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リアクション
お嬢様の我が儘
無茶振りを叶えてこそ執事?
「ラズィーヤ様の体重とスリーサイズを測ってきてよ。直接、正確にね」
桐生 円(きりゅう・まどか)はベテラン執事セバスチャン・クロイツェフ(せばすちゃん・くろいつぇふ)にそう命じた。
「セバスは執事一筋何十年っていうスゴイ執事なんでしょ。それじゃ、出来るよね?」
面白くなさそうに、円はセバスチャンを見た。
セバスチャンの入れた紅茶は完璧で、バルバロッサ・タルタロス(ばるばろっさ・たるたろす)が運んできた椅子の座り心地も良く、用意された焚き火も暖かく、難癖をつける隙がなかったので、『お嬢様の我が儘』という種目を使って、理不尽なゲームをけしかけてみようと考えたのだ。
「畏まりました。委細万端抜かり無く。少々お待ち下さいませ」
セバスチャンは一礼し、小人の鞄から小人さんを呼び出し、バルバロッサをその場に置いて円のお茶の相手をさせ、黄 飛虎(こう・ひこ)を伴って、ラズィーヤのところに行った。
「申し訳御座いません、ラズィーヤ様。淑女にこの様な申し出をする事は心苦しいのですが、お嬢様の為、スリーサイズを測らせて頂きたく御座います」
ラズィーヤを守っていた白百合団が怒りのあまり殺気を漲らせる。
その様子を見て、飛虎が割って入った。
「あー……なんつーかな嬢ちゃん達よ。うちの親分の言い分は滅茶苦茶だ。失礼にも程がある。嬢ちゃんらが怒るのも分かるぜ。でもなあ」
穏やかな表情を浮かべながら、一瞬だけ鋭い眼光で、飛虎が白百合団たちを睥睨する。
「こんな下らねえ我侭にも命賭けてる馬鹿が居んのさ。そいつは軽いかい? 俺はそうは思わねえ。後生だからよ、ここはちいと見守ってくんねえか」
白百合団たちの緊張を解く様に、飛虎はにっと笑みを見せたが、白百合団の態度は軟化しなかった。
ラズィーヤも智矢が入れた紅茶をもらいつつ、つまらなそうな笑みを見せた。
「随分と軽い命ですのね。わたくしの乙女の秘密も、その軽い命程度なのかしら?」
その言葉にも、セバスチャンは丁寧に頭を下げた。
「無理は百も承知の上でございます。ですが、お受け頂けられぬ場合、老い先短いこの命の全てを賭けてそれを為す事となりましょう」
「あら、脅し?」
「滅相もございません。お嬢様以外の誰にも、ラズィーヤ様の秘密の他言は誓って致しません。どうかお願い致します」
「まったくもって交渉の余地のない申し出ですわね」
ラズィーヤはセバスチャンに興味を失ったらしく、扇を振って、退席を促した。
「交渉相手に何一つ利益がない交渉など、物乞いと変わらなくてよ? 命を賭ける? 自分にとって大事な方の命なら、それはとても重みのあることでしょう。でも、知り合いですらない貴方の命を賭けられても……ね。欲しくもない命を賭けられても、お教えすることはありませんわ」
白百合団はラズィーヤの命令に応じ、セバスチャンたちを追い出した。
そして、セバスチャンを待っていたのは、ぶすーっと不機嫌な顔をした円だった。
「……あのときの意趣返しって思ったのに、全然ダメじゃないさー」
ラズィーヤが切れて向かってきたら、光学迷彩を利用して逃げようと思っていた円だったが、その予想とはまた違う事態になった。
「おっさん連れて行って脅してどうするのさ。それで、白百合団が怯むとでも思った? 百合園生舐めてる?」
畏まるセバスチャンを見下ろし、円はふんと鼻を鳴らした。
「ボクの相手をしてくれたその人、声からすると、女なんでしょ?」
円はバルバロッサを指差し、肩をすくめる。
「それなら、その人の鎧を脱がせて連れて行ってさ。直接サイズを計るにしても、身体に触れるのは女性ですからって言ったりとかさあ……いろいろ配慮しようよ。おじいさんとおじさんが迫ってくるよりも受け入れやすいと思わない? 直接行くにしても、もっと頭を使ってよね。ガッカリだよ」
どすんと椅子に座りなおし、円はセバスチャンに命じた。
「せめて口直しに何か持ってきてよ。5秒以内ね」
日下部 社(くさかべ・やしろ)は遠鳴 真希(とおなり・まき)のお願いに頭を痛めていた。
「真希ちゃんの1番大切で1番大好きな人〜?」
執事・社の言葉に、お嬢様の真希はこくこくと頷いた。
「一番好きな人やろ〜。え〜、今日は瀬島さんは来とらんし……」
「ちっ、ちがうちがう! そういう好きじゃなくてっ!」
「そういうって……瀬島さんへの好きはどうで、今、真希ちゃんが言ってる大好きはどういう……」
「もーっ、わかってて言ってるでしょっ!」
顔を赤くして、真希は社の言葉を遮った。
そして、社をじっと見て、再度、お嬢様の我が儘を言った。
「あたしの1番大切で1番大好きな人を連れてきて。今日のやっしーさんは、あたしの執事さんなんだから、ヒントなしでバッチリ探してきてね!」
「ええ〜、ヒントなしなんや〜……でも、分かったわ。真希お嬢様の言うとおり、がんばってくるわ」
「うん、がんばって!」
真希お嬢様という言葉にちょっと照れながら、真希は社を笑顔で見送った。
社は悩みながら、観客席の方をウロウロした。
「蒼学にも行っちゃいけないんやろ〜。え〜なんやろ。実は瀬島さんが密かに観客席に潜んでるとかやないやろうし……」
考え込みながら社が歩いていると、途中で七瀬 歩(ななせ・あゆむ)を見つけた。
「あれ、あゆむん」
「あ、や、やっしーさん」
声をかけられて振り向いた歩の頬は、ちょっと赤くなっていた。
「ん、どうしたんや? 観客席が冷えて風邪でも引いたんやないか?」
「え、いえ……薔薇の学舎は、王子様みたいにカッコ良い人が多いから、ちょっとドキドキしちゃって」
歩の言う通り、薔薇学の生徒には、王子様らしいタイプがたくさんいた。
特に白馬の王子様に憧れる歩が好みそうな、綺麗でカッコいい薔薇学生もいて、社としては少し落ち着かない気持ちになった。
「王子様……なぁ……」
自分とは対極の話だなあと思いながら、社は課題を思い出し、歩に尋ねた。
「なあ、あゆむん。真希ちゃんのお願いで悩んでるんやけど……」
「真希ちゃんの? ふふ、まだ結構子供だから甘いお菓子食べたいとかかなぁ? 何か珍しいお菓子なの?」
「いや、そうやないんや」
社は困ったように眉根を寄せ、歩に事情を話した。
「真希ちゃんの1番大切で1番大好きな人かぁ……」
「そうなんや。ヒントなしってことなんやけど、手助けなしとは言ってへんかったから……あゆむん、スマンけど力貸してくれんか?」
「はい、いいですよ! あたしも真希ちゃんの親友を名乗っている身ですから、きっと何かお役に立てると思います!」
歩は快く同意し、社と共に一度、真希の所に行くことにした。
社が歩を伴って真希の所に帰ると、真希はぱあっと明るい笑顔を見せた。
「やっしーさん、正解!」
「は?」
「大せいかーいだよっ!」
真希は社が連れてきた歩にぎゅっと抱きついた。
「大正解って……え? え?」
「だから、あたしの1番大切で1番大好きな人」
ぎゅっと歩に抱きついたまま、真希が笑顔を見せる。
「そ……そーやったんや! 正解はあゆむん」
「そうだよ〜。あれ、もしかして偶然?」
きょとんとする真希に、社はなんとか繕おうとしたが、性格的に繕うのがうまくなく、そのまま大人しく頷いた。
「……うん、そや。実は偶然なんや」
白状する社を見て、真希はクスクス笑った。
「分かったから連れてきたって言っても大丈夫だったのに。やっしーさんってば正直なんだから」
真希は笑みを浮かべたまま、拍手をした。
「でも、その、やっしー執事さんの正直さと運の良さに拍手を。ありがとうございました」
「あ、いやー、それやと、俺の気持ちがおさまらへんのやけど……」
「それじゃ、お茶とお菓子を用意してくれるとうれしいな。みんなでお茶を飲もう!」
「畏まりましたやで、真希お嬢様。……と言っても、茶の入れ方がうまくいくかわからへんけど」
「それなら、あたしが教えるよ。さ、茶葉を選びに行きましょう」
「ほんまか!」
歩の意外な提案に社は喜び、歩に教えてもらいながら、にわか執事として、みんなにお茶を提供して、3人仲良くお茶を飲むことになったのだった。
「ふふふ、最近百合園ばかりにいて、男性欠乏症気味でしたから、楽しいですねぇ〜♪」
プレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)は、ビシッと執事服を着込んだ薔薇学の生徒たちを見て、うれしそうな笑顔を見せた。
恋愛対象が男性なプレナとしては、こういう機会は貴重だ。
しかし、今回のプレナの執事さんは薔薇学の生徒ではなく、蒼空学園のクルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)だった。
前に他の一件で知り合ったクルードがいることを知り、組むことになったのだ。
執事服を着たクルードは、流れるような銀髪と相まって、なかなかの美形執事に出来上がっていたが……当人のテンションは低かった。
「……やれやれ……どうしてこんなイベントに参加しなければならないんだ……」
実はクルードは、パートナーの1人であるアメリア・レーヴァンテインに無理矢理参加させられたのだ。
「何が、私のマスターなら一番になりなさい、だ……あいつ……覚えていろよ……」
「あはは……私もお手伝いしますから、頑張りましょうクルードさん」
ユニ・ウェスペルタティア(ゆに・うぇすぺるたてぃあ)が宥めると、クルードは少しだけ顔を上げた。
「まあ……そうだな。せっかくプレナと組むことだし……気持ちを新たにしよう」
気を取り直して、クルードが執事らしくしようと心がける。
そんなクルードを見て、穂露 緑香(ぽろ・ろっか)は楽しそうな顔をした。
「ふふふ、クルードさん、ユニさん、よろしくっす♪」
「ああ、よろしく」
緑香の言葉に、クルードが頷く。
だが、執事になってくれるのはありがたいものの、プレナはして欲しいことが思いつかなかった。
「お嬢様のわがままと言われても、特にして欲しいこと考えてなかったんですよね」
「何かないですか? プレナさん」
こちらの方が人に仕えるのに向いていそうなユニが、プレナに尋ねる。
「ん〜何か……」
「はい。プレナお嬢様がしたいこととか」
ユニの問いにプレナは首を傾げる。
「お掃除をいっぱいさせなさい〜とかですかねぇ」
「……モップ掛けをたくさんできるところをお作りすればよろしいでしょか?」
「いや……ユニ……。それは、お嬢様と呼ばれる立場の人にさせることでは……ない気がするのだが……」
本末転倒になりかけているユニを、クルードが止める。
「そ、そうですね。お嬢様のお望みでありますが、競技とかけ離れてしまいますので」
「それじゃ、えと……うーんうーん……」
悩んだプレナだったが、パッとあることを思いついた。
「あ、それでは、美味しいお料理沢山作りなさい〜とか!」
「それなら出来そうです」
ニコッと笑顔を浮かべるユニだったが、クルードが渋い顔をした。
「おい、ユニ……俺は別に料理が得意と言うことは……」
「え、あ、そうですね。これは執事とお嬢様の競技ですから、私があまりでしゃばるのは……ですし」
困った顔をするユニに、緑香がニコッと笑顔を見せた。
「大丈夫っす。ちゃーんと何をしてもらうか、自分が考えてきたっすですよ」
「……無理してお嬢様言葉だかなんだか分からない言葉になるポロロッカちゃん、その……きもいです……」
緑香の言葉に、プレナがボソッとそんなことを言う。
言葉を選んで言ったらしいが、割と酷い。
「き、きもいって……でも、めげないっすよ。だって今日はお嬢様の命令が絶対の日なのだから。これを広めるっす」
ドンと、テーブルの上に、緑香がビンを置く。
「これ……?」
「そうっす。ポロロッカ特製『お日様に干した布団の香りと塩辛い苺ショート味』ギャザリングへクスドリンク! これを我が百合園にも、薔薇の学舎にも広めるっすよ」
緑香はそのビンをクルードに向けた。
「さ、執事さんへの命令っす。この特製ドリンクを学校中に広めるっす。あ、二校だけじゃなくて、執事さんの学校の蒼空学園にも広めていいっすよ」
「ポ、ポロロッカちゃん」
本性を現した緑香にプレナがビクッとするが、クルードは冷静だった。
「待て……その変わった色のものがどんなものなのか分からないと、広めるということを了承できない」
「えーー、お嬢様の命令はゼッタイっすよ。今日はそういう日だって聞いたっす」
ぷうっと頬を膨らませた緑香だったが、えへんと胸を張ってビンの蓋を開けた。
「ま、でも今日はご機嫌がいいっすから。特別にどんなものかご披露するであります」
「あ、ちょ、ちょっと、ポロロッカちゃんー!!」
しばらくお待ちください
数分後。
クルードにお説教される緑香の姿があった。
「いいか。お前のスペシャルドリンクとやらのせいでどれだけの迷惑が…………(くどくど)…………そういう人に迷惑をかける行為をしていると、いつか自分に帰ってくるぞ……(くどくど)……」
「うわーん、ワガママしていいはずじゃないんすかー、話が違うっすー」
甘やかすだけが執事ではなく、主の間違いを正すのも執事の役目……ということで。
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