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リアクション
(5)『マラソン』
『『さぁ! 最終種目『マラソン』も遂に佳境! 正に大詰め!! 大きな見せ場へと突入しようとしています!!』』
実況の神崎 輝(かんざき・ひかる)は尚もテンションMAXだった。長時間の使用、上がりっぱなしのテンション。何かの拍子にヘッドセットを手放してしまった時の事を考えて、パートナーの一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)は輝の傍にピッタリ張り付いて備えていた。
『『先頭を行く『清泉 北都(いずみ・ほくと)・クナイ・アヤシ(くない・あやし)ペア』が今! 『水槽エリア』へと足を踏み入れようと、今!! 今!! 2人揃って足を入れました〜〜〜!!!』』
「うわっ」
水槽の中に入りてすぐに北都が言った。
「これは思ってたより走りづらいねぇ」
底が厚めのスニーカーを履いてきていた、しかしそれでも水の抵抗はかなりある。足を上げるだけで一苦労だ。しかも時間が立てば靴も重くなってくるだろう。
「この負荷の中で1kmも……」
「大丈夫です。さぁ」
パートナーのクナイが先行して手を引いた。自分が先行することで北都の負担を減らそうと考えたようだ。
「でもそれじゃクナイが……」
「良いのです。その代わり次の『足場の悪い』エリアでは北都が先行して頂けますか」
「うん、もちろん。よぅし、さっさとここを抜けるぞぉ」
「えぇ、その意気です」
目指すは完走、戦術は安全第一。どちらかの体力が一方的に削られるような状況は決して好ましくない、が互いを思い補う行為なれば、その負担は2人に等しく分けられる、2人で共に背負うことができる。
人前であろうと堂々と、繋いだ手を強く握りしめて2人は並んで足を運び出してゆく。
「ただ走るなんて、芸が無い無い」
アイドルを目指して日々己の芸を磨く葛葉 杏(くずのは・あん)にとっては『走れ』と言われてただ『走る』だけでは物足りないようで、
「はい、前を走ってる人こっちちゅうもーく」
と前を行く『泉 美緒(いずみ・みお)・ラナ・リゼット(らな・りぜっと)ペア』を呼び止めた。
「えっ? きゃっ」
滑るように寄り来る杏の様に美緒は驚いて身を強ばらせた。『レビテート』で宙に浮いているのだろう、しかし矢のように迫り来るその速度は美緒たちに接近しても落ちる気配が無かった。とっさに、パートナーのラナが少し前に出て身構えた。
「はい、『ヒプノシス』、どーん!」
「くっ」
「え? ちょっ、えぇっ?!!」
速度を落とさないままに2人の横を滑り過ぎた杏は、過ぎ行く様に『ヒプノシス』を唱えていた。美緒を庇ったラナが、これにかかって眠りに落ちた。
「んー、一人だけかー。まっ、仕方ないか」
ルール上、スキルの使用は『消費SP:10』までとなっている。『9』ものSPを要する『レビテート』は、たったの一度しか使えない。
こうした妨害行為も、全ては『天御柱学園がナンバー1の学校である事を知らしめる』ため。狙うは優勝、故に獲得ポイントが3倍の『足を手錠で繋いで』というルールを適用しているのだ。
忍が宙に浮き、滑るように過ぎて行く中、パートナーの橘 早苗(たちばな・さなえ)は彼女と背中合わせの状態で、
「みなさんはー、『転んで手を離しちゃう』っていうのが可愛らしいと思いますぅ」
と『光術』を放っていた。
「後ろの人には悪いですけどぉ、これも勝負なんですぅ」
直接選手に当てるのではなく、目的はあくまで『目くらまし』にある。殺意が無いため失格判定が下されることはない。
「『光術』はもう一度使えるんだっけ?」
「はいです。いつでも準備できてますぅ」
「よーし、今すぐ発射よ! ここで一気に脱落者を増やして、私たちはこのままゴールするわ」
「了解ですぅ。いきますよ〜」
置き土産のように『光術』を放っていった。その光りは、後方を行くアイシャ・シュヴァーラ(あいしゃ・しゅう゛ぁーら)の視界を瞬時に奪った。
「きゃっ」
「おっと」
バランスを崩したアイシャを騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が受け止めた。
「大丈夫?」
「えぇ、ありがとう」
『怪力の籠手』のおかげで小柄な詩穂でも楽に彼女の体を支える事が出来た。が、
「やっぱりダメ」
「えっ、ちょっと……」
詩穂はアイシャの御脚に腕を回して丁寧に抱え上げた。
「服が濡れちゃうから、やっぱりダメ」
「でも……」
『水槽エリア』にさしかかった時、「お姫様だっこしてあげる」と言った詩穂にアイシャは「ううん、私も走るわ」と言って靴を脱ぎ、裾を摘んで水に入った。
詩穂と一緒に走りたいの、と言った彼女の意志を尊重してここまでそうしてきたが、やっぱりダメだ。彼女のドレスが濡れちゃうし、足場は悪くて危ないし、それに―――
「いいから、ほら、アイシャちゃんはゆっくり景色を楽しんで♪」
「景色?」
『水槽エリア』を抜けた先に『川辺の足場エリア』が見えてきた。『バーストダッシュ』で抜けるまでもなく、気付けば水の足場の多くを2人で歩いていたらしい。
「川辺も悪くないでしょ?」
「…………そうね」
今まで2人で様々な所に行ってきた、いろんなものも一緒に見てきた。
夜空も花火も夜の海岸も。そうした2人の思い出に、この川辺の景色も加わるのだろうか。
絶景とは言えない景色が2人の前に広がっていた。
「……………………」
ラブッラブな2人の様に釘付けになっていた白瀬 歩夢(しらせ・あゆむ)が、ポツリと呟いた。
「アゾートちゃん」
「…………ん」
「私たちもアレ、やろうか」
「アレ……?」
言われてアゾートも瞳を向けた。『水槽エリア』の縁で詩穂がアイシャをお姫様抱っこをして歩んでいる。
「……アレって『お姫様抱っこ』の事?」
「そ、そう、『お姫様抱っこ』」
言っている歩夢の方が恥ずかしそうに「そう、私が……アゾートちゃんを抱っこ……抱っこして進むの」
「…………でも私、お姫様じゃない」
「え、いや、本当にお姫様じゃなくっても良いって言うか、そうじゃない方が普通っていうか……」
「でも……」
アゾートはアイシャを指さしていた。
「……お姫様」
「じょ……女王様はお姫様なのかな? あ、いや、女王様っていうのも何か違う気がする…………言葉の響きが……その……」
「それに、これじゃ抱っこ出来ない」
「え?」
2人を繋ぐ鉄の錠、その輪が2人の細い足を繋いでいる。
「あぅぅ……そぅだった…………」
手ならまだしも、足が繋がった状態で『お姫様抱っこ』をする事は不可能。ここでリタイアした上で彼女を抱きかかえるか、もしくは自分の足を切断して彼女を抱きかかえるか。後者をリアルに想像してしまった事も含めて歩夢は悶絶して頭を抱えた。
「……走ろう」
「え?」
アゾートが歩夢の手を取った。そうして2人で再びに水が張られた道を走り出す。
決して速くはない、でも足も手も繋がっているから息はぴったり、リズムよく走り駆けて行くのだった。
長い距離を駆ける際に試されるは己の心、それもすぐ隣に想い人が居るなら決して折れることはない。無理をする事だけが心配な所だが、それさえも時折笑み合っているなら気付くことができる。
最終種目『マラソン』、失格1ペア、完走は4ペア。
やはり一番に時間のかかる競技だったが、ゴールした面々の表情はみな、スッキリとした清々しい顔を見せていた。
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