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リアクション
追・そして始まりの時に思いを馳せる
暖かい居間、テーブルの上には、冷凍庫から出したばかりのアイスが四つ。
熱を出して数日寝込んでいた千返 かつみ(ちがえ・かつみ)は、ようやく回復した。
何だか久しぶりの、皆でほっこりお茶の時間に、千返 ナオ(ちがえ・なお)が言った。
「実は、一緒に食べたくて、アイス一杯買ってきてるんです。皆で食べませんか?」
「私は、ストロベリーのアイスを貰おうか」
魔道書のノーン・ノート(のーん・のーと)が手を出したアイスに、へえ、とかつみ達が意外そうに見る。
「べ、別にいいだろう。かわいらしい味だって時には食べたいんだ」
「勿論、全然変じゃないよ。
私は、レモンシャーベット味を貰っていいかい?」
そう言いながら、エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)がひとつを手に取る。
皆でわいわいとアイスを選んで、蓋を開けた。
「熱が出た時は、アイスなんです」
食べながら、ぽつ、とナオがそう言って、かつみは合点がいった。
ああ、だから、こないだのアイスがキャラメル味だったのか。
強化人間であるナオを施設から救出し、かつみと契約したばかりの頃。
かつみは、近寄っただけで怯えるナオに戸惑って、何を話したらいいのかも解らなかったし、ナオはかつみに嫌われていると思っていた。
そんなある日、ナオが熱を出した。
薬は中々効かずに何日も寝込み、食事も喉を通らなくて、かつみは、アイスなら食べられるだろうかと思って買って来た。
ナオの味の好みが解らなくて、とりあえず、手当たり次第に色々購入、アイスに味の違いがある、ということすら知らなかったナオに、一口ずつ食べさせた。
その中からひとつを選んだ時の、かつみのほっとした顔を見て、ナオは、あれ、と思った。
もしかして、嫌われているんじゃないのかな……。
「じゃあ、残りはしまって来るな」
立ち上がったかつみの服の裾を、ナオは、思わず掴んで引き留めた。
「あの、……一緒に食べたい、です」
「そんなこともあったね……」
思い出したよ、とエドゥアルトが遠い目をした。
「毎日、ナオが眠っている時に付き添ったりして一生懸命なのに、いざ顔を合わせればかつみは緊張して無言になるし、それを見たナオが怯えて泥沼化で……
今だから言うけど、本っ当に、見てるこっちがきつかったよ」
エドゥアルトの言葉に、あー、とノーンは頷く。
「状況が目に浮かぶな。エドゥ大変だったな」
その頃は、ノーンはまだかつみと契約していなかったが、話を聞けば目に見えるようだ。
「あのアイスを一緒に食べたら、すぐ熱下がっちゃいました」
にこ、と笑うナオに、かつみはもごもごと視線を彷徨わす。
「……あー、うん、アイス美味いな」
照れている。
苦笑するエドゥアルトの隣で、ノーンが溜息を吐いた。
「お前、そんなだから誤解されるんだ」
◇ ◇ ◇
「やっぱり我が家はいいですぅ。張り切ってお掃除しますね〜」
帰還したキマクの温泉神殿は、綺麗に管理されていたけれど、
キャンティ・シャノワール(きゃんてぃ・しゃのわーる)は張り切って、右手にブラシ、左手に雑巾を持って、浴場に突撃して行く。
そんな後姿を見送って、
聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)はふと微笑んだ。
「私の未来がこんな風になるとは……流石に予想しておりませんでしたね」
……あの日。
地球のあの場所で、雪に半分埋もれて行き倒れていた、黒猫の着ぐるみ。
あの出会いがなかったら、自分の『今』はなかったし、二度と笑うことすらなかっただろう。
「そういえばこの建物って、変な部屋とか色々ありますわよねぇ」
神殿中をピカピカにして行くキャンティは、普段使われていないエリアにも入って行った。
中には、何やらよく解らない部品が隙間なく置かれている倉庫らしき部屋があったり、出入り禁止になっている部屋があったりする。
特に気にすることもなく、壁にずらりとモニターが並んでいる部屋を掃除して、キャンティは、とりあえず気が済んだ。
「ひじりん、キャンティちゃんお疲れですわ〜。お茶が飲みたいですぅ」
そろそろだろうと思っていた。
「はい、すぐにご用意いたします」
願わくば。
キャンティが、じっと聖を見上げる。
「何か?」
訊ねた聖に、キャンティはにっこりと笑った。
「ひじりんと一緒にいられて、キャンティちゃんは今日も嬉しいですぅ」
――願わくば、この声にいつでも応えられる自分でいられますように。
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