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リアクション
第一章
低い音が鳴り続けている。
振動……地面の揺れる音。
大地が、長く長く振動し唸り続けていた。
荒野に隆起した岩樹が震えて、その先端が砕けて瓦礫を散らしている。
遠い場所――というほど遠くに感じないが――に現れていたのは、余りに巨大な化け物だった。
それは景色の大部分を占めていた。
広大な大地と360度の空の大部分に、その黒い巨躯と影を伸ばしている。
シャンバラ大荒野の大地から這い出して来た、暗闇のベヒモスと呼ばれる黒の塊が、ずるり、と、また地面を這いずる。
地面が抉られ、広域に砂埃がもうもうと舞い上がる。
それは、迫っていた。
「――急ぎましょう」
マルティナ・エイスハンマー(まるてぃな・えいすはんまー)は、薄く喉を鳴らして呟いた。
遥か西から、この荒野へと転移した村の中で。
■□■
飛空艇――。
「悠長な事をしている……」
エア・エリドゥ(えあ・えりどぅ)が呆れたような声を漏らした。
彼女の視線の先では、鮮杜 有珠(あざと・うじゅ)が硬質な床に魔法陣を描いていた。
声が聞こえたのか、有珠が猫のように四肢を張った体勢でクスっと笑う。
手に色材を持ったままエアの方を振り返り、
「せっかくだから、ね」
言って、有珠は体を起こした。
立ち上がり、膝を払ってから、スゥっと目を細め、陣に手をかざす。
そして、有珠は唱えた。
「――薔薇の契約により来たれ、汝、七つの大罪の一柱を体現せしモノ――」
ゴゥッ、と陣の中で光が渦巻き、収束し、束の間の後、そこにはベール・フェゴール(べーる・ふぇごーる)が佇んでいた。
ベールがそぅっと顔を上げ、微笑む。
「御機嫌よう、ご主人さま。なにやら随分とタイヘンなことになっていると」
「あたし達はトゥーサで出るわ。あんたは飛空艇から、あのデカブツと周辺状況の把握をお願い」
「情報収集ですね。かしこまりました」
「メイドばっかりしてないで、たまには悪魔らしく魔力測定とかそれらしい事もしなさい」
「お茶を淹れてお待ちしておりますわ」
ベールは有珠の言葉をするりと流すように言って、微笑みながら顔を軽く傾けた。
「ご武運を」
飛空艇内、イコンドック――。
ヴァイシャリーからのイコン部隊と共に柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)は飛空艇に訪れていた。
そこに居た整備士たちと挨拶をかわすのもそこそこに、イコンの整備に当たる。
「啓輔、データを送ります」
アルマ・ライラック(あるま・らいらっく)が送ってくれた先の戦闘でのデータを元にイコン各部のチェックを行っていく。
「1から15番まで問題無し。機晶エネルギーの循環レベルは?」
「問題の無い範囲です」
「っと、格闘してるのな。……あー、やっぱり」
イコンの右腕の関節部の装甲を退かして確認してみれば、やはり相当な負荷がかかっているようだった。
「交換してる暇はないよな」
「応急処置なら可能では?」
「そうするか。となると――」
「必要なパーツは私の方で用意します。啓輔は他箇所の確認を。そちらは私には出来ませんから」
「っと、了解」
イコンの各部確認を続ける啓輔を残し、アルマは整備用のゴンドラから飛び降りた。
軽く飛行して、着地する。
「さて――」
忙しない周囲を見まわしてから、薄く嘆息する。
「自分で取りに行った方が良さそうですね」
資材庫へと体を巡らせたところで――
「わっ」
どん、と常盤 遥(ときわ・はるか)とぶつかる。
倒れてしまった遥を見下ろして、それから、アルマは遥の方へ手を差し出して助け起こした。
「あ、ありがと……ぶつかっちゃってごめんね。急いでたから」
「パイロットの方ですか?」
「うん。君は整備の人?」
「ええ、ヴァイシャリーから」
「そっか、こっちに乗っててもらった方がすぐに修理が出来るもんね」
「これから出撃ですか?」
「そう。もう出られるみたいだから」
「そうですか。どうかご無事で」
「ありがとう。――行ってくるね」
駆けていった遥の背を見送り、アルマは資材庫へと向かった。
■□■
遺跡――。
「……少し、明かりが足りないかな」
アンデルセン著 「雪の女王」(あんでるせんちょ・ゆきのじょおう)は遺跡に仕掛けられていた罠の解除を行なっていた。
湿った土の匂いの濃い古い遺跡だった。
魔法的な仕掛けも幾つかあるようだったが、主なものは物理的なものが多かった。
ある床石を踏むと連動して槍が飛び出す、とか、そういったものだ。
そして、今、彼がのぞき込んでいるのは閉められた扉の隙間だった。
不用意に扉を開けようとすると何かしらの罠が発動する仕掛けがある。
先行した黒騎士たちの手によって、一度解除され、開かれた形跡はあるが、その後、もう一度扉を閉め、罠を仕掛け直したのだろう。
後続する契約者たちを妨害するために。
「はい、これで、どう?」
エイン・ヒューレン(えいん・ひゅーれん)が火術によって生み出した火を、扉の隙間へと差し込んでくれる。
そうして照らし出された数拍の明るさで、「雪の女王」は仕掛けの構造を確認した。
「うん、ありがとう。なんとかなりそうだよ」
振り返り、エインへ言う。
「でも、持ちそう?」
問うと、エインがパタパタと手を振って。
「ちょっと大変になってきたけど、大丈夫。頑張るから」
彼女はここまでの間に、既に数度、火術を用いて明かりを提供してきてくれている。
その顔には、やはり疲れが見えていた。
と、モルル・エルスティ(もるる・えるすてぃ)がシャンシャンとタンバリンを鳴らしながら、エインの鼻先を飛んだ。
耳に聞こえたのは、驚きの歌。
モルルが翻って、エインの前で小首を傾げる。
「元気出た?」
「モルル……」
「エインちゃん頑張ってるから、モルルにできること、いっぱい頑張るからね!」
ひゅらひゅらと鼻先を飛ぶモルルをエインの目が追って、笑む。
「じゃあ……そしたらモルル、あたしと手をつないでもらっていい……?」
エインが片手をすうっと掲げながら言った。
「うん? 手を繋げばいいの?
分かったよ!」
元気に頷いたモルルが、ひゅるっと飛んでエインの片手――の指先をぎゅっと掴んだ。
その様子を見ていた「雪の女王」は、零した。
「手を繋ぐ、かぁ」
「モルルの手小さいから、これが限界なのー!」
「あはは、私とモルルじゃ手の大きさが違うもんね」
エインが可笑しそうに笑って、それから、口元を静かに収めた。
「でも、これで安心できるよ」
「え?」
「モルルの鼓動が分かるから」
小さく一粒の息を置いて、エインはモルルを見やり、続けた。
「ありがとう、最後まであたし頑張る」
一方――。
「ふぅん……」
秋沢 向日葵(あきさわ・ひまわり)は遺跡の端っこにしゃがみ込み、そこに置かれていた小さな石像を眺めていた。
石像の目の前の床には、もう一つ罠が仕掛けられていた。
これを見つけたのは「雪の女王」だ。彼はイナンナの加護によって勘付いた。
そして、どうやら、この石像が扉の方の罠を解除するために必要なスイッチらしく、そのスイッチを操作しようという者のための、二重に仕掛けられた罠だった。
石像のスイッチ自体は、時の流れの中で壊れ、もう機能しないようになってしまっているようだったが。
と、向日葵は、隣で同じようにしゃがみ込んでいる夜乃森 依紗(よのもり・いすず)とカルダ・アロイス(かるだ・あろいす)に気づいた。
「どうしたの?」
仕掛けのある床の方を眺めている様子だった二人に問いかける。
小さな二人が一緒に顔を上げ、依紗が小首を傾げた。
「これ、どんな仕掛けなのかな?」
「さあ、パートナーに見てもらわないと分からないわ」
向日葵は、依紗の意図が分からないまま、しかし、やんわりとした笑顔で応えた。
カルダがやる気の無さそうな目を、のろっとエインの方へ向ける。
向日葵は、人差し指を軽く顎に当てながら、一緒に「雪の女王」の方を見やった。
「あちらの罠を解除し終えたら、訊いてみましょうか」
■□■
さて、黒騎士を追う契約者たちとは全く別の道では、長い間、誰も踏み込んでいなかった遺跡の通路を突き進む二人が居た。
「やっぱり、一人じゃないって心強いネ!」
ディンス・マーケット(でぃんす・まーけっと)は意気揚々と遺跡の通路を歩んでいた。
とはいえ、罠などに気を付けなければならないから、実際の足取りは慎重だったが。
対して、彼女と共に遺跡を進んでいた瑪瑙・トライシーカー(めのう・とらいしーかー)は、ただ冷静で、そして、特に罠を気をつけようとか、そんな素振りは無かった。
街中をぶらっと歩くような気軽さで歩んでいる。
瑪瑙が片眉を軽く跳ねながらディンスの方を見やり。
「まぁ退屈が紛れるのはありがたいねぇ」
「せっかくだから楽しく行きまショ」
にぱっと笑って返してから、ディンスは、はたと思い出し、懐からスッと“アレ”を取り出し、瑪瑙の方へ差し出した。
「名刺?」
瑪瑙がディンスの差し出した名刺を手に取り、首を傾げる。
「それが私のホントの武器だヨ。ディンス・マーケット、よろしくネ」
ディンスはパシッと瑪瑙の空いている方の手を取って、握手した。
「ふむ」
瑪瑙が軽く目を細めてから、名刺を仕舞う。
ディンスは、瑪瑙から手を離し、改めて遺跡の奥の方へと向き直った。
ぐっと拳を握った。
「今必要なのは、村の皆を避難させて、あの怪物と黒騎士たちに勝つコト。
だけど――その後のことも考えないとネ」
「後の事とは?」
瑪瑙が何か面白がるような様子で問いかけてくる。
ディンスは、歩み出しながら「生きるのには、お金がかかるヨ」と答えた。
パンッと、気合を入れるように自身の二の腕に手のひらを置く。
「頑張って役に立ちそうなモノ見つけるヨ!
目指すは、ベヒモスに関する情報、武器、お金になりそうな宝物!!」
「さて。こういった場合、大概期待するだけ無意味だとは思うがね」
瑪瑙の声が聞こえ、ディンスは、へにょ、と眉を垂れた。
肩を落としながら瑪瑙の方へ振り返る。
「やる気をそがないで欲しいヨー」
「まぁ何、とはいえ“大概”がどれほどを指すかは『神のみぞ』というものだ」
瑪瑙が、ぽんっとディンスの頭を軽く叩きながら歩み出す。
ディンスは、それを目で追って、気づいた。
「あ、そこ。足元に罠が――」
「ああ、分かっているよ」
瑪瑙が、不自然に突出していた床石をしっかりと踏む。
「へ…………?」
「せっかくだ。楽しく行こうじゃないかい? ねぇ」
瑪瑙のその言葉に返す間も無く――
「ホワァーーーーーッ!?」
二人は通路の奥から転がってきた、大岩に追われて全力で疾走したのだった。
ディンスの悲鳴が長く長く響いていく……。
■□■
遺跡奥――。
さしもの黒騎士たちも辟易している様子だった。
「ああ、なんだって俺はこんなことになってるんだろうな、きっと朝食べたパンが悪かったんだよ、だって今日に限ってバターを塗らずにジャムだけを塗って食べてさ、いつもは違うんだけど、今日はバターって気分にはなれなかったから、ああだから俺は、こんな暗いところでイカめしい男たちに連れられて訳もわからず死を待つだけなんだ、嫌だなぁ、死にたくない、死ぬのは嫌だ」
パーシバル・カポネ(ぱーしばる・かぽね)だ。
彼は、とにかく、黒騎士たちに捕らえられた時から喋り続けていた。
数度、黒騎士から殴られ、その度に酷く怯えた様子を見せていたが……
(あれは、演技だ)
長谷部 恭助(はせべ・きょうすけ)には分かっていた。
彼もパーシバル同様に、黒騎士に捕まっている。
黒騎士たち、特にガーランドと呼ばれている男は、やれやれとパーシバルを呆れた目で見やっていた。
殴られて怯え、無知で頭が足りないがゆえに、恐怖のまま再び余計なことを喋って殴られを繰り返す愚か者。
ガーランドや黒騎士たちには、パーシバルがそう見えていただろう。
恭助だけは、彼がそんな“かわいいもの”ではないと分かっていた。
だから、彼が殴られ、注目を浴びている間に恭助は少しずつ『準備』を進めていた。
(……そろそろ、頃合いか)
恭助は、わざと嘆息し、ゆっくりと黒騎士の方を見やった。
「煩くて叶わない。
あんた達の目的が何なのかくらい教えてやったらどうだ?
せめて、この遺跡の先に何があるのかくらい教えてやれば、安心……はしないまでも、少しは大人しくなるだろ。
……何も分からないと、無駄に不安だけが暴走するってもんだ」
「しかし……」
パーシバルをまた殴って黙らせようとしていた黒騎士がガーランドの方を見やる。
パーシバルが怯えた様子で「いったい俺達をどこに連れて行くつもり?」と重ねた。
ガーランドは薄く鼻を鳴らしてから、パーシバルの方を見下し。
「我々は、暗闇のベヒモスを真に開放するために、遺跡の奥へ向かっている。
情報によれば、そこに、かつてベヒモスを封じる際に使った、専用の兵器の制御装置があるらしいからな。
それを破壊する」
「情報? これは、あんた達独自の計画じゃないのか?」
恭助は問うた。
ガーランドが恭助の方へ視線を向け。
「協力者が居るのだ。遥か古代に封じられた数々の災厄を知る、協力者がな。
彼は言った。
我々に協力するのは、真なる王の御意思だと」
「ふぅん、つまり、あんたは何だかよく分からない奴の言葉のままに行動してるだけってわけか、思ったよりも小物だな」
パーシバルが言って、ガーランドがそちらの方を怒り半分、怪訝さ半分に見やる。
パーシバルがその視線にビクッと大きく怯えたフリをするのを見やってから、恭助はガーランドの方を見た。
(……このガーランドってのは、大仰に言って悦に浸ってはいたが、まあ、パーシバルの言う通りだろう。
よっぽど日の目を見ないまま今日まで来て、急に大事を引き起こせるようになって浮かれてるだけのようだ。
なら、まだ、引き出せることがあるか……)
「さっき、専用の兵器の制御室がある、と言ったな?」
恭助はガーランドに訊いた。
「そいつをどうするつもりだ?」
「破壊する。それにより、力を取り戻したベヒモスを封じるための手段は一切無くなる」
「――参ったな」
と、パーシバルが小さく零したのが聞こえる。
恭助も同様の気持ちだった。
「……なら、あんたらに訊いても、その装置の使い方は分からないってわけだ」
■□■
西の村付近――。
「――ベヒモスは我々の生命の気配を感じ取りながら迫って来ているようですわ」
マルティナ・エイスハンマー(まるてぃな・えいすはんまー)は小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)と共に最適な避難ルートを模索していた。
飛空艇から送られてきた近辺の地図情報を元に、検討を重ねていく。
「救いはベヒモスの進みがまだ遅いということですね。
しかし、どちらにせよ、東に出現した村と合流する形で飛空艇に乗り込んだ方が良いでしょう」
「そうですわね。
少々リスクは高まりますが、全員を助けるつもりならば……それしかない」
マルティナは頷き、地図へと指先を走らせた。
「丘を迂回して――ここ。
この場所ならば、もしベヒモスに追いつかれたとしても、両側の岩山を盾に飛空艇を逃がしやすく、イコンの援護も受けやすいですわ」
「……ベストではないにしろ、それが今の最善でしょうね」
秀幸が眼鏡を軽く指先で抑えながら頷く。
「決まりですわね」
マルティナはすぐに近衛 美園(このえ・みその)や仲間たちに避難ルートを伝えた。
そこで一息つき、それから、マルティナは携帯を取り出し、遺跡へ潜っているメルキアデスへとコールした。
予想の上を行く速さでメルキアデスが出る。
『はいよー、どうした? マルティナちゃん』
「現状はいかがですか?」
『もうちょいで黒騎士たちに追いつけると思うぜ』
「向かわれる前にも言いましたが――」
『分かってるって、情報を引き出すんだよな!』
「ええ、お願いしますわ」
『おーけぇーい! この命に代えても!』
そんなやり取りをして、電話を切った後。
「…………」
マルティナは、ぽちぽちと電話をかけなおした。
今度はメルキアデスのパートナーである、フレイアに。
『あら? どうしたのかしら?』
「黒騎士から情報を引き出して欲しい件ですが……」
『ああ』
と、フレイアが何かしら納得した声を上げる。
マルティナの不安を見通したのだろう。
電話の向こう、フレイアが続ける。
『いいわよ、黒騎士には元々興味があったし』
「お願いしますわ」
内心でホッと軽く安堵しながら、マルティナは言った。
「誰も見捨てたりしません。ですので落ち着いて指示に従って避難してくださいね」
マルティナの示した避難ルートへと美園が村人たちを導いていく。
その一方で、ユルク・ベルンシュタイン(ゆるく・べるんしゅたいん)はアイロス・ツェロナー(あいろす・つぇろなー)と共に怪我人の護衛に当たっていた。
村がモンスターに襲われた際の契約者たちの活躍で、幸いな事に命に関わる怪我を負っている者はいなかったものの、荒野を進むには少々辛い怪我を追っている者が数名居る。
本隊からは遅れて移動することになる彼らのために契約者を割かなければならなかったが、当然、見捨てるわけにはいかなかった。
(どうだ? アイロス)
ユルクは村人の怪我を押さえていた布を代えながら精神感応でアイロスに問いかけた。
荒野の中に突き出た大岩の影だ。
周囲では、怪我の痛みにこらえ、ここまで歩んできた村人や、彼らを守るために同行している契約者たちの姿がある。
(――今のところは大丈夫だ。
だが、奴らは必ず俺たちを追ってきている筈だ)
後方、村側を見張るアイロスから返答がある。
ユルクはアイロスが持って来ていた大きなリボンを切って、少年の足の怪我へのガーゼ代わりとしながら精神感応を続けた。
(ここは、まるで戦場だ。
昔を思い出すな、アイロス)
手に馴染む動作で応急手当を終え、ユルクは少年の頭をやんわりと撫でた。
(昔、君を救えなかったが……今出来ることをしたいんだ)
(…………)
少しの間を置いてから。
(一人として犠牲を出さないのは俺の流儀であり、やり方だ)
アイロスから返ってくる声。
(貴様がやろうとしている事は俺のポリシーに合っている。だから特別に手伝ってやっているんだ。ありがたく思え)
(君と合流したかいがあるよ)
ユルクは少年へ微笑みかけてから、立ち上がった。
と――
(ユルク)
アイロスの調子が一転する。
ユルクは弾かれるように後方へと駆けていた。
頭の中でアイロスが強く言う。
(――敵だ)
■□■
遺跡――。
「……これは……?」
ディンスは、その“小さな水晶”を覗き込みながら、静かに息を吐いた。
「どうやら、ここは保管室のようなものか」
少し後ろに立っていた瑪瑙は視線を周囲に巡らせ、言った。
あの後、二人は、ある部屋に入り込んでいた。
大岩に追いかけられた後も、特に罠を回避する術を持たなかった二人は様々な罠に掛かった。
おかげで、二人ともボロボロになっていたが……しかし、ようやく何か意味の有りそうな部屋へとたどり着いていた。
部屋には幾つもの台座があった。
台座は何も置かれていないものもあれば、割れた水晶が置かれているものもあった。
ディンスは、その中で唯一、形を保ったまま、中に白い炎を称える水晶を手に取った。
ごく、と喉を鳴らす。
そして、ディンスは瑪瑙の方を振り返り、言った。
「これ、きっと何かの役に立つものだヨ。皆に届けなきゃ!」
■□■
東の村付近の荒野――。
「罪深き者――罪深き者――無辜の人々を刈り取ろうとする罪深き、モノ」
ロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)は、空飛ぶ箒で荒野の上空を飛びながら、周囲の警戒に当たっていた。
村で契約者たちに打ち倒されたモンスターたちの残党は、必ず、避難を行っている村人たちを襲いにやってくる筈……。
「彼らは許されない。彼らが行おうとしていることは非道であり、……の許されるところではない」
ならば、彼らがなさんとすることは失敗する筈だった。
ロレンツォの信じる『神』は、そういう風に世界を作りたもうた筈だった。
「私は、彼らが失敗する手段として配置された“駒”」
岩陰の向こうへと旋回して、モンスターたちがひっそりと村人たちの進行方向へ進んでいるのを見つける。
「全て、神の御心のままに」
「懲りない上に迂闊な連中ね」
アリアンナ・コッソット(ありあんな・こっそっと)はロレンツォからの連絡を受け、やれやれと零した。
一度、ロレンツォに奇襲を看過されて失敗しているというのに、再び同じような手を使おうとし、同じように見透かされてしまっている。
とはいえ、それは、モンスターたちに適切な指揮官が存在していないということでもあるのだろう。
主要な者は遺跡に向かったのか。
ともあれ、村人を守るには先手を打つ必要があった。
今、動ける者は――
「ライル、リリィ」
アリアンナは、子供たちと共に避難を行っていたライル・エリシュクス(らいる・えりしゅくす)とリリィ・フォルネルシア(りりぃ・ふぉるねるしあ)に声をかけた。
手短かに状況を伝える。
「村の人たちを放っておくわけにはいかないから、最小限の人数で事に当たるしかない。一緒に行ってくれる?」
「問題無い」
アリアンナからの説明を受け、視線を強めたライルが頷く。
そして、ライルはリリィの方を見やり。
「リリィは――」
「もちろん、共に行きます」
リリィが微笑んで答える。
渋ったのは、子供たちだった。
「……兄ちゃんたち、一緒に行ってくれないのか?」
子供たちの中でも一番年上の少年が、やや睨むようにライルたちを見上げて言った。
「あなた達を無事に送り届けるためだよ」
「でも、兄ちゃんたちが……それで、死んだら」
ライルは少年と、彼のそばで不安げにこちらを見上げている子供たちを見やり、そして、静かに剣を抜いた。
騎士が王に誓うように剣を立ててみせる。
「エリシュクス家の剣士は最後まで絶対に遣り遂げる。
――だから、大丈夫。あなた達は何があっても必ず、俺たちが安全な場所まで送り届けるよ」
そして。
くしゃくしゃ、とアリアンナは少年たちの頭を撫で混ぜて笑った。
「心配しないでいいわよ。
彼はとっても真面目だから、もし、志半ばで死んだとしたって、きっとゾンビになって守りに来てくれるから」
もちろん、死なせなんてしないけど、と付け加え、アリアンナは「それにね……」と軽く上空を見やった。
「空にも、もう一人、とっても真面目なのが居るわ。
あれはね、あなた達が今モンスターにやられることを『正しくないこと』だって思ってる。
だから、必死で守り切ろうとするわ」