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リアクション
とてもとても静かだった。
寝ている人達は、どんなに呼んでも揺すっても起きず、泣いても、叫んでも、お腹が空いても、疲れて眠り、やがて起きても、誰も抱き上げてはくれなかった。
年端も行かない子供には、何が起きているのか、どうすればいいのかなど、まるで解らなかった。
不意に、頭上に影が差して、見上げると、大きな獣が彼を見下ろしていた。
幼い子供には、その獣の正確な大きさは測れなかったけれど、子供の目には、それは、自分を丸飲みしてしまえそうなくらい大きく感じた。
「おれを、たべるの?」
恐怖はなく、何の他意もなく、ただそう訊ねる。
獣は答えず、子供の横に身を伏せた。
そして器用に子供を背中に背負うと、何処かへと歩き出す。
獣の背にうつ伏せに跨って、暖かい毛並に顔を撫でられながら、子供は何だか、酷く安心して目を閉じた。
パートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が、イルミンスールの大図書室に借りた本を返しに行くというので、黒崎 天音(くろさき・あまね)も付き合った。
ついでに友人達に会って行こうと、連絡を取ってみる。
ハルカは不在だったが、トオルは、暇暇、会おうぜ、と二つ返事だ。
「久しぶりだな、クロ! ブル、こないだのプリン美味かった」
「それは良かった。今回は、少し趣向を変えてみた。いつも甘いものでもな」
ブルーズは、土産の草加せんべいをトオルに手渡す。
「サンキュー。じゃあ今日は俺が奢るぜ」
積もる話でもしようということになり、行先をトオルに任せると、連れて行かれたのはファストフード店で、トオルらしいねと天音は笑う。
「そういえば、トオル達がパートナーになった経緯を、いつか聞いてみたいと思ってたんだよね」
注文を済ませて、空席に腰を落ち着けたところで、天音はそう訊ねた。
「ん? 何だ突然?」
「空京の友人が、いよいよ契約者になるようで。それで思い出したんだ。
……聞いてもいいかい?」
天音は頬杖をついて、既に聞く体勢だ。
「ああ、でも別に特別なことはないけどな。
俺は、パラミタと地球が繋がった、割と初期の頃にこっちに来たんだけど、シキとはその時、空京で初めて会って、」
「違う」
お互い何となく馬が合って、と、続けようとしたトオルは、ぽつ、と言葉を挟まれて、きょとんと磯城(シキ)を見た。
「え? 違わないだろ?」
「忘れているなら、思い出さなくていい」
首を傾げたトオルに、シキは意味ありげに笑むだけで答えない。
「ええ? 何だよ」
首を傾げるが、シキが答えないので、その話題は終わってしまった。
「トオル、飲み足りないんだが」
やがてシキが、空のカップを持ち上げた。
「しょうがねえな」
シキは、こういう店で注文をすることに慣れていない。
「僕も、おかわりを頼んでいいかい」
「我も頼む」
立ち上がったトオルに、天音とブルーズも頼む。
オッケー、と言って、トオルは混んでいるカウンターへ並びに行った。
「森では、時々、不思議なことが起こる」
トオルを見送っていた天音は、シキの言葉に視線を戻した。
ブルーズは、黙ってシキの顔を見ている。
「俺は、濃い霧の中を歩いていた。
ようやく霧を抜けたら、見知らぬ街の中にいた。
そこは、死に絶えた、滅びたばかりの街で、でも、一人だけ、生きていた子供がいた」
子供を人のいる場所に送り届け、気がつけば、シキは元の森の中にいた。
後で、部族の長老にこの話をすると、彼は言った。
お前は、いつか出会う者に、先に会って来たのだと。
あの子供は、その後どうなっただろうかと時折に思い出しつつ、数年後。
パラミタが地球と繋がった当時、多くの獣人は変化を恐れてひっそりと身を潜めたが、シキは、空京へ向かった。
そこはとても近代的なところで、人も多く、シキは辟易したが、トオルとは、すぐに出会えた。
すぐに、解った。
「お待たせー」
トオルが、四人分の飲み物をトレイに載せて戻って来た。
「えーと、何の話だっけ」
「天音達が契約した時は、どうだったのかと」
「え、何だよそれ俺も聞きたい。シキ、狡ぃ」
「これから話すところだよ」
天音は微笑む。
トオルは、朗らかに、まっすぐに成長していたが、幼い頃のことが根底に残っているのか、孤独を嫌った。
「一人で死ぬのは嫌だな」
死ぬ時に、一人なのは、とても寂しい。
だから、彼よりも一秒でも長く生きて、いつの日か来るその時に、トオルを一人にしないとシキは誓い、それが二人の契約となったのだった。
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