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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第1回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第1回/全3回)

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第三章



 ここで、少し時刻を遡る。
 雲海でブルとの戦闘が始まった頃、蜜楽酒家には情報収集のため残った生徒の姿があった。

 ◇◇◇

 蜜楽酒家。
 黒崎天音(くろさき・あまね)はカウンターに肘をついて、手配書に目を通していた。
「タシガン空峡を荒らしまわる空賊ね。空峡の物流が途絶えると、タシガンが日干しになりかねないな」
 グラスに入ったノンアルコールのドリンクに口をつける。
 それから、ページをめくりフリューネに関する報告書に視線を落とした。
「女性の身で単身名を馳せる空賊か……、気の荒い空賊達に彼女はどう思われているんだろうね」
「おそらく良く思う空賊はいないだろうな」
 相棒のブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は蜂蜜種をあおりながら答えた。
「……ブルーズ。飲み過ぎて後で使い物にならない、なんて言うのはやめて欲しいね」
「この程度、水とさして変わりない」
「そう言うわりには、少しご機嫌に見えるよ」
「そ、そうか? まあ、出来るだけ情報を集めたほうがいいな、今後のために」
「そうだね。誰か話の出来そうな空賊は……、おや、ちょうど良く情報を集めてる人がいるね」
 二人は空賊と談笑する人物のほうへ視線を向けた。
「はっはっは、空賊家業もなかなか大変なものですな」
「そうなんだよ。気ままな生活とか思われるとなぁ、俺たちも困るんだよなぁ」
「普段のご苦労をねぎらって、今日は自分がおごらせてもらいますよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて……、おーい、姉ちゃん、いっちゃん高い酒持って来てぇ!」
 セオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)は、ある中堅空賊の皆さんとテーブルを囲んでいた。彼は正体を隠すため普段着のジャケットスタイルで観光客を装っている。何故だか同姓からモテる彼なので、ナチュラルに空賊の輪に入る事に成功したのだった。
「……よろしければ、ご一緒させてもらえないかな?」
「楽しそうな声が聞したのでな。我々も是非、共にテーブルを囲ませてもらいたい」
 ブランデーのボトルを手土産に、天音とブルーズもその輪に加わった。

「えっと……、ご注文は以上ですねー。ありがとうございます」
「おう、すまねぇな。姉ちゃん、……見ない顔だが新人さん?」
 そう中堅空賊に言われたのは、バイト中の七瀬歩だった。
「まあ、ガラの悪い連中もいるけどよ、大体は気のいい連中だ。しっかり頑張んな」
「えへへ……、ありがとう。オジサン、良い人だね」
 スキップしながら去る歩を見送り、中堅空賊はでれーっと鼻の下を伸ばした。
「……話の続きだけど、近頃のタシガン空峡の状況について知りたいんだ」
 天音はテーブルの下で足を組み替え、微笑を浮かべた。
「なんだ、兄ちゃん。ここは初めてか?」
「こっちに来たばかりなんだ、仕事を始める前に状況を知るのは大切だろう?」
 天音は流れ者の空賊を装って、情報を聞き出すつもりのようだ。
「まあ、この数ヶ月は空賊同士のいざこざはないな」
「ほう。空賊の楽園とは聞いてましたが、本当に平和な所なのですな」
 そう言いながら、セオボルトはロックにしたブランデーを傾けた。
「いやいや、むしろ大変な状況なんだよ。それこそ、空賊同士で争ってる場合じゃないぐらいにな」
「……どう言う事ですかな?」
「あんたら、空峡には疎いみてーだから知らねーと思うが、数ヶ月前から、空賊団が襲撃される事件が続いてるんだ。俺たちは【空賊狩り】って呼んでる。襲われた空賊団で生き残った奴は一人もいねぇ。死体もひでぇ有様でよ。ありゃあ、人間の仕業じゃねぇぜ……」
「……なんとも寒気のする話ですな」
後から回収された船の残骸には、獣のような爪痕が幾つも残されてたって話だ

「……でも、そんな状況のわりには、勢力を伸ばしてる空賊もいるようだね」
 天音が暗に示したのは勿論、ブルの事であった。
 中堅空賊もその言葉にピンと来たのか、苦虫を潰したような顔になった。
「気に入らねぇ、連中だ。新参者のくせにデカイ顔しやがって」
「蜂蜜酒をくれ」
「その口ぶりだと、あまり仲は良くないみたいだね」
「大体、空賊狩りがたまたまあいつらの敵対空賊を襲ってくれたおかげで出世したんだぜ?」
「なあ、おい蜂蜜酒をくれ」
「ブルーズ、静かにして。大事な話をしてるんだから」
 注意されてしまったブルーズは小声で「蜂蜜酒……」と呟いた。
「ま、まあまあ、落ち着いて。話題を変えましょう」
 興奮する中堅空賊を、セオボルトはなだめた。
「そう言えば噂で聞いたのですが、フリューネと言う美しい女空賊がいるらしいですね?」
「おいおい、兄ちゃん。不吉な名前を言うんじゃねぇよ。空賊狩りに継いで二番目に聞きたくねぇ。大体、あいつ同業者キラーだぜ。義賊だなんだともてはやされて、調子に乗ってんじゃないっつーの」

 ◇◇◇

 バーカウンター。
 蜜楽酒家の主人【マダム・バタフライ】は、カウンターの奥に座り酒を飲んでいた。
 歳は四十歳ぐらいだろうか、紫の髪に黒のドレスを纏ったおばさ……失礼、ご婦人だ。ふくよかな体型をしており、それに合わせドレスもゆったりとした物を好んで着る。見た目は派手なおばさんだが、女手一つでこの大酒場を切り盛りする彼女に、一目置く空賊は多い。
 バイト中の歩はマダムに聞いてみたい事があった。
「あの、マダム。どうしてここは絶対中立地帯になったんですか?」
 ちらりと視線を上げて、マダムはまじまじと見つめた。
「空賊さん達がどうして争わないでいられるのか、その秘訣を知りたいんです」
「面白そうな話をしてるね。良かったら、俺も聞かせてもらっていいかな?」
 アクィラ・グラッツィアーニ(あくぃら・ぐらっつぃあーに)が二人に声をかけた。
「別に面白い話でもないんだけどもねぇ」
 特に隠すような話でもないので、マダムは蜜楽酒家にまつわる挿話の一つを話し始めた。
「まあ、逆に考えてごらんよ。もし、ここが中立地帯じゃなく、毎日空賊が暴れてるような所だったら、まず店がぶっ壊されちまうかもしれないだろ。よしんば、ぶっ壊されなくてもだ、そんな物騒な場所で店をやる意味がない。とっとと店を畳んで引っ越しちまったほうがいいだろ?」
「言われてみれば、確かにそうですねぇ」
「そして、この一帯で酒場と言ったらうちぐらいだ。この店がなくなったら、空賊が酒を飲む場所なんざなくなっちまう。だから、ここを中立地帯にして自分達のたまり場を守ってんのさ」
「つまり、空賊たちの利害が一致したって事だね」
 と、アクィラは結論を出した。

「あー、アクィラさん、見つけましたよー」
 アクィラの相棒、クリスティーナ・カンパニーレ(くりすてぃーな・かんぱにーれ)が、とたとたと駆け寄った。
「いーんですか、アクィラさん? こんなにのんびりしてて」
「なんだよ、クリス。そんなに慌てて」
「もう皆さん、ブルを追いかけて行っちゃいましたよ?」
「ああ、その事か。折角なんだから、敵の情報は出来るだけ集めておこうと思ってね」
 そう言うと、アクィラは携帯電話を見せた。
「ちゃんと皆の連絡先を聞いておいたから、情報をゲットしたら連絡するつもりなんだ」
「それで、肝心のブルの事は聞いたの?」
 もう一人の相棒、アカリ・ゴッテスキュステ(あかり・ごってすきゅすて)は、じろりと睨んだ。
「い、いや、これからだよ」
 メニューに目を通し、アクィラはジンジャエール、クリスティーナはミルク、アカリはお茶を注文した。やはり酒場の聞き込みでは何かを頼まなくて様にならない。そして、ソフトドリンクでは様にならない。

 同じカウンターの隅に、レン・オズワルド(れん・おずわるど)が座っていた。
「主人、宿を探しているのだが、この店に空き部屋はないか?」
「宿? あいにくうちは宿屋じゃないからねぇ、しかし、なんで宿が必要なんだい?」
「ああ、タシガン空峡で活動する拠点が必要なんだ」
「なんだい、あんた空賊かい?」
 正確に言えば、彼の今の肩書きは『駆け出し空賊』だ。
 これから空賊として活動するために、拠点を探しているのだ。
「まあ、物置にしてる屋根裏で良けりゃ好きに使いな。宿賃は格安にしといてやるよ」
 マダムの心遣いに礼を述べると、アクィラが興味津々といった様子で話かけて来た。
「おいおい、空賊を目指してるのか? もしかして、今回の事件のための潜入捜査とか?」
「そう言うわけじゃない。それに、俺は今回の事件には腑に落ちない部分がある」
 レンは氷の入ったグラスを見つめながら、話を続ける。
「御神楽が空賊の取締りを本気で行うとは思えない。無法者には無法者なりの掟があり、絶妙なパワーバランスで成り立っている。バッドマックスの逮捕をきっかけに、空賊社会に変化を促そうとしている、と推察した」
 ふと、表情を変えずに語るレンの肩に、紫煙がふぅーっと吹きかけられた。
「取り締まりだ、逮捕だ、と物騒な事を話してるじゃないか」
 着物を着た芸者の姐さんが、興味深そうに二人を見つめていた。
「あれ? さっきステージにいた人じゃない?」
「あ、ほんとですねぇ。お奇麗な人ですぅ。インド人の方はいらっしゃらないんでしょうかぁ?」
 アカリとクリスティーナは、こそこそと言葉をかわした。
「姐さん、店の人だよな? バッドマックス空賊団について知りたいんだけど教えてくれないか?」
「一杯おごってくれたら、あたしの口も軽くなっちまうかもねぇ」
 アクィラを見つめ、姐さんはからかうように笑った。

 キセルを吹かして紫煙を纏うと、姐さんはゆっくりと口を開いた。
「さて、ブルの旦那の話だったね。あそこは40人ほどの乗組員のいる空賊団さ。空峡じゃ大きい規模の空賊団だね。名前が売れて来たのはここ数ヶ月、派手に交易ルートを荒し回ってるって話だよ」
「ちなみにブルはどんな奴なんだ?」
「難しい言葉を思い出すのに時間がかかるぐらいの、ボケナスだねぇ」
「ああ、やっぱり馬鹿なんだ……」
 アクィラはなんだかどうでもいい情報を聞いてしまったと思った。
「他の主要な空賊団の拠点空域、構成人員、ターゲットにしている船種を、教えてもらえないか?」
 レンが空賊をやるつもりなら、タシガン空峡の勢力図を知っておく必要がある。
「有名な所だと、シヴァ空賊団かねぇ。あまり人前に出て来ないが、黒い噂の絶えない奴だよ。拠点は悪いがわからないね、乗組員は50人、ブルの旦那ほど派手じゃないが、商船を襲って稼いでるって話さ。あとは、ヨサーク空賊団ってのもいるね。20人ほどの乗組員を引き連れて気ままに空峡を飛び回ってるよ。男には優しい奴だから、あんたなら、気に入られるかもしれないねぇ」
 耳を傾けながらレンは携帯を使って、情報を蒼空学園経由で仲間に送信している。
 同じ事を考えていたアクィラも、仲間にメールを送信した。あまり役立つ情報はなかったが。
「ところで、フリューネと言う女空賊の噂を知らないか?」
 レンは思い出したように質問した。
「良い子だよ。ただ手を出そうってんなら、気をつけるんだね。強いから」