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街道づくりの事前調査

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街道づくりの事前調査

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村の住人達

「これで終わり……と。どうです? 腰の調子は」
 治療器具を片付けながら一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)は前村長の男に調子を聞く。調査隊のバックアップとしてこの依頼に参加していたアリーセだったが実際に怪我して帰ってくる冒険者達はおらず、またぎっくり腰になったという前村長の治療にあたっていた。
「いやー、大分楽になりました。村にはヤブ医者のじいさんしかいませんからあなたのような女性に見てもらえるだけで天国ですよ」
 はっはっはと笑ってそういう前村長を勘違いしてるなぁ思いながらも、わざわざ誤解を解く理由もないのでアリーセは流して返答をする。
「慢性的にぎっくり腰が再発するようなら一度街でちゃんと見てもらったほうがいいですよ。私は専門の医者ではありませんから」
「今回の街道づくり事業が無事に終わればそうすることにしますよ」
「街道づくりか……俺はあまりそういうのは好きじゃないんだがねぇ」
 前村長の言葉に酒を煽りながらそう反応したのはカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)だ。ドラゴニュート族である彼が煽る姿はなかなかに豪快で迫力がある。
「あの村長の姉ちゃんは開発によって『消えてく』奴ら、が出てきちまうのを理解してねぇ」
 それは何もこの森に限った話ではない。だからこそ開発はそれを理解した人が主導しないといけないとカルキノスは思う。
「おっしゃるとおりですよ。共生を試みない開発はいずれ自分の身に帰ってくるでしょう。そういったことも娘には今回の事業を通じて理解してもらいたいのですよ」
 発展だけが村のためになるわけではないと前村長は思っている。だが、そのことを理解したのはつい最近だった。若い頃にそれを理解していればと後悔したこともある。その後悔の結果が若い娘との村長の交代だった。少々無責任な交代劇ではあったが、村の取締連中は前村長の意向を理解し、一緒に現村長を支えていこうということで合意を得ていた。
「お、前村長の兄ちゃん分かってんじゃねぇか。ほら、一緒に飲もうぜ」
 嬉しそうにカルキノスは笑い酒をついで前村長に渡す。
「はっはっは……こんな中年をお兄さんと呼ぶ必要はありませんよ」
 と、前村長も笑いながら酒を受け取る。
「あー! カルキノスってばサボってるぅ」
 ばんと扉を開きそう言って入ってきたのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)。カルキノスのパートナーだった。
「お、おう、ルカ。おかえり。サボってなんかいねぇぞ? ちゃんと仕事終わらしてんだから」
「ほんとに?」
 渡された調査書を疑り深そうにルカルカは確認する。そこには確かに二人で分担し、カルキノスが担当した範囲の調査報告がまとめられていた。
「そっちはどうだったんだ?」
「こっちも似たようなものだよ。モンスターがうじゃうじゃいるところは調べてないし、森の入口に生えてた薬草以外は珍しい植物はないね」
 カルキノスの調査書に目を通し、ルカルカはそう返す。
「あ、あと帰る途中にエースにも話聞いたよ。あっちもルカと同じような感じみたいだったね。森に生えてる薬草の素晴らしさをたくさん聞いてきたよ」
「……ルカたちらしい話だな」
 十分楽しんでるじゃないかとカルキノスは思うが、ここで指摘してさらに不満を爆発させる必要もないので適当にごまかす。
「むぅ……それにしてもルカが働いてる時にお酒飲もうとするなんて酷いよ」
「そう言うなって。ほらルカのためにチョコバーちゃんと容易してたんだぞ」
「そ、そんなものでごまかされたりなんか……もぐもぐ」
 速攻でチョコの誘惑に負けて不満もどこへやらと機嫌をなおすルカルカ。
「はぁ……酒もチョコレートもほどほどがいいですよ」
 呆れた様子で注意するアリーセの言葉を嬉しそうに飲み食いしている三人の中に聞くものはいなかった。


「テーマはみんなハッピーな街道作りですよ、お姉さま」
 高々とそう宣言するレオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)にお姉さまと呼ばれた村長は首を傾げる。
「と、言うと具体的にはどういった街道作りを?」
「それは……皆が幸せになる安全な…………うーっ、ごめんクレア。説明お願い!」
 細かいことが苦手で調査も辞退し、こうして村長と街道作りについて話し合っていたレオーナだが、当然のごとく説明も得意ではない。イメージを言葉にすることが出来ず説明をパートナーであるクレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)に投げる。
「では、僭越ながらレオーナ様に変わりわたくしが説明をさせて頂きます」
 そう前置きをしクレアは説明を始めた。
「街道作りで争点になるのは大きく見て二点です。一つは実際の街道を作っていく工程。……こちらは村長様も理解しているようなので省かせてもらいます。もう一つは街道を作った場合の環境への影響です」
「ええと……それは植物や動物の生態系への影響ということですか? それでしたら調査依頼の中にも……」
「はい。そこは問題ありません。問題があるのはモンスターの取り扱いです。村長様はモンスターの排除をお願いしましたね?」
 ふむふむとレオーナが頷いてる(実は村長のスリーサイズを観察している)のを横目に見ながらクレアは説明を続ける。
「ええ……それが?」
「実際に排除するとしても無計画に排除するのは開発ではマイナスなんです。ただ単純に『邪魔だから』という理由で排除すれば問題が出てきます。仮に抗争しているというゴブリンとコボルト、その片方が全滅してしまえばもう片方がこの村を襲う可能性もあります。またモンスターといえ亜人種であれば森の生態系を担う大事な役割を果たしている可能性も大きいです。減らすとしても慎重な計画が開発だと必要なんです」
 ひと通りの説明を終えクレアは一つ息を吐く。パートナーが珍しく『幸せな街道作り』というまともな事を言い出したために少しだけ気合を入れて説明をしていた。
「そう……なのですか? では今すぐモンスターの排除をやめてもらうようにお願いしなければ……」
「それは大丈夫ですよお姉さま」
 これまで静かに聞いていただけ(実は村長相手の妄想を繰り広げてた)のレオーナがそこで合いの手を入れる。
「今回集まった冒険者の人たちは私たちより旅慣れてる人たちばかりだもん。排除するにしてもちゃんとした仕事で適当な事をする人なんてほとんどいない……よね? クレア」
「そこでわたくしにふるのですかレオーナ様……ですが、レオーナ様の仰るとおりだと思います」
「そう……なんですか。私にはまだ良く分かりませんね」
 頭では理解できても感覚的には理解しきれない様子の村長。悩める彼女のもとにレオーナは静かに近づいていく。
「でしたらお姉さま……私が手取り足取り教えて差し上げ――」
「――何してんだお前」
 レオーナが村長のあらぬ所に手を伸ばそうとした所でローグ・キャスト(ろーぐ・きゃすと)が腕を間にはさみレオーナの企みを邪魔する。
「む……私の百合の園にむさ苦しい男が……」
「ただの集会所だろうが!……村長大丈夫か?」
「え? ローグ君どうかしたの?」
 ローグの気遣いにも何のことか全くわかってない様子の村長。
「この村長は……相変わらずどこか抜けてるというか……ガードが甘いというか……」
「ローグ……『君』?……お姉さま。この男とはどんな関係で?」
「あ、ローグ君はこの村の住人なんですよ。年が近いから仲良くさせてもらってるんです。といってもローグ君達は森の方に住んでるから少し特殊ですけど」
 村長の言葉にレオーナが無駄にショックを受けているが当然村長は気づかない。
「そうだよ、それだよ。なんで俺らに調査のこと伝えなかったんだ。俺らが調査のこと聞いたの今日の朝だぞ」
「そうよ、私たちに伝えといてくれれば調査くらいはどうにかしたのに」
 ローグの文句に続くのは彼のパートナーであるナターリア・フルエアーズ(なたーりあ・ふるえあーず)だ。こちらはローグと違い不満というより疑問の色が大きい。
「ちゃんと最初に頼みに行ったんだけど、ローグ君留守にしてたし……何度か頼みに行ったんだけど……」
「あー……確かに最近は家を留守にしがちだったかもしれないが……村には何度か行ってるんだからその時にでも……」
「私も仕事で村を留守にしがちだったから……その間にローグ君たちがきたらお父さんに調査のこと伝えるように頼んでたんだけど……」
「……なぁナターリア。俺たち前村長に何度か会ってるよな?」
「うん。村長とは確かに会えてなかったけど前村長になら三日に一度は会ってるよ」
 ローグとナターリアは前村長の性格を考える。
「どうりで……あの親父適当だからな……」
「うん……納得だわ」
 村長は抜けているところは多々あるが不義理なわけではない。それに対し前村長はノリで村長をやっていたような男だ。考えがあるのは分かっているがまだ若い現村長といきなり村長を交代するとかノリがなければ不可能だろう。
「むむむ……私の玉の輿計画が……」
「レオーナ様……そんな事を考えていたのですか……」
 村長とローグ達が身内談義を始め、蚊帳の外になり悔しがっているレオーナと、その計画に気づいたクレアの苦労の涙は誰にも気づかれることなくため息とともに流された。