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鏡開き狂想曲

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鏡開き狂想曲

リアクション

 一方、残るゴフクモチーは後二つ。
「活きがいいなあ」
 緑ふくモチーを眺めると、のんびりと佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)はほほえんだ。
 この騒ぎだというのに落ち着いたものだった。
 空京を訪れたのは、薬学研鑽が目的だ。「パラミタタンポポ」の分布を調べようと、パートナー熊谷 直実(くまがや・なおざね)とともにあちこち歩き回っていた。その結果、福神社にたどり着いたのだが。
 餅が飛び跳ねるなんて、なかなか見れない光景だ。
「学校に持って帰りたいなあ」
「学内で調査しようというのか」
「うん、使えるんじゃないかなと思って。有機質を運動させるような魔力成分があるかもしれないしね」
 直実の問いに答えると、弥十郎は瓶を取り出した。
 分布用のサンプルを入れるためにもってきたのだが、こんな理由で役に立つとは。
 社殿に近づき飛び跳ねる小餅を1つ摘み上げると、弥十郎はカビを小瓶へ移した。中でふわふわしているが、カビ自体が動いているかはよく分からない。
 直実が色の違う餅をいくつか捕まえてくれたので、さらにそれからもサンプルを採取して、弥十郎はそれをしまいこむ。
「神社の方も、何とかしてあげないとね」
 視線の先には右往左往している布紅。
 布紅の顔を見ると、ちょっぴりもやもやしたものが沸いてくる。
 正月に弥十郎が彼女と一緒に参詣した時、布紅の唇が彼女の頬にふれたからだ。
 祝福のキスだから、喜ぶべきっていうのは分かっている。分かっているけれど。
 一瞬複雑な顔をしながら、だが弥十郎は拳を握った。彼女を祝福してくれた神様だ。助けてあげなくちゃ。
「これ以上被害が広がらないようにしないとね。手伝って、おっさん」
「ああ」
 ぽこん。
 複雑な思いを拳に込め、弥十郎は小餅を上から叩いた。餅が遠くに走って逃げないよう、鳥居の下に陣取って拳を打ち付ける。ちょっともぐら叩きっぽくもある。
 弥十郎のそばで同じく直実が小餅を叩く。
「こればかりは……割れたくなければ固くなれ、という訳にはいかんな」
「うん、割れてくれないとこまるしねえ」
 一撃でしとめられるよう、ひとつひとつ丁寧に叩き潰す。きゃあ、という声と同時に餅が真っ平らなせんべい型になり、同時にカビが舞い上がる。
「ええー! どうなってるの」
 声を上げたのはレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)ミア・マハ(みあ・まは)とともに神社へお参りにきて、この騒動に巻き込まれた。
「レキ、神社へ行くのであれば正装するのじゃぞ」
 ミアがそう言うから、今日はミアともども制服でやってきた。
 それなのに、まさか神社がカビまみれになっているなんて。
「どうするのじゃ、レキ」
「ううーん、……とにかく、あのなんとかモチーを一ヶ所に集めるしかないかな」
「では妾は、その周りの小さい奴を焼き払おう」
「うん、お願いね!」
 機関銃を手に飛び出すレキ。
 いつもの動きやすい格好と違うから、ひらひらしてちょっと走りにくい。
「それに、胸が……」
 制服の胸って、こんなにきつかったっけ?
 入学時に採寸して作ったはずなのに、どうしてだろう。
 レキが小さい疑問を大きな胸に抱いていたときだった。
「自分も参戦するであります!」
 背後からかけられた声に振り返る。近寄ってきたのは大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)。シャンバラ教導団生らしく、兵装の上に防護マスクを装面している。
「キミも銃持ってるんだね! じゃあ手伝って!」
 にこ、と可愛らしく微笑みかけるレキ。
 剛太郎も重々しく頷きかえす。
「無論であります」
 可愛い女の子にお願いされて、断る男子はいない。もとい。
 神社なのだからおごそかな気持ちでと心を切り替え、剛太郎は銃を構えた。
 レキは右に、剛太郎は左に。
 銃を構えた二人は、左右に分かれてモチーたちを挟み撃ちにした。
 パラララ……という乾いた弾音が響き渡る。
 緑ふくモチーに弾がヒットすると、ごろんごろんと2回転した。
 そこをミアがこんがり炎で焼いてゆく。
 問題は、意外にすばしっこい白ふくモチー。
 レキと剛太郎の間をぐるぐると逃げ回る。しかも、他の人たちや神社を避けて撃たなければならないから、意外と難しい。
 今も手水場の後ろに隠れた白ふくモチー。
 ぎり、と歯軋りして、剛太郎が睨みつける。
「逃げ足の速い餅め……」
「なかなかつかまらないね。困ったな」
 顔を見合わせるレキと剛太郎。するすると足元をすり抜けてゆく白ふくモチー。
 走り回る餅と人との狭間に、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は立っていた。
 久しぶりに布紅の顔を見ようと、この福神社までやってきた。
「布紅さ〜ん、またお掃除しにきたよ」
 掃除をして、のんびりと布紅とお茶でもしようかな。
 そんな気分でやってきたのに、こんなことになっているなんて。
「あれ……また、違った空気が……」
 正月の空気も悪かったけれど、これはまた別方向で空気が悪い。
 カビで霞んだ布紅神社。吸い込まないよう気をつけながらアリアは中に入る。
 中では、餅と人との追いかけっこ中。
「……あまり、食べ物粗末にしたくないんだけどなあ……」
 とはいえこのままでは布紅が困るだろう。
「ウィンドリィの精霊よ、力を貸して!」
 遠距離から雷術を打ち込むアリア。
 逃げ足の速い小餅達を、丁寧に撃ち抜いてゆく。
「神社を壊さないよう、気をつけなきゃね」
 アリアは神経をそちらに集中していた。それでなくてもちょこまかした餅を、神社を避けながら遠くから狙い撃ちにしているのだ。他の事に気が回らなくても仕方がなかった。
 だから、……気がつくのがちょっと遅れた。
 白ふくモチー&レキと剛太郎が、自分の方に向かって突っ走ってきているのに。
 どん。アリアの足元に突進する白ふくモチー。
「ええ!?」
「わ、ごめんなさい!」
 レキが叫んだ。
 白ふくモチーに押され、つんのめったアリア。
 運悪く、その前には餅ロードが引かれていた。
 ……、さっき、和原 樹がメイスで伸ばしまくった餅だ。
 それを思いっきり踏みつけて、アリアはバランスを崩した。
「きゃああ!」
 伸びる餅は、ついでに滑る餅だ。そして。
「ちょっと待って! ダメ! そっちに転んだら……いやああああああああ!」
 餅の先には餅の群れ。
 滑って転んで突っ込んで。ぺったりとくっついた餅に絡まれ、唖然とするアリア。
「ちょっと……どうしよう……」
 餅を取ろうともがくアリア。餅は取れずにブラウスのボタンが外れる。
「うそでしょ!?」
 じたばたともがくアリアだが、状況は悪化する一方だ。
 その様を、思わず見てしまう剛太郎。
 だって可愛い女の子が餅に絡まるなんて、そうそう見れない。
 もう少し見ていたかったが、……残念ながら、救出の手はすぐに現れた。
「ほら」
 そのアリアに手を差し出す、本郷 涼介。
 つかまったアリアを餅の中から引っ張り出すと、キュアポイゾンでカビを取り除く。
「ありがとう!」
「気をつけた方がいいぜ」
 ぶっきらぼうな物言いだが、その目は優しい。
「これ以上、神社や布紅を醸させるわけにはいかないな」
 フェイスレスメイスを構えると、涼介は一気に加速した。
 走り回る白ふくモチーへ、バーストダッシュ!
 鏡開きよろしくメイスを振り上げると、涼介はそれを思い切りたたきつけた。
「クリティカルヒット!」
 ぽこんと、三段餅がめり込んで二段になる。
 この餅は比較的白い。これなら、外側だけはがして食用にすることもできそうだ。
 白ふくモチーを捕獲すると、さらにその周りに集まってきた小鏡餅を炎で焼き払う。



 ■ ■ ■


「大変そうねーー」
 のんびりと狛犬に近づくと、橘 カナ(たちばな・かな)は狛犬の背に乗る布紅を見上げた。
 手には一体の人形。市松人形に見えるが、腹話術用の操り人形になっている。
「あ、あの……」
「あなたが布紅……? あたし、カナよ。こっちは福ちゃん」
『名前モ似タ感ジダシ、気ニナッテイタノヨ。ヨロシクネ』
「こんにちは、カナさん、……それに福さん。こんなになっていてごめんなさい」
「餅が襲って来るなんて、びっくりよねえ」
「馬鹿馬鹿シイケドネ」
「本当に、どうしたらいいのか……」
「気にすることないわよ。それにしても、お参りをサボっちゃうなんて、みんなヒドイわよね」
『マッタクダワ』
 自分がお参りに来なかったことは棚の高い場所に上げ、カナは憤慨する。
『セメテモウチョット前ニ気ヅケバ良カッタノニ。アナタッテ馬鹿ネェ

「もー、福ちゃんってば言いすぎよー」
「いいえ、おっしゃるとおりです。もう少し早く気づいていれば……」
 しょんぼりする布紅。励ますようにカナは言った。
「布紅のせいじゃないわよー。それにしたって、神社の管理はどうなってるのかしら」
『ホットカレタンジャナイ? 隅ッコデ小サイシ』
「駄目よ福ちゃん、そんなこと言っちゃ」
「そうだね、僕もその辺が知りたいな」
「あなた誰?」
『れでぃノ会話ニ割リ込ムナンテ失礼ダワ』
「君たちも少しお手伝いしたほうがいいと思うよ、カビ退治」
 カナとの会話に割って入るように、布紅に話しかけたのは白菊 珂慧(しらぎく・かけい)
「何だか、面白いことになってるね……」
 天気のいい小春日和、スケッチにはもってこいの日だ。せっかくだからと、初詣以来一ヶ月ぶりたずねて来てみれば。
 
「とても絵をかける状態じゃないな」
 春の陽気に誘われるのが草花や小鳥ならともかく、カビだらけの餅が躍り出るのでは絵にならない。
 原因をつきとめようと、珂慧は空京神社の本殿へと向かう。からりと社務所を開くと、珂慧は中を覗き込んで。
「ええと、福神社の管理について聞きたいんだけど……」
「福神社の、ですか?」
 いぶかしげな権禰宜の顔。ちょっと考えて、珂慧はこう告げる。
「風情ある神社なんでスケッチしてたけど、管理が行き届いてないのがきになって」
 うん、適当に答えたけど、理由にしてはいい線だ。本当にとんでもないことになってるんだし。
 社務所の中を振り返り、相談を始める権禰宜達。
「……福神社はあなた担当じゃなかった」
「え、てっきりあなたが担当と……」
 空京神社には、多くの摂末社がある。その中でも小さな福神社の対応を、どうやら権禰宜達はたらいまわしにしたらしい。たらしまわした結果、自分じゃない誰かが担当だろうと……結果、誰も鏡開きをしなかったのだ。
「お役所仕事っていうのかなあ、こういうの……」
 これじゃ布紅が可哀想だ。
「次はちゃんとしてもらえるよね?」
 権禰宜たちに念を押し、珂慧は社務所を立ち去った。
 その帰り道。
「なにしてるの?」
 その格好であるということは、波羅蜜多の生徒であるのに違いない。
 彼の名は棚畑 亞狗理(たなはた・あぐり)
 この状況にそぐわない男に、思わず珂慧は呟く。
「……これ、凧? ホントに何してるの?」
 にやりと、亞狗理は珂慧に笑いかけた。


 ■ ■ ■


 

「なんなんですか、一体……」
『すぐに空京神社まで来て』
 パートナーのイブ・チェンバース(いぶ・ちぇんばーす)に呼び出され、楠見 陽太郎(くすみ・ようたろう)は空を翔る。
 小型飛空挺で神社の上空までやってくると、着地できる場所を探して地上を見下ろした。途端、その目が大きく見開かれる。
「なんです、あれ……」
 なにやら見慣れぬものが、空京神社の端の社でぴょんぴょんと地面を飛びはねている。動物にしては色がおかしいし、形も変だ。
「陽太郎、こっちこっち!」
「どうしたんです」
「お餅よ! お餅! しかもカビカビになってて、暴れまわってる。何とかしなきゃ!」
 そのために呼び出されたんだろうか、もしかして。
 そう突っ込もうとした陽太郎、出かけた言葉を飲み込んだ。
 ぎゅう。ぎゅぎゅぎゅう。
 イブが飛空挺に乗り込んできたのだ。一人乗りの小さな飛空挺に、ちょっと無理やり気味に。それでなくても狭いのに、なんともいえないこのぴったりした感触。
「……何で一緒に乗るんです? イブも持ってるでしょう、飛空挺」
「何でって、攻撃に専念する為よ! 陽太郎は操縦よろしくね」
 なるほど。……なるほどなのか?
 多少の疑問を胸に抱きながらも、陽太郎は飛空挺をふわりと空へ運ぶ。神社の真上を行きつ戻りつしながら、イブの攻撃をサポートする。
「そ〜れ、喰らいなさい!」
 神社に向かって火の粉を降らせるイブ。上空からの攻撃はなかなかうまくいった。
 だが。
 旋回のためにほんの少し傾いた機体。その瞬間、背中に感じるイブの感触。
 ふにゅっ。
 柔らかい。まるでつきたてのお餅のようだ。しかも特大のぽよんぽよんの鏡餅。
 真っ赤になって硬直する陽太郎。思いっきり胸が当たっているのが分かる。
「いや……あの……」
「どうしたの陽太郎、赤くなってる?」
「何でそんなにしがみつくんです……?」
「ちゃんとつかまっとかなきゃ、落ちちゃうでしょ?」
 ふふ〜ん、楽しそうに笑いながらイブがさらに胸をくっつける。
 こうなると、もう飛空挺のコントロールどころじゃない。背中に当たる胸が気になって、舵を切る手もおぼつかない。
「あ、ちょっと陽太郎!」
「ああ……!」
 思わず大きく舵を切った陽太郎。小型飛空挺は西に大きく旋回し、方向を見誤ったままどんどん遠ざかっていく。
 しかも。
「ああ、火が……!」
 イブが放った炎の塊。運悪く吹いてきた風にあおられ、方向違いに飛んだかと思ったら。
「やばい! やばいって! 社殿が……」
 落ちた先は社殿の屋根。慌てて火を消す有志の面々。
 すぐに消えたため、社殿の屋根の端が少し燃えただけで済んだものの。
『火事ーーー!!』
「え?」
 社殿の奥から響き渡る、野太い声。
 ずしんずしんという足音とともに地面が揺れ、『何か』が社殿の中で暴れている。
「これじゃ神社が壊れてしまうな」
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は溜息をついた。
「怖いです、お兄ちゃん」
 鳴り響く地響きに、ミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)がおびえてしがみつく。
 その小さい肩に手をかける。そっと抱き寄せるようにしながら、エヴァルトはミュリエルに言った。
「つくも神みたいなものだ。大した事はない」
 甘やかしてはいけないと思いながら、ミュリエルにはついつい甘くなる。
 それにしても、長いこと粗末にされると、カビにも魂が宿るのだろうか。
「これがロボットなら……」
 動き回る小さいのがロボットなら、一匹捕まえてみるところだが。ロボットマニアの血が少しだけ疼いたが、残念ながら動力はメカではないらしい。
「どうする? エヴァルト」
 もう一人のパートナー、デーゲンハルト・スペイデル(でーげんはると・すぺいでる)が問いかけた。
「扉を開けよう。ミュリエル、戸を開けるのを手伝ってくれるか。……お前さんは出てきた餅をなんとかしてくれ」
 最後の台詞をデーゲンハルトに向けると、相手は重々しく頷いた。
「では」
 マスクとゴーグルと手袋。カビ対策を整えて。
 デーゲンハルトが氷術で餅を凍らせて道を作ると、エヴァルトは走り出す。
 長いスカートをちょっとだけつまみ上げ、ミュリエルがその後に続いた。
 半開きの社殿の扉を、左右に立って思い切り開く。
 ガラララ。
 開け放たれた扉の置くから。
 わらわらわらわら。
「きゃーーー!!」
 叫ぶミュリエルを抱き上げるエヴァルト。肩の上まで抱えあげたその足元を、走り出る餅。
 当社比3倍増しの小さい鏡餅が、境内にあふれ出た。そうして。
「あちーーー!!」
 でかい。
 神社の石畳に、鎮座した巨大な鏡餅が、足音重く走り出してきたのだった。