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魔術書探しと謎の影

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魔術書探しと謎の影

リアクション

 他の生徒たちが真面目に『詳説魔術体系』を探す一方、ひたすら自分の読みたい本を読もうとする者も少なくない。
 葛葉 翔(くずのは・しょう)が探しているのは幽霊が苦手なのを克服するための本、という変わったものである。そう、翔は幽霊が苦手なのだ。
 翔は自分の実力を見極めるのも兼ねて図書館の奥から探索を開始していたが、目的の本を探す過程でオカルトコーナーに迷い込み、気味の悪い思いをしていた。
「ったく本末転倒じゃねえか。夜の図書館なんていかにも幽霊出そうだしよ。怪しい影が出没するって噂もあるし、一刻も早く目的の本を見つけて幽霊が苦手なのを克服しないとな」
 そう思った矢先、翔の背後で棚が揺れる音がした。
「う、うわ、誰だ!」
「とうっ」
 一つの影が本棚の上から飛び降り、華麗に着地する。
「俺の名前はクロセル・ラインツァート。通りすがりのお茶の間のヒーローです。見れば何やらおびえた生徒がいるではありませんか。そこではせ参じたというわけです」
 クロセルも今回は真面目に本探しをしているのだが、翔の姿を見てヒーローの血が騒いでしまったようだ。
「な、なんだイルミンスールの生徒か……っておびえてなんかないぜ!」
「ふむ、そうですか。ということはあなたも『詳説魔術体系』をお探しで?」
「いや、俺はその……幽霊が怖いっていう友達がいてさ。そいつのために何かいい本を探してやろうかと」
「なるほど。それならちょっと待っていてください」
 クロセルはそう言って歩いていくと、一冊の本をもって戻ってくる。
「これなどいかがでしょう」
「ん?」
 クロセルが翔に手渡したのは『この一冊で大丈夫! 幽霊の克服と撃退方法』という本。それは翔が探しているのにぴったりの本だった。
「おお、こいつはうってつけだ。ありがとな!」
 翔が礼を述べたときには、クロセルは再び本棚の上にいた。
「それでは私は本探しを続けますので。良い子の皆、危ないからオニーサンの真似をしちゃダメですよッ!」
 クロセルはそう言って本棚から本棚へと飛び移ってゆく。
「なんだかすごいものを見てしまった……」
 どんどん小さくなってゆくクロセルを見送りながら、翔は呆然と立ち尽くす。
「あれに比べたらある意味幽霊なんてかわいい気がしてきたぜ」
 せっかく目当ての本を手にした翔だが、その本を読む必要はもうないのかもしれない。

 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)周藤 鈴花(すどう・れいか)は、通う学校は違えど意気投合していた。祥子が魔法抵抗(レジスト)に関するもの、鈴花が防御魔法に関するもの、と探す本が似ているためだ。
「あったあった。ほらここら辺じゃない? 防御魔法の本。やっぱりイルミンスールの蔵書はすごいわね」
 教導団所属の祥子は感嘆の声を上げる。
「本当だ。こんなところにあるのね」
「鈴花、あなたここの生徒でしょう?」
「そうだけど、方向音痴だからあまり図書館はうろつかないのよ。帰れなくなったら嫌だし」
「まあ確かに迷宮と言っても過言でもないわね。事前に大まかな位置を把握しておいてよかったわ」
 祥子は棚の間を歩いて、並んだ本の背表紙を見ていく。そして一冊の本の前で足を止めた。
「あ、『護符制作入門』だって。ちょうど護符作りたかったのよね。こんな本もこのコーナーにあるんだ。あとはタロット占いの本とかがあるといいんだけど」
「占いに興味があるの?」
「戦場で不確定要素に頼るのは無意味かもしれないけど、命を救うのは得てしてそういうものだから。自分でもっと精度の高い占いができるようになりたいの」
「なるほど」
「鈴花はどんな本を探しているの?」
「一番はさっきも言ったとおり防御魔法の本。それから複数の魔法の合成とか効率のいい魔法の使い方に関する本かな。あああと一応あれね、『詳説魔術体系』だっけ?」
 鈴花は笑いながら言う。
「探し物って、意識して探すと逆に見つからないような気がするのよ」
「それ、私も思うわ」
「気が合うわね……あ、祥子、ちょっときて」
 話ながら自分も本を探していた鈴花が手招きをする。
「何?」
「あったわよ。ほら、タロット占いの占術指南本」
「本当だ。ありがとう」
「ねえ祥子、せっかくだからなんか占ってみせてよ」
「でも、カードをもってきてないわ」
「それなら……」
 鈴花はいつも持ち歩いている二本の小瓶からペンと紙、ハサミを取り出し、即席でタロットカードを作ってしまう。
「用意がいいわね」
「瓶の中身はその日の気分次第だけど」
「じゃあこれを使って『詳説魔術体系』を誰かが無事に見つけるか占ってみるわね。ええと……」
 祥子は本を見ながら慎重にカードを並べていく。やがて結果が出たとき、彼女は不安そうな顔をした。
「どうだったの?」
「なんだかよく分からないけど……一騒動あるみたい?」
「えー、何よそれ。曖昧ねえ。まあしょうがないか。祥子初心者みたいだし。占いって詳細が分かるものでもないだろうしね。さ、時間も時間だしどんどん本を読んでいきましょう」
「うん」
 二人は占いの結果を大して気にもせず、読書を続けた。

 ここにも本の誘惑に負けた生徒が一人。ニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)も最初は『詳説魔術体系』を探すつもりだった。
「校長先生が読む『詳説魔術体系』ってどんな内容なんだろう。大図書館にも一度入ってみたかったし、ちょっと眠いけど探してみよう」
 ニコは目をこすりながら図書館を進んでいく。
「あの校長のことだし、『そんなに難しい本ではない』とか言いながら結構深いところにあるんじゃないのかなー。それにしてもすごい本の数! わくわくするなぁ〜。この学校に入学して大正解だよ。また今度ユーノに荷物持ちを頼んで本を借りに来ようかな」
 やがてニコは魔道書の類が並ぶ本棚の前にやってくると、本の背表紙に目を通していく。
「ええと、詳説……詳説……ん、なんだあれ! 変、……身? 態?こっちは……基礎魔術……見えない! ああもう、どうしてあんな高い所にあるんだよ〜(ぴょんぴょん)背が高い奴が恨めしい……妬ましい……(ぴょんぴょん)僕だって大人になれば……(ぴょんぴょん)」
 ニコは本棚の前でむなしく飛び跳ねる。箒で飛べばよいのだが、眠くてそこまで頭が回らなかった。
 そのとき誰かの手が上段の本に伸びる。
「ほれ」
 藤原 和人(ふじわら・かずと)だった。
「藤原! 別に取ってなんて頼んでないよ」
「いや、校長お探しの本かと思っただけだ。でも違うみたいだな。いらないからあんたにやるよ」
 ニコは手渡された本に興味があったらしく、ぶつぶつ言いながらもそれを読み始める。和人は一人で話し始めた。
「しかし面白いもんだよな。本を探してると目当てじゃないのに目がとまるものがある。興味があることに自分でも気がついてないんだろうな。俺が『美味しい紅茶の入れ方』なんて本の内容までノートにまとめちまったぜ」
 将来的にはダンジョンの罠を解除するなどして活躍したいので、和人は日頃から図書館に通ってトラップの技術書を読んでいる。今日もその予定だったが、今では関係のない本の内容がノートにびっしりまとめられていた。ちなみに罠の実技にも興味あるが、怪しい影=悪者ではないので今回罠を仕掛けるつもりはない。
「僕は魔法関係の本にしか興味ないよ」
 ニコはつまらなそうに言う。
「連れないなあ。視野が広がると、きっともっと楽しいぜ」
 そう言って、和人はまた新たに興味を引かれた本に手を伸ばすのだった。
 
 ティタニエルを謎の影調査の手伝いに行かせヴィルジールは、この世界の兵法書や魔術に関係した書物を読もうと考えている。教導団所属の彼女がイルミンスールの大図書館に入れるのだ。この機会を利用してパラミタに関する知識を深めない手はない。ティタニエルを派遣したのも、今後自分の護衛を任せることになる彼女に肩慣らしをさせるためだった。
「ふふ、全てはこれから私がこの世界で活動するに当たっての布石」
 ヴィルジールはメモを取りながら次々と本を読み漁ってゆく。するとしばらくして蒼空学園の制服を着た生徒に出会った。
「おや、あなたもわざわざ他校から来たんですか」
「あ、今晩は。私、朝野 未沙(あさの・みさ)といいます。こちらは妹の朝野 未羅(あさの・みら)
 未沙に紹介されて、未羅はぺこりと頭を下げる。
「今晩は。ヴィルジール・ブリアンです。この辺りには兵法に関する本が置いてあるようですが、何かお探しですか?」
「パラミタの地に兵器を開発するための参考になりそうな文献を探しているんです。魔法学校だから私の好みの本はないかと思ったんですけど……なんでもありますね、この図書館」
「全くです。さすがはイルミンスールの大図書館といったところでしょうか。私は魔術に関する本も読みたいのですが、如何せんそちらには生徒が多くて。おおっぴらにサボる気が引けますからね」
「あはは、確かにそうですね。私も読みたい本が多すぎて」
「お料理にお裁縫、機械に重火器、戦車、重装甲、機晶姫。お姉ちゃんの趣味に合いそうな本みーんなあるといいね!」
 未羅が満面の笑みで言う。
「お料理から戦車までですか。幅広い趣味をお持ちだ」
「それほどでも……」
 未沙は苦笑いする。
「ねえ未羅ちゃん、また私が好きそうな本をもってきてくれる?」
「うん、分かった!」
 未沙がお願いすると、未羅は脇目もふらずに走り出す。
「あ、急がなくていいから。転ばないようにね!」
「大丈夫なの〜」
(お姉ちゃん、ちゃんと本を見つけられたらほめてくれるかな)
 未羅は期待に胸をふくらませて本棚の影へと消えた。
「いい妹さんですね」
「ええ、本当に」
 未沙は優しい笑顔で遠くを見つめた。
「さて、ではそろそろ失礼しますね。まだまだ読みたい本がたくさんあるもので」
「はい、さようなら」
 ヴィルジールに別れを告げると、未沙も未羅の後を追いかけることにする。
「放っておくと迷子になりそうだからな」
 しかし、しばらく探しても未羅の姿は見つからない。
「あれえ、どこ行ったのよ」
 いよいよ心配になってくる。そのとき、どこからかドシンという音が聞こえた。
 
 夢中で本を探していた未羅が何かにぶつかる。
「ご、ごめんなさい!」
 慌てて前を向くと、未羅よりも背の低い女の子が吹っ飛んでいた。機晶姫である未羅は見た目に反して結構重いのだ。
「いたたた……」
 未羅とぶつかった四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)はゆっくりと体を起こす。 
「ゆ、唯乃……ッ! 大丈夫ですか?」
 エラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)が心配そうに唯乃の元に駆け寄った。
「うん、何とか……あなた、怪我してないかな? 無茶もほどほどにね」
 唯乃は立ち上がると、ぶつかられたのは自分だというのに、優しく未羅に声をかける。
「未羅、どうかしたの!?」
 ちょうどそこに、物音を聞きつけた未沙がやってきた。
 
 事情を聞いた未沙は唯乃に深々と頭を下げる。
「妹が本当にごめんね。ほら、未羅もちゃんと謝って」
「いいのよ。幸い怪我はなかったし」
 それでも申し訳なさそうにしている未沙と未羅を見て、唯乃は二人がこれまでに読んで面白かった本を教えて欲しいと提案する。二人は喜んでこの提案に応じた。
「ありがとう。それじゃあこれでこの件はちゃらね。私はもう行くわ」
 唯乃は最後に未沙と未羅を見比べると、二人を自分とエラノールの関係に重ねたのか、「妹さんを大切にね」と言って歩き出す。
「唯乃、待って欲しいのですよーぅ……」
 その後をエラノールが追いかけていった。
「小さいのにしっかりした子ねえ」
 唯乃の後ろ姿を見つめながら、未沙がぽつりと言う。それを聞いて未羅が寂しそうな顔をしたのに、未沙は気がついた。
「大丈夫、私は未羅が一番よ」

「本当に平気なのですか?」
「問題ないわ。それより本よ、本!」
 読書が趣味の唯乃は、漫画から技術書まで本の形をしていれば何でも読む。今回もはじめは『詳説魔術体系』を探すつもりだったのだが、すぐに本の誘惑に負けて片端から本を読み始めてしまったのだ。
 エラノールは唯乃の手伝いにきたのだが、いきなり本を読み始める唯乃を見て、これまでの経験上止めることは不可能と判断。大人しく自分も適当に本を読んでいる。エラノールが読んだ本を横に積んで後で返却する性格であるのに対し、唯乃は読み終わるごとにきちんと棚に本を戻していた。
 本を読みふける唯乃の傍らで疲れたエラノールが眠り始めたころ、二人の元に島村 幸(しまむら・さち)ガートナ・トライストル(がーとな・とらいすとる)が現れる。サボって本を読んでいそうな人を見かけたら、付近の本棚の内容を教えてもらう。それが魔法と関係ないものならそこは飛ばす。これが幸の探し方だった。
「すみません、この近辺の本は魔法と関係のあるものですか?」
「この辺に魔法と関係のある本はないわ。『詳説魔術体系』だっけ? あれはここにはないと思うよ」
 幸の問いかけに、唯乃は本から目を離さず答える。
「だよね、エル? ……あら、また寝ているのかしら」
 エラノールの返事がないので、唯乃はようやく彼女が寝ていることに気がつく。
「そうですか。ありがとうございます」
 本に夢中になった唯乃は周りが見えなくなるのであまり当てにならないのだが、そんなことを知らない幸は彼女の言うことを信じてその場を去る。
「なかなか見つからないものですな」
 とガートナ。
「ええ。でもなんとしても見つけたいものです。私には残念ながら魔法の才能がありませんが、興味はあるのですもの。エリザベートさんがやさしいというあの本を読んで、勉強したいのです」
「幸い私には魔法の知識が少しあるのでお役に立てればよいのですが……イルミンスールの校長が読み直したくなるとは、一体どんな本なのでしょう」
「気になりますよね。……それにしてもこの図書館広すぎます。もう随分探しているのに、きりがありません」
「確かに、まるで迷宮ですな。地図でもないと迷子になってしまいますぞ」
 二人が話しながら歩いていると、そこに幸と同じ蒼空学園の刀真と月夜が通りかかる。
「これは幸さんにガートナさん。地図をお探しなら、俺が描いたものを写してもらって構いませんよ」
「本当ですかな。それは助かります」
 ガートナは刀真に地図を写させてもらうと、自分たちが調査した情報を刀真に教えた。
「なるほど、俺も情報交換ができてよかったです。さあ月夜、行こう……ってまた関係のない本読もうとしてるし!」
「本だ……沢山の本だ」
 月夜は本の山を前にして目を輝かせている。 
「月夜さん、俺達の食費の為に頑張っているんですよ。君が本を買い過ぎなければこんな苦労はしなくていいはずなんだ……」
「刀真、そんなこと言ったってこれだけ魅力的な本があるのよ。読みたくなって当然だわ。目的の本を探す前に少し読んだって構わないでしょう」
 そう言いながら月夜は次々と本を手に取っている。
「ああ、あれも読みたいし、これも読みたい。とても一日じゃ読みきれないわ。いつでもここを利用できるようにしてもらえないかしら」
「だからそのために本を探して……」
「あ、刀真、そこの本を取ってちょうだい。それからそっちの大きいのも」
「月夜!」
「いやあ、まさにお似合いのコンビといったところですな」
 そんな二人を見てガートナが言う。
「あら、私たちだって負けてないですよ」
 幸は静かにそう言った。