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リアクション
畑仕事を中断して昼休憩をとる生徒達。
「このちっちゃい苗が玉ねぎに育つんですね……」
ティー・ティー(てぃー・てぃー)は苗を不思議そうに見つめていた。
すると、多比良 幽那(たひら・ゆうな)が細い顎に手を当てながらティーの横に立った。
「あなたも植物のすごさがわかるみたいね」
「はい。すごく感心しました」
「でしょう! そうだ。せっかくだから植物学者兼農家のこの私が色々教えてあげるわよ」
ティーは幽那の話を、楽しそうにかつ終始感心した様子で聞いていた。
そうこうしているうちに昼休憩が終わり、ティーが村人から頂いた野菜で作った昼ごはんを堪能した生徒達は、作業へと戻っていく。
「よぉし、午後も張り切ってやるわよ!」
普段の水着姿とは違って、農作業に適した服装に身を包んだセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)と、パートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は午後の畑仕事を再開した。
「痛たっ」
次々と苗を植えまくるセレンフィリティが突如、声をあげた。
「セレン、大丈夫!?」
「平気平気……それにしても農作業がこんなに重労働だとは思わなかったよ」
低い体勢で苗を植えていたセレンフィリティは、痛む腰を摩っていた。
「最初からすごく張り切ってたものね。男爵も褒めていたわよ」
「え、そうなの? なんか照れるよね」
「あんまり調子に乗らないの。ほら、土がついてるわよ」
セレアナが手ぬぐいでセレンフィリティの鼻の先についた汚れを吹きとる。
セレンフィリティは頬を赤くして恥ずかしげにしていた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
セレアナがニッコリと笑い返す。
普段からいい加減で大雑把、それに気分屋とまで言われたセレンフィリティが、こんなにも一生懸命になっていることがセレアナにとって驚きであり、それ以上に嬉しくもあった。
「そういえば、野菜が育ったらいくつかわけてもらえるって、男爵が言ってたわよ」
「え、本当に!?」
「ええ。セレンが植えた野菜がちゃんと大きくなったか見に来て欲しいってよ」
セレンフィリティは自分が植えた苗を見つめた。すると、急に走って畑を後にしようとする。
「セレン!? どこ行くの?」
「ちょっと待ってて!!」
セレアナが待つこと数分。畑を出て行ったセレンフィリティが、木の板を抱えて戻ってきた。
「何それ?」
「大きく育った時、どこに植えたかわからなかったら、嫌でしょう」
セレンフィリティは自身の植えた苗の近くに、油性で『セレン』と書かれた木の板を立てると、すぐ傍の土を軽く数回叩いた。
「あたしの植えた玉ねぎ、おいしく立派に育てよー!」
楽しそうなセレンフィリティ。だが、その表情が急に困ったものになる。
「でもちょっと食べるのが惜しくなってきたかも。……どうしよう?」
「……ふふ、それはその時考えましょう」
セレンフィリティの問いにセレアナは笑って答えた。
「そうか。親子丼か……」
俯く林田 樹(はやしだ・いつき)は、一人茶色の土を見つめながら呟き、一人頭を抱えた。
そこへ林田 コタロー(はやしだ・こたろう)を肩に乗せた緒方 章(おがた・あきら)が戻ってくる。
「樹ちゃん、お待たせ!」
「うわっ!?」
ぼんやりしていた樹は背後からいきなり声をかけられ、思わず転びそうになるほどに驚いていた。
「どうしたんだい?」
「な、なんでもない! アキラこそどうした!?」
「どうしたって、苗をとってきたから一緒に植えようって話でしょ?」
「え……ああ、そうだったな……一緒にか」
章は午後の作業を開始するにあたり、担当する畑の面積から必要となる数の苗を計算してうけ取りに行っていたのだ。
章は二人分に苗を籠に分け、片方を樹に渡すと、コタローと一緒に作業を開始する。
ぼんやりしながら作業を進める樹は、ちらりと章とコタローの姿をうかがった。
「家族か……そうだよな。あのアキラとコタローも親子になるんだよな……」
樹は章から求婚された時のことを思い出す。
あの時はコタローも傍にいた。そして今回、親子丼の頼みを引き受けようと提案したのもコタローだった。それはつまり、コタローなりに樹と章のことを考えているのだろうと、章は言っていた。
せっかくコタローが作ってくれた機会だ。どうにかいかしたい。
しかし、樹にはどうしたらいいか。自分がどうしたいのかさえわからなかった。
視線に気が付いた章が樹と目が合う。
「ッ――!?」
「?」
「だ、だめだ。意識したら顔が見れないじゃないか……」
樹は真っ赤になった顔を背ける。
すると、不自然に思った章が近づいてきた。
「なぁ、樹……」
「あ、ああああ――」
樹の口が普段通りに振る舞おうとするが、口は水面から出た鯉のようにパクパクと動かすだけしかできなかった。
「樹?」
「す、すまん――!!」
樹は何も告げられず、顔面真っ赤にしてその場から逃げ出してしまった。
「……あははは」
章は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
コタローが章の肩から心配そうに尋ねる。
「まもたん、ちゃいれぇー?」
「うん。トイレだってさ。だから心配ないよ。僕達は苗を植えてようか」
「ふぁかったれす」
章は樹の走って行った方角を見つめてから、コタローに急かされて作業に戻る。
「このままじゃ駄目だよな。ちゃんと言わないと……」
章は樹とちゃんと話をつけようと決意した。
皆が作業を再開する中、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は今だ、椅子に座ったままだった。
イコナの横にはキャロル著 不思議の国のアリス(きゃろるちょ・ふしぎのくにのありす)が目を瞑り黙って座っている。
「頑張って……頑張るのよイコナ」
イコナは自分を励ました。
源 鉄心(みなもと・てっしん)のために持って帰った野菜で食事を作ってあげたい。その想いがイコナを再び作業へ向かわせる。
「絶対に鉄心に美味しいご飯を食べてもらうのですわ……」
立ち上がりイコナが畑に向かおう。すると、不思議の国のアリスがくわっと目を見開いて叫んだ。
「『私と君は運命の赤い糸で結ばれていたようだ。君の圧倒的な性能(優しさ)に私は心を奪われた、この気持ち、まさしく愛だ!!』」
「う、うるさいですわ!!」
イコナが顔を真っ赤にして叫ぶ。不思議の国のアリスがニヤニヤ笑っていた。
「もう……」
イコナが地面に置いてあった籠をとろうとする――だが、次の瞬間。不思議の国のアリスがその籠を思いっきり蹴飛ばした。
「なっ!? 何をするんですの!」
「『愛を与えるには魔王の試練に耐えねばならんのだー!』」
不思議の国のアリスは物凄い形相で掴みかかろうとするイコナの手を、ひらりと回避した。
バランスを崩して無様に顔面から土に激突するイコナ。
イコナはよろよろ上半身を起こし――泣いた。
顔を哀しみに歪ませ、大粒の涙を流して、泣き始めた。
ティーが慌ててやってきて、ハンカチで土と涙をふき取りながら、イコナを泣き止ませようとする。
不思議の国のアリスは表情を隠すように帽子を片手で抑えて深く被った。
「『頑張りなよ、優しいお嬢さん。……バイバイ』」
イコナの頭を抱きしめて泣き止ませようとする、ティー。
すると、ティーは飛び散った苗の中に、見慣れる虫がいることに気づいた。
「これは……」
ティーが珍しそうにしていると、心配になったやってきた玉ねぎ男爵が、その虫がこの辺に生息する強力な毒をもった虫であることを教えてくれた。
話を聞いたイコナは不思議の国のアリスが虫から自分を助けたのだと知り、周囲を見渡すがすでに姿がなかった。
「アリスさん……」
その後も生徒達は畑仕事に勤しんだ。
ある者達は楽しく雰囲気でまったりと。
またある者達は、ぎこちない雰囲気でぎちぎちと。
そうこうしているうちに生徒達は帰らなくてはいけない時間になった。
「じゃあ、そろそろ行きます。たくさんの野菜ありがとうございました」
幽那が代表して感謝を述べる。
たまねぎ男爵は生徒達が作業をしている間に、荷車三つ分いっぱいの様々な野菜を用意してくれていた。
生徒達が帰ろうとすると、玉ねぎ男爵が幽那を呼び止める。
玉ねぎ男爵は幽那の熱意に感銘を受け、特別なプレゼントをくれることになったのだった。
玉ねぎ男爵は自身の玉ねぎ顔を数枚剥くと、手で丸めた。
――包んだ手が輝きだす。
「な、なにが起きてるの!?」
数秒間光が続き、それが収まると玉ねぎ男爵が開いた手の中には黄金色の玉ねぎがあった。
「これ、本当にもらっていいの!?」
幽那は剥いたことで少しやつれた玉ねぎ男爵から、「おいしくいただいてください」と黄金色の玉ねぎを受け取った。
荷車を押して帰る途中、生徒達は見送りに来た村人の顔が少し細く、あるいは小さくなっているような気がした。
だが生徒達は何も尋ねずに≪ルブタ・ジベ村≫を後にした。
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