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ベツレヘムの星の下で

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ベツレヘムの星の下で
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リアクション



恋せよ男の子、女の子!

 色んな想いが溢れかえる中、南の建物ではこども会が開かれていた。パートナー同士が年の近い子供ということもあり、家にいても食事だプレゼントだと騒ぐのは目に見えている。だったら、子供は子供同士遊ばせたほうが自分たちはゆっくり出来るというもの。
 そんな思惑があるのかは定かではないが、悩み多き青少年にアドバイスする機会でもあると朱 黎明(しゅ・れいめい)は薔薇の学舎へやってきた。同じような心境の者がいればと中央の建物にメモ書きを貼り付けてきたが、今のところは早川 呼雪(はやかわ・こゆき)瀬島 壮太(せじま・そうた)といった顔見知りだけだ。
「しかし、少年たちと違ってあっちは元気だね」
 窓ガラス越しには、ツリーを飾ろうと奮闘している子供たちの声が聞こえてくる。初対面の子もいるけれど、なんとかすぐに打ち解けたようで子供たちだけでも大丈夫そうだ。
「さて、静かに話せる機会も早々ない。お兄さんに話してごらん?」
 少し戯けた口ぶりでも、彼が年長者で自分たちより経験豊富なことは確か。クリスマスを祝うこのパーティにパートナーと参加することにした経緯や最近の悩みを話すのに頼りないとは思わない。
 相手の出方を窺いつつも、中では男同士のコイバナが繰り広げられようとしていた。
 一方外では、中央の物には劣るものの玄関より少し大きめのツリーが建物の隣に用意されており、ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)ミミ・マリー(みみ・まりー)は預かってきた呼雪と壮太の分も手に持って、どこに飾ろうかと嬉しそうに相談している。そして、その様子を1歩後ろで眺めている朱 全忠(しゅ・ぜんちゅう)ユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)には会話がなかった。
 ユニコルノはただ初めてのクリスマスなのでどのように過ごす物なのかと2人を観察していただけなのだが、彼が物静かなことを知らない全忠はその沈黙に耐えかねたようだ。
「……おぬしっ、我輩の子分にしてやるのだ!」
「…………?」
 してやると言われても、頼んだわけでもそう願っているわけでもないユニコルノにとっては理解不能で、オーナメンントのスノーマンを抱えたまま小首を傾げるしかない。小さな反応に聞いているのかいないのか、それとも背が小さいことで舐められてしまっているのか。全忠は何も口にしないユニコルノに痺れをきらし、オーナメントを飾る2人へも叫ぶ。
「おぬしもおぬしもだ! 我輩の子分になれること、ありがたく思うのだっ!」
「子分……?」
 一体何のゲームが始まったんだろうかと不思議そうな顔をするミミと違い、なぜかファルはキラキラと目を輝かせている。
「子分っ!? 全忠くんって英霊さんだもんね、もしかしてスッゴク偉い英霊さんなの?」
「あ、当たり前だっ! 我輩よりも凄い奴など、いるわけがなかろう」
 無邪気で夢見がちなファルは本当に凄い人なんだと信じて疑わず、凄い凄いとはしゃぎ始めてしまった。
「ミミちゃんやユノちゃんはならないの?」
 すっごい人の子分だよー、なんていいながら誘われるもユニコルノは何が楽しいのかわからず、ミミも苦笑するしかない。
「じゃあ、今日だけ体験子分ってことで、みんなで楽しく過ごそうよ」
 ほんの少し、自分と同じように友達が欲しいんじゃないかなと感じたミミは、全忠の言葉を疑わずに楽しめるよう提案した。折角のパーティなんだから、1人だけ仲間はずれにするのも良くないし、よっぽどなら助けを求められる距離に頼りになる人もいる。
(でも、壮太は早川さんや朱さんとお話があるみたいだから、僕が頑張らないと)
 色んな子たちが集まっているから、見ているだけじゃいけない。たまには、ちょっとお兄さんになってみようとミミは少し緊張した笑顔を見せる。
「オーナメントを飾って、いっぱい食べて、いっぱい遊ぼうね!」
「ふんっ、クリスマスなのだから当たり前であるな」
 口こそ文句を言っていても、大事そうにオーナメントを持ったままチラチラとツリーを気にしている様子を見れば、誰だって楽しみにしていることに気がつく。子供たち同士のことは、子供たちに任せておいたほうが上手く行くのかもしれない。
 中では、やはりいきなり核心めいた話しをするのは恥ずかしいのか、壮太が苦笑混じりに場を茶化す。
「お互いガキのおもりで寂しいパーティだな」
「俺はそうでもないぞ、こうして友達と過ごすのも……家族と過ごすのも良いと思う」
 きゃあきゃあと騒いでいる外を見て目を細める呼雪に、壮太も同じく外を見る。別にこのメンツに不満があるわけでもないけれど、予定していた相手と来られなかったことは少なくとも残念に思うし、かと言って来ていたら来ていたでどうすればいいのかわからなかっただろう。
(……そういや早川って、いつもガキ共の世話ばっかしてて浮いた話聞いたことねえな)
 自分は少なくとも、一緒に来ようと思った人がいる。それは呼雪も知っているから、聞いてみるのは悪いことじゃないのかも知れない。
「おまえ、一緒に過ごす相手とかいねーの」
「俺に?」
 そう言われて1人、思い浮かぶ顔がある。けれどあれは、単に放っておけないからそう思うのかも知れない。他のパーティならどうだろう、誕生日は? 思い当たる特別そうな日をどう過ごしたいか考えてみたけれど、結局思い浮かぶのは同じ顔だった。
「いない訳じゃない、と思う」
「なんだそりゃ、歯切れ悪ぃな」
「自分でもわからない……いや、わからなかったんだ。嫌いなのに気になるっていうのが」
 勝手な奴だし、図体ばかり大きい癖に子供みたいだし……と呟くように胸の内を吐露してみても、やはり相手に好意を抱くような決定的な良い所は見つからない。けれども、いつの間にか心の中に居座っていて、追い出す気になれないくらい好きになってしまっていた。
「本当に、どうしようもない奴だろ?」
 少し恥ずかしくなって、照れているのを誤魔化すように飲み物を口につける。可笑しいのはわかってるんだ、幸せになれないことも。ユニコルノは背中を押してくれたけれど、親友や家族を危険に巻き込まないためにも相手のことなど言えやしない。
「呼雪、こんな話を聞いたことはないか。好きの反対は嫌いじゃない、無関心だと」
「あれか、嫌い嫌いも好きのうちーってヤツか」
「ま、待て! それじゃあまるで、俺が初めから……! それなら、瀬島はどうなんだ?」
 本当は相手と来られなかったことを気遣って、この手の話は振らないようにと思っていたのだが、そんな風に冷やかされてしまっては話をはぐらかす方法など数多く見つからない。つい反動で聞き返してしまったが、気を悪くはしないだろうか。
「オレ? オレはまぁ、あいつとは付き合ってねぇよ。恋人同士じゃねぇ」
 その答えが意外だったのか、2人は黙ってしまった。
「ほらオレはさ、自分が女にだらしねえの一応自覚してるしよ。……そんな様なのに、マジんなって一人の女と付き合えねーだろ」
 いつも真っ直ぐ想いをぶつけてくる彼女。もしそうじゃなければ、ノリだけで付き合うなんてこともあったかもしれない。けれども、本気の想いに軽々しく応えることは、いくら女好きであっても最低なことだと思ってる。
「中途半端なまま待たせるのも、お兄さんとしては関心しないけどねぇ?」
「だから、オレがもう少しまともな人間になったら……そん時にちゃんと返事しようと思ってる」
 いつになく真面目に答える壮太に、黎明はニヤニヤと生暖かい視線を送る。
「こ、こっち見てんじゃねーよおっぱい星人が!」
「仕方ないんじゃないか? 今返事をしないという時点で瀬島の答えはキッチリ決まっていて、どうにかする気でいるみたいだし」
「そういやミミちゃんが持って行ったオーナメント、ひまわりだっけ? あなただけを見つめます、か。もしくは熱愛かな?」
「おまえらぁああっ!!」
 冷やかす2人に声を荒げても、自分が吐き出してしまった言葉は取り返せない。たくさん迷って悩むのは、それだけ相手が大切だから。
「――でも、今ある幸せを大切にしなさい。時間は絶対に戻せはしないから」
 急に冷静なトーンで言われた言葉は、ありきたりなようで重みのある言葉。大切な人を失った彼だからこそ説得力のある言葉だ。
「思い悩むのが悪いとは言わない。けれど、今日と同じように明日が当たり前にくると思わないことだ」
 もしあの日が最後の1日になると知っていたら。朝食をもっと褒めてやったかもしれない、いってきますのキスを子供のようにせがんだかもしれない、いっそ家から出ずにずっと抱きしめていたのかもしれない。
 こんな時間が続くんだと思っていた。愛する人に囲まれて、幸せを手に入れたと思ってた。繰り返しのような日常でも、彼女がいれば飽きずに過ごせると思っていたのに。
「……幸せはいつ終わるかわからない。時があるならば、止まらずに行動をしたほうが後悔しないだろう?」
 褒めるのもキスも抱きしめるのも、いつだって出来ることだと思ってた。けれど今は、何1つだって出来はしない。特別じゃないことなんて1つもなかったのに。どれだけ後悔したってやり直すことは出来ない。彼らにこんな気持ちは味わって欲しくはないんだ。
 そんな切ない気持ちが伝わったのか、壮太は携帯を開いてメールを打ち始める。送信先は、もちろんあの子だ。
「ちょっと、ツリーの写真撮ってくる。……ついでに、今のオレでも言えそうな言葉が送れたらいんだけど」
 サンキュ、と外に出る壮太を見送り呼雪もまた椅子にかけた白いマフラーを見る。今更どうこう出来るわけではないけれど、次があるなら……と伝える言葉を模索しているようだ。
 窓の外では、低い位置で輝く水晶の星。自分はその飾りが少しでも目立てればいいから、神の祝福は迷える青少年たちに。きっと彼女もそう願ってくれているはずだと、黎明は気の強い眼差しを思い出して小さく笑うのだった。
 そんな切ないコイバナが繰り広げられている男の子たちと違い、北の建物では人夫様による恋愛講座が女の子たちへ向けて行われていた。
「さて、何から話そうかなお嬢様方?」
 食事を済ませ、女の子たちが好きそうなケーキ類を並べたテーブルでヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)がにっこりと微笑む。黒のタキシードを着た彼の前には、恋愛における男性視点の意見も聞きたいと遠野 歌菜(とおの・かな)宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が座っていて、2人ともパステルピンクや薄紅色のパーティドレスを着てとても愛らしいというのに、それをエスコートする殿方がここにいないというのが残念でならない。
「男の人がされて、嬉しいことはなんですか?」
 出来れば一緒に来たかったあの人を思い浮かべながら、歌菜は真剣な目でヴィナを見る。自分がされて嬉しいことを男性もそう思ってくれているかはわからないが、本人に聞くわけにもいかない。
 2人も奥さんがいる彼ならば、その経験の豊富さから的確なアドバイスを貰えるだろうと思っての質問だ。
「うーん、歌菜ちゃんなら知ってそうだけどな……愛してると満面の笑みを向けてくれること。これにつきるね」
「それだけ、ですか?」
 そのときのことを思い返しているのか、幸せそうな顔をするヴィナに歌菜は目を瞬かせている。もっとさりげない心遣いだとか、女性らしい振る舞いだとか、そういうことを言われると思っていただけにその答えは予想外だったのだろう。
「言葉って大事な物じゃない? 目と目で気持ちが通じ合うなんて、所詮夢よね……」
 ふう、と遠くを見ながら溜め息を吐く祥子は失恋の痛みから甘い夢を思い描けないのか、歌菜の悩みをどこか羨ましそうに聞いていた。
「伝わらないこともないけど、目と笑顔と言葉と全部で伝えてくれたら、その人の愛に包まれてるって感じるかな」
「恥ずかしがってちゃダメってことですね、ありがとうございます!」
 会う度に言うようなことでもないかな、とさりげなく伝えようとしていた気持ち。促されて同意するんじゃなく、自分から伝えればどんな顔をするのだろうか。
(それで喜んでくれたら……嬉しいな)
「なーに? 1人だけ幸せそうな顔しちゃって。私も上手く自分の魅力をアピール出来たらなぁ」
「ええっ!? 私はどうやったらそんなに色っぽいお姉さまになれるのか知りたいくらいなのに」
 それ以上、何を魅力的になると言うんだろう。そんな疑問を込めて見れば、祥子の顔を驚きに満ちている。
「……ごめん、色気って正直意識したことなかった」
 それでも色気を振りまいているのが羨ましいとばかりに、歌菜は髪のお手入れ方法やオススメのボディケアなど根掘り葉掘り質問していて、その女の子らしいやりとりにヴィナは苦笑するしかない。
(10年後には、娘もこんな会話をするようになっているのかな。……ん? 10年もたったら――)
 自分がそのくらいの歳には、既に子供を授かっていた頃だ。もし娘も同じ道を歩もうものなら強く反対出来る立場ではないのだが、たまに空京で会うだけの我が子にそんなことを宣言されたらと思うと気が滅入ってしまう。
「お互い嘘つかないで本音を言い合うのは、大事なことだよな……しかし」
「急にどうしたんですか?」
 2人で盛り上がっている間に、暗い顔をしている。その理由がわからない2人は、ヴィナを心配そうに見ているが、今からそんな心配をしても仕方のないことだ。
「いや、愛を育てるのは1人じゃないからね。きちんと話し合って2人の答えを出す、1人で決めたら意味ないよって」
 苦し紛れの言い訳。恋は1人見つめるだけでも成り立つが、愛は違う。だからこそ綺麗なままではないし辛いことも数多くあるけれど、その分手に入れられる幸せも恋より何倍も大きいと話し出した。
「そうなんですよね……恋愛って、楽しいことばかりじゃないです。時に切なくて泣いちゃう時もあるけど……それ以上に、たくさん幸せをくれます」
 照れ笑いを浮かべる歌菜に、祥子も思い出す。自分の恋は叶わなかったけれど、全部が悲しい思い出じゃない。あの人を見かけてはドキドキしたり、今頃何をしているかと空を見上げては優しい気分になれたり。それは全部、あの人が教えてくれた気持ちだ。
「誰かを想って、泣いたり笑ったりする事なんて簡単に出来ることじゃないものね」
「はい! それがこんなに幸せな事なんて、彼に出会うまで知りませんでした」
(私も、少し前まではこんな風に笑ってたのかな)
 まだ心の痛みは完全に消えたわけじゃないけれど、恋をしなければ良かったとは思わない。
「祥子さんは、いい女だよ。俺、その人との出会いは、もっといい女になる為のものだった、と思う。諦めなければ、必ず大切な人に出会える。保証する」
「そうね、2人が羨ましくなるくらいの人を見つけようかしら?」
「ふふ、あの人より素敵な人は難しいかもしれませんよ」
「俺の奥さんたちも、凄く可愛いからね。なんたって――」
 そうして惚気話をしようとする2人の額に封筒を叩きつける。折角前向きになったからといって、2人がかりで惚気話を聞いてやれるほど元気になったわけじゃない。
「はいはい、ごちそうさま! だったらしっかり楽しんでいらっしゃい」
 何のことかと封筒を開ければ、ヴィナには遊園地のファミリーチケット、歌菜にはニューイヤー・コンサートのペアチケットが渡されていたようで、思いがけないプレゼントに2人は顔を見合わせて驚いている。
「歌菜。恋人の心を掴んで離さない、それが何よりの魅力であり色気じゃないかしら? 自信持ちなさい」
 クスクスと笑いながら、窓越しに見えるツリーを見る。ここからではオーナメントが見えないけれど、恋人達の時間がこの対の星のように輝き続けますようにと、金と銀に輝く対の星を持ってきた。
(きっとあの人も、幸せなクリスマスを過ごしたんだろうな)
 好きだった人と、そこいらで嫉妬に狂っているだろう人たちにも良いことがありますようにと静かに願う祥子は、まさか同じ会場でその彼が似たようなことをしようとしていたなど知るよしもなかった。
「雪みたいに、この想いが溶けてしまったりしませんように」
 ツリーの方を見て何かを願う祥子につられ、歌菜もそんなことを願ってみる。スノーフレークのオーナメントは、そんな想いが込められていたのかと、ヴィナは苦笑して2人の頭を撫でた。
「雪なら溶かしてしまえばいいんだよ。その分沢山の人が幸せになるからね」
 何を言うのだろうかと驚いた顔をする2人に、ヴィナは少し霧がかったタシガン特有の空を見上げる。
「雪は綺麗だけど、脆いから1つの結晶の輝きをたくさんの人に見て貰うことは出来ない。けど、雪が溶けたら春になるから、その雪解け水は大地を潤し草木を育み……いろんな人に幸せを分けられる。決して2人だけで愛は成り立たない、応援してくれた友人や支えてくれた家族、みんなに幸せを分けてあげなくちゃ」
 ね、と微笑む顔は頼りがいのあるお兄さんであり人夫。経験豊富な人に相談に乗って貰えてよかったと、2人は顔を見合わせて笑うのだった。