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消えた愛美と占いの館

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消えた愛美と占いの館

リアクション


緑色の閃光2

「愛美さんの居場所、占ってくれませんか? ……うーん、恋愛占いの益代さんに、いきなりそんなこと聞くのは不自然かな……?」
 占いの館のスライドドアを前にして、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は首をひねっていた。
「えっと……恋愛占いが得意なのは知ってるんですけど、どうしても愛美さんの居場所が知りたくって、ぜひ益代さんに占って欲しくて……って、これじゃまるで益代さんが犯人だって疑ってるみたいじゃない。実際疑ってるけどさ」
 ぶんぶん、とかぶりを振ったアリアは、またしばしうつむいて唸ってから……はっ、と顔を上げた。
「そうだ、もっとこう、もののついでみたいに聞けばいいんだ! 一通り恋愛占いをしてもらった後に、「そういえば、愛美さんが行方不明になっていて……」よし、これなら怪しまれずに聞ける!」
 ぱん、とひとつ手を打って、アリアはスライドドアに向き直った。
 両手でそっとドアを滑らせて、三重の暗幕を慎重にどかす。
「しつれいしまーす。恋愛相談に……」
 発光に照らされた占いの館の中で、緑色の閃光が瞬いた。
「ひゃっ!?」
 アリアはおもわず、びくりと目を閉じた。
 まぶたの裏に、まだ緑色が焼きついている。
 数秒ほどきつく目を閉じていたアリアは、おそるおそる、目を開けた。
 薄暗闇に戻った部室のなか、向かい合って立った益代と綾乃、そして、綾乃に羽交い絞めにされ、まるで人形のように動かなくなったチェルシーを、アリアははっきりと目撃した。してしまった。
「あ、あ、えっと……」
 益代と綾乃の視線が突き刺さる中、アリアはそっと後ずさりして、
「確保」
 マッシュに腕を掴まれた。
「あっ……」
 部室の中へ引きずり込まれながら、アリアはぎこちなく微笑んで、益代を見る。
「あ、え、えっと。私はなにも、見ていません……よ?」
 益代は、蛍光グリーンの瞳を柔らかく細めて、頷いた。
「ええ、わかっているわよ。……さて綾乃さん、次はこの子を押さえておいてくれる?」
「わっ、ちょっと待って! いや――――ッ!!」
 薄暗い部室に、再び緑色の閃光が瞬いた。

 ※

 益代は、稀代の出来栄えになったアリア・セレスティの人形を部屋の一番目立つところへ運び終えて、ふう、と息を吐いた。
 見開いた涙目で、大口を開け、両手を前に突き出したそのポーズは、今にも「ちょっと待って!」の叫びが聞こえてきそうだった。
「ひどい顔」
 呟いて、益代はアリアの引きつった頬に触れた。
「けど、こんな顔しててもきちんとかわいいのね。……本当に、憎らしい」
 益代が唸るように言って、アリアの頬に爪を立てた瞬間、
 がらっ、とスライドドアの開く音が響いた。
 益代が飛びのいてドアのほうへ向き直るのと、アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)のきざな微笑が暗幕から顔を出すのが、ほとんど同時だった。
「あら、いらっしゃい。予約の方?」
 アストライトは「いいえ」と首を振って、部室の中に身体を滑り込ませてきた。
「突然済まないな、浦深さん。今、時間は平気か?」
「ええ、丁度手すきになったところよ」
 益代は、脱ぎ着して乱れたマントをぴっちりと寄せながら頷いた。
「占って欲しいのは何? 恋人との相性かしら。色ボケくさい顔だわ」
「んー、当たらずとも遠からず、ってとこかな」
 アストライトが、後ろ手にスライドドアを閉めた。最後に「かちり」と鍵のしまるような音がしたのは、益代の気のせいだろうか。
「要領を得ないわね。どういう……ッ!?」
 益代は、足元に細く伸びている、山吹色の線を見つけて飛び上がった。
 あわてて振り返ると、窓をぴっちりふさいでいたはずの暗幕がずれて、細い光が部室に注ぎ込んでいた。
「待ってて。すこし、そこで待ってて」
 アストライトに言い置くのももどかしく、益代は窓に寄って、光を極力浴びないように、慎重に慎重に、暗幕を閉じなおした。
「次からは、ガムテできっちり目張りをしておこう……。あ、ごめんなさいね」
 益代がくるりと振り向くと、アストライトの顔がすぐ目の前にあった。
「……え? なに?」
「さて問題。俺が相性を占って欲しいのは、誰だとおもう?」
 アストライトが軽薄に笑った。伸びてきた手が益代の肩に触れ、ぐっと窓に押し付けてくる。
「ヒントその1。俺はそいつと一目会って、すぐ惚れた」
「へ……へえ、そう。よっぽどの美人だったのね」
 益代が眉根を寄せて苦笑いして見せると、アストライトはきざったらしい微笑を返してきた。
「ヒントその2。そいつはミステリアスな蓄光グリーンの瞳と、一度も日に当たったことのないような、真っ白い肌をしている」
「へえ。それはそれは……わたしとは似ても似つかないわね」
「ヒントその3.そいつは今、俺の目の前にいる」
「ええと、ごめんなさい。わたし千里眼は持ってないから、あなたの目が今誰を捕えているかなんてわかりかねるわ」
「なんでそんなに目をそらすんだ? そんなに、そいつと俺の相性は悪いのか……?」
 もうほとんど覆いかぶさるように、アストライトが益代に身体を寄せてくる。
 益代は、薄闇の中に居並ぶ影に目配せした。
(な・ん・と・か・し・て)
 口ぱくで必死に伝えても、マッシュと綾乃はん人形のふりをしたまま微塵も動かない。
 いいや。二人の口元だけは、いたずらっぽくひくひくしているのを益代は見て取った。面白おかしく見守っているのだ。
 二人とは共闘関係を結んだ仲だが、そういえば確かに「わたしの貞操を守れ」などという約束は交わしていない。
(お・ぼ・え・て・ろ)
 二人の口元が、かすかに引きつった。
「それとも、ほんとに誰のこと言ってるんだかわかんねえ?」
 じれるようなアストライトの声に、益代ははっと視線を戻した。
「じゃ、帽子とヴェールを取って見せてくれよ。そうしたらさ、もっといろんなヒントが出せると思うから」
「えっと、ちょっと?」
 益代が抗う暇もなく、口元を覆ったヴェールが取り去られた。
 次に帽子にも触れてきたアストライトの手を、益代はとっさに掴む。
「ちょっと、待って待って待って!」
「どうして?」
「待って! 顔は、だめ……っ」
 アストライトの手を無理やり振りほどこうとした拍子に、窓にかかった暗幕まで一緒に引っ張ってしまった。
 ばちばちっ、と留め金の弾ける音がして、暗幕がバサッと外れる。
「あっ」
 強い昼の日差しが、部室一杯に降り注いだ。
 思わず窓のほうを振り返った拍子に、帽子もはらりと、床に落ちる。
「ほら、これで……」
 益代の顔を見据えたアストライトの表情が、ひくとこわばった。
 強い陽光が目に眩しい。こわばった表情が胸に痛い。
「……それって」
 アストライトが何事か言いかけた。けれどその言葉が終わるより早く、益代はアストライトの金髪を掴んでひいた。
 一瞬で身体を入れ替えてアストライトを壁に押し付け、益代が覆いかぶさる形になる。
 アストライトの顔には、すでにきざな微笑が戻っていた。
「えっと……なんつったらいいかわかんねーけど、俺は別に気にしないぜ? そういう……」
「志方綾乃。こいつを押さえておきなさい。マッシュ、暗幕を直しなさい。今すぐに」
 アストライトの言葉には耳を貸さず、益代は淡々と言った。
 声も心も、驚くほど冷え切っているのが自分でも分かった。
「聞いているの、二人とも。別に、あなた達がそこで一生人形の真似事をしていたんだったらわたしは止めないけど。むしろ、もっと人形のマネがしやすいようにわたしが手助けしてあげるわ」
『いっ、イエス・マム!』
 綾乃どころかマッシュまでが、声を合わせて返事をして、駆け出す足音が聞こえてきた。

 ※

 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が、肩で風を切って廊下を行く。
 ソルファイン・アンフィニス(そるふぁいん・あんふぃにす)は優しげな細眉を寄せて、リカインの一歩後ろを歩いていた。
「ですから、リカさんのお気持ちも分かりますけど! 暴力でなんでも解決しようとするのはよくないですって!」
「っさいわね! 何度言ってもわかんないやつには拳で分からせるのが、教育ってモンでしょ!?」
「今時犬にだってしませんよ、そんな教育!」
 ソルファインが言いすがるのに耳も貸さず、リカインはさっさと占いの館の前にたどり着くと、スライドドアを引っつかんで一息に引いた。
 がつんっ。と何かが引っかかるような音がして、ドアは開かなかった。
「……あンのくそ馬鹿。鍵かけてやがる」
「ちょっと待ってください! 他の人が占い中なだけかも知れませんよ!? 早とちりで恥かくのはやめましょ? ねっ?」
「他の人ォ?」
 リカインは端正な顔をゆがめて笑い、スライドドアに耳を押し付けた。
 その手があったか、と、ソルファインもそれに倣う。
 幾枚も壁を隔てたような遠い向こうに、微かなかすれ声が聞こえて、ソルファインは息を潜めた。
「待って! 待って!」
 女の声だ。困惑している。
「どうして?」
 次に聞こえたのは、紛れもなくアストライトの声だ。いつも女性を口説くときに使う、きざったらしい口調だった。
 隣で、リカインが音を立てて奥歯をかんだ。
「……だめっ」
 切羽詰ったような女の声がしたとき、リカインはゆらりとドアから離れた。
「――蹴破る」
「わ――っ、ちょっと待ってください!」
 助走距離を稼ぎ始めたリカインを、ソルファインはほとんどはがいじめにして止めた。
「離しなさいソル。私はもうそのドアとかアストライトとかを蹴り壊さない限り止らない修羅になったのよ」
「ああっ、僕の「戒めの鎖」が完全だったならっ! いますぐこの人とアストラをスマキにして持って帰れるのにっ!」
「ごちゃごちゃうるさい! さっさと離さないとあんたもそのドアと同じ運命をたどることになるわよ!」
「じゃっ、じゃあ五分だけ待ってください! 僕がなんとか、穏便にそのドアを開けて見せますから!」
「五分?」
 ソルファインはこくこくと頷いて、いぶかしげな顔をしたリカインからヘアピンを二本借りた。
 ドアの前にしゃがみこみ、鍵穴にヘアピンを突っ込んで弄り回す。
 今日ほどローグになればよかったと思った日はない。
 そして……――五分は、すぐに過ぎた。
「アストライト覚悟―――ッ!!」
 轟音と共に炸裂したリカインの回し蹴りが、スライドドアを弾き飛ばした。
 千切れた暗幕も引っつかんで退かし、リカインが占いの館に踏み込んでいく。
 ソルファインも、二本のヘアピンを握り締めたまま、すごすごと後に続いた。
『あっ……』
 二つの声が、重なった。
 人形のように硬直したアストライトを、部屋の隅に押しやっていた益代と、それをばっちり目撃してしまったリカインが、同時に上げた声だった。
「あっ……っと、浦深君だっけ? えっと、無事で何より!」
 びしっ、とリカインが親指を上げ、白い歯を見せて笑った。
 益代が、うんざりしたようにため息をつく。
「もうすこし早くに突入してきてくれたら……わたしたち、友達になれたかもしれないのにね。残念だわ。……確保」
「イエス、マム!」
 物陰に隠れていた綾乃とマッシュが、飛び掛ってくる。
 ソルファインには、もういろいろな意味で逃げる気力もなかった。

 ※

 鬼崎 朔(きざき・さく)は、軽く深呼吸をして、占いの館のスライドドアに手をかけた。
「失礼します……ん?」
 かこん、と溝に落ちるような感覚があって、スライドドアはそれきり動かなくなる。
 ゆするようにがこがこ動かしてみても、なかなか開く気配がない。
「たてつけ悪いんじゃないかな? 貸してみて……えいっ!」
 朔の脇をすり抜けて出てきたブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)が、大して重くない体重をすべてかけてドアを引く。
 がりがりがりっ、とこすれるような音がして、ドアは半分ほど開いた。
「ありがとう、カリン。これで通れる。よいしょっ……と」
 身体を横にしてドアをすり抜け、なぜかガムテープでべたべた補強された暗幕を潜り抜けて、朔はやっと部室に入ることが出来た。
「おっと、いらっしゃい」
 ガムテープを持った益代が振り向く。
 窓を覆っている暗幕が、ガムテープでべったりと補強されているのに朔は気づいた。
「あの……今、平気でしたか?」
「もちろん。あっ、ドア閉まらなければそのままでいいわよ」
 益代が言うと、今度はしまらなくなったドアと格闘していたカリンが照れたように頭をかきながら、駆け寄ってきた。
「あ、えっと……占って欲しいことはですね」
「恋愛運ね」
 きっぱりと益代に言われて、朔は小さく頷いた。
「早速はじめましょう。気を楽にして頂戴」
 朔は頷いて、軽く息を吸い、姿勢を正した。
 益代がマントの下で指を鳴らす。
 ぼっ……と音がして、部室の四隅にろうそくの明かりがともった。
 炎が、ちらちらと揺らめく。
 なにか、生き物の焼けるような臭いが、朔の鼻を突いた。
「……うっ」
 勝手にひざがくず折れて、朔はその場にへたり込んだ。
「朔ッチ!?」
 駆け寄ってきたカリンが、倒れかけた朔の背中を支え、さすってくれた。
 ぐるぐると気持ちの悪かった頭の中が、少しだけ落ち着いていく。
「あなた、平気?」
 平静と見下ろしてくる益代に、朔はかぶりを振って答える。
「いえ……ちょっと、火は苦手で。……それに、なんですか、この臭い……」
「臭い? さあね」
 益代は短く答えた。
「なんか、焦げた臭いでもする?」
 カリンも、きょとんと首を傾げて見せた。
「えっ……だって、まるで何かの焼けるような臭いが……」
「臭いだけ?」
 益代が、念押しするようにいった。
「何か見えない?」
「何かって……? うっ……」
 朔は、益代の背後、炎の明かりが揺らめく暗幕の辺りに目を移した。
 そこにぼんやりと、家が見えた。高々と炎を吹き上げて、燃え盛る一軒の家だ。
「ッ……家が、見えます。……自分の、家だと思います」
「そう」
 益代がしゃがみこんで、朔の頬に触れてきた。
 ひんやりと心地よく冷たい指が、頬で模様を描く。おそらくは、爪あとのような刺青の上をなぞっている。
「その、炎に巻かれる家は、あなたの傷ね。……この刺青は? 傷跡を隠しているの?」
「……いいえ。これも、傷、そのものです」
「そう」
 益代が朔の頬から手を離して、指を鳴らした。
 部屋から炎が掻き消え、いやな臭いも嘘のように消えた。
 深く沈んでいくような薄暗闇が、なぜか心地いい。
「占いは、やめにしましょう」
「え……? 何故?」
「あなたが、未来より先に過去を見てしまう性質だからよ。いくら未来を占おうとしても、わたしのやり方じゃ過去ばかり掘り返してしまうでしょうから」
「過去ばかり……ですか」
 益代が、部屋の隅からパイプ椅子を一つ持ってきて、朔の前においてくれた。
 朔はカリンの手を借りて、まだ力の入らない身体を強引に立ち上がらせ、何とかパイプ椅子に座った。
「せっかく来てもらったのだし、このまま帰すのも悪いわね。セラピストの真似でもしてみましょう」
 益代は、朔の正面に立った。
 蛍光グリーンの瞳が、朔をまっすぐに見下ろしてくる。
「詳しく話して。誰との相性を占いたいか。どんな悩みを抱えているか」
「……すごく気になる人がいるんです。自分なんかに、好意を伝えてきてくれて」
「自分なんか、ね」
 益代のかすれ声が、少しだけ深く変わった。
「でも……怖いんです。だって自分は……汚いから」
 朔は、制服の襟をぎゅっと引き寄せた。
 その中に刻み付けられた無数の文様を隠すように。
「占いは」
 益代が突然、演説のように大きな声を張り上げた。
「占いの結果は、ただの指標よ。示すのは可能性に過ぎない。問題は、理想の未来に至れるべく、自分が努力するか、否か」
「理想に至れる、努力……」
 朔は、ふと益代を見上げた。
 薄闇に浮かぶ蛍光グリーンに、一粒の雫が浮いているように見えたのは、朔の気のせいだろうか。
「……なんて、酷な話よね。誰もが、同じスタートラインに立てているわけじゃないのに」
 益代の声は、涙でかすれていた。
 何故だろう、響く。
 朔は、ちりちりと痛む胸に手を当てた。
「何不自由なく過ごして来た、愛され祝福された誰かと、血反吐の煮凝ったような場所で、蔑まれ罵られながら生きてきた誰かが、同じスタート地点から同じものを目指したら、どっちが先に手に入れるかなんて、誰にだって分かりきったことなのに。……それでも、正々堂々、清く正しくぶつかりなさい。なんて、一体どこの世間知らずが言うのかしらね」
 益代は、おもむろに帽子をはずした。
 口元のヴェールもはずし、顔の前に垂れた髪を背中に追いやる。
「……あなたに、いやなものを見せてあげる」
 益代は暗幕を掴んで、ガムテープをべりっと剥がした。
 昼の日差しが、生白い益代の肌を照らす。
「……あなたは」
 朔の言葉をかぶりを振ってさえぎって、日にさらされた益代は、悲しげに笑った。
「占いじゃなくって、個人的なアドバイスだけど。わたしは、あなたが思い人と結ばれたいと思うなら、目一杯の手を尽くすといいと思うわ。……たとえそれが、世間から悪だと罵られるようなことでも」
「……」
 目を伏せた朔の脳裏に、思い人のいたずらっぽい眼差しが浮かぶ。
 あのひとは、どんな自分を望むだろうか。
 汚い傷跡を汚いやり方で覆い隠した、きれいに見える自分なのか。
 汚い傷跡も汚い性質も、すべてをさらけ出した正直な自分なのか。
 朔は顔を上げた。日に照らされた益代の顔は、胸が痛むほど悲しげだ。
「……もう少し、ここにいていいですか。あなたが他人に何を諭すのか、私は聞いてみたい」
「好きにするといいわ。ただし、わたしがやることに手出し口出しは無しよ。たとえどんな悪事を目の当たりにしても」
「平気です。……たいていの悪事は、もう見飽きていますから」
 朔が自嘲気味に言うと、益代はかすかに目を細めて、微笑んだようだった。