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氷雪を融かす人の焔(第1回/全3回)

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氷雪を融かす人の焔(第1回/全3回)

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●第一章其の二 イナテミス防衛戦〜別働隊〜

「うっしゃあ! 氷雪の魔物だか何だか分からんが、全部粉々に砕いてカキ氷にしてやるぜ! マナ、シロップは何味が好みだ?」
「そうね、イチゴにグレープにオレンジ、悩むわね……ってそうじゃなくて! ベア、私たちの目的は一刻も早く側門に辿り着くことなのよ!? 魔物の相手をしたい気持ちは分かるけど、程々にしなさいよね!」
 剣を振りかざし今にも突っ込んでいきそうな様子のベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)へ、マナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)のツッコミが飛ぶ。カインから別働隊【アルストロメリア】の名を授けられた一行は、カインたち本隊が正門へ向かうのと同時に、一方の側門を援護するべく、途中に群がる魔物たちへ相対していた。
「ふふふ、何だか賑やかだねぇ♪ こういうのも悪くないかな」
「そうでしょうか……任務を無事にこなすことが出来るのか、少し不安です」
「大丈夫大丈夫、あの二人はあれが普通なんだから。そうでいてやる時はちゃんとやるんだよ」
 なおもボケとツッコミの応酬を繰り返すベアとマナを、リアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)はどこか楽しそうに見遣り、パルマローザ・ローレンス(ぱるまろーざ・ろーれんす)はどこか不安そうに見遣る。そこに、集団の動きを察知したのか、魔物の群れから小集団が分かれ、【アルストロメリア】へなだれこむように襲い掛かってくる。
「自分としてはブルーハワイも捨て難いんだがな! んじゃとりあえずはマナの意見に賛成しておいてやるぜ!」
「ちょっと、まだ話は済んで――まあいいわ、後でゆっくりと話の続きをしましょう!」
 魔物の姿を認めた瞬間から、二人の動きが一変する。ベアは魔物の進路を塞ぐように立ち回り、そこにマナの祝福の力が包み込み、単身でも互角以上の戦いぶりを発揮する。
「ほらね、言った通りでしょう?」
「確かに……正直、驚きました」
「ほら! 君たちもぼうっとしてないで! 背中は護ってあげるから、全力で行ってきなさい!」
 マナがリアトリスとパルマローザを急かしながらも、祝福の力を二人へ与える。
「さて、行ってこようかな。……正直この服恥ずかしいから、ささっと終わらせたいしね」
「気をつけて。私もできる限りの援護はするから」
 安否を気遣うパルマローザに頷いて、リアトリスがまさに踊り込むように敵陣へ切り掛かる。剣先から放たれた爆炎が魔物を包み込み、抵抗力を失った魔物たちが次々と氷の欠片と散る。
「おっ、なかなかやるじゃないか。俺も負けていられないな!」
「いえいえ、僕なんてまだまだですよ。でも、そう言ってもらえると嬉しいかな♪」
 声を掛け合うベアとリアトリスの前に、彼らの倍はあろうかという背丈の、氷の壁と化した魔物が現れる。
「二人とも、油断しないで!」
「今援護します。……受けなさい!」
 マナの癒しの力が二人を癒し、パルマローザの放った複数の火弾が上空から降り注ぐようにして魔物を襲い、動きを止める。
「んじゃお先にいっくよ〜。それそれそれ〜」
 リアトリスが、華麗な舞いを披露しながら、魔物の攻撃を避け続ける。大振りな攻撃はかすることもなく、やがて魔物の動きが段々と隙の大きいものになっていく。
「後は任せたよ〜」
 言ってリアトリスが、魔物の背後から爆炎を見舞う。強力な炎の嵐に煽られる形になった魔物が態勢を崩し、大きな隙を晒す。
「任されたぜ! いくぜ一刀両断っ!」
 剣を高々と振り上げたベアが、力強く剣を振り下ろせば、魔物を無音の風が駆け抜ける。次いで風が駆け抜けた音、そして魔物がその巨体を真っ二つに切り裂かれ、崩れ落ちていく音が響き渡る。
「よし! この調子で行くぜ!」
 消えていく魔物に背を向けて、ベアとマナ、リアトリスとパルマローザは目的のために進攻を続ける。

「貴方達が町を襲う理由は解らない。でも襲われたからには、私は町を護る!」
 上空を舞う魔物から放たれた氷の塊を、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は空を見上げることなく的確なステップで避け切る。そのまま、突進してきた魔物へランスの一撃を見舞い、動きを絶つ。
(そう、未だ見えていないことは山ほどある……だが、今は自身の務めを果たすのみ!)
 吐きかけられる冷気の風を突っ切り、突然現れた者の姿に驚いた様子の魔物、その口に切っ先を突き込む。瞬時に氷片と化した魔物を見遣って、次の目標ヘ向かうべく視線を巡らせた祥子は、背後からかけられる声に緊張を解いて振り返る。
「お、お姉さま、一人でそんな、無理をなさらないでください」
 息を切らせて駆け寄ってきたセリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)に、祥子が応える。
「私は大丈夫。上空からの攻撃にさえ注意していれば、まだいけるわ。……炎が使えたらよかったのでしょうけど、ないものねだりしても仕方がないわね」
 言った祥子の脳裏に、剣先から爆炎を巻き起こして魔物を蹴散らしていく者の姿が浮かび上がる。
「申し訳ありませんお姉さま、ワタシでは力不足で――」
 頭を下げるセリエの肩に、祥子の掌が乗せられる。
「そうやって自分を責めないの。私はセリエ、あなたに十分助けてもらっているわ。あなたがいるから私は後ろを気にすることなく戦える。……自分に自信を持ちなさい、セリエ」
「あっ……は、はい! ありがとうございます、お姉さま!」
 ぱっ、と笑顔を見せるセリエに祥子が微笑む、その瞬間地響きと共に新たな魔物が二人の前に立ち塞がる。
「ここを突破すれば、門まではすぐそこ……行くわよ、セリエ!」
「はい! お姉さまの背中はワタシがお守りします!」
 祥子とセリエ、その固く結ばれた絆は強固な盾となって、一行を魔物の脅威から護っていた。

 水神 樹(みなかみ・いつき)の手にした剣が、また一匹の魔物を地に伏せさせる。そこに別の魔物から吹きかけられた極寒の冷気が襲う。生命活動すら停止しかねない極低温の冷気は、しかし樹の身体には少々冷たい程度にしか届かない。
(これが加護の力か……不思議なものだな。だが、今は有効に使わせてもらおう)
 向き直りつつ、冷気を浴びせた魔物へ光り輝く剣を振るう。氷の破片が弾け飛び、部位を失った魔物が悲鳴をあげる。
「樹! 怪我はないか!?」
 やや離れた場所から、支援に当たっていたカノン・コート(かのん・こーと)の心配する声が届く。冷気を直接ぶつけられているのだから心配するのも当然のことである。
「大丈夫だ、心配ない。このまま魔物の掃討を続ける」
「そうか、くれぐれも無理はするなよ! 危なくなったらすぐに戻ってこいよな!」
 言ったカノンの手が光り、それは樹の全身を包み込む。強い力の手ごたえを感じながら振り向いた樹の前に、巨大な氷の塊を抱えた巨大な魔物が進み出、手にしていた塊を真っ直ぐに投げ付ける。
(ここで私が避ければ、後方の者たちに被害が及ぶ……! ならば、ここで受け止めるのみ!)
 覚悟を決めた樹が、足を止めて防御の姿勢を取る。直後強烈な衝突音が響き渡り、そして投げ付けられた氷の塊は細かな破片となって、その一部が塊を投げた魔物にもぶつかる。
「い、樹!? 無理するなって言ったそばから!」
 流石に今度こそマズイことになったと危ぶむカノンの視界は、何事もなかったかのように平然と佇む樹の姿を認めた。驚くカノンの前で、防御を解いた樹が剣を構える。
「今度は私の番だな。……参る!」
 踏み込んだ樹の振り下ろした剣が、魔物の片足を吹き飛ばす。バランスを崩した魔物はそのまま地面に倒れ、轟音と共に無数の氷の欠片が飛び散った。

「よし、ここが門だな! おい、助けに来たぜ! みんな無事か!?」
 魔物の襲撃を切り抜け、【アルストロメリア】の一行が側門に到達する。乗ってきた飛空挺から降りた葉月 ショウ(はづき・しょう)が、門を護っていた自警団の一人へ声をかける。
「救援、感謝いたします! 我々の中、そして町の人の中に何名か負傷された方がいますが、犠牲となった者はおりません」
「魔物の様子について何か知っていることは?」
「魔物は正門を集中的に狙っているようです。側門には上空から時折魔物が攻撃を仕掛けてくる程度ですが、それでも油断はできない状態です」
「そっか……分かった、ありがとう。となると……アクにこの近くに来てもらって、怪我人を介護する場所を作った方がいいな。よし、そうと決まれば早速連絡を――」
 携帯を取り出したショウが、パートナーの葉月 アクア(はづき・あくあ)に連絡を取ろうとした矢先、上空から若干数の魔物が飛来してくる。
「ちっ、こんな時に! 俺の攻撃じゃこの状況は不利だ、どうする――」
「空中の敵はワタシに任せて!」
「私とミレイユが迎撃します。あなたは地上に落ちてきた魔物をお願いします」
 ショウの前に現れたミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)とそのパートナー、シェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)が、空中を飛び回る魔物へ狙いを定め、火弾を放つ。その殆どは外れて明後日の方向に飛んでいくが、何発かは魔物の翼や胴体を掠め、当たり所の良かった一匹の魔物が悲鳴をあげながら地上に落ちてくる。
「へっ、地上にくればこっちのモンだ! これでもくらえ!」
 すかざずショウが放った爆炎の直撃を受けて、魔物が跡形もなく蒸発する。他の魔物は恐れをなしたのか、彼らからは離れた方向に飛び去っていった。
「助かったぜ、礼を言わせてくれ」
「このくらいどうってことないよ」
「他の仲間たちも到着したようです。これで一安心でしょうか」
 見れば、後方から続々と仲間たちがやって来た。その中にアクアの姿を認めたショウが駆け寄っていく。
「ショウ! 無事だったのね、心配したわ」
「ああ、こっちは大丈夫だ。さっき自警団の人に話を聞いた。何人か怪我をしている人がいるらしい。それと、魔物たちは正門に集中しているそうだ」
「うん、分かった! 今のこと、他の人たちにも伝えておくね! 怪我人を治療するための準備もしなくっちゃ!」
 ショウに頷いて駆けていくアクアを見遣り、ショウが正門の方角を見据える。
「ワタシたちも正門の援護に向かった方がいいのかな?」
「自警団の人たちがここを去った以上、私たちが無闇に離れるわけにもいかないでしょう。心配ですが、ここは仲間たちを信じ、私たちはここを護り続けるのが妥当でしょうか」
「そうだな。ま、向こうにはカイン先生もいることだし、そう簡単にやられたりはしないだろ。魔物を率いているっていう少女、それにリンネの姿が見えないのが気になるけど――」
「ショウ、正門の人たちと連絡が取れたわ。カヤノと名乗った少女が現れて被害が続出しているらしいけど、何とかなりそうだって。君たちは君たちの任務を全うしてくれ、というカイン先生の言葉も貰ったわ。あと、怪我人を治療するための準備ができたわ。いつでも始められるわよ」
 駆け戻ったアクアが、ショウに状況を報告する。
「分かった、じゃあ怪我人を連れてくるよう自警団の人に――」
 そう言って門の方を振り向いたショウの視界が、急に白く輝き始める。慌てて飛び下がったショウの目の前で、門が、そしてイナテミスの町全体が、青白く煌く氷に包まれていく。
「え? え? 何が起きたの、シェイド!?」
「わ、私にも分かりかねます……ですがこれは……」
 戸惑うミレイユとシェイドの気持ちを代弁するように、ショウが呟く。
「町が……凍りついていく……」