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ホワイトデーはぺったんこ

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ホワイトデーはぺったんこ
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リアクション

 
    ★    ★    ★
 
「なんで、ちっちゃくなってりゅの〜。もう、もどれないのぉ〜。ぐすぐす」
「大丈夫ですよ。元に戻れますって。それに、もうそろそろ、ルイーゼが、ああ、ほらやってきました」
 蒼空学園のカフェテラスで泣きじゃくるミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)をなぐさめていたシェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)は、子供服をかかえて走ってくるルイーゼ・ホッパー(るいーぜ・ほっぱー)に気づいて指をさした。
「本当じゃん、子供になってるしぃ」
 駆けつけたルイーゼ・ホッパーが、ミレイユ・グリシャムを見て嬉々として言った。
「かわいい♪」
「あーん、やめてよぉ、やめてぇ……」
 ここぞとばかりにルイーゼ・ホッパーが、抵抗できないミレイユ・グリシャムをなでくり回す。着ている物がずるずると脱げるのを見て、あわててシェイド・クレインが間に割って入った。
「裸にしてどうするんですか。そのために、服を持ってきてくれるように頼んだのに」
「そうだった、そうだった。はい、これ」
 そう言って、ルイーゼ・ホッパーは持ってきた服を取り出したのだが……。
「これは、どう見たって、下着じゃありませんか?」
「あったりー。だって、子供服なんて持ってるわけないじゃん。だから、持ってる下着で一番ちっちゃいやつ持ってきてやったんだぜ」
 彼女が持ってきた物は、すけすけのベビードールと異様にちっちゃいショーツだ。
「これさあ、ちっちゃいけど、こんなーにのびるじゃん。とりあえず、子供が穿いても、ずり落ちないと思ってさあ」
「色っぽすぎます」
 イヤイヤするミレイユ・グリシャムを後ろ手にかばいながら、シェイド・クレインが言った。
「でもお、これしか着る物ないじゃん。とりあえず、これを着てから、子供服買いに行こ、行こ、行こ、行こー」
 言うなり、ルイーゼ・ホッパーがミレイユ・グリシャムに飛びかかってひんむいた。
 元の姿ですっぽんぽんにされたら大騒動であったが、五歳児がカフェテラスの隅でお着替えしていても、色っぽさは欠片もない。それ以前に、今日は蒼空学園のあちこちで見られる風景でもあった。
「ああ、もういいかげんにしてください」
 シェイド・クレインはルイーゼ・ホッパーからミレイユ・グリシャムを奪い取ると、小脇にかかえて走りだした。
「とにかく、犯人を見つけて、元に戻す方法を聞きだします」
「ああ、待ってよー」
 意気込むシェイド・クレインを、ルイーゼ・ホッパーはあわてて追いかけていった。
 
「騒がしいよね。ねえ、やっぱり、ここは外れじゃないの?」
 カフェテリアでケーキをつつきながら、九弓・フゥ・リュィソーは言った。
 ここに解毒剤となる青いキャンディを持っている者がいたことなど、シェイド・クレインは気づく術もない。
「えー、でも、お宝はここだと感じたのですわ」
 ケーキのイチゴにかぶりつきながら、マネット・エェルが言った。
「まさかねえ」
 お宝って、そのイチゴじゃないでしょうねと、九鳥・メモワールはでこを光らせた。
 
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「こっち、こっちー」
 テーブルの下から出した手を大きく振って、水渡 雫(みなと・しずく)ローランド・セーレーン(ろーらんど・せーれーん)を呼んだ。
「いったい、なんでそんな姿に……。ははあ、それで、服を持ってきてくれって我が輩を呼び出したんだねぇ。それで、ディーはどこにいるのですかぁ」
 周りを見回して、ローランド・セーレーンは、水渡雫と一緒にいたはずのディー・ミナト(でぃー・みなと)の姿を捜した。
「あっちむいててね。――それが、食後にキャンディをなめたらこんな姿に……。ミナトは、最初は私の姿を見てパニックになってたんですけど、周りの人たちが眼鏡が犯人だとか、奴を殺せとか叫んでるのを見て、凄い勢いでどこかへ行っちゃったんですよ。ああ、死人が出ないといいんですが……」
 テーブルの影に隠れて服を脱ぎながら、水渡雫が話し始めた。
「それは面白いことに……いやいや、大変なことになっていますねえ」
 そう言うと、ローランド・セーレーンは自分のマントをふわりと水渡雫にかけた。
「ああ、見ちゃやだあ」
 水渡雫がちっちゃな顔を赤らめて、手を振り回す。
「子供服なんか着て、突然元に戻ったら危ないですよぉ。とにかく、何かしでかさないうちにディーを捜しにいきましょう」
 水渡雫をだきあげると、ローランド・セーレーンは鉄砲玉の後を追った。
 
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「おのれ……めがね……こ……殺す……」
 愛用の双剣をずるずると引きずりながら、クルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)は、ふらふらと廊下を進んでいた。いつもであれば、その長身に似合った美しい剣なのであるが、今の子供の姿では、大きく重すぎて引きずってでないと運べない。
「鞘が……傷だらけ……に。うっぷ……げぼげぼげぼ……」
 力尽きて休むように、廊下の端の壁にむかってうずくまる。
「まだだ、この程度……」(V)
 えづきながらも、なんとか吐くことだけは防いだ。さすがに、こんな所で嘔吐したのでは、彼の美意識が許さない。
 だいたい、食堂で静かに瞑想していたはずなのだが、突然声をかけられて返事をしようとしたところに、なにやらカレー味の飴を口に投げ込まれたのだ。あまりに予想外のことだったので、誰が飴を投げ込んだのかも分からない。だが、この一連の騒ぎは、山葉涼司が元凶だということは、みんなの怒号で分かった。
 クルード・フォルスマイヤーにとって、甘い物は鬼門だった。すぐに吐き出そうとしたのだが、突然身体が変化し始め、吐き出す前に呑み込んでしまった。いや、実際には、しばらく喉に引っかかっていたような、非常な不快感がずっと続いたのだ。喉の奥から、甘さとカレー臭が口に戻ってくるのである。
「うっぷ……くっ……くくくくく……よくもこの俺を……巻き込んでくれたな……眼鏡め……。後悔すること……すら……うっぷ……恐怖する……教えて……や……うげろげろげろげろ……」
 
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「お前か、お前が、僕の樹ちゃんをこんな姿に……」
「こたのせいれすけどぉ、こたがちっちゃくしたんじゃな……ががががらいぃぃぃ」
 緒方 章(おがた・あきら)によって、子供の小さい口にキムチを詰め込まれた林田 コタロー(はやしだ・こたろう)が、辛さに涙を流しながら悲鳴をあげた。
「これこれ、あまりコタローをいじめるでない」
 お着替えが終わった林田 樹(はやしだ・いつき)が、緒方章を止めようとしたが、だぼだぼのトックリセーターを着ただけの子供が何を言っても、あまり説得力がない。
「あああ、僕の樹ちゃんのたっゆんやプリリンがあぁぁぁぁ!!」
 見えない煩悩の稲妻に撃たれたかのように、緒方章が頭をかかえて叫んだ。
「そこまで衝撃を受けることはなかろう。ほれ、小さくなっても、私の脚線美はそのままであろう?」
 そう言うと、林田樹は、セーターの裾からゴボウのような足をニョキッとのばしてみせた。全然色っぽくない。
「かえせー、もどせー」
 緒方章が、再び荒れ狂う。
「どうどうどう」
「とりあえず、スカートは穿いてよ」
 一瞬我に返った緒方章が、ゴムつきのスカートを林田樹にさしだした。
「もし突然元に戻ったら大変だ。せめてこれを」
「しかたない」
 セーターだけでも結構のびるから構わないのにと思いながらも、林田樹はスカートを穿いた。
「それにしても、この事態を招いた山葉君は、粛清する必要があるね。いざ、天誅!」
 そう叫ぶと、緒方章は怒りのままに走りだしていった。
 
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「それで、山葉くんからもらったキャンディをなめたら、そんな姿になってしまったというのね」
 大変なことになったと言う中原 鞆絵(なかはら・ともえ)の知らせを受けてやってきたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)たちは、ちょっと困惑気味だった。
「そうですよ。でも、こうして童心に戻るのも、たまにはいいですね」
「ほとんど変わってないじゃない」
 悦に入っている中原鞆絵に、天夜見 ルナミネス(あまよみ・るなみねす)が言った。
「あら、ほら、こんなにお肌がつやつやに……」
 本人はそうは言うが、見た目六十六歳が五十六歳になったところで、極端な違いはない。
 中原鞆絵のことはとりあえずおいておくとしても、周囲の状況は大騒ぎだった。だいたい外観年齢が十歳ほど若返るキャンディだったようで、普通の学生たちはほとんどが一桁の歳になってしまっている。もし実年齢だったら、見た目以上の年齢を経ている魔女などはほとんど変化しないはずなのであるが、外見年齢であるために極端に姿が幼児化してしまっている。
「面白いじゃないか。オラも、それ配って回りたいぞ」
 変な方向に興味を持った童子 華花(どうじ・はな)が、余っているキャンディはないのかと中原鞆絵に詰め寄った。噂では、山葉涼司以外にも、キャンディを配っている者たちがいるらしい。だが、とにかく発端は山葉涼司の配ったキャンディから始まっている。
「そうですね、キャンディは確保した方がいいでしょう」
 危険物は、子供の手の届かないところに保管するのが一番だと、天夜見ルナミネスが言った。確保した後は、錬金術的見地からもじっくりと調べたいものだ。
「とにかく、その配っている人たちを捕まえましょう。山葉くんを捜すのが、とりあえず一番の近道ですね。彼を押さえれば、黒幕も分かるかもしれません」
 そう言うと、リカイン・フェルマータは、即席の少女(?)探偵団を率いて、山葉涼司を捜し始めた。
 
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「めがね、めがねー」
「おのれ、山葉涼司、いったいどこに行ったのです」
 幼児化したセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)の手を引いた御凪 真人(みなぎ・まこと)は、山葉涼司を捜して、蒼空学園内をあてもなく彷徨っていた。
「あめがね、おいしかったの。そしてね、ぷしゅーってなって、てってってーになったの」
「ああ、なんとなく分かりますが、会話になってません」
 幼児との会話など慣れているはずもなく、御凪真人は頭をかかえた。
 とりあえず、山葉涼司が人を子供にするキャンディを配って歩いたという事実は、そこら中で叫ばれていたから間違いないだろう。本当は、ちゃんとセルファ・オルドリンから話を聞きたいのだが、今の状態ではとても難しい。
「ちゅかれたー、だっこー」
 セルファ・オルドリンが、いつもからは考えられないほど素直に甘えてくる。
「ああ、はいはい」
 よいしょっとセルファ・オルドリンをだきあげると、御凪真人は人々に訊ねながら山葉涼司を捜していった。
 
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「若返りの飴ですか。これは実に興味深いですな」
 目を輝かせて、レイ・コンラッド(れい・こんらっど)が言った。計算なら、三十代の働き盛りに戻れるかもしれない。それは、とても魅力的だ。
「なんでも、逆の効果の青い飴もあるって、みんな噂しているみたいだよ〜」
 レイ・コンラッドとは別の意味で、晃月 蒼(あきつき・あお)も目を輝かせた。レイ・コンラッドが若返って、自分が成長したなら、二人の間はぐんと近づくはずだ。そうなれば、この豊かな胸に似合った身長の美人さんになれるし、もう、親子に間違われることもなくなる。
「なんとしてもお、二人のキャンディを手に入れましょうねえ〜♪」
「ええ、頑張りましょう」
 がっしりと握手をして、二人はすでにイルミンスール魔法学校生徒の間では確定視されている黒幕の大ババ様を捜した。