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リアクション
「シスター、テェロはみんなが探しに行ってくれているから心配しなくても大丈夫だよ」
教会にやってきた想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)を、年老いたシスターは品定めするように見つめてくる。
御年七十の女性とは思えぬ鋭い眼光に夢悠は慌てた。
「あ、えっと、みんなっていうのは契約者で、治癒とか特殊な能力を持ったすごい人たちだから絶対大丈夫。あの……信じてください!!」
夢悠はじっと見つめるシスターの目を見返した。
すると、シスターが銀歯の光る歯でニッコリ笑った。
「坊やの言葉信じますよ」
促されてしゃがみ込んだ夢悠の頭を、シスターは皺だらけの手でゆっくり撫でた。
「私は大丈夫です。それより、そこにいる子供たちをお願いします」
気恥ずかしさに顔を赤くしていた夢悠が振り返ると、ドアの隙間から教会の子供たちが見守っていた。
子供たちは流れ込むとすぐに夢悠を囲んでしまう。
「本当にテェロは大丈夫?」「いつ帰ってくる?」「すごいってどのくらい?」「ねぇ、どのくらい強い?」
一斉に話しかけてくる子供たちに慌てながら返答する夢悠。
「う、うん。大丈夫、大丈夫。すぐに帰ってくるから、それまで一緒に待っていようね。すごい人はドラゴンと戦うよ。こうバーンとかドーンって。えっと、どのくらいってドラゴン……あれ、さっきこの質問答えなかった?」
心配もあるが、子供たちにとって人が訪れることは珍しく、質問は止まらない。
すると、シスターがフライパンを叩いて子供たちの注目を集めた。
「そんなに質問ばかりしたらお客さんに失礼ですよ。ほら、皆さんが戻ってきた時のための準備をしましょう」
シスターは不安が拭い去れない子供は抱き寄せ、少しでも元気な子供には働くように指示を出した。
「すいません。私も歳で動きまわるのが辛いのです。子供たちを見ていてもらえますか?」
「は、はい」
夢悠はお菓子作りを始めた子供たちを見守りながら、手伝いを始めた。
「……あれ?」
着々と作業が進む中、夢悠はドゥルムの姿が見えないことに気づく。
ドゥルムはポッカリと口をあけた洞窟を見つめていた。
「テェロ……」
そんな時、地底湖が崩れたことで地震にも似た激しい揺れが発生する。
我慢の限界に達したドゥルムは、洞窟の中へと足を踏み入れてしまった。
「食べられなかった……」
洞窟から残念そうに出てきた緋柱 透乃(ひばしら・とうの)。今は仲間から借りた上着を羽織っている。
下を向いて歩いていると、足を止めていたグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)とぶつかった。
「あれ? みんなしてどうしたの?」
よく見るとグラキエスだけでなく、救出に向かった生徒も含めて洞窟を出てきた者が揃って集まっている。その中には夢悠の姿もあった。
グラキエスはぶつかってきた透乃を振り返る。
「ああ、透乃。あなたはドゥルムという女の子を見なかったか?」
「見てないなぁ」
「そうなると、やはり中か」
夢悠が言うには子供たちがこちらの方に向かったドゥルムを目撃したという。しかし、周囲にそれらしい姿はなく、中に入っていった可能性が高かった。
しかし、洞窟は今にも崩落の恐れがあり、未だに地響きが続いて傍の桜の木はその花びらをほとんど散らしていた。
「ここで考えていても仕方ない。ロア地図を出してくれ」
「まさかエンド、中に入る気ですか、危険ですよ!?」
「わかっている、けど放っておけないだろ」
「いや、でも……」
「いざって時は岩盤を突き破ってでも脱出する。だから早くしてくれ!」
鬼気迫るグラキエスの表情に、ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)は渋々マッピングしてきた地図を渡す。
「いいですか、身の安全を第一に考えてくださいよ」
「大丈夫だ。ゴルガイスもいる」
ロアの地図は、さらに捜索に名乗りを上げた他の生徒達にも配布された。
「オレはもう少しこの辺りを探してみるよ」
「わかった。……よし、時間がない! 急ぐぞ!」
生徒達は一斉に枝分かれして洞窟内部の捜索に向かった。
「て、テェロ……どこ?」
ドゥルムは壁に手をつきながらか細い声で呼びかける。
入れ違いで洞窟に入っていった彼女はリーラテェロが無事に救出されたことを知らなかった。
「きゃあ!?」
洞窟内部が大きく揺れ、上部に亀裂が走る。
断続的な揺れに立っていることができず、ドゥルムは崩れるように座り込んでしまう。
暗い室内で独り。何度も転んで服は泥だらけで、全身擦り傷だらけになっていた。
「テェロもこんな思いを……」
ドゥルムは泥だらけの手で目元を拭うと、這うようにして進みだす。
しかし、再びの揺れに亀裂は大きくなり、頭上から巨大な岩が落ちてきた。
「危ない!」
岩にまったく気づいていなかったドゥルムに、駆けつけたエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が覆い被さる。
その背を押しつぶすはずだった岩石はリアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)が一刀両断していた。
「二人とも怪我はない?」
「……ああ、助かった」
エヴァルトは小石を落としながら体を起こすと、綺麗な切り口をした岩を見て胸を撫で下ろした。
「そうだ。ドゥルム怪我は……擦り傷だけだな。すぐ外に連れてくからそれまで待ってくれるか?」
「あ、あのまだテェロが」
「僕たちが助けたから大丈夫だよ」
リアトリスは優しく笑いかけると、仲間に発見を伝える。
「それじゃあ、急いで脱出しよう。いつ崩れてもおかしくないからね」
リアトリスを先頭に、エヴァルトがドゥルムを抱えて洞窟を進む。
壁や天井からは大小様々な石や岩が転がり落ちてくる。
「怖がらなくていい、もうすぐ出口だ」
そんな時、正面から遠野 歌菜(とおの・かな)が目の前に吹き飛んできた。
「うぅ……」
「歌菜、大丈夫か!?」
「お尻がいたいよ!」
続いてやってきた月崎 羽純(つきざき・はすみ)は歌菜の傍に駆け寄ると、武器を構えて正面を睨みつける。
すると、一本道をヒラニプラムカデがゆっくりと進んできた。
「げっ……」
この振動で巣と繋がる道ができたのだろう。
捜索中だった歌菜と羽純は運悪く、上がってきた一匹と遭遇してしまったのだ。
「悪い。完全に道を塞がれた」
目の前の道を進まなくては出口までたどり着くことは出来ない。
「羽純くん、どうする?」
「もう倒すしかないだろう」
「協力しますよ」
リアトリスもドゥルムを守るように前に出た。
ヒラニプラムカデが牙を鳴らしながら近づいてくる。
そんな時、道の反対側から声が聞えてきた。
「様子を見に来たんだけど〜」
「なんや、大変な事になっとんな」
ヒラニプラムカデの後方に光精の指輪でルカルカ・ルー(るかるか・るー)とアフィヤ・ヴィンセント(あふぃや・ゔぃんせんと)の姿がはっきりと見えた。
図らずも挟み撃ちの形となった。
アフィヤがコロコロと笑いだした。
「こないな所まで追いかけられるとは、君好かれてるとちゃうか?」
すると、歌菜もクスッと笑いを漏らした。
「だってよ、羽純くん」
「なんで俺なんだ……」
ヒラニプラムカデを見やると、お怒りのご様子で奇声をあげている。
決して羽純に行為を抱いているようには見えない。
しかし、歌菜は笑顔のまま人差し指を左右に振った。
「だって、相手は女の子だよ、オンナノコ」
「女の子? ああ、卵を守ってたからか」
相手が雌だから男性である自分が好かれている。そう言っているのだと、羽純は一端は納得した。
「……って、ちょっと待て。父親でも卵は守るだろう」
「あいたっ!?」
羽純のツッコミの手を歌菜はおでこで当てていた。
「夫婦漫才はその辺にしときや。やっこさんが待って……ありゃ?」
目の色を変えて武器の構えたアフィヤ。
しかし、目の前のヒラニプラムカデは生徒達は無視して地面を堀り始めていた。
先ほどの敵意はどこへやらで、アフィヤはオーバーリアクションで転びそうになる。
「な、なんや、穴掘りして何かあるんかいな?」
ヒラニプラムカデは岩をどかすと、その下に落ちていた食べ物を見つけ出していた。
それはルカルカが落とした苺ドロップで、ヒラニプラムカデは喉を鳴らすようにして喜んでいた。
「飴玉が大好物なんか……あれ、まだ残っとる?」
「まだいくつかあったと思うよ」
「ほな、全部出しいや」
ルカルカは慌ててポケットのあちこちか飴玉を取り出した。
「う〜ん、これで全部かな……」
「ホンマか? 君、ちょっと跳ねてみ?」
「いや、それ違うからね」
「冗談やて」
アフィヤは飴玉の一つを受け取ると包みを剥がしてヒラニプラムカデの近くに投げた。
気づいたヒラニプラムカデが嬉しそうに飴玉を咥える。
「ほらほら、こっちや!」
飴があることを見せて走り出すと、ヒラニプラムカデはその後を追ってくる。
T字路まで到着すると、アフィヤは出口とは別方向へと残り飴玉全てを投げつけた。
「ああ、ルカの飴が……」
「今のうちや!」
ヒラニプラムカデの注意が逸れている間に、生徒達は出口へと向かう。
間もなく、外の明かりが見えてくる。
すると――
「そや。そういやリーラテェロとか言う女の子が怒っとったよ」
アフィヤはドゥルムに笑顔でそんな事が告げていた。
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