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A Mad Tea Party

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A Mad Tea Party
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リアクション

「まさか私達の中から脱落者が出るだなんて……」
 悲惨な事件だったわね、とばかりにさゆみはアデリーヌを神妙に見つめたが、アデリーヌの目には悲惨なのはあの黒猫の方だと映っていた。
「私ずーっとココに居るわ!」
 猫と化した夫をガッチリ掴んでまさに夢心地の顔でそう言い切ったジゼルを置いて、彼女達は遂にレンガの路の突き当たり、大きな城の前へやってきていた。
 至る所にハートの意匠が配置された、可愛らしい建物だ。
 此処にハインリヒが言っていた『女王』とやらが居るのだろうか。
 大きな門の中を覗き込んだ歌菜は、白くて長くてふわふわの兎の耳を見つけて声を上げる。
「ツライッツさん、居た!」
 歌菜の上げた声に、ぴゃっと勢いよくツライッツは身を隠したのは、彼女――お誂え向けに、たっぷりとした布地のスカートに、ハートの意匠がふんだんに散りばめられたドレスを纏ったクローディス・ルレンシア(くろーでぃす・るれんしあ)の後ろだ。物陰代わりに使われたクローディスは苦笑した。
「全く……スカートの中には潜り込むなよ」
 と冗談めかすのに「するわけがないでしょう!」と慌てて裏返る声が返る。そんなやり取りを目に、目を瞬かせていた一同の中で歌菜は「クローディスさんが女王様?」と目を輝かせた。
「すっごく似合ってますっ」
 そう言ってすかさず歌菜がカメラを構えるのに、ツライッツはさっとそこから逃げるようにまたクローディスの後ろに隠れてしまう。と、続けてツライッツを追いかけたのはノーンだ。
「うさぎさん、待ってー」
「そうか、あのうさぎを捕まえれば、ここから出られるかもしれませんわね……っ」
 そんな流れで、ツライッツが逃げまわるのにあわせて、一同がその後を追いかけてクローディスの周りをぐるぐる回る。一周、二周、と繰り返すうちに目が回りそうになった所で、ぱん、とクローディスが手を叩いた。
「ストップ。バターになってしまうぞ」
「ツライッツさんを捕まえたら、帰れるのかと思って……」
「勝負をしようか」
「勝負?」
 クローディスは不敵に笑うと、にゅっとフラミンゴの槌を取り出してくるりと振り回した。
「ああ。クロッケーで勝負だ。私に勝てたら、君たちを”ここ”から帰してあげよう」
 その言葉に一同が顔を見合わせていると、まずフレンディスがはいっと手を上げた。
「えぇと…クローディスさん……くろっけーとはコロッケと違うのでしょうか?」
「残念ながら違うな」
 フレンディスが期待たっぷりのきらきらした目で問うのに、クローディスは苦笑した。あからさまにがっかりするフレンディスに更に苦笑を深めていると、渡されたフラミンゴをしげしげに眺めていたノーンが目を輝かせた。
「ゲームをするの? わかったよ!」
 フラミンゴをマレットとして渡されるのは明らかにおかしいのだが、アデリーヌは既に突っ込みを拒否してしまったため、残念ながら一同全面スルーである。
「やってみたかったんですっ」
 更に、未経験ながら、歌菜もまたやる気十分だ。
「やるからには負けませんよ!」
「クロッケーって……ゲートボールだったっけ?」
 一方で、首を傾げたのはさゆみだ。とりあえず、道具や構えから見よう見まねにフラミンゴを振りかぶってみる。案外使い心地は悪く無さそうだ。
「とりあえずゴルフよろしくビュンとぶっ飛ばせばいいのかな」
 それに対して、アデリーヌが溜息を吐き出し「違いますわ……クロッケーというのは……」と説明をしようと口を開いた、が。
「そう、ぶっ飛ばして遠くへ飛ばした方が勝ちだ」
「えええええ」
 上がった叫びは残念ながら一人分だ。
「ちょっ、クロッケーはそんなゲームじゃ……!」
 アデリーヌは反論しようとしたが、女王クローディスは問答無用でスイングの練習に入っている。まるで話を聞くつもりのなさそうなご機嫌な様子に、先程ハインリヒが「この世界の全ては女王陛下のもの」と言っていたのを思い出して抗議をぐっと飲み込んだ。
 とは言え、深刻な顔をしているのは彼女と、コロッケではない……だと……と未だ深い衝撃の中にいるフレンディスぐらいで、ノーンや歌菜はやる気満々満々だし、さゆみもスイングしながらフォームチェックに余念がない。
「ツライッツ、審判……おい」
 クローディスが振り返ると、ツライッツはぴゃっとまた 隠れてしまう。仕方ない奴だなぁとぼやいて、真っ直ぐに硬直する器用なフラミンゴを肩にかけて女王は笑う。
「それじゃあ、私と一対一の総当たり戦だ。楽しませて貰おう」


 そうして――……
「ナイスショット!」
 歌菜が思わず声を上げる。
「うーん、女王は伊達じゃあないってことね」
 さゆみも関心しているが、戦況は既に三連敗で後がなく、アデリーヌは気が気ではない。
 何しろ勝てたら、という条件は出されているが、負けたらどうなるか、は何も聞かされていないのだ。あれこれと嫌な予想ばかり浮かんでハラハラとしている中で、きりっと凛々しくフラミンゴを構えたのはノーンだ。その先端を、望む方向を指し示すようにびしっと向ける。
「ふむ、予告ホームランか」
 クローディスの目がきらりと光ったが、残念ながら彼女相手にツッコミを入れられる人間はいなかった。そんな間に、ノーンのフラミンゴの頭は、びしいと天に向かって振り上げられている。
「いっくよー!」
 一声と同時。
 振りかぶられたピンクフラミンゴがひゅんっと空を切り、気持ち良いぱっかーんっと言う音を引き連れて、玉は勢いよく空に吸い込まれた。
「あ」
 瞬間、声を上げたのはクローディスだ。何事かと首を傾げた一同に、その肩を竦めて見せると「勝負あり、だ」と笑った。
「どういうことですの……?」
 首を傾げるアデリーヌに、クローディスは顎を上げて上を示してみせる。
 つられて顔を上げた一同は、ノーンが打ったボールが空けた穴と見られる黒い点が、空に出来ているのを見た。そして、まるで卵の殻に日々の入るように、そこからパキパキと小さく乾いた音を立てて亀裂が広がっていく。それと共に、さっきまで明るかった空に深い茜色がさし、視界もどんどん狭くなっていく。
「君たちの勝ちだな――さあ、楽しいお茶会もそろそろ終幕だ」

 そうして、最後にそんな声だけを残して、世界は閉じたのだった。
 ――尚、歌菜のカメラによってうさぎのツライッツとクローディスのツーショットが密かに撮影されていたとは当人達は知らない。