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天空の博物館~月の想いと龍の骸~

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天空の博物館~月の想いと龍の骸~

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「これは……?」
   
 イブ・シンフォニールは砲撃の手をひととき止めた。
 弾切れではない。気になる光景がスコープ上にはいってきた。そしてそれが、彼女の手を止めるに十分だったから。
 ドラゴニュートたちと連携しての砲撃──周囲の連中は怪訝な顔で、こちらを見ている。
「これは、少々……?」
 少々、まずい。言いかけた彼女の言葉もまた、止まる。
 周囲の様子が変だった。
 ドラゴニュートたちの手にした重火器が、砲弾が、宙に浮いている。中には、部品がひとりでに外れて、分解されていくものさえある。
 これは、まさか。テレキネシス……か?
   
「武装解除をしたら、話を聞いてくれるかな」
   
 掲げた右手から、それを成した人物がやがて現れる。
 十兵衛を連れた、紫乃だ。彼女がその超能力で、イブ以外の全員の砲戦能力を、無力化している。
「!」
 そして、十兵衛がイブを抑えに動く。
   
「悪いが、邪魔はさせない!」
   
 完全に、長距離砲撃のみに特化した装備状態のこちらが不利。
 後退をかけるイブを、剣士は追ってくる。
「みんな。蒼の月の気持ちを、聞いてほしいんだ」
   

   
 誰かに抱き止められていることに、彩夜は暫く経ってから気付いた。
   
「……お待たせ。彩夜」
 それが美羽だと気付くのにも、時間がかかった。
「ベアトリーチェ、彩夜をお願い」
 美羽から託されたベアトリーチェが、支えてくれている。そして、誰かが戦っている。
 女王・蜂。そして刹那を相手に。
 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)が、加夜とともに戦ってくれている。
 両者のコンビネーションで、襲撃者たちを押している。その中で彩夜は、蒼の月からの声を聞く。
   
「彩夜! 彩夜、傷は!?」
 ベアトリーチェに支えられ、彼女たちの乗ってきたジープに載せられる。ひと足先にそちらへ移されていた蒼の月の声だ。こちらを覗き込む顔も見えた。
 大丈夫、と笑い返したつもりだが、できただろうか?
   
「ええい、邪魔をするな!」
「させませんっ! 蒼の月さんも、彩夜さんも!」
 ワイヤークローで、フレンディスがジープに敵を近寄らせない。
 加夜の射撃が、美羽の援護がそこに重なり、二対三で敵を押し返していく。
「彩夜……すまぬ、私のせいで……っ」
「大丈夫、です。このくらい……」
 傷口を押さえていた、血濡れの掌を蒼の月が握ってくれる。泣きそうな顔を、しながら。こんな感情的な表情、はじめて見た。
 彼女がそうしてくれることになぜだろう、安心感を覚える自分がいた。
「退いてください! 彩夜ちゃんも、蒼ちゃんも……あなたたちの好きにはさせません!」
 フレンディスに、加夜に、美羽。彼女たち──先輩たちに比べ、ほんとうにまだまだ、自分は弱い。なんにもできない。
 でも、こんな弱い自分を信じてくれた人が。頼ってくれた少女がここにいる。それに精一杯、応えたかった。だから、頑張れた。
 ほんのちっぽけでも。大したことが、なくっても。彼女が無事で、よかった。
 あと、自分にできることは。
   
「正中……一閃っ!」
「ちいっ!」
   
 女たちの戦い。その最中に、ジープに積まれた通信機が光を放つ。ベアトリーチェが回線を開けば、聞こえてくるのはエースと、グラキエスの声。
   
『こっちは準備完了だ! いつでも飛空艇を出せる!』
『はやくみなさん、合流をお願いします。こちらも攻撃を受けていますから、急いで』
 聞こえてきたその言葉に、頷きあう前衛の三人。足許の地面に三者三様、同時に攻撃を叩き込んで猛然とした土煙を巻き起こす。
「く! 煙幕か!?」
 タイヤが唸りを上げ、三人を拾い後退していく。
 被害覚悟で土埃の中に飛び込んだ刹那はしかし、ジープを発見することはできない。
   
「……ちっ」
 舌打ちとともに、刹那は追走を諦めた。
「……こんなものだろう。依頼の対価に相応のはたらきはしたと判断する」
 あの忍者。あの女。次はただでは済まさぬ。思いながら、彼女はパートナーとともに踵を返すのだった。
  

   
 輸送機の中。外では戦闘が続いているせいか、ときどき地響きが感じられる。思った以上に、ドラゴニュートたちの攻勢は執拗であるようだった。
「これハ、なかなか頑張りマスねェ……?」
「ええ、そうね」
 化石のパーツ、ひとつひとつに足りないものか確認をしていきながら、ロレンツォとともにルカルカは頭上を見上げる。
 ドラゴニュートたちの襲撃は続く。そりゃあ、蒼の月にも説明不足であったり、そのやり方に問題がなかったとは言わない。だけど、なにもここまでムキになって襲いかかってこなくても。そう、ルカルカは思う。
 同じ作業に没頭する相棒、カルキノスの気持ちは……どう思っているのか。
   
「……あーもー! しゃーねえなあ!」
「って、へっ?」
   
 と。やおら突然に雄たけびを上げるカルキノス。うっかり、ルカルカは手にしていたチェックボードを落としそうになった。
「な、なになに? どしたの?」
「びっくりしまシタヨ……」
「わりい! ちーっと外出てくる! アホどもにきっちり説明してくる!」
 肩を怒らせて出ていくカルキノスを、両者ぽかんと見つめる。
 じゃ、なくて!
「ちょっと、カルキ!? 作業どうすんの!? まだこんなにあるんだよ!?」
「ま、こっちでやるしかないでしょうね」
 入れ替わりに入ってきたエースたちが、そのまま作業に向かう。
「同族のことです。行かせてあげましょう」
 と、モニターの隅に、一台のジープが近付いてくる様子が映る。
 あれは、加夜たち──彩夜が深手を負っているというが、大丈夫だろうか?
「……え?」
 ちょっと、待った。なにか、様子がおかしい。
 ジープの上に、無防備にも立っている人影がある。
「あの子……あんな無茶を」
 いつの間にか隣に来ていた、ゆかりが一緒になってモニターを覗き込む。
 そこに映しだされた人物は、どこからどう見ても蒼の月に違いなく。
 彼女が口を開く様子が、皆の目には見えていた。
   

   
「?」
 
 ひと口に博物館と言っても、生真面目にただただ展示品を並べていくだけが開館準備となるわけではない。
 この天空の博物館のように、近隣に他の設備が望めない場所であればなおさら。余計に、施設そのものの持つインフラ設備をしっかりと整えておかねば開館を迎えることなどできはしない。
 食べること、飲むこと。どれも。
ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)がこの場所でやっているのも、そんな必要な作業のひとつだ。
 届いた紅茶の葉の、銘柄や数が合っているかのチェック。クッキーの出来栄え。ポットやカップの数などなど。やらなければいけないことはたくさんある。
「どうかしたの?」
 なにやらざわついている館内の様子に気付いて、ネージュはそんな急ぎの作業の手を止める。
 皆が、各々の通信機を見つめている。近くにいたせつなのそれを、ネージュもまた覗き込む。
 窓の外からは、急ピッチで新たな雲の固定化が進められている。ワイヤーが、それを博物館の敷地に係留していく。そんな中に、だ。
「……え?」
 覗き込んだ画面の中には、一台のジープがあった。その周囲を、よく見知った面々が取り囲み、守っている。
 その中には、ふたりのドラゴニュートもいた。そして、ジープの上に立つ少女に対し敵意の視線を向けているのもまた、ドラゴニュートであった。
    
『この場にいる皆に、聴いてほしい。……いや。聴いてもらわねばならぬ義務が、私にはあると考える。龍の子らよ、おぬしたちに説明をせねばならないと、思う』
   
 そこに響くのは、蒼の月の真摯な声。傷つけたくない相手に傷を負わせてしまった地祇からの、心からの訴えだ。
   
『私は。旧き朋よりの願いを──叶えたい』
   
 島の者たち同様、博物館内の皆も、固唾を呑んでその様子を見守っていた。彼女の、言葉を聞いた。
 その隣に、支えられながら立ち上がる少女の姿を見た。
 彩夜、だ。彼女と、蒼の月。ふたりが並び立つ。
 その光景が、ネージュの目にはごく自然なものに──両者が隣で支え合う様子が、当たり前のものであるように、見えたのだ。