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けれど愛しき日々よ

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けれど愛しき日々よ

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第5章


「フハハハハ!!! 捕まえてごらんなさーい♪」


 森の中では、何とも楽しそうな笑い声がこだましていた。
 木々の合間を縫って、メイド服のスカートがひらひらと舞う。その先には、ぴょこぴょこと揺れるウサギ耳姿のバニーガールの制服。

 数多くのハートマークを飛ばさんばかりに上機嫌なバニーは、乙女チックな走り方のワリに異様なスピードで森の中を駆けて行く。
 走るたび、すらりと伸びた長い足がしなり、露出度の高い衣装がキラキラと輝く。
 その後を追う同じ顔をしたメイド服。つまるところ、バニーの方は魔物化したウサギか何かなのだろう。


「ウフフフ〜♪ ほぉーら、こっちよぉ〜♪」


 妙に艶かしい声を上げて、バニーは森を駆けて行く。だが、その先にはさらなる混乱が広がっていることを、バニー自身も知らない。


                    ☆


「こ、これは……」
 ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)は呆然と呟いた。
 眼前に広がる、自分のパートナー、ディアーヌ・ラベリアーナ(でぃあーぬ・らべりあーな)と同じ姿の奇妙な植物の群れ。
 それが、ゆらゆらと誘い込むように風に揺れている。

「一体……」
 遠野 歌菜(とおの・かな)の驚きもかなりのものだ。
 自分と同じ姿の歩く植物と、パートナーである月崎 羽純(つきざき・はすみ)と同じ姿の植物の群れ。
 それが、まるで場末のホステスやホストよろしく、森に入った人間に絡み付いて食料や酒をせしめようとしている。

「どういうこと……」
 コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)も自分と同じ姿の植物がヌメヌメと半裸で蠢いている姿を驚きの視線で見つめていた。


「や〜ん、何ですかこれかわいい〜♪ こんなにたくさんのディアちゃんなんて、幸せすぎますぅ〜♪」
 と、その植物――おそらくキノコの類と思われる――に頭からダイブしようとしたのが、ネージュのパートナー、常葉樹 紫蘭(ときわぎ・しらん)である。
 もとより可愛い子供には目のない紫蘭、日頃から惜しみない過保護欲を注ぎ込んでいるのだから、眼前に広がるディアーヌの群れに我を忘れたとしても、無理からぬところであろう。
「ちょ、ちょっと紫蘭お姉ちゃん!? 明らかにおかしいでしょアレ!? ディアーヌだけじゃなくてコトノハさんとか他の人もいるしっ!?」
 ネージュは必死で紫蘭を止めようとするが、紫蘭はそんなネージュに対してぐっと親指を立てて、告げた。


「大丈夫、可愛いから問題ありません……!!」


「ちょ、ちょっと!? そんなイイ笑顔で特攻してる場合じゃないよっ!?」
 ネージュを振り切って、紫蘭はディアーヌの群れにダイブを敢行する。あっという間にディアーヌの群れに紛れ込んだかと思うと、ディアーヌキノコのスカート状の傘が開いて、中から霧状の胞子が大量に周囲に噴霧された。

「あ……やっぱりボクと同じカッコだから……ぽぽぽぽ〜んするんだ……」
 呆然と、本物のディアーヌが呟く。
 ディアーヌの花粉には多少の精神高揚の効果があり、時と場合によっては媚薬的な効果があることも分かっていた。正確には媚薬ではないのだが、その時の人間の精神状態に左右されるところが大きいものと思われる。
 特にこのキノコの効果は、催淫効果が強いように思われた。

「あ……なんだかステキな気分ですぅ〜♪」
 つまるところ、今の紫蘭にはクリティカルヒットである。あっという間にディアキノコの中に取り込まれていく。

「え……ちょっと……マズいんじゃない……?」
 ネージュの呟きは正しかった。

「ん……クラクラする……」
 歌菜もその胞子を吸い込んでしまった。目の前では自分と羽純の姿をしたキノコが、いやらしく周囲の人々に絡み付こうとしている。
「……くっ!! 私の顔で……そんなことしないで……!!」
 慌ててその痴態を止めようとする歌菜だが、その前に数人の羽純姿のキノコがブロックに入る。

「歌菜……可愛いよ……さあ、そんな武器は捨てて……」

「え……」
「歌菜!! 何をしている、早く仕留めないと……!!」
 本物の羽純が声をかけるが、歌菜は羽純キノコを攻撃するのを躊躇っている。
 やはり、自分の伴侶である羽純と同じ姿を攻撃するのは、気が引けるのだろう。
「ち……ならば俺が!!」
 という羽純の前には、数体の歌菜キノコが妨害する。やはり羽純もまた、偽者と分かっていても歌菜と同じ姿を攻撃することはできない。
「ねぇ、羽純くん……いいでしょ? 私に乱暴なこと、しないでしょ……?」

 妖艶な視線でしなだれかかる歌菜キノコの集団に、羽純の意識が侵食されていく。
「……マズい……意識を保つのが困難に……」

 気付くと、ディアキノコの胞子がまた一段と濃くなっている。なぜかというと、キノコの群れに特攻した紫蘭がディアキノコの海で愛欲に溺れているからである。刺激を与えることでディアキノコはまた胞子を吐き出し、紫蘭の意識は更に深遠へと誘われるのであった。


「あはは……ディアちゃん、そんなとこ……いやだめぇ……うふふ……」


 何が行なわれているのかはご想像にお任せします。


 そして、紫蘭のものとは別にもう一人の嬌声が奥のほうから聞こえてくる。
「ぬぅ……コトノハ……なんと美しい……しかも……おぉ……これは……」


 とっくの昔にコトノハキノコに絡み取られていたルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)である。


「ルルルルオシンさんっ? 見かけないと思ったら何してるんですかっ!?」
 さすがにこの事態にはコトノハも声を荒げざるを得ない。
 夫の痴態をこれ以上晒すわけにはいかないと、やはり花粉を吸い込んでクラクラする頭を抑えて、コトノハはルオシンから自分の姿のキノコを引き剥がそうとする。
「うわ、何ですかこれ、ぬめぬめする……なんだか、触っていると変な気分に……」
 そう、コトノハのキノコは、触っているだけで淫らな気分を高揚させる効果の強い『ナメコトノハ』だったのである。


 性質が悪いこと、この上なし。


「ああ……ルオシンさぁん……何ですか、そんな偽者なんかと遊んだりしてぇ……どうせなら私を食べてくださいよぅ……あ、ディアーヌちゃんも可愛いわねぇ……」
 元々ディアキノコの胞子をたっぷり吸い込んだうえに、ナメコトノハのぬめりをたっぷり擦り付けられてしまったコトノハは、もはや正気ではなかった。
 擦り寄ってくるナメコトノハとディアキノコにいやらしく絡みつき、ぬめぬめとした粘液を舐め取り、ディアキノコの胞子を求めるようにスカート状のキノコの中をまさぐる。

「ふふふ……ディアーヌちゃんは可愛いですね……もうこんなにして……ん、もぅ……ほら、胞子いっぱい出していいのよ……?」


 何が行なわれているのかはご想像にお任せします。


「ちょ、ちょっとコトノハさん! そんなことしてる場合じゃ……!!」
 ネージュはたまらずコトノハに声をかけた。ルオシンもその奥でナメコトノハ数体の波に溺れそうになりながら、まだ理性と欲望の間で戦っている。
「く……分かっている……これはコトノハではない……わかっている……のだが……ああ……食べてしまいたい……」
「あらぁ……そっちにも可愛い子……ネージュちゃんもおいでなさいな……」

「ひぃっ!!」
 あまりにも妖艶な視線を向けられたネージュは悲鳴を上げて後ずさった。
 そこに、ネージュのパートナーである結衣奈・フェアリエル(ゆうな・ふぇありえる)が立ちはだかる。
「結衣奈!!」
「まったく……みんなだらしないなぁ。ちょっとこれは、身内としては恥ずかしすぎる状況だね……ディアは真っ赤になってもう動けないし」

 その言葉の通り、自分と同じ顔のキノコが繰り広げる痴態に耐え切れなくなったディアーヌは、真っ赤になってフリーズしてしまっていた。
「どうやらこれで倒せば無毒化できるらしいんだけど、こう完全に取り込まれちゃうと、攻撃しづらいなぁ……!!」
 手に持った『デリシャスナイフ』を構える結衣奈だが、うかつに近づくと胞子や粘液の影響を受けてしまうだろう。

 歌菜は羽純のキノコに囲まれて身動きが取れないし、羽純は歌菜のキノコに囲まれている。
「あぁ〜ん、こんなにいっぱいの羽純くん……攻撃できないよ。それに、こんな風に甘い言葉を言ってくれることなんてないし……」
「ちっ……やはりどうしても歌菜の姿は攻撃できないな……っておい歌菜、お前何を口走って」

 コトノハとルオシンは最早それどころではない。
「ああ、ルオシンさん……ここにいたんですね……さぁ、私も仲間に入れてくださいな……愛し合いましょう……♪」
「おお、コトノハ……コトノハなのか……偽者と分かっていながらも、切り抜けられなかった私を許してくれるというのか……」

「一体ずつ始末するのは危険……うっかり攻撃に巻き込みたくないし……どうすれば……」
 ネージュと結衣奈が歯噛みしていると、この事態を打破すべく一人の救世主が現れた。


「はぁ〜い。みんな、愛し合ってるぅ〜?」


 そこに現れたのは、冥土院 兵聞(めいどいん・へぶん)の姿をしたバニーガールだった。
「ぬぅ!! おのれ、そのような破廉恥な姿で動き回るなど……!! うぉぅ!! 何だここはっ!?」
 そして、その後に続いて森に飛び込んできた本物の兵聞。

 ところで、兵聞の外見は25歳程度の男性である。
 身長202cm、体重100kgのマッチョマンである。
 髪型はアフロである。

 もう一度言おう。


 本物はメイド服姿、偽者はバニーガールの制服を着ている。


「……えーっと……」
 キノコ勢に取り込まれた一行はともかく、これにはネージュと結衣奈、ディアーヌの思考も完全にストップしてしまった。
 どう突っ込んでいいか分からないのだ。

「いやぁ〜ん、パーティの途中だったのねぇ〜、混ぜてもらわないとぉ〜♪」
 いち早く混乱を察知したバニーガイ、偽兵聞はコトノハやルオシン、紫蘭が取り込まれている辺りに向かってダイブしようとした。
 しかし、そこを本物の兵聞が一喝する。

「ぬうぅ!! このような乱交パーティなど、我輩の姿で参加させるワケにはいかぬ!! 喰らえ、冥土院流御奉仕術!!」
 独特の構えから、兵聞の体が前方へとスライドしていく。
「は……早いっ!?」
 ネージュと結衣奈が舌を巻くほどのスピードで、兵聞はバニー兵聞を含む混乱の最中へと飛び込んでいく。

「きゃあっ!!」
「うわ、何だ!?」
 歌菜と羽純が叫び声を上げた。
「きゃーっ!?」
 紫蘭も同様に叫び声を上げるが、何らかの攻撃を受けたわけではない。

「無駄毛の処理は念入りに!!」
 兵聞が、目にも留まらぬスピードで周囲の粘液や胞子を『お掃除』していく。
「バニースーツを着るならば、あとウェストを3cm絞ってから!!」
 ついでに自分の姿をした兵聞バニーに一撃を加える。元はただのウサギなので、バニー兵聞はその場で動けなくなってしまう。
「我輩の目の前で、このような汚れを放置することは許さぬ!!」
 ザシャア、と兵聞が一段をすり抜けると、その場にいた人間の粘液は拭き取られ、胞子は清浄化され、密着しすぎる男女は引き離されていた。
 恐るべきは冥土院流御奉仕術。兵聞はあっという間に周囲の混乱を収め、粘液や胞子という『汚れ』を掃除してしまったのだ。

「今だ!!」
 その瞬間を結衣奈は見逃さなかった。手にしたデリシャスナイフでディアキノコの足元を駆け抜け、そのすべてを刈り取っていく。
「こっちも!!」
 ネージュもまた同様にナメコトノハを次々に狩り、本物のルオシンとコトノハを救い出した。

「あ、ダメー!! 羽純くんは私のなんだからーっ!!」
 歌菜もまた羽純キノコの包囲を抜け、羽純を取り囲んでいた歌菜キノコを殲滅する。
「ふん、悪いな……俺は一人で充分だ!!」
 羽純も同じく、羽純キノコを一掃した。
 複雑な気持ちであはあるが、突如あらわれたマッチョメイド、冥土院 兵聞によって事態は沈静化したのである。


「ああ……ルオシンさん……ステキです……」
「コトノハ……おお……コトノハ……」


「……あれは引き離さないの?」
 事態の混乱が収まった後、結衣奈が兵聞に問うた。歌菜と羽純は努めて視界に入れないようにその場を離れる。

「密着具合が強すぎて引き離せなんだ。我輩もまだまだ修行が足らぬな」


 どの辺が密着しているのかはご想像にお任せします。