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桜井静香の冒険~帰還~

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桜井静香の冒険~帰還~

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第5章 船上の戦闘


 その頃、白鳥甲板にて。
 次々と、二羽の間に橋がかけられていく。
 敵はパラ実生を名乗る原住民、数は生徒の数倍。革鎧に短銃、剣はカトラスに手斧といった出で立ちが大半だ。いかつい海──もとい湖の男達に、勇敢にも生徒が立ち向かう。何人かを防衛に残して、生徒は次々とアヒルへと斬り込んでいった。
 真っ先にランスチャージを仕掛けたのはヴェロニカ・ヴィリオーネ(べろにか・びりおーね)だ。船にバイトに来ていたが、トラブルに首を突っ込みたい性分である。湖賊を吹き飛ばし、後続のために盾を構えて防御姿勢を取り、道を確保する。
 姫野 香苗(ひめの・かなえ)は道ができたとばかり、竹箒を手に乗り込んでいく。
「絶対、絶っっ対に許さないんだからー!」
 目に付いた湖賊を容赦なく斬っていく。
 それも白い鎧の上で風になびく見覚えのある銀髪、ヴェロニカの姿に怒りも倍増だ。
 視界にさえ入っていれば、倒れた湖賊の全身も箒でばしばし叩いた。相手が気絶しようがお構いなしだ。
「今夜はお姉さま達と初夜をむかえるはずだったのに、あんた達のせいで台無しじゃない! どうしてくれるのよぉぉぉぉ!」
 香苗の絶叫に近い叫びが夜空に響く。
 夜這いも失敗、賭博場でも騒ぎで失敗、今夜こそと思ったら今度は湖賊襲撃! ヴェロニカとはいい感じになれそうだったのに、何故か途中から記憶が飛んでいるときている。素敵なお姉様とのきゃっきゃうふふが一向に達成されないので、鬱憤がたまっていた。
 ストレスを発散しているのは崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)も同じだ。白百合団の才女、もとい白百合団のドSである。公園で少女に首輪を着けさせ、犬として散歩させたこともあるとかないとか。
「悪いけど、今日の私は機嫌が悪いの」
 フェルナンを怪しいと目を付けていたのだが、大好きなトラブルが起きなかったのでご機嫌ナナメなのだ。
「さあ、纏めてブッタ斬って差し上げますわ!」
 他の生徒に当たらないよう場所だけ選ぶと、手に握った大鎌で、周囲の湖賊を薙ぎ払っていく。遠くから相手が短銃を撃ってこようとすれば、ステップを踏む。位置を変えれば、盾にした湖賊が背後からの射撃に倒れる。
 ストレス発散といえば、島村 幸(しまむら・さち)も同様だ。
 燃え尽きたアヒルの帆に、スペアとして張られた小さな帆とロープを、マストによじ登って切り刻んでいるその目が据わっている。
「ふふっ、相手の有利な条件は減らしちゃうに限りますよね」
 こうしておけば、万が一相手が船で追いかけようとしても、ヴァイシャリーに逃げ込めるだろう。
「せっかく張り直したってのに何しやがる!」
 ようやく消火して張り直した帆を台無しにされた怒りを込めて、マストの下からカトラスを振り上げて叫ぶ湖賊に幸は、
「よくもデートのお邪魔をしてくださりやがりましたね……覚悟はよろしいですか? まぁ、よろしくなくてもやりますがね!」
 リターニングダガーを投げつけて怯ませると、マストに滑り降りた勢いで顔面に蹴りを喰らわせると、
「今日の天気は晴れのちダガーですよ♪ 外を出歩く方はくれぐれも当たらないように注意してくださいね、ふふふふっ」
 腕に刺さったダガーを引き抜いてもう一撃。
 幸の“デート”相手であるガートナ・トライストル(がーとな・とらいすとる)は彼女に斬りかかってくる剣の群れをメイスで弾きつつ、
「ええ、私には愛の加護がありますから当たりようもないのですぞ」
 ──21の年齢差と関係なくラブラブである。なんだかんだで、デートになっているような気もするのだが……。
 一方、アルフレート・シャリオヴァルト(あるふれーと・しゃりおう゛ぁると)テオディス・ハルムート(ておでぃす・はるむーと)は、ある種、イベントとして楽しんでいるようだった。
「あまりにゆっくりしていては体がなまるな……テオ、援護を頼むぞ」
 アルフレートはテオディスの背中を、ぽんと叩いた。
「ああ、それから、どちらが多く湖賊を倒すか、競争だ。負けた方が昼を奢る。いいな?」
 彼女は振り返ったテオディスに笑いかける。テオディスもそれを受けた。
「昼を奢る、ね……わかった。その勝負、受けて立つ」
 殺しはなしだぞ、と注意してから、アルフレートは剣を鞘に収めたまま、拳を振るった。湖賊の腕や足を狙って、無力化を図っていく。壁をも砕く“ドラゴンアーツ”は手加減しても、相手の間接を砕いたり傷めたりするのに充分だった。
 一応勝負の体裁だからか、セイバーのアルフレートどころか、ウィザードのテオも、同じく“ドラゴンアーツ”で敵を退ける。それは彼女への援護だった。実のところ、昼を奢るのは、口実でもいいかもしれないと彼は思っていた。
 今まで不必要なくらいぶっきらぼうなアルフレートが、以前と少し変わったのに気付いたからだ。遠慮し合っていた二人の関係も、船旅で少し近づいたようだ。

 湖賊と生徒が入り乱れる中、高月 芳樹(たかつき・よしき)アメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)と共に“バーストダッシュ”でアヒルへと乗り移った。
 事前にフェルナンに確認したところ、敵船は航行不能な致命傷は与えないで欲しいとのことだったので、火術は控え、手持ちのカルスノウトと杖だけを武器に真っ直ぐに船首に向かう。日本の日常ではそれらしいレストランや博物館でしか本物を見ることがない、あの丸い突起の太陽を戯画したような舵輪には、操舵手がいる。
「悪いがそこは退いてもらうぜ!」
 カルスノウトで切り込んだところを、アメリアが腕を振る。しなったハーフムーンロッドが、芳樹の横合いから突き出されたカトラスを握る手首をしたたかに打ち、カトラスが手からはじけ飛ぶ。
「ここは僕らが死守するぜ、アメリア」
「はいっ」
 舵を挟んで背中を預けながら、二人は湖賊に向かい合った。
 落ちないように、おっかなびっくりでアヒルに渡ったヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、芳樹達が囲まれているのを見付けると、円陣に加わる。
「たたかいをやめてくださいです! みんな仲よくしたいんです。おはなしきいてくださいです!」
 夜に目立つ白鎧で──注目を集めるのは本意だった──、湖賊に向かって呼びかける。のだが、既に乱闘状態、頭に血が上った湖賊は話を聞いていない。
「ボクにはそんなぷにぷにこうげききかないです!」
 芳樹とアメリアの二人の盾になるように進み出て、盾を構えて斬撃を受ける。じりじりと引きつけながら下がったとき、腰の辺りに嫌な感触がした。船の端っこの手すりだ。さっとヴァーナーの顔が青ざめる。泳げないのだ。そうでなくても鎧を付けて落ちたらひとたまりもない。
 湖賊がそれに気付いたのかどうか、にやにや笑って斬りかかってくる。
「うわわっ」
 目を閉じて身体を盾の後ろで竦める。その時聞き覚えのある声が耳に届いた。
「えーいっ、お口酸っぱいになっちゃえ〜」
 空気が薄く黄色に染まったように見えた。ヴァーナーに殺到していた数人の湖賊が、突然顔を押さえてくねくね踊り始める。
「目が、目がぁああ〜!」
 ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)が薄めに放った“アシッドミスト”だ。
「無事か?」
 顔を片手で庇いながら、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が、船縁から落ちそうになっている彼女の背を抱き留める。
「こ、呼雪おにいちゃん……それにファルちゃんも、ありがとうです!」
「いや、大したことはない。泳げないと聞いていたのでな……気になっていただけだ」
 呼雪は彼女を舵輪のところまで引き戻す。
「近くで見ても、乗ってる人はあんまり可愛くないねぇ。みんなアヒルさんになっちゃえばいいのにね」
「……そもそも何故アヒルなんだろうな」
 薔薇の学舎らしくカタールで湖賊の鎧を突き通し、
「こっちの白鳥さんがうらやましかったんじゃないかなぁ」
 ファルが目つぶしをしたり、怪我をしてうずくまっている湖賊の手足を、転がっているロープの切れ端で縛っていく。
 あれだけ人数差があった船上の戦いも、戦況は安定しつつあった。これは、先の教導団の侵入工作により、漕ぎ手が思ったより甲板に上がっていないことも理由の一つだ。
 その時──船の一部が、轟音と共に爆発した。