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リアクション
第8章
一方、こちらは山の入口。
「何じゃ、これは……それに、この空気……いやしかし、それ以前に……」
ようやくツァンダ付近の山に帰ってきたカメリアは、山の入口を見て驚いた。
それもそのはず、今日この日にパーティがあることなどは誰も彼女に伝えていないので、カメリアとしてはせいぜいスプリングやブレイズ、それにウィンターが出迎えてくれるだろうか、程度にしか考えていなかったのだ。
そのカメリアを迎えたのは、まず『カメリア山ユートピア【わくわく山羊ランド】』の看板である。
「何じゃ、このショボい看板は」
言うまでもないが、それはコンクリート・モモが作った看板である。
「お、やっとご帰還かね」
そこに声をかけたのは、バルログ リッパーである。鋭い爪を活かして材木を削いでいる。
「……」
機晶姫 ウドもカメリアの顔を見て、何らかの意思表示をしたような気がする。ちなみに、強靭な機晶姫のボディを活かして、材木や岩を運んでいる。
「ほら、まだ作りたい物あるんだからさぁ、サボってないでちゃっちゃと削ってよ!!」
そのリッパー達にモモの檄が飛ぶ。リッパーとウドは軽く肩をすくめてそれぞれの作業に戻っていく。
「やれやれ、魔族使いの荒い娘だ」
「……何しとるんじゃ、あやつら。というか魔界に帰ったんじゃ……というかなぜ山羊ランド……というか山の様子がなんか変……というかこんな舗装された道、あったっけ……」
「めへー」
すっかり混乱するカメリアに、柵の中から鳴き声を書ける山羊 メェ。
「おお、メェよ、すっかりふれあい動物としてこの山のアイドルとしての立場を手に入れてっつーか何じゃこりゃあああぁぁぁっ!!!」
容赦なくさらなる混乱へと巻き込まれていくカメリア。
「あ、お帰りなさい、カメリアさん」
そこに声をかけたが、イリス・クェイン(いりす・くぇいん)だ。彼女は、そろそろパーティが始まる時間と聞いて、山の入口でコスプレ衣装を配布しているのである。
自身は可愛らしい黒猫スーツを身に纏い、パーティの受付役といったところか。
「……誰、じゃっけ……初対面……じゃよな……」
もはや何がなんだか分からないカメリア。確かに二人は初対面だが、イリスとしてはパーティの主賓の顔くらいは他の参加者に聞いて知っている。
「あ、そうですね。初めまして、カメリアさん。イリス・クェインよ、よろしくね」
「ああ、うむ。よろしく……えーと、イリス、よければ教えてくれぬか……この山で今、何が行なわれておるのか……?」
「あ……そうか、知らないんですね、ええとですね……」
イリスが事の顛末を語ろうとしたその時。
「あ、ようやく見つけましたよ〜。どこ行ってたんですかぁ〜」
「え?」
カメリアの後ろから声がした。ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)だ。
パーティがあると聞いてパートナーである柊 真司(ひいらぎ・しんじ)やアレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)、リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)と共にやってきた彼女だったが、いつの間にか3人とはぐれてしまい、途方に暮れていたというわけだ。
つまり、いい年して迷子。
とはいえ、空京で迷子になって気付いたらツァンダにいた、ということもわりとたまにあるヴェルリアにしては、山の頂上で迷って気付いたら麓にいた程度の迷子なら、まだ軽い方――3時のおやつくらいであろう。
ともあれ、ようやく知った顔に出会えたヴェルリアは、カメリアに駆け寄って安堵のため息を漏らした。
「……えと、誰……じゃっけ……たぶん……初対面……じゃよな……?」
問題は、ヴェルリアが探していたのはカメリアではない、というところだろうか。
あまりにヴェルリアが確信に満ちた様子で話しかけてきたので、逆に自信がなくなってきたカメリア。
ひょっとしたらどこかで会っていただろうか? いやしかし、ここまで親しげに話しかけられるような間柄で、相手のことを忘れるほど自分はもうろくしていない筈……。
次第にぐるぐるしてきたカメリアの頭だったが、その疑問はすぐに解決された。
「あれ? あ、違う……! すみません、間違えました!!」
どうやら人違いであったらしい。
「ふぅ……じゃよな。あまり驚かせるな」
しかし、人違いと分かったはずのヴェルリアは、まだしげしげとカメリアを眺めている。
「いやでも、そうですよね……着物も違うし、花飾りも……いやでも……」
「……どうした? ああ、そういえば迷子じゃったか? いやそもそも何でこんな何もない山に……」
まだヴェルリアが何か納得していない様子なので、カメリアはとりあえずヴェルリアを落ち着かせようとした。
そこに、さらなる混乱の元が訪れる。
「ヴェルリア!! こんな所におったのか!! 探したぞ!!」
アレーティア・クレイスであった。つかつかとヴェルリアの近くに寄り、カメリアとイリスが迷子を保護してくれていたのだろうと、頭を下げる。
「すまん……連れが世話になった……な……?」
「……ん?」
「……あら?」
「あ、アレーティア!! やっぱりこっちが本物でしたか!!」
ヴェルリアのひと言でカメリアは理解した。ヴェルリアを探しにやってきたアレーティアとカメリアは、外見的に良く似ているのだ。
「……これは……ひょっとして双子ですか?」
二人のことを良くは知らないイリスは、率直な感想を漏らした。
それもそのはず、身長も140cm程度、体格も同じくらい。キレイな黒髪はすらりと長く、髪型は前髪ぱっつんロング。やや鋭い目つきに――間の悪いことに、今日のアレーティアはハロウィンから正月まで何でもありのパーティと聞いて、黒い着物姿だったのだ。
「いや、儂はずっとこの山で一人じゃったから……双子などはおらんし……いや、ほらよく見ろ、儂とは瞳の色が違うじゃろ、な!!」
カメリアはアレーティアの顔面を両手で掴むと、イリスのほうへとぐいっと押しやる。
「いててて、わらわの顔を掴むな! 何をするのじゃ!!」
「あ、そうね……カメリアさんの瞳は茶色がかった黒……アレーティアさんは緑ですものね……いやでも、着物を着替えてカラーコンタクトとか入れたら、見分けが付かないレベルですね……」
お返しとばかりに、今度はアレーティアがカメリアの顔面を掴んでヴェルリアの方へと押しやる。
「そんなに似ておるものか!! 瞳の形が違うじゃろ!! わらわのほうがキリっとした美人じゃ!!」
「いたたた、顔を掴まれると確かに地味に痛いな! すまんすまんかった!!」
「あ、そうですね……カメリアさんのほうが丸っこい瞳……いやでも、セロテープ一枚で変装可能ですよね……」
そんなことをしていると、そこに更なる一団が現れるのだった。
「ふははは、ようやく帰ってきたか!! 待ちくたびれたぞ、カメリアよ!!!」
「何ぃ……お、お主らはっ!?」
アレーティアから手を離したカメリアは振り返り、声の主へと振り返った。
そこには、琳 鳳明(りん・ほうめい)と南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)、そして水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)と天津 麻羅(あまつ・まら)の4人がいた。
先頭に立ったヒラニィは正月らしいキレイな晴れ着に身を包み、カメリアを指差す。
「ふふふ……長らくの旅路だったな、カメリア。あまりに戻らぬので尻尾を巻いて逃げていったのかと思ったぞ。
しかし……お主は戻ってきた、この山へ、自らのこの土地へと!!
この場において今こそどちらがより地祇であるかの決着を……ところでカメリア、いつのまに二人になった?」
「すまぬヒラニィ、そのくだりはもうやった後じゃ」
冷静に突っ込むカメリアに、更に横から突っ込むアレーティア。
「カメリアとやら、わらわを小ネタ扱いするな」
そんな微笑ましいひとしきりを眺めた後、麻羅は黒雲をバックに宣言した。こちらもヒラニィ同様、美しい晴れ着姿だ。
「なぁ椿よ、なんだか話がややこしくなっておるが、ここらで決着を着けようというヒラニィの意見には賛成じゃ。
そもそもわしら3人は、外見こそ違えど小柄で一人称がわしで外見が子供で実年齢はかなり上で口調は老人口調か断定的……いろいろキャラが被りすぎとるんじゃ!!
そろそろこの3人のうち、誰がトップか決めようではないか!?」
「麻羅よ、たった今もう一人増えたとこじゃ」
「だからわらわを小ネタ扱いするなというに」
「カメリアさん、あけましておめでとう――はい、カメリアさんの晴れ着。着替えてね」
という場の混乱をスッパリと無視して、緋雨がカメリア用の晴れ着を手渡す。サイズは、以前カメリアと麻羅で着せ替え倒したので、重々承知のうえだ。
「……うむ……どうせ緋雨が相手では、無理やり着替えさせられるじゃろうし」
何かを達観したように、物陰で晴れ着に着替えるカメリア。
「あ、カメリアさん、あけましておめでとうございます。今年もよろしくね」
そして、鳳明もまたカメリアに手渡したものがある。
「おお鳳明……今年もよろしくの……って何じゃコレ」
それは、羽子板だった。
正月に羽根つきに使うアレ。
「はい、今日はお正月も兼ねたパーティだと聞いたので、羽根つきで決着を着けたらいいと思います!!」
明るく言い切る鳳明。
「な、何じゃそりゃあああぁぁぁーーーっ!!!」
カメリアの叫び声が、彼女の山にこだまする。
いつもの風景だったという。
☆
「ヒャッハー!! こいつなかなかタフじゃねぇか!! 相手にとって不足はねぇぜ!!」
マイト・オーバーウェルムは叫びつつ、湖のヌシに拳の連打を浴びせる。
だがマイトの言葉とは裏腹に、多少は効いているものの、決定打にはならないのが現状だ。
「ところで、跳ね飛ばされたブレイズが戻ってこないんですが、大丈夫でしょうかね!?」
そこに、アンドロマリウスも加勢する。手にしたデリシャスファルシオンは湖のヌシの瘴気を少しずつ晴らし、少しずつ裂傷を増やしていくが、何しろ相手が巨大すぎる。
逆に相手からの攻撃も注意すれば致命傷を受けることはないが、このままでは互いに決着を着けることができないことは明白だった。
「……ふむ……ブレイズも戻ってこないが……まだ早いな」
その様子を、森の中から見つめる人物がいた。
風森 巽(かぜもり・たつみ)だ。
ブレイズが修行として湖のヌシと対戦する様子を見ていた彼だったが、最初から手助けしてはブレイズの修行の意味がないと、物陰からそっと見守っていたのである。
「でもさぁ、危険な状態になったら助けるって……さっき跳ね飛ばされてったけど、アレは危険じゃないのー?」
巽に突っ込むのはパートナーのティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)だ。
「ん? あぁ、今のブレイズなら、あの程度は危険じゃないさ。頑丈さは人一倍だしな……」
巽の様子を見る傍ら、『デリシャスアロー』でその辺の魔物を倒して食材調達に精を出すティアは、そっけなく返事した。
「ふーん。そもそも隠れてないで最初からダブルヒーローでどーんとやっつけちゃえばいいのに」
そのティアの言葉に、巽は湖とヌシの様子を見ながら、言葉を返した。
「いや……アレを力だけで倒すのは相当骨が折れる……ブレイズや彼らが、そのことに気付くかどうかだな」
その時、空から叫び声が聞こえた。
「……来たか」
巽の呟きに呼応するように、その声は急速に接近してくる。言うまでもない、山のヌシに弾き飛ばされて星になったブレイズ・ブラスだ。
2体のヌシにキャッチボールのように弾き飛ばされたブレイズは、結局湖に戻ってきたのである。
「ヒャッハー!! 戻ってきたぜえええぇぇぇ!!」
はるか上空から飛来した勢いを乗せて、渾身の力でキックを繰り出すブレイズ。
だが。
「ヒャッハー!! ブレイズの奴、ようやく戻りやがったかぁっ!! ――つか邪魔だあああぁぁぁっ!!!」
「え、ちょっと待ってくださいよブレイズ! 方向修正をですね!!」
ブレイズのキックの進路方向には、既に湖のヌシと対戦中のマイトとアンドロマリウスがいる。
しかしブレイズには避けようもない、何しろ彼は単純に吹っ飛ばされて来ただけなのだから。
辛うじてキックの姿勢を取りやめたブレイズ。しかしそのせいでバランスを崩してしまった。
「おっと……!!」
「んなああぁっ!?」
「何ですとぉっ!?」
そのままブレイズとマイト、アンドロマリウスは3人団子状にもんどりうって。
ぱくり。
「あ」
巽の呟きと共に、湖のヌシにひと飲みにされてしまったのだった。
☆
かーん。
こーん。
ばしーん。
どしゅううう。
びかーん。
どぎゃあああん。
ぎゃるるるるる。
のどかな羽根つきの音が響き渡っていた。
「……まったくのどかじゃないわね」
と、イリスは独り言を呟いた。
というのも、カメリアとヒラニィと麻羅が始めた羽根つきに対する感想なのだが。
最初はお互いがルールや遊び方を理解するまでのチュートリアルとして、軽く羽根つきを始めたのだった。
「羽を打ち返せなかったり、人がいないところに打ち返したらその人の負け。バツとして顔に墨を塗るからね〜」
と緋雨が説明した通り、まずはちょっとしたネコひげやお約束のバツ印、マル印などで和気藹々と遊んでいたのだが。
最初は誰からだったろうか、次第に羽根つきの羽に光術や雷術を込めて打ち返し始めたのだ。
「ふ……なかなかやるではないか!!」
すでに誰かが倒れるまでゲームを止めることは許されない雰囲気だ。ヒラニィは不敵な笑みを浮かべて、また羽を超スピードで打ち返した。
「何のっ!! この程度でやられるわしではないわっ!! 行くぞ椿!!」
身長に似合わず、特大の羽子板を振るう麻羅も負けてはいない。力任せにあらゆる物体を砕かんという勢いの羽がカメリアを襲う。
「ふんっ!! 儂とてこの数ヶ月、伊達に放浪しとったわけではないわっ!!」
だが意外にも、その恐ろしい威力が込められた羽を、カメリアはさらに光術をこめた羽子板で打ち返した。
「わぁ、すごいですねぇ!!」
すっかり見物人と化したヴェルリアが喜んだ。
何しろ互いの羽が超スピードで飛び交うものだから、次第に羽根つきをしている3人の距離は開き、時に急接近、時に遠距離にと山や森を駆け巡りながら羽をひたすら打ち返し続ける、サバイバル羽根つきへと進化していったのである。
「なんと言うか……無茶を言うなと」
アレーティアの突っ込みももはや遠い。
3人がどつき合う羽、振るう羽子板に込められたパワーはひと振りごとに炎を巻き起こし、雷を呼び、風を巻き上げた。
「……空気が……違う……」
イリスはその様子を見て、あることに気付いた。
「え?」
ヴェルリアがイリスの呟きを聞きつけ、そして彼女も気付いた。
少しずつ、山の空気が澄んできていることに。
「ヒラニィ……そして麻羅よ。儂はこの数ヶ月、あちこちを放浪しておった」
カメリアは、羽根つきを続けながら、呟いた。
それは、自分に言い聞かせるように、じっくりと、ひと言ずつ。
「そして……分かった気がするのじゃ」
「……何をだ!!」
ヒラニィが更に威力の増した羽を打ち返す。そろそろカメリアでは打ち返すのは困難になってきた。
「儂は、ずっとな……この山とツァンダの街を……憎んでおった」
「……」
カメリアが渾身の力でようやく打ち返した羽、それを麻羅は難なくヒラニィへと打ち返した。
「この山におった人々は、街への生活を選択した。この山には誰もいなくなった。
街が人を奪ったのだ。人々はこの山を捨てたのだ。
ずっと――そう思っておったよ」
カメリアははぁはぁと肩で息をする。彼女自身もこの数ヶ月の放浪生活で修行を積んだものの、やはり第一線で活躍するコントラクター達とは較べるべくもないのだ。
しかし、カメリアは笑っていた。
何かを吹っ切ったような、清々しい笑顔で。
「じゃが、それも違っておった。街にも山にも野にも、人々の暮らしがあり……過去があり、未来がある。
世界は少しずつ移ろいゆくもの、いつまでも変わらないものなどありはしない。
ならば、儂はそれを黙って見守っておれば良かったのじゃ。人々の暮らしを……その笑顔を。
人々の生を見守り、そして見送っていく……それが、地祇としてこの世界に生まれたことの意味なのじゃと」
最後の力を振り絞って、カメリアは麻羅からの羽をどうにか打ち上げた。だが、それはヒラニィにとっては格好の勝負玉。
「ふん、ようやく地祇としての生き方に気付いたか!! ならば今日はお主の誕生祝いじゃな!! この祝砲で祝ってくれる!!」
ヒラニィは、高く打ち上げられた羽に向けて、大きく羽子板を振りかぶった。
握られた羽子板にただならぬパワーが込められているのを感じる。間違いなく、最後の勝負を決めるつもりだ。
だがその最中、カメリアは麻羅に向けて視線を送った。それは、誰とも深く関わることを避けてきた今までのカメリアではできなかった行為。
『……あの一打を利用する……!! 手を貸してくれ――相棒……!!』
次の瞬間、麻羅がカメリアの横に並んで立つ。カメリアの視線から、その意図を読み取ったのだ。
「ふん……わしが一番であることを証明してやろうと思ったが……頼まれては仕方ない!!」
そしてヒラニィが両手で握った羽子板には、ある限りの力が集中している。それは、その地に眠る全ての力こめた地祇の必殺の一撃、『天地鳴動拳』であった。
「これがトドメよ!!
麻羅ともども二人まとめて吹き飛べっ!!
――天地鳴動弾っ!!!」
あくまでこれは羽根つきです、念のため。
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