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【天御柱学院・1】


 天御柱学院
 早々に通されたのは校内でも一際大きな建物だった。
 どんな建物なのかという疑問は、立ち入ってすぐに解消された。
 そこには天御柱学院最大の特徴である様々なイコンが、ずらりと並べられていたのだから。
 発掘されたサロゲート・エイコーン――つまり、イコンの研究をし、またいち早く運用を開始させた経緯から、同学院はイコン関連では他の追随を許さない最新技術を保有し、旧式から新次世代と多くの機体を管理保管している。
 と、見学者に外部者向けに作成された学校完備のパンフレットを渡し、イコンデッキを入り口端から第一世代機から第三世代機までを説明を交えて歩き見せる柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は、最後に自分の機体の前で足を止めた。
 他の機体よりは乗り慣れた自分のが一番説明しやすいからと前置いて、真司は自身の専用機である『ゴスホーク』をさした。
「――簡単に説明するのなら、これは【鵺】のデータを元に、再設計・製造した高機動・接近戦特化型の試作機体だ」
 発展型BMインターフェイスが組み込まれている為、モーショントレースによってパイロットの身体的な動きを機体へ直接反映可能である。
 また超能力の他に、身体能力に依存する技能やスキルを、イコンに乗った状態でも使うことが出来るのだと細かい説明を加えた。
「ちなみに、『ゴスホーク』は天学の第三世代機実装に合わせ、現在近代化改修を計画中だ」
 と、そこで、なんとも形容できない顔の破名に気付き、真司は目を瞬いた。
「あの……?」
 自分の解説は何か荒があったのだろうかと狼狽しかけている真司に、一行の殿を黙って付いているだけのアレクが口を開いた。
「Powered exoskeleton――パワードスーツって分かるか?」
「分からない。
 が、強化系か何かか?」
 破名の回答と推測は全くの的外れだった。矢張り彼の知識や研究は過去の異物で、異常な位に偏りがあるのだと改めて理解して、アレクは真司へ振り返る。
「悪いが適当に『流して』やってくれ」
 真司もアレクの言葉と、初めて目にする巨大なロボット――イコンに全身が固まる程目を奪われる破名の表情を何となく察したようで、解説の言葉を止める。そもそもパワードスーツの存在すら知らない相手に、それ以上に複雑な概念を掴むのは難しいだろう。だったらせめて見て楽しんで貰う方が良い。
 そうして破名は、アレクに再び声を掛けられるまでそれを時代の差を数えるような遠い目で眺め続けていた。


 イコンデッキから降りてきた面々を真司とバトンタッチする形で長谷川 真琴(はせがわ・まこと)が担当を代わり、今度は整備科棟へと場面が移る。
「この時期に学校見学を希望するなんて、って思う人もいると思うんですが、天御柱学院の性格上そういうのは特に気にしなくてもいいんですよ」
「どうして?」
 時期が違うと言われ、少なからず迷惑をかけていると思っているシェリーは真琴に首を傾げた。
「普段からイコン技術の研修で自衛隊の方とかが絶えず出入りしてるので、見学される事は迷惑とか邪魔だとかはないです。ただ、入学希望者でというのは珍しいので、緊張はしてしまいますね」
「あの、入学まではまだ考えてなくて、その、どんな学校か知りたいの」
「では、余計に張り切ってしまいますよ」
 入学したくなるくらいの魅力をお伝えしないと、と笑う真琴にシェリーも安心したように微笑んだ。
 見慣れない巨大な無機物に圧倒されていて、人の笑顔がひどく心地良い。隣を歩くミリツァに「こんな大きなのが動くなんて信じられないわ」と自分の胸を押さえた。
「Da.」
 と、ミリツァは簡素過ぎる相槌を返したが、彼女はシェリーとは、違い今迄にイコンが動くシーンを何度か目にしている。ミリツァは『イコンが動く事が信じられない』と同意したのではない。このような巨大な兵器を個人が運用している事、また彼等が笑顔で話す程それら身近に感じている事を驚いているのだ。
 後ろを行く兄はイコンの存在を嫌っている。数年前に人間ミリツァと一族を皆殺しにした爆撃に使用された兵器は、イコンに使われている技術転用で作られたそうだから、それは止むを得ないのだろう。兄は殺戮を目の前で見たが、ミリツァはあれに命を奪われた『だけ』だ。恐らく感覚が違うのだ。
 それにこうして校舎の中を回っていれば、鋼鉄の物体に学院の生徒達の血が通っているのだと分かってくる。ミリツァはそこに深く興味を持った。
「面白いわ」
 漏らしたミリツァの声に、整備教官である真琴は彼女を振りかえって薄く笑顔を浮かべる。
「イコンは機密が多いので、見学程度なら詳細部までは見せられないけど」
 こちらは大丈夫だと思うから、と練習用の古い機体が置かれている場所へと真琴は一行を案内した。
 これなら整備の体験もできるし一石二鳥だろう。
「ただ、整備を体験する際は、怪我だけは気をつけてくださいね」
 そして、注意をするのも忘れなかった。ドライバーひとつとっても舐めてかかると痛い目にあう。
 真琴は道具の扱い方から懇切丁寧に指導するのだった。


「整備体験終わったならこっちこいよ」
 とナオ、ミリツァ、シェリーの三人を手招くウルスラーディ・シマック(うるすらーでぃ・しまっく)。隣で高崎 朋美(たかさき・ともみ)が歓迎とばかりに笑みを浮かべていた。彼女の手には先ほど整備体験に三人が手にしたばかりの工具が握りしめられていて、この人も整備科に所属してるのかとぼんやりと思う。
「まあ、わが校の場合、イコン自慢は多くあるだろうが、どうだ、俺たちのイコンも見ないか?」
 言って、誘う。
「俺たちのイコンも悪くないイコンだからな」
 『ウィンダム』――第二世代のジェファルコン。
 これまで何度も戦闘に出撃し、帰ってきた機体。
 とは言え、飛び抜けて優れた点は無い。
 無いが、無い故に、どうしようもない欠点も、無い。
 また、メインパイロットである朋美自身整備科所属で、彼女自身の性格も相まってか細部に至るまで手入れを怠らず、整備の基本を押さえて常にベストの状態に保たれるよう心がけされており、学院の研究が進み第三世代も出た今は技術的には古いかもしれないが、現役機で頑張っている。
 勝りはしないかもしれないが、劣りもしない。
 だが、それ以上に、
「熱いハートで駆動する、俺と朋美の愛機だ!」
 とウルスラーディは胸を張り、誇る。
 他と比べる必要性がない程に自機に対して情熱があるのだ。
「大切にしてるのね」
 説明を受けてシェリーは自分なりに解釈しようと少しだけ焦る。
「マザーが道具は大切にしなさいって昔言っていたわ。道具が便利なのは私達を助けてくれるから、いちいち感謝しなくてもいいけど、大切にしなさいって言うの。大切にしていればいつか感謝できる日が来るから、その時に感謝すればいいって。ありがとうと言える日がくるまで大切に使うことが大事なのよって。
 あの、私、イコンはよくわからないし、マザーの言葉も私がうんと小さい時に聞いただけだから一緒くたに考えるようなものじゃないのだけど……ちょっと、あのね……」
 考える前に喋ってしまったのか自分の着地地点が見つけられず更に慌てるシェリーに、ウルスラーディはポンポンと愛機を叩く。
「どうだ、触ってみるか? そんで、許可があるなら、乗ってみるか?」
 どうせ学院の見学ならイコン祭りも等しい。なら今日体験できることは最大限体験させてあげたい。
 誘われて、「乗れるの?」とシェリーは朋美を見た。
「そうね。『乗った感じ』を実感してもらいたいわね」
 『座る』だけならすぐにできる。座ってみて興味を持ってくれたら、学内にあるシュミレーターの元に連れて行くという『体感』への手順を踏めばいいか。何事にも興味がなければ楽しいと実感できることは少ない。興味へのきっかけに、まずはと座ることを勧める。
 どうぞ、と笑顔で言われ、シェリーはミリツァとナオに振り返った。
 私でいいのかしらという風なシェリーの表情を読み取って、ミリツァはナオと笑顔を交わし首を横に振る。
「私、高いところは苦手だわ。あなたがいってらっしゃいよシェリー」
 さて誰が乗るのかも決まり、見学者達を操縦席へ導く中、その衝撃が振動を伴って建物自体を大きく揺るがせた。
 すわ何事か、と。全員三者三様十人十色のそれぞれの反応を見せる。まぁ、中にはもう日常茶飯事過ぎてうんざりしている者も居て、何事かと硬直している面々を怪我をしない安全な場所に避難するよう促していた。
 レーザーブレードの一刀両断に綺麗に切断されたのは、整備の練習用イコン。……ウ、ウン。と余韻も重く砂埃も静かに緩やかに倒れ伏す。
「また、おまえかぁあ!」
 練習課題がようやく終わりそうだった担当生徒が、非情なくらい綺麗に真っ二つにされた機体を前に頭を抱えて、痩身ではかなげな外見でありながらレーザーブレード片手に殺意すら孕んで仁王立ちになっているヴァルキリーに叫び声を上げた。
 シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)
 イコン滅ぶべしを公言、反イコンを掲げ、日夜その活動に血道を上げている。
 主な活動場所は天御柱学院整備棟。
 効率よく破壊するための知識を得る為にと整備科を出入りしては、目前のイコンへの破壊衝動を抑えられず定期的に暴れているという心底ダメな彼女は、一部では超ヴァルキリーかっこわらいと呼ばれていた。
 というか、むしろそこに着目し執着してしまうくらいの筋金入り。
 本当になんで出入り禁止にならないのか。
 敵意を以って破壊されるので、これはこれで(整備というか修理的な意味で)実践さながらといえばそう見えなくもない。無いが、無情ではある。
「――ああ、やっぱりフィス姉さん!」
 アレクを伴ってミリツァが学校見学に来ると予定を聞いていたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は、諸々の予定を全て台無しにする勢いで暴れるシルフィスティに「なんでこんな日に暴れるかな」と思わず呻く。
「皆大丈夫?」
 駆け寄って無事を確かめる言葉を一応言った。アレクが居れば危険が無い事くらい分かっているが、此処は形で。
 さて、今日にあたってリカインの考えは、元々こうだった。日本語と葦原島じこみのかなり偏った文化を学んでいるミリツァであれば、影響の強い蒼空学園、空京大学、天御柱学院あたりが入学先としては良いかなと前提しつつ、天御柱学院生よろしくお出迎えする。正直彼女自身此処へは転校してきた身なので、普通科くらいしか満足に案内できないけど、イコンを見て楽しく話をしながら「ミリツァ君が学校に入学かぁ」
 ――なんてくすぐったい気持ちになる平和な日常を満喫。そう思い描いていたのに……。
「なんでこんな日に!」と、リカインは項垂れる。
 しょげるリカインの肩を金色の髪……彼女の頭と一体化しているシーサイド ムーン(しーさいど・むーん)の触手部分が彼女の肩口を緩やかに滑り胸の前に流れ落ちた。
「うん。なんとかするからね」
「手伝おうか?」
 申し出たアレクの目元が歪んでいるのをリカインが見逃す訳はない。
 リカインはアレクをよく知っている。
 かつては大量破壊兵器根絶を掲げ、鏖殺寺院などのテロ集団が所有する大量破壊兵器を片っ端から暴力で潰し、生物音響兵器セイレーンを誘拐、殺人未遂まで行った組織の隊長であったのだ。
 組織をまともな状態まで立て直し、セイレーンジゼル・パルテノペー(じぜる・ぱるてのぺー)を娶って、死んだ筈の妹すら戻ってきたからといって、人間のもつ性質の根本がそう簡単に変わるとは思えない。
 だからジゼルが姉と慕うリカインは、この男が手伝うのは自分では無く、シルフィスティの可能性がある事も知っていた。
「姉さん、手伝おうか」
 都合良く行使される呼び方に(ほーらやっぱりだ)と目を細めて、リカインは――彼女から見れば上機嫌なのが分かっている――アレクの額を掌で押し返した。
「アレ君はついてきちゃ駄目だよ。
 ……分かってるよね?」
 念を押し、気持ちを切り替えて顔を上げたリカインは、一行から離れるとシルフィスティに目標を絞る。絞るも、相手の速度に厄介なと目を細めた。
 多勢に無勢を念頭にアクセルギアを使っての高速移動。
 目標は捉えきれない。
 なれば――!
 制止の声を張り上げようと――咆哮に口を開いたリカインの頭上でシーサイド・ムーンの触手が動いた。

 一瞬、雷光に視界が紫電の残光に眩む。

 親父の鉄槌の如く、上から下へ叩きつけるように問答無用と強襲したムーンのサンダークラップにより、発生源であるカツラ――もといムーンと密着状態のリカインは勿論、散々暴れていたシルフィスティも苦手な雷攻撃に敢え無く沈黙を余儀なくされて地に堕ち、突然のハプニングは唐突に収束した。
 サンダークラップが火を吹くぜ! を披露したムーンは動かなくなったリカインの頭の上でいつまでもカツラをやっていても仕方がないと宙に浮き、やや焦げ臭くなっているリカインとシルフィスティ両名の後始末に動きだす。
「手伝うよ」
 と、今度こそ本当の意味でのアシストを口に出して、アレクは友人シーサイド・ムーンの元へ歩き出した。
 高速移動で狙いを定められない相手を咆哮で止めるとは即ち、イコンも人も建物も関係なく無差別爆撃を放ちどちらが破壊活動を行っているのかわからない怪獣大決戦状態になるようなもので、それを止める為とはいえ、なんとも鮮やかな手際に、ああ、これが彼女らの日常、引いては学校生活かと、外で会うだけでは見られない情景に不思議な気分になってくる。
「リカイン、リカイン。おい見えるか? 俺の指は何本? ――え、三本?
 駄目だな。ムーン、もう一発殴っとけ」
 シーサイド・ムーンとやり取りする『あちら側』のアレクを見ながら、シェリーは、くるんと大きく目を見開いていた。それはそうだろう。彼女の中でアレクは静かで寡黙、穏やかで――、院の中では一番年上の彼女が、初めて甘えてしまう頼もしいお兄さんだったのだ。そんな人がこんな風に同年代の人と接している姿は衝撃的だ。
 しかしミリツァは心底楽しそうにしている兄に、うっとりと息を吐き出していた。
「アレクったら、あんなにはしゃいじゃって。うふふふふ」