リアクション
7.二重螺旋の仔
水源をのぞき込む椿と緋月は、水底に沈む黒い石を携帯電話のカメラで撮影している。
「暗すぎてだめね」
海中電話で照らしながら、なんども撮影するのだが光量が圧倒的に不足しているのか、撮影されるのは真っ黒な影だけだ。おそらく加工しても何も見いだせないだろう。
「うーん、魔術師の緋月でも分からないとなると、機工士の領域のものなのかしら」
「さあ――私も魔術のすべてを極めているわけではないから」
緋月が頭を振ったのと同時に、すさまじい地響きが二人を包んだ。
「じ、地震!?」
椿は水源に落ちないように手すりにつかまる。揺れが収まると同時に、目がくらむほどの光が水源の底から発せられた。
光は、まるで質量を持っているかのように、天井を突き破り、天空へと伸びていく。
「緋月!」
椿が手を伸ばすと、緋月がその手をつかむ。
「この光は――」
無声慟哭。
まさにそうとしか名付けようのない、声なき叫びであった。
学生たちによる一斉攻撃を受けたドーヅェの顔は、今や定形を成していない。褐色の半透明などろどろとした物質へと変わっている。
ドーヅェの体の内側から、青い光が漏れる。
「……」
ミルディアは思わず目を伏せる。そうしなければいけないような、気がした。
「――――――――! ――――――――――――――――――!!!!」
ドーヅェは両腕を空に差しのばす。もはや、彼に戦う力がないことは誰の目にも明らかだった。
偽ドージェを激しく憎んでいたパラ実生たちも、ドーヅェの最後の時を見守っている。
ドーヅェの体内からあふれる光は、ついにドーヅェの全身を包む。
光は、柱となって空に向かって伸びていく。
「あれは……」
小型飛空挺に乗って空にいた伏見 明子が最初にそれに気づいた。
ドーヅェの体から生じた光の柱。
採水場から生じた光の柱。
二本の光の柱が地上から空へと伸びていく様は、天地開闢の伝説を連想せずにはいられない。
「先輩!」
明子は携帯電話に向かって叫ぶ。
「こっちからも見えてる。こりゃあいったい何だ?」
地上の夢野 久からも二本の光の柱は見えているらしい。
二本の光の柱は、やがて宙の一転で大きくねじれ、二本の巨大な螺旋となる。
巨大な二重螺旋は、まるで宇宙の果てまで届こうとするかのように伸びていく。
「――Arrivederci」
胸に手を当ててフィオナ・ストークスがつぶやく。パートナーの前原 拓海が吹き飛ばされるのを見送ったときより、ずっと神妙な表情をしている。
互いを支え合うようにしてどこまでも伸びていくかに思われた光の二重螺旋は、唐突に消滅した。
消滅すると同時に、遙か上空で光がはじけ、彗星のように尾を引きながら四方へと飛び散っていく。
その現象が、実際に何秒間の出来事だったのか。五分近く光が昇り続けたような気もするし、五秒に満たない時間であったような気もする。
言葉もなく立ち尽くしていた蛮族たちは、やがて飛び散った光のかけらを求めるかのように散っていった。
「やれやれ、何だったのかね?」
桜田門 凱はハンチング帽のツバを引き下ろした。砂漠の日射しがなぜか眼に痛かった。
「……」
ヤードはまだ、光の消えた一点を見つめている。
ようやく強い光で眩んだ眼が回復した椿が最初に見たものは、全裸の男性だった。
「――――!!!」
孤児院で子供の世話をしている椿は、裸には慣れている。しかし、それは子供の、という条件付だ。子供と大人では、いろいろ違うところがあるものなのだ。
椿の頭から、先ほど目撃したあれやそれやがぽろぽろと抜け落ちていく。
「……これはどうやら水質管理主任のようですね」
緋月はいつもと変わらぬ様子で、男の脈や呼吸を確認していく。
「衰弱していますが、生きてます」
男は全身ずぶ濡れだった。その上、悪夢でも見ているのか、目を閉じまま涙を流している。
「お、おい。おきろよ……風邪引くぜ?」
椿はどう呼びかけるべきか迷いながらも男の肩を揺さぶる。光の柱が天井に穴を開けた際に転がり込んできた黄色いヘルメットがうまい具合に目隠し代わりになった。
「こ、ここは……」
「採水場……というか、元採水場というべきか。あなたは品質管理主任さんですね」
緋月の質問に、男は呆然とした様子で頷く。
椿は緋月の目を見る。その視線に気づいた緋月は黙って頭を振る。この男の体から、魔力の痕跡は見あたらない。
「どうしてこんなところに?」
「青い光が……青い光を見て……その後は何も覚えていない」
覚えていないといいながらも、男の目からは大粒の涙が次々とあふれてくる。
ドーヅェの絶っていたはずのところには、全く何も残っていなかった。ただ、戦いの痕跡だけが残っている。
「やー、終わった終わった。採水場の再建は御神楽環菜の領分でしょ」
クリムリッテ・フォン・ミストリカはパラミタトウモロコシ製の螺旋をイメージしたボトルを放り投げ、宙でキャッチする。
「クリムリッテ、それは」
ベルフェンティータ・フォン・ミストリカはクリムリッテの手の中のボトルをのぞき込む。陽光の中、きらめく透明なボトルはまるで宝石のようだ。
「へっへー、パラミタウォーター」
クリムリッテの言葉にベルフェンティータは形のよい眉をひそめる。
「思ってたのとは違ってたけど、興味深い素材であることは確かだしねー」
「たしかに……蒼空学園に送りましょう」
「えー、内緒にしてひとりじめしよーとおもったのにー」
なぜか急に舌足らずなしゃべり方になったクリムリッテは、突然ボトルのふたを外して空に向かって思い切り投げた。
回転しながら飛んでいくボトルから水がこぼれる。
ボトルからあふれた水が、小さな小さな虹を描き出した。
JOGR、jump over gulf radio.溝尾富田レイディオです。
参加してくださった皆様、ありがとうございます。
締め切りに間に合わせることができず、申し訳ありません。文章は完成していたのですが、私のミスによって公開が大幅におくれてしまいました。
今後は、不足のトラブルに対応できるよう、スケジュール管理をしっかりします。
さて、今回は砂漠に現れた偽ドージェとの戦いでした。皆さんお疲れ様でした。
ドーヅェ限定でマッスルパワーが回復したパラミタウォーターですが、それ以外の効果はまだ未知数です。今後の調査によっては、別の何かが見つかるかもしれません。
環菜の雇った傭兵部隊を何度か降している偽ドージェですが、どうでしょうか? 参加してくださった皆様の予想より手強かったでしょうか、それとも物足りなかったでしょうか?
結局、偽ドージェとはいったい何だったのでしょう。
水源に沈んでいたものも、光の柱と一緒に消えてしまったようです。
品質管理主任は、念のために日本の病院で精密検査を受けるそうです。
私の頭にあった偽ドージェの名前は、Doge=Anonymousでした。あんまりひねりがないのでカエリマスという名にしました。
これが最後の偽ドージェとは思えない……いつか第二、第三の偽ドージェが……。そんな感じです。
いつか数千、数万のアノニマスがパラミタを駆ける日が来るかもしれませんね。
いつでも一期一会の気持ちでやっています。
そうなのですが、いつかまたどこかでお会いできるのを希望しております。
それでは。