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第六章 どいつもこいつも次郎さん
 スズメバチがほとんどいなくなった世界樹の幹には、カブトムシやクワガタが蜜を吸うために集まってきた。青い森の中を歩くカブトムシたちの姿に、誰もが歓声をあげた。素敵な夏休みの思い出になるのではないだろうか。
 ここでめでたしめでたしとしたいところだが、まだ問題が残っていた。そう、パラ実たちの大切な「次郎さん」が見つかっていないのだった。
「次郎さあぁぁぁん!」
 パラ実からやって来た次郎さんお世話班の生徒たちが、血眼になって次郎さんを探していた。
「あの、君たち」
 そんなお世話班に声をかけたのは、樹月 刀真(きづき・とうま)だ。
「次郎さんを探すのを手伝うから、次郎さんはどんな虫なのか教えて欲しいんだ」
 パラ実の生徒から次郎さんの情報を引き出そうという作戦だ。
「おお、次郎さんはなぁ、そりゃあでけぇんだ!」
「すげー迫力なんだぜ!」
「立派な羽とスルドイ眼がカッコイイんだこれが!」
 口々に次郎さんのことを語るパラ実生徒。
「あの……次郎さんはなんていう種類の虫なんだい?」
 それさえ聞ければいいのだが……。
「種類? んなもん知るか。次郎さんは次郎さんだ」
 それだけ言うとお世話班は、またどこかへ走っていってしまった。
「あまり役立つ情報とは思えないけど……」
 刀真は携帯を取り出して、情報をメールに入力した。
 送信先は、ともに次郎さんを探すチームを組んだクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)狭山 珠樹(さやま・たまき)柳生 匠(やぎゅう・たくみ)の三人だ。
「送信……と」
 刀真は本文を一度読み直すと、一括でメールを送信した。
「次郎さんの特徴の情報を入手しました。次郎さんは体がでかく、立派な羽とスルドイ眼を持つ、迫力ある虫です。パラ実さんから手に入れた情報は以上ですので……頑張って……ください……」
 刀真から受信したメールを、クロセルは何度も声に出して読み直した。
「ってこれだけですかっ?」
 その叫びに応えるように、再び携帯にメールを受信した。開封して、読む。
「何度も言いますが、情報は以上です。頑張ってください。ゴメンネ。刀真」
 がっくり。クロセルは肩を落とした。
「しかし刀真さんも頑張ってくれたんです。ここはなんとか次郎さんを捕まえて、その努力に報いなければ!」
 その時。
「次郎さん! 次郎さんがいましたわ!」
 リリサイズ・エプシマティオ(りりさいず・えぷしまてぃお)が、一匹の巨大カブトムシにしがみついている。
「あれが次郎さんなんですね。協力します!」
 体長20メートルのカブトムシは、迫力あるでかい虫という条件に合致する。
「手伝ってくださるんですね!」
「ええ。カブトムシは凶暴ではありません! 羽さえ使えないようにしてしまえば大丈夫ですよ」
 クロセルは、次郎さん捕獲のために準備していたロープを、巨大カブトムシの体に引っかけた。
「これで羽が開けないようにしてしまえば……」
 羽を封じられたカブトムシは、やがて暴れ疲れたようにおとなしくなった。
「ありがとうございました。わたくし一人では無理でしたわ」
「いいえ。でも、次郎さんを捕まえることができましたね。パラ実から次郎さんのお世話班の皆さんが来ているようですので、連れて行きましょう」
 クロセルはチームメンバーに次郎さん発見の一報を一括メールで送信した。

「次郎さん発見……?」
 クロセルからのメールを受信した柳生 匠(やぎゅう・たくみ)は首をかしげた。
「おかしいな。次郎さんはここにいるぜ……」
 匠の目の前には、巨大なクワガタが、立派なハサミを誇示するように大きく伸び上がっていた。
「立派な羽、でかい体……まさにこいつが次郎さんだろう!」
「自分も次郎殿捕獲を手伝うであります!」
 同じく次郎さんを探していた比島 真紀(ひしま・まき)と、パートナーのサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)が手伝いを申し出た。
「助かるぜ。ハサミにだけ気をつけて、捕まえちまおうぜ!」
 クワガタは、足元をうろつく3人を敵と認識したのだろうか。ハサミをさらに高く上げて威嚇しているようだ。
「ハサミが厄介でありますな」
「ネットを持ってきているが、今投げてもあれでチョッキンだろ」
 サイモンが提案した。
「だったら、俺がよわーい雷をぶつけて気絶してもらおうか?」
「確かに、網やロープは切られてしまうだろうし、それしか方法がないでありますな」
 作戦がまとまった3人はいったん散り、匠と真紀がクワガタの注意を惹きつけた。クワガタがその2人に向けて威嚇をしている間に、サイモンは後ろに回り込んだ。
「ちょっとピリッとするけど、ごめんね!」
 ビシッ! ごく弱くした雷術がサイモンから放たれた。
 クワガタは動かなくなった。
「顔がない……というか見えないから分からないけど、気絶してるんだよな?」
 真紀が近付いて、そして触ってみた。
「……動かないであります。今のうちにネットをかけてしまうであります!」
 匠が持っていたネットを気絶したクワガタにかぶせた。もちろん、ハサミを固定してしまうことも忘れない。
「うまくいったでありますな!」
「ああ。後で次郎さんお世話班に見せて、次郎さんかどうか確かめてもらおうぜ」
 彼らは気がついていなかった。捕まえたクワガタは、とてつもなく高価なパラミタオオクワガタだということを。ひと夏で一匹に会えればいいほう……その一匹を、彼らが捕獲したのだった。

「パラミタオオクワガタは見つかりましたかー?」
 人海戦術でパラミタオオクワガタを探しているガートルードは、一向にクワガタを見つけることはできなかった。
「み、見つけたー!」
 一人の生徒が叫んだ。
「どこですか? すぐ行きますから!」
 ガートルードが走っていくと、パラ実の生徒たちが誇らしげに、一匹の生き物を縛り上げているところだった。
「……ってこれゴキブリじゃないですか! ハサミないし!」
 ……ガートルードの、クワガタを探す夏は、まだまだ終わりそうもない。

「次郎さん、まてー!」
 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)も、次郎さんを捕まえようとしていた。
「次郎さんって結局カブトムシでいいんですのよね。たぶんこれがカブトムシというヤツなのでしょ。それにしても……素早いですね!」
「他の人にも応援頼んだ方がいいね。手強いなぁ!」
 パートナーのテレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)も、一緒に次郎さんと思われる対象を追いかけていた。2人が追っている次郎さんは、カブトムシのように黒光りする体をしているが、とにかく走るのが速い。
 ……虫に詳しくない2人は全く気がついていないが、カブトムシだと思って追いかけているのは、ゴキブリである。平均体長15メートルのパラミタクロゴキブリ。なぜこのように大きくなったのかは解明されていないが、魔法を多用する地域でよく見られるため、何らかの魔法か薬品の影響ではないかという説が有力だ。
「では、この周辺にいる皆さんにも手伝ってもらいましょうか」
「呼びかけてみるね。おーい、次郎さんいたよー! 次郎さんだよー!」
 呼びかけに応えて、パラ実生を含む数名が様子を見にやって来た。だが……。
「ごっ、ゴキ……!」
「ふっざけるなぁ、これが次郎さんだとぉ?」
 当たり前だが、ゴキブリを次郎さんだと大声で言われたパラ実生はキレてしまっている。
「てめーこらちょっと待てや!」
「まあまあ、ちょっと穏便にしましょうや」
 パラ実生をなだめに入ったのは、愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)だ。
「みんな一生懸命、次郎さんを探しているんですよ。あんたたちがキレちゃってどうするんですか」
「だがよぉ、あれはどう見てもゴキ……」
 なおも怒りがおさまらないパラ実生に、ミサは力強く語りかけた。
「いい? 次郎さんは遠い世界に旅立ったのよ。あんた達に飼われて次郎さんも幸せだったに違いない……」
 次郎さんは死んでしまったのか? いきなりそのような話を突きつけられ、皆唖然としている。
「でも俺達は今を生きてる! 次郎さんの事を忘れずに、今度はこの子を大切にしてあげなよ……」
 指さした先は、黒光りする巨大ゴキブリ。かさかさかさと走り回っている。
「うおおおお、そうか……次郎さん、次郎さん!」
 パラ実生はミサの話に涙を流している。
「あいつは俺たちの次郎さんなんだ! 生まれ変わりなんだ!」
 どどどど。大勢が一気にゴキブリへと突進していく!
「カサカサ? カサッ!」
 さすがの巨大ゴキブリも、恐怖を感じてしまったのだろう。羽を広げて飛び立った!
「ああ、次郎さぁん!」
 ぶうぅぅぅん。ゴキブリは逃げ出した。
 がっくりとうなだれるパラ実生たち。
「行ってしまいましたね……」
「でも、あれが次郎さんの幸せなのかもよ」
 満足げな表情のロザリンドとテレサは、大空を飛んでいるゴキブリに向かって、大きく手を振った。
「次郎さんとパラ実……所詮は蜜につられる程度の関係だった、と」
 誰にも聞こえないように、ぼそりとミサがつぶやいた。

「次郎さんがいた!」
 桐生 円(きりゅう・まどか)が指さした先にいるのは……パラ実の生徒だ。
「は? どこ?」
 見事な虹色のモヒカン頭をしているパラ実生は、まさか自分のことと思わずきょろきょろしている。
「だから……君が次郎さんなのだよ」
 円は、虹色モヒカン君の肩をがっちりと掴んで語りかけた。
「覚えていないのかい? 君は次郎さんだったじゃないか。虫としての命は尽きてしまったけれど、こうして人として転生できたのだろう?」
 ぽかーん。虹モヒ君は何がなんだか分からないといった様子だ。
「今です、マスター」
 かぷっ。背後からの吸精幻夜に、両肩をがっちり捕まれている虹モヒ君は反応することができなかった。
 吸精幻夜を実行したのは、円のパートナーオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)だ。
「ごちそうさま」
「うまくいきましたね、マスター」
 ぼんやりとしている虹モヒ君に、オリヴィアはこう言った。
「貴方は次郎さんの生まれ変わり。転生したからみんなの前で次郎との思い出を語ること」
 こくん。糸の切れた人形のようにうなずく虹モヒ君。
「次郎さんがいたってぇ?」
 先ほどの「次郎さんがいた」との声を聞きつけたメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が走ってきた。
「次郎さんがどんなものなのか分からないで困っていたですぅ。捕獲をお手伝いしますよ?」
「次郎さんはどこかな!」
 パートナーのセシリア・ライト(せしりあ・らいと)も、戦う気満々の様子だ。
「次郎さんは、ここですよ」
 円が差し出したのは、もはや完全に操り人形となってしまっている虹モヒ君だ。
「え? ねえねえ、これって人間さんじゃないのぉ?」
 メイベルは、セシリアのポニーテールを引っ張って疑問を投げかけた。
「たぶん人間……だと思う」
 次郎さんの正体を探し求めていた2人は、まさか人間というパターンは想定しておらず、完全に混乱してしまっている。
「次郎さんは、虫としての人生を終え、彼に転生したのだよ」
 円が混乱する2人に説明する。
「は、はあ……」
「そ、そう言われれば、まあそういうこともあるかもしれない……ね」
 妙に自信たっぷりの円に言われ、メイベルとセシリアは納得してしまった。
「次郎さんの捕獲に来てくれたのだろう? すまないが、我々にはこのあと仕事がある。彼を、パラ実生のところまで連れて行ってやってくれないか?」
「わ、わかりました。確実に次郎さんをお届けしますですぅ」
 円から虹モヒ君を預かったメイベルは、学校の方へと引き返した。
「マスター、おもしろくなりました」
「あとは影からこっそり見物するか」
 いたずらの仕込みに成功したことを悟ると、円とオリヴィアも学校の方へと向かった。

「第一回! イルミンスールムシバトル次郎さんカップ!」
 マイクの声が森に響き渡る。声の主は珠樹。クロセルから「次郎さん発見」の一報を受けた後「このまま終わったらつまんないから遊ぼう」と思い立ったのである。
「なんだこれは?
「どうしたどうした?」
 森の開けた場所に、いつの間にか作られたバトルステージ。ぞろぞろと大勢が集まってきた。
「次郎さんは、このパラミタで一番強くて大きいんです! そこで! ムシバトルで勝ったムシが真の次郎さんということでどうでしょう?」
 会場は一瞬しーんと静まりかえったが、すぐに賛同の声がわき上がった。
「こういうの待ってましたー!」
「やれやれー!」
 パチパチパチ。大きな拍手が鳴り響く。
「わー! みんな嬉しそうだ。よかったねぇ」
 手を叩いているのは、このバトル会場設営を手伝ったクー・ポンポン(くー・ぽんぽん)だ。
「やっぱり虫さんのお相撲は迫力があって楽しいよねー」
 最初から虫大相撲を開催しようと考えていたクーは、同じようなことを企んでいた珠樹と意気投合したのである。
「君のおかげで盛り上がっていますわ。感謝します」
 珠樹がクーに声をかけた。
「つよーい虫さん、いっぱいいるといいねぇ」
 バトル会場は熱気に包まれていた。いよいよ、戦いが始まる!
 珠樹はマイクを握りなおした。入場のコールはリングアナウンサーの腕の見せ所である。
「赤コーナーから入場は、チーム次郎ズが捕獲してきたパラミタオオカブトムシのよっしー君。それに対するは青コーナー、チーム蒼空のパラミタノコギリクワガタのポチ君ですっ!」
 スタイリッシュな角がきらりと光るカブトムシ。そしてハサミをがちがちと動かして威嚇をするクワガタ。既に相手を敵と認識しているようだ。
「天にも届きそうな角が輝くよっしー君と、キレたノコギリの異名を持つポチ君。どっちが勝ってもおかしくないねっ!」
 本人も気付いていなかった才能だが、クーはMCが上手い。会場の熱気は、軽快なトークでさらに盛り上がるのだった。
「冷たい飲み物〜お菓子に土産はいかがですか〜」
 会場に屋台を作って商売を始めたのは、クーのパートナーアーライ・グーマ(あーらい・ぐーま)だ。
「バトルのエントリーもこちら。会場への入場料は本日に限り無料〜」
 アーライは、たいくつそうにしていた他校の生徒を雇い、かなり本格的な商売を始めていた。きちんとバイト料を払う約束で、パラ実生までもがおとなしくアルバイトに従事していた。
「クーよ。この夏はいい思い出ができそうであろう」
 生き生きとMCをしているパートナーの姿を遠くに見ながら、アーライは「いい夏だ」とつぶやいた。

「どれも次郎さんじゃねえよっ!」
 次郎さんお世話班のパラ実生のもとには「次郎さんを見つけた」と、多くの虫が集められた。しかし、どれも次郎さんではないという。
「これなんか人間じゃねえかっ!」
 メイベルが連れてきた虹モヒ君を見て、パラ実生たちは激怒した。
「彼は、次郎さんが転生した姿なんですぅ。ほら、次郎さん」
「……ども、次郎です」
 ぼんやりと語る虹モヒ君。
「なーにが転生だ。次郎さんが死ぬもんかよ!」
「おまえが次郎さんだっていうなら、俺たちと次郎さんしか知らないことを言ってみろよ!」
 わめくパラ実生。
「……去年の夏、巣から落ちたわたしの子供を皆さんで助けてくれましたよね。大切な思い出です」
 ぴた。パラ実生の動きが止まった。
「そ、それを……なんでそれを知っているんだ!」
「まさか本当に……次郎さん?」
 物陰から、円とオリヴィアが笑いをこらえて見物していることには誰も気がつかない。
「次郎さん……?」
 虹モヒ君のことを次郎さんだと信じ始めたパラ実生。
 ところが、ちょうどその時だった。
「じ、次郎さん……次郎さん!」
「おおおおお、次郎さんだ!」
「次郎さあああん!」
 パラ実の生徒たちが、一匹の虫を見て騒ぎ出した!
「あれが、あれが本物の次郎さんだ! 生きていたんだ」