空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

魔法スライム駆除作戦

リアクション公開中!

魔法スライム駆除作戦

リアクション

 
 広場での攻防戦
 
「さて、前座は終わったわ」
「はて、お嬢は、いったい何を言っているんですか」
 イルミンスール魔法学校内の通路を行く天城紗理華(あまぎ・さりか)に、大神御嶽(おおがみ・うたき)は不思議そうに訊ねた。
「本格的な戦争が始まるということよ。敵に容赦は無用。一瞬で焼き尽くしてあげるわ」
 数人の風紀委員たちを引き連れて、紗理華はすでに戦意MAXの状態だった。お嬢と呼ばれるにふさわしい端正できりっとした顔が、怒りで柳眉を逆立てている。
「いや、それでは校内が酷いことに……。後で校長に叱られますよ」
「構うものですか。奴らを殲滅するまで、私たちに安息はないのよ」
 照明として使われている魔光石の明かりに照らされた通路を、その美しくのびた脚を大きく動かして紗理華が進んでいく。あまりに足早に進むので、豊かな金茶の髪が靡き、制服がマントのように広がって壮美なシルエットを作りだしていた。やれやれという風に黒髪を軽くかきあげると、御嶽は細い目をさらに細めて、急いでその後を追った。
 生きている世界樹の中にあるイルミンスール魔法学校は、近代建築のようにすべての空間を施設として利用しているわけではない。たとえるならば蟻の巣のように、世界樹の中のいくつかのフロアやルームが大小の通路で立体的に繋がった構造をしているのだ。閉鎖空間に見えないようにと、通路や部屋のところどころには擬似的な窓があったり、カーテンやタピストリーがかけられて心理的な補填を行っている。中には、魔法で直接外へと空間を曲げて繋げられている特殊な窓もあるようだ。
 毎年ある時期に、魔法スライムたちは世界樹の魔法力を吸収しに現れる。それ自体は微々たる脅威で、世界樹としてはこの程度の寄生生物は痛くも痒くもない。ただ、本来は世界樹の樹皮にはりつくだけの魔法スライムが、運悪く開口部から内部施設に入り込むことがある。さすがに襲われる対象が人間の場合は、一時的に魔法力を吸われて気を失ってしまい、しばらく動くことができなくなってしまう。それ自体は短時間で回復する程度のダメージではあるが、このモンスターのやっかいなところは、魔糸が大好物だということだ。
 イルミンスール魔法学校の制服を始め、パラミタの衣服には魔法防御力を持つ物が数多くある。これは、布自体に耐魔法の処理や呪文を描き込んでいる他にも、縫合に魔力を持つ魔糸を使っていることが効果を増大させている。魔法生物から採れる魔糸は、それ自体が魔法その物でできていると言っていい。それを使い、ステッチ自体にルーンを折り込むことによって、イルミンスール魔法学校の制服は非常に高い魔法防御力を誇っているのだ。
 だが、これが仇(あだ)となった。純粋な魔法力の産物である魔糸は、魔法スライムによって溶解吸収されてしまうのである。衣服の布自体は溶けたりはしないものの、縫合している糸がなくなってしまったのでは元の型紙の形に戻ってしまう。そのため、被害にあった生徒は、気絶した上に下着姿にされてしまうか、下着にも魔糸を使っていた場合は、一糸まとわぬ姿で放置されてしまうのである。
 去年、運悪く紗理華は魔法スライムに襲われて、最悪の形のすっぽんぽんで気を失ったのだった。気づいたときは、御嶽に助けられて保健室に寝かされていた。状況から考えて……いや、考えたくもないだろう。いくら幼なじみとはいえ、思春期を過ぎた今となっては、見られていい物と悪い物がある。
「だいたい、この時期は変な話が多すぎるのよ。イルミンスール魔法学校七不思議の紫の湖とか、ゆる族の墓場とか、茨ドームの眠り姫とか、うさんくさいったらありゃしない」
「まあ、七不思議って言っても、八月の七不思議とか、森の七不思議とか、西の七不思議とか、全部で軽く一〇八は超えてるって噂ですけれどもね」
 そう言って、御嶽は肩をすくめた。
「とにかく、奴らはこの先のブロックに異常発生しているらしいわ。施設は四つ。学生広場と、実験農場と、学生食堂と、大浴場。各人、担当の部署に散って奴らを殲滅なさい。いい? 一匹たりとも残しちゃダメよ」
「はい」
 紗理華に言われて、途中の通路の分かれ道ごとに風紀委員たちが散っていく。
「私たちは、広間から殲滅するわ。御嶽もついてきて」
「それはいいですが、くれぐれも興奮しすぎないでくださいね。世界樹の内部は魔法障壁があるので魔力が遮断されていますから。マジック・スライムたちが狙うとしたら、魔力の高い人間からでしょう。私たちなど、格好の標的です」
 御嶽が、軽く紗理華を諫めた。
「それこそ望むところよ。行くわよ!」
 紗理華は、学生広場の扉を勢いよく蹴破ると、中に飛び込んでいった。そこはかなり大きな空間で、外周には木が植えられて遊歩道があり、芝生が植えられた広場中央には大噴水がある。
「ケーナズ!」
 一歩中に進むなり、紗理華が空中に”<”とルーンの印(サイン)を描いた。火球が生まれ、木の上にいた青いスライムを、枝ごと消し炭にして焼き殺す。追従する風紀委員たちが、あわてて消火にかかった。
 目につくスライムたちを焼きながら、紗理華は短い遊歩道を抜けて広場に達した。
 広場には、まだ事態を把握していない生徒たちが、思い思いにのんびりと過ごしている。いや、芝生に寝ころんでいるように見えて、何人かはすでにすっぽんぽんにされているようだ。最初に事態の連絡を入れてきた生徒も、この中にいるのだろうか。
「ここにいる全員に告げる。マジックスライムが発生した。各自、避難するか、スライムを発見次第駆除しなさい!」
 紗理華が、広場中に聞こえる声で言った。その声に、のんびりと遊んでいた者たちが、一斉に顔色を変える。その間にも、紗理華は芝生に染み込むようにして潜むスライムを見つけて、火術で焼き殺した。だが、そのせいで、周囲にいたスライムたちが一斉に活性化する。
「迂闊ですよ」
 紗理華にぴったりとついていた御嶽が、数枚の呪符を手の中で広げながら言った。
「我(われ)、求むるは炎が守り。摩(ま)するにあっては、滅。炎火をもって、妖花となす!」
 御嶽が呪符を投げると、散った呪符が炎の花びらに変化し、二人を守るようにしてつつみ込んだ。
「開花乱舞!」
 御嶽の言霊とともに、美しく咲いた巨大な蓮の花のような炎が、花開くように周囲に飛び散って、襲いかかろうとしていたスライムたちを焼き払った。
 御嶽は、イルミンスール魔法学校では非常に珍しい陰陽師系の狩籠師(かりごめし)という術者だ。魔法自体は、ファイヤーストームに相当する応用魔法である。パラミタでは、効果自体は同類の魔法ごとにあまり差はないが、発動までの手順はそれぞれが学んできた魔術体系ごとにかなり異なっている。
「礼は言わないわよ」
「ええ、分かっていますとも」
 ツンとそっぽをむいてお礼を言う紗理華に、御嶽はいつも通り苦笑した。
「すいません、いったい何が起きたんですか」
 突然始まった戦闘に驚いて、房総 鈍(ぼうそう・どん)が二人に駆けよってきた。急いでやってきたのか、長い黒髪が少し乱れている。
「見て分からない? モンスターが学校内に侵入したのよ。あなたも、駆除を手伝いなさい」
「モンスターが? だったら、もっと援軍を呼んできた方がいいんじゃないでしょうか。もしよければ、私がジャック・サンマーちゃんとか、攻撃的な生徒たちを集めてきますが……」
「そんな時間の余裕はないわよ。だいたい、人手は風紀委員の方でかき集めているから、もし近くにいるなら後で駆けつけるでしょう。でも、そんなの待ってなんかいられないわよ。一〇分よ。一〇分で奴らをこの世から消し去ってくれるわ。さあ、あなたも、やる気があるのなら、自分自身の力でモンスターをやっつけなさい」
「は、はい」
 房総鈍は、紗理華に尻を押される形で走っていった。
 紗理華が言ったように、騒ぎを聞きつけた腕自慢の者たちが次々と広場や他の場所にも集まりつつあった。
「私たちもお手伝いします」
 騎士鎧をがちゃがちゃいわせたジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)が、パートナーのガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)をともなってやってきた。
「では、あなたは負傷者の保護をお願い。そちらのドラゴニュートの君は戦えそうだから、徹底的にスライムをいじめてちょうだい」
「分かりました。行きますよ、ガイアス」
「ああ。いいだろう」
 紗理奈に指示を受けて、ジーナはガイアスをうながした。あまりやる気のなかったガイアスだが、紗理奈の言葉にちょっとだけ興味をそそられたかのようにも見えた。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「さあ、ベア、お馬さんにおなりなさい」
「いきなりそれかよ、ご主人様」
 広場に到着したソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)の第一声に、雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)はちょっとだけ異を唱えた。
「何を言っているのですか。ベアの方が体力があるのですから、逃げ回るのは得意でしょう。その間に、私は思う存分スライムをやっつけちゃいますから」
 どうでしょう、いい考えでしょうと、ソアは小さな胸を張った。
「せめて、肩車にしねえか」
「いいですよ、それで」
 身をかがめたベアによいしょと上ると、ソアは茶色いマフラーをしっかりつかんだ。
「ソアー、オン! ベアー、ゴー!」
「いっくぜー」
 ソアのかけ声とともに、ベアが走りだす。あちこちで戦いが始まったせいか、活性化したスライムがそこかしこで姿を現している。その総数は、五〇匹はくだらないだろう。
「えいっ」
 エメラルドの瞳を輝かせて、ソアが火球を放つ。あっけなく、赤いスライムが灰になった。
「よーし、御主人、次探すぞー!」
 勢いづいて、ベアは走った。
「御主人、いたぜ、あそこだ」
「えいっ」
 ベアが見つけたスライムにむかって、すかさずソアが火球を撃つ。コンビネーションはぴったりだ。
「はははは、面白くなってきた。御主人、次いこうぜ、次」
「じゃ、次はあれにしよう。えーい」
 今のところ、スライムの数が多いので、敵はよりどりみどりだった。タフに走り回るベアのおかげもあって、ソアは無難にまた一匹やっつけた。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「うじゃうじゃいやがるな」
 襲いかかってきたスライムを火術で撃退しながら、ディアス・アルジェント(でぃあす・あるじぇんと)はつぶやいた。これほどの数がいっぺんに侵入してくるのは異常だ。きっとどこかに進入路があるに違いない。そこを潰さないと、きりがないだろう。
「……で、お前は何でついてきた?」
 ディアスは、パートナーのルナリィス・ロベリア(るなりぃす・ろべりあ)に訊ねた。
 光条兵器である輝く大鎌をかついだルナリィスは、すぐにはそれに答えられない。彼を守りたいのと、彼に守ってもらいたいのと。いったいどちらが本当の自分の気持ちなのだろう。いや、そのどちらもが、二人を繋ぎ止めているものなのだと信じたい。
「まあいい。スライムの大元を潰すぞ。周りに気をつけてついてこい」
 そうルナリィスに言うと、ディアスはスライムの移動してきた跡を丹念にたどり始めた。
「はい」
 ルナリィスは、背後に忍びよるスライムを、一閃させた光条兵器で屠(ほふ)ると、彼の後を小走りに追いかけていった。
「さて、奴らはどこに集まってるんだ。おっと」
 身をかがめて芝生の地面を調べようとしたディアスは、獲物をかぎつけて忍びよってきたスライムを火術で倒して身を守った。そして、そのスライムが這ってきた跡を丹念に調べる。その頭上で、ルナリィスの大鎌が一閃して、彼を狙った別のスライムを消滅させた。何事もなかったように、ディアスは周囲を調べ続ける。
「この方向は……。噴水が怪しいか。行くぞ、ルナリィス」
 ディアスの言葉に、ルナリィスが無言でうなずいた。