうなっていますか?」
「一応、私とフリンガーが砂山付近で待機して、いつでも対応できるようにすることになっている。安全すぎては選手に物足りなさを与えてしまうため、多少ハラハラする余地を残さなければならないが、砂山自体が前のときの3分の1だから吸砂口の吸引力も抑えられている。たとえそうなったとしても、あのときのように深刻な事態にはならないだろう」
「そうですか」
真人はほっと胸をなでおろし、ボードにチェックマークを入れた。
「ではそのようによろしくお願いします」
軽く会釈し、次のブースへ向かう。
彼と入れ替わるように、地響きをたてつつ【グラディウス】が外側からやってきた。両手には長方形のコンテナが乗っている。
『皆さん、砂をお持ちしました。もう作業はお済みでしょうか?』
外部スピーカーからベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)の、ものやわらかな声がした。
「もう少し待ってください! 今、砂を入れる枠を整えているところですから!」
工兵たちと一緒にコントロールボックスに噴砂口の取り付けを行っていたレナ・ブランド(れな・ぶらんど)が、口元に手を添えて答える。
『そうですか。では先にもう1往復してきますね。これだけでは足りないでしょうから』
グラディウスはコンテナを注意深くそろそろと地面に下ろすと、再び砂山に砂を取りに向かった。
その後ろ姿から視線をはずし、工兵たちへの指示に戻りながら、クレーメックが残念そうにつぶやく。
「本当は、セメントやコンクリートの建築工法も伝授したかったんだが…」
今回初めて知ったのだが、カナンには古代コンクリートという物があった。これは現代コンクリートよりはるかに強度があり、耐久性がある。古代コンクリートを用いた建造物は強度の半減期が1000年後と言われており、2000年以上保つというのだ。現代コンクリートは遠く及ばない。
「あら! できるわよ!」
聞きつけたのは、島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)を手伝ってセメントを練っていた天津 亜衣(あまつ・あい)だった。
「ねぇ、ヴァルナ」
「ええ。工兵さんたちに聞いたんですけれど、彼らの古代コンクリートとわたくしたちの現代コンクリートでは用途が全く違うんです。彼らは古代コンクリートを、主に切り出した岩同士を接着するために使用しているんだそうです。石造建築、組積造りと呼ばれるものですわ。あのアガデの都の美しい曲線は、それによって生み出されているんですね。ですが、コンクリートでブロックそのものを造ったり、こうして基礎を作ったりはしないんですって」
「つまりね、数千年とかいう耐久性にこだわらない場所なら、安価な物として石の代替品として造って使用するのも可能なのよ!」
例えば家畜小屋の基礎とか、舗装路とか。一般家庭の家だって、使用してなんらおかしくないはずだ。地球ではそうしているんだから。
「そうか。幸い、原材料となる砂は幾らでもある。将来的には東カナンの地に本格的なセメント産業とコンクリート建築が根付く事になるかもしれないな」
「いつか、もしかするとね」
クレーメックが、やっと眉間の縦じわを消して笑顔になったのを見て、ヴァルナはほほ笑んだ。
真人がせっせとブースを回り、パンフレットに記載する情報を何やかやとメモっているころ。
「トーマーっ! どこー?」
彼のパートナーセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は、消えたトーマ・サイオン(とーま・さいおん)の行方を捜していた。
「もう! あの子ったらすぐどっかへ行っちゃうんだからっ!」
憤慨し、ぶちぶち文句をこぼす。
それも仕方なし。彼女が朝からほぼ半日かけて何をしていたかといえば、トーマを捜して走り回っていただけなのだから。
「それと謝罪か…」
ずくずくし始めたこめかみに指を添え、ふう、と息をつく。
あの、目につく物には何でも興味津々のいたずらっ子は、ここに着いて早々、みんなが作っているサンドアートにすっかり目を奪われてしまったのだ。それでも、はたから見ているだけならいいのに、
「これ、何? どうなってんの?」
とか
「へー、すっげーなぁ」
とか言ってはツンツン突っついたりなでたりするから、まだ完全乾燥していない砂像が崩れてとんでもないことになる。そしてそのたび、セルファは謝罪するハメになるのだった。
「ごめんなさい! すみません! うちの子がとんだことを!!」
一向に悪いことをしたという自覚がないトーマの頭を押さえつけ、ぐぐっと下を向かせる。
そうしてセルファがペコペコ頭を下げているうちにトーマは退屈してトンズラし、すたこらさっさと次の展示物へ向かう。結果、各所で悲鳴が上がり、セルファはそのたびこめつきバッタのように頭を下げるハメに陥った。
「あの子がもうちょっと落ち着いてくれてたら、真人と一緒に回って手伝いができたのに…」
今日何度目か。はーっと重い息を吐き出したセルファの耳に、またも悲鳴が届いた。
「あ、アルちゃん! だいじょーぶ!?」
通りすがり、背中をどんっと突き飛ばされ、転んで凝固剤入りの水を頭からかぶってしまったアルが、呆然と座っている。
「なんてことを!! コラーッ!! 待ちなさい! もう絶対許さないんだからっ!!」
あとで必ず謝りに来させますので、とアルや葵には頭を下げて、セルファはバーストダッシュで追った。
「わーっ! ねぇちゃんごめんよー! 偶然当たっただけで、わざとじゃないんだって!」
でも捕まるのは勘弁と、やっぱりトーマは逃げる。
「だめ、今度こそ許さない! 捕まえた! ――って、あっ!?」
Tシャツの後ろ襟を引っ掴んだと思った瞬間、トーマがバケツに変わる。
「これは……空蝉の術!? あ、のいたずらっ子!!」
「へっへー。うまくねぇちゃんをまけたみたいだなっ」
トーマは後ろを振り返り振り返り走っていた。
彼としても、さっきの人には悪いことをした自覚はあるし、謝らないといけないとは思うのだが、カンカンになっているセルファに今捕まるのは避けたかった。きっとガミガミお説教されるに決まってる。
(どうせ捕まるなら、もうちょっと遊んでからだよな〜♪)
そう思って前を向いた途端。
彼はばふんっと何か固い物にぶつかり、ぎゅーっと顔全体を圧迫された。
「わわっ! こいつ俺様のイナンナに何しやがるッ!!」
ぐらっときて、そのままぶつかった何かと一緒に前方にこけかけた彼を、大きな手がむんずと掴んで引っ張り上げる。
ゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)に首根っこを持ち上げられ、トーマはまるで猫のようにぶら下がった。
「どこのガキだ!?」
「……これ、イナンナ?」
憤激しているゲブーには構わず、トーマはさっき自分がぶつかった砂像を見た。それは等身大胸部レリーフで、豊満な胸の谷間にトーマの顔の形がついている。あそこにぶつかってしまったのだろう。
そして、なぜトーマの言葉に疑問符がついていたのかというと――
イナンナ砂像の頭部には、あの豊かな銀色の波打つ髪でなく、天を突く針金のようにモヒカンが突っ立っていたからだった。
「そうだ。カッコイイだろ!」
ふふん、とゲブーはレリーフに片肘を乗せ、軽くふんぞり返る。見せつけるようにちょうど同じ位置に並んだその頭のピンクのモヒカンとイナンナ砂像のモヒカンは、一分の狂いもなく全く同じものだった。間違いなく、自分のをモデルにしたのだろう。もしかすると、完全乾燥したらピンクに塗るつもりかもしれない。
「なんで、イナンナにモヒカンなの?」
トーマの質問に、よくぞ訊いてくれました! とばかりにゲブーの表情が輝く。根が単純な彼だから、感情は1つしか持続しない。先までの怒りは押し出され、どこかへ吹っ飛んでしまったようだった。
「いいか? モヒカンはなぁ、漢の証なんだ!」
「イナンナは漢じゃないよ?」
「けど、戦の神だろ? 戦の神は豪勇でなくちゃな!」
ゲブーの得意顔は崩れなかった。彼の中では「戦の神=豪勇=モヒカン」という三段論法が確信とともにあるのだろう。己のモヒカンを何より愛する男、この世で一番すばらしいものの1つと思っている彼らしいといえばらしい考え方ではある。
そしてそれを聞いて、意外にも、トーマも目を輝かせた。
「おー! すげー! モヒカンって漢の証なんだ!
でも、じゃあこの胸は? こんな大きい胸の女の人っていないよね?」
左右どちらの胸も、豊かといえば聞こえはいいが、頭より大きいのはなんだか牛みたいで、不自然に見えた。
この質問に、ゲブーは芝居がかったしぐさで両肩をすくめ、ふうっと息を吐いて見せる。
「ぶぁーっか、おまえも男だろ!? おっぱいはなぁ、でかけりゃでかいほどいいもんなんだよ! なんたってきょぬーはなぁ、ぱふぱふができんだぞー? ぱふぱふが!」
ゆっさゆっさと自分の胸の前で、エアおっぱいを持ち上げるゲブー。
(やれやれ。カナンの人々に癒しを与えるサンドアート展に参加するというから、ゲブーにしてはえらくまともだと思ったんだが)
子どもにとくとくと話して聞かせているゲブーの後ろで、彼のパートナーホー・アー(ほー・あー)がため息をつく。
彼はゲブーと違い、このイナンナ像がカナンの人々に受け入れられるとはとても思えなかった。たしかに思いつきとしては斬新で、隠れた内面を取り上げ強調して表現する現代アートとしてはそこそこではあると思うが、このクラシックで保守的なカナンの民にモヒカンイナンナが受け入れられるとは考えづらい。むしろ、国辱と取られるのではないかと、ホーはそちらが心配だった。
「……もうそのくらいにしけおけ。相手は青少年だぞ」
へーえ、へーえ、と素直にゲブーの「おっぱい=豊穣の神の証」話を聞き入っているトーマの将来に一抹の不安を覚えて、ホーが止めに割って入る。
そこに、ついにセルファが追いついた。
「捕まえた!」
「うわっ! ねぇちゃん!」
襟首をしっかり掴んで今度こそ逃げられないようにして、セルファは真上から叱りつける。
「もう絶対絶対あんたからは1秒だって目を離さないんだから!!」
「ねぇちゃんごめんよ! 悪気はないんだって!! だからにぃちゃんにはナイショに…」
「だめ! 今度ばかりは真人に叱ってもらうからねっ!
大体あんたはね、いっつも自分の楽しさ優先で――」
と、そこでようやくセルファの視界に周囲の様子が入った。
自分たちの様子を見守るピンクの髪のモヒカン男とドラゴニュート、そしてその隣にはモヒカン頭のデカ胸イナンナ――……
―――固。
あまりのインパクトに固まってしまったセルファの手を、するっとすり抜けて、トーマは一目散に人混みにまぎれてしまった。
「おーい? ねーちゃん?」
さっさっさ、と顔の前で手を上げ下げするゲブー。
シャンバラの一般女生徒すらこの反応なのだ、これを見たカナンの者がどう思うかは火を見るよりあきらか。
ああやはりな……と思ったホーは、一計を案じた。
「いや、オレもこれはこれでなかなか勇壮だとは思うのだがな……おっと」
つまづいたフリをして、手でモヒカンを根元から払う。
「あーーーーっ!! てめっ、何しやがんだよーっ!!」
俺様のモヒカンがーーーーっ!!
「すまん、つまづいた。責任持って、オレが頭部を直そう」
普通のイナンナの髪型に。
コンテナに手を突っ込み、掴み出した砂を頭に盛りつける。
胸の方は…………まぁ、まだ許される範囲内だろう。そう思うことにして、ホーは目をつぶった。
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