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【4周年SP】初夏の川原パーティ

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【4周年SP】初夏の川原パーティ

リアクション

 お好み焼きの生地を作るため、ガシャガシャとボウルの中身をかき混ぜるチョウコの様子を見に、国頭 武尊(くにがみ・たける)が顔を出した。
 チョウコと舎弟達はそろって『芸能人』と個性的な字でプリントされたTシャツを着ている。
「あっ、総長! 来てくれたんだな!」
「お好み焼き作るんだって?」
「へへっ。初めてだからうまくできるかわかんねーけど、作り方はバッチリ覚えてるぜ」
 得意気に笑うチョウコに笑みを返し、武尊は調理台の上に散らかる材料を見つめた。
(これ、本当にただの小麦粉か? 卵も……ダチョウ? いや、ダチョウはこんな変な斑模様じゃねぇし)
 かわいいコックさんを連れてきてよかった、と武尊は思った。
「一人でたくさん作るのは大変だろ? 助っ人連れてきたんだ。これは差し入れだ」
 と、武尊は白パン用スーツケースと食用の恐竜の卵をドンと置いた。
 おおっ、とチョウコと周りのパラ実生達から歓声があがる。
「総長ナイス! わぁ、何こいつ、かわいいなあ! 撫でていいか?」
 そう言ったチョウコの手は、すでにかわいいコックさんの頭を撫でていた。
 彼女の意識がかわいいコックさんに向いている間に、武尊は危険なお好み焼きの生地をそっと背後に隠す。
 これはこのままどこかでこっそり処分するつもりだ。
「総長も一緒に作ってくか?」
「いや、オレはかき氷早食い大会に出る」
「特等席か? カンゾーはかき氷の早食い得意だから、総長でもヤバイかもなー」
「そうかな? ま、やってみるさ」
「健闘を祈るよ。……あれ? ボウルがない」
 チョウコはようやく生地を混ぜていたボウルがなくなっていることに気がついた。
 武尊は知らん顔で言った。
「なくなったなら、また作ればいいじゃないか」
「そうだな、よし、コックさんよろしくな! 総長も後で食べに来てくれよ」
 武尊はカンゾーが主となってかき氷を売っているテントへ向かった。
 種もみ学院生達と和気あいあいとかき氷を売っていたカンゾーは、すぐに武尊に気がついた。
 テントへ行くと、見慣れない顔がいくつかあった。
「こいつら気が早くてさ。小型結界装置を自分で買ってここまで来たんだと。──ほら、この人が学院の総長だ」
 カンゾーに紹介されたのは女の子のグループだった。
 カンゾーと女の子達も『芸能人』のTシャツを着ている。
「総長だって! 強いのかな!?」
「なぁ、そのTシャツ……」
 武尊は気になって聞いてみた。
 すると、カンゾーがよくぞ聞いてくれたとばかりに身を乗り出して言った。
「この前の研修旅行から帰ると、何と教室にこのTシャツが詰まった箱があったんだ! 差出人はわかんねーけど、地球から送られてたんだ。もしかしたら、又吉さんの映像見て俺らを応援してくれたのかもな!」
 きっと違うだろう、と武尊は思ったが無邪気に喜ぶカンゾーには言えなかった。
 曖昧に頷く武尊の手に、そのTシャツが手渡された。
「総長と又吉さんの分だ。もっと欲しいなら言ってくれよな」
「あ、ああ……」
 ふと、いつもならここで一言いってきそうな又吉の反応がないことに気づいた武尊。
 相棒を探して視線を巡らせると……。
「見て、にゃんこがいるよ! かわいいなあ〜。おいで、ニボシあげるよ」
 女の子達に囲まれていた。
 女の子達は猫井 又吉(ねこい・またきち)に、どこからか取り出したニボシを手に載せて差し出す。
「そこいらのにゃんこと一緒にすんじゃねぇ! なめんなよ!」
「きゃあ、怒った!」
「怒った顔もかわいい! いい子いい子」
 又吉の威嚇も、怖いもの知らずの女の子達には何の効果もなかった。
 武尊は、カンゾーにかき氷早食い勝負を挑んだ。
「総長と勝負か。相手にとって不足はねぇ。よぅし、やるぞ!」
 種もみの塔屋上の特等席を賭けての勝負に参加したのは、武尊とカンゾーの他には女の子グループから一人と種もみ学院生から数名などだった。
「ハンデつけてやるよ。オレのは大盛りでな」
 不敵な笑みで言う武尊に、カンゾーはニヤリとした。
「そんな余裕見せていいのか? 後で言い訳すんなよ」
「そんなみっともねぇことはしない」
「ちょっとー、なに二人の世界作っちゃってんの〜? 優勝するのはあたし! そこんとこ、間違えないでよねっ」
 勝気そうな女の子が、つんと澄まして割り込んでくる。
 店員の種もみ生が、シロップを何にするか聞いてきた。
「オレはイチゴ味で。氷とパンツはイチゴに限るって言葉もあるだろ?」
「知らねーよ。……が、悪くはないな。おい、俺もイチゴだ」
「二人共ヘンタ〜イ。でもあたしもイチゴね!」
 少しして、バケツ一杯分はありそうなかき氷が参加者の前にドンと置かれた。
 そして審判役の種もみ生が手をあげ、スタートの合図を切った。
 猛然とかき込む武尊達の様子を、又吉がデジタルビデオカメラで撮影している。
 後でこれをネットに流し、種もみ学院は楽しいところだということを宣伝するつもりだ。
 カスタネットやらタンバリンやらを鳴らして賑やかに応援していた女の子の一人が気づき、カメラをぐいっと自分達のほうに向けた。
「私達のことも、綺麗に撮ってよね」
「任しとけ。だからカメラを離せ。……ところでさ、こっちに来て何か要望はあるか? 生活必需品で足りないモンがあるとか」
「んー、今のとこ特にないけど〜、ここってかわいい服とか化粧品とかないんだね」
「おしゃれしたかったら空京まで? ヴァイシャリーも良さそうだけど」
「移動手段が馬ってのもありえないよね。おもしろいけど」
「私は馬の旅、好きだよー」
 思い思いにしゃべる女の子達の話を、又吉は頷きながら聞いていた。
「パートナーも何とかしたいな」
 又吉の呟きは、彼女達の興味を大いに引き付けた。
「契約の泉だっけ? すごく楽しみにしてるから、連れてってね!」
 ──と、勝負がクライマックスに近づいてきた。
 武尊、カンゾー、女の子の三人が競っている。
 三人とも、舌の感覚はすでに怪しい。
 審判は瞬きも忘れて見守っている。
 そして。
「食ったー!」
 一番にガッツポーズをしたのはカンゾーだった。
 それからほとんど一口の差で武尊、ラストで少し離されて女の子が完食した。
 カンゾーから自慢げな眼差しを受け、武尊は苦笑して肩をすくめた。
「いい勝負だった。またやろう」
 差し出したカンゾーの手を握り返す武尊。
 その上に女の子の手が乗った。
「あたしだって、次は負けないんだから」
 特等席はカンゾーが守り抜いた。
 が、本当のところは、言えば誰にでも貸すのだとか。
 その後、武尊の提案でチョウコのお好み焼きを食べに行くことになった。
 かわいいコックさんがついていたおかげか、何事もなくお好み焼きは焼きあがっていた。
 チョウコスペシャルとして、やたらとスパイスの効いたお好み焼きもあった。
 不思議な味だった、というのが武尊の感想。

○     ○     ○


 バーベキューの食欲をそそる香りから少し離れたところに、真っ白なテントがある。
 そこからは、ふんわりと甘い香りが漂っていた。
「何でクレープ……? いや、嫌いじゃないけど」
 とは言いつつも、何とも言えない表情で集まった面々の作業を眺める瀬島 壮太(せじま・そうた)
 テントの持ち主のエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)がにこりと微笑んで答えた。
「私がお菓子作りが得意なの、知っているでしょう?」
「知ってるよ。今日も手際が良いもんな」
 エメは壮太と話しながらも次々とクレープ生地を焼き上げていく。
 生地だけでもおいしそうだ。
 エメはいつものように白色の三つ揃えでいたが、調理をするため上着は脱いでいた。
 その代わりだろうか、焼きあがったクレープは白かった。
「飲み物はリュミエールに頼んでくださいね」
「わかった。クレープの具は……あれ、果物ばっか?」
「いえいえ、野菜やウインナーは一番端の容器に入ってますよ」
 目で示されたほうへ行くと、新鮮な野菜と高級そうなウインナー、ツナがあった。
 壮太はツナを取り分けると適量のマヨネーズを乗せる。
 すると、果物を切っていたリュミエール・ミエル(りゅみえーる・みえる)が壮太に自分にも作ってくれと頼んだ。
「どこから広まったのか、いろんな人からサングリアの注文が入っちゃってさ。手が離せないんだ」
「ああ、それでそんなにたくさんの果物か」
「今作ってるのは、フルーツたっぷりサングリアだよ。昨日の下準備の時、多めに作ろうと思ってよかったよ」
「後でオレのもよろしくな。エメはどうする?」
「壮太君と同じのをお願いします」
「あいよー」
 壮太はツナとマヨネーズを三人分に増やした。
 隣で手早くあえる壮太の手元を見てリュミエールが楽しそうに言った。
「壮太君も料理の腕があがったのかな? お料理上手は男でも喜ばれるよ」
「……料理なんて別に、あいつが作ってくれるから上手くなくていいし。つーか、ツナと混ぜてるだけだろ。ガキでもできる」
 素っ気なく答えた壮太に、リュミエールは先ほどとは違った質の楽しさをにじませた笑顔になった。
「あいつねぇ……壮太君、何か報告忘れてない?」
「……何かあったか?」
「またとぼけちゃって! 壮太君も隅に置けないなぁ。……で、今の感想は?」
 何やらノリノリのリュミエールは、マイク代わりにカットしたパイナップルを串に刺して、壮太の前に突き出した。
 壮太はそれをぱくりと食べた後、一言。
「幸せだけど」
 と、淡泊に答える。
「何かな、その余裕な態度。少しは慌ててくれないとつまらないじゃないか」
「おもしろがるもんでもねぇだろ」
「まあいいか。……で、告白はどっちから? 何て言って口説いたの?」
「人の話を聞けよ」
「式には呼んでよね」
「聞けっつーの」
「こーの、末永く爆発しろー!」
 わざとか本気か、最後までマイペースだったリュミエールは、とどめにバチーンと壮太の背を叩いた。
「いてぇよバカ!」
「爆発!? 危ないことはしないでくださいよ?」
 爆発しろ、の部分だけ聞こえたエメが慌てた声を出す。
「あははっ、エメ、大丈夫だよ。壮太君のサングリアにパチパチ弾けるキャンディーを山ほど入れただけだから」
「なんだ……よかった」
「よくねぇよ! リュミエールも変なモン作ってんじゃねえ!」
 一人で二人を相手に声を枯らし、忙しい壮太だった。
 その彼の口元に、今度はリンゴが差し出された。
「まあ、何はともあれ、おめでとう。幸せにね」
「……ありがとう。話せなくてごめんな」
 リュミエールの心からの祝福の言葉に、壮太は照れくさそうにリンゴをかじった。
 エメもあたたかく壮太を見ていた。
 ふと、壮太は連れのミミ・マリー(みみ・まりー)を思い出した。
 ほったらかしにするつもりはなかったが、結果的にそうなってしまったことに気まずさを覚えて、黒髪のボブカットを探すと……。
「クレープの中身は、チョコバナナと生クリームいっぱいがいいなぁ」
 エメのところの執事、片倉 蒼(かたくら・そう)と仲良くやっていた。
 心配するまでもなかったか、と頬を緩めた。
 ミミの要望に応え、焼きあがったクレープに丁寧に生クリームをのせていく蒼。
 いつもきちんとした服装の蒼だが、今日はエメから休暇をもらったこともあり、ミミとおそろいのマリンルックだ。
 しばらく絞り口から出てくる生クリームを楽しそうに眺めていたミミは、笑顔のまま蒼に言った。
「蒼ちゃんの分は、僕が作るよ」
「ミミちゃんが? ふふ、嬉しいです。じゃあ出来たら半分こで食べましょうか」
「うんっ。何がいい?」
「そうですね……苺とキャラメルアイスでお願いします」
「任せて! エメさん、僕にも一枚焼いて!」
 元気に注文したミミに、エメは「少し待っていてくださいね」と微笑んだ。
 薄いクレープはすぐに焼き上がり、ミミはさっそく取り掛かる。
 蒼もミミも、作る表情は真剣だ。
 やがて出来上がったクレープを、白い皿に乗せて並べた。
 あまり料理が得意でないミミのは、少しいびつだ。
 けれど、そんなことは気にしない。
「さあ食べよう! 蒼ちゃんの手作り、大事にもらうね」
「僕もです。いただきます」
 ミミは豪快に、蒼は上品にお互いが作ったクレープに口をつける。
 二人の頬は幸せそうに緩み、目を見合わせて微笑んだ。
「お口についてますよ」
 気がついた蒼が、清潔なハンカチでミミの口の端についていたクリームをそっと拭った。
 ミミは少し恥ずかしそうにしたが、すぐに何かを思いついたように蒼に顔を寄せた。
「ハンカチじゃなくて、口で取ってくれてもいいのに」
 と、悪戯っぽく笑う。
 蒼はじっとミミを見つめた後に、では、と静かに口を開いた。
「次はそうしますね」
 真顔で言われて、ミミは逆に照れて赤くなってしまった。
 口をもごもごさせるミミに、蒼はクスッと笑うとミミの手から残りのクレープを取り、自分の分を渡す。
「半分こでしたよね」
「う、うん。……ねぇ、夏になったらまたお休みもらえるかな?」
 どもりそうになる舌に無理矢理言うことを聞かせ、ミミは話題を変えた。
「どうでしょう……?」
「もしもらえたら、今度はおそろいの浴衣を着て出かけたいね。女の子の浴衣を着た蒼ちゃん、きっとかわいいよ」
「そ、そうでしょうか」
 さっきとは反対に、蒼のほうが落ち着かない様子になってしまった。
 ミミはクスクス笑いながら、
「たくさんの人にナンパされちゃうかも」
 とからかうように言ってクレープにぱくつく。
 苺の甘酸っぱい味が口の中いっぱいに広がった。