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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−1/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−1/3
【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−1/3 【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−1/3

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第5章 十二星華の孤独・前編



 5日目、カシウナの繁華街。
 リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)は通りにある果物屋に立ち寄っていた。目についたリンゴなどの果物を店主に包んでもらいながら、さりげなくセイニィに関する情報を集めてみる。ところが、出て来た情報は奇妙なものだった。人物の容姿がどうも一貫しない。セイニィっぽかったり、ティセラやパッフェルっぽかったりするのだ。
「なんだか変ね……。ちなみにその人がどの方角に向かったか覚えてない?」
「ああ、郊外に向かった……って聞いたな」
 そんな様子を通り沿いのベンチから契約者の緋山 政敏(ひやま・まさとし)がぼんやり眺めていた。
 そして、携帯電話に視線を落としてため息を吐く。一ヶ月前に接触した際、セイニィに携帯を渡しておいたのだが、いくらコールしてみても電話に出ないのだ。むなしく「おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません」と案内が流れるばかりだった。
「もしかして捨てられたのかな……、こういうの結構へこむんだよなぁ……」
 落ち込む政敏の隣りでは、もう一人のパートナーカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)が、銃型HCを使って調べものをしている。彼女はクィーンヴァンガードの特権を生かし、ヴァンガードの情報データにアクセスしていた。表示された一覧に検索をかけていくと、幾つかの該当する情報を発見する事が出来た。隊員が聞き込みを行った際の記録なのだろう。セイニィと思しき人物の目撃情報を地図上に表示して見ると、旧市街を中心にして広がっているのがわかった。
「政敏、見つけたわ。この感じだと旧市街に潜伏してる可能性が濃厚ね」
「あれ、でも果物屋さんは郊外って言ってたけど……?」
 首を傾げるリーン。妙な感じがするのは確かだった。
「容姿に関する情報も変だったのよね……。データベースにもその情報は登録されてみるみたい。けど、その情報が出始めたのはここ数日ね。この伝播の仕方を見ると意図的に流されているような感じがするわ」
「嘘で俺を引っ掛けようとは舐められたもんだな」
 やれやれと政敏は肩をすくめた。
「ヴァンガードのほうが幾らか信頼出来る。旧市街のほうに向かおう」


 旧市街は現在区画整理のため無人区となっている。住民は郊外の新市街へ引っ越しを済ませており、がらんと静まる通りには寂しそうに建物が並んでいる。野良犬や野良猫はちらほらと見受けられたが、人の気配は感じられない。
 そんな死にゆく街に、セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)は潜んでいた。
「ここが見つかるのも時間の問題ね……」
 曇ったガラス窓から通りを眺め、セイニィは呟く。ちらりと部屋の端を見た。そこには何かの像の下半身が置かれている。セイニィは床板を剥がして、下にある空間にそれを隠した。朽ちかけた床板で封をし、上にカビくさい敷物を広げた。
 その時、扉がノックされた。乾いた音が廃屋の静寂を破る。
 身構える彼女だったが、扉から覗かせた政敏の顔に表情を緩めた。
「あんたは確か……、くっ……」
 そう言いかけて、苦痛を顔に浮かべうずくまった。肩や脚には包帯が巻かれていたが、血がにじみ痛々しい。政敏はリーンに指示を出し、ヒールをかけさせた。完全に癒す事は出来なかったが、開きかけた傷は治まったようだ。
「おい、どうしたんだその傷は?」
 政敏が近付くと、セイニィはいきなり携帯電話を投げつけた。
「あんたねぇ……、なんで充電器も一緒に渡さないのよ、使えないわね!」
 何を言われてるかわからず、政敏はポカンと口を開けた。思い返してみれば、確かにあの時携帯しか渡してなかったような気がする。そして、携帯の充電が一ヶ月も持つわけがないのである。通りでさっきの電話に出られないはずだと、政敏は胸を撫で下ろした。別に嫌われているわけではなかったのだと安心したのであった。
「あ……ああ、悪い。そう言えば、うっかり」
「早く充電して」
 セイニィは腕組みして偉そうに言った。どうしてこんなに偉そうなのかはわからない。
「充電は後でしてやるから、とりあえずこの場を離れよう。クィーンヴァンガードの連中がうろついていたし、何より怪我の治療を優先させたいからな、こんな場所じゃろくに手当も行えない」
 そう言って、彼はセイニィの手を引いた。
「君の想いがどんなものであれ、協力はする。言った筈だからな。誰も不幸になんざさせはしない」
 その時、シャッター音が部屋に鳴り響いた。


 時を同じくしてアジトの外で葛葉 翔(くずのは・しょう)が行動を開始した。
 追跡技能を駆使してセイニィの足取りを追っていた彼は、政敏の存在に気が付き咄嗟に隠れ身で付近に潜伏したのだ。政敏が建物に入ってからしばらくすると、物音を立てずに建物の外側によじ登った。建物の三階の窓から潜入し、崩れかけた壁の隙間から様子を窺う。隣りの部屋ではセイニィと政敏がなにやら会話をしている。
「(こんな所に潜伏しているって事は、やはり狙いはロスヴァイセの女王器か……?)」
 クィーンヴァンガードに所属する彼としては危険分子の存在を見逃せるはずもなかった。
 翔は携帯のカメラを隙間から覗かせ、政敏達の撮影を行う。セイニィに手を貸す人間もまた危険分子だ。その時、カメラのシャッター音が鳴り響いた。携帯カメラ特有のわざとらしいシャッター音だ。
「やば、気づかれたか」
 セイニィ達が部屋に入ってくるよりも早く、翔はバーストダッシュで窓に飛び込んだ。隣家の屋根を勢い良く転がって、早急にその場から離れる。セイニィは負傷しているようだったが、十二星華相手に一人で挑むほど彼は愚かではない。
 撤退しながら、彼は携帯でカシウナに駐屯しているヴァンガード隊に連絡を取った。
「こちらクィーンヴァンガード所属の葛葉だ。追跡中の不審人物を十二星華のセイニィと特定。目標は協力者三名と行動を共にしているようだ。あとで、協力者達の顔写真を送信するから、身元を洗っておいてくれ」
「こちらクィーンヴァンガード空峡方面特設分隊隊長、鷹塚だ。詳しい報告はあとでゆっくり聞かせてもらおう」
「た……隊長だって!? あ、いや、その……」
 本部に連絡を入れたのだが、まさか鷹塚が出るとは思わず、翔は狼狽してしまった。
「君はそのまま本部に帰還してくれ。だが、その前に目標の位置をおしえてもらえるだろうか。目標は空峡を騒がせた危険人物、このまま見過ごせば驚異となるのは明らかだ。可能ならば、この機に捕らえておきたい」
「……セイニィは旧市街の五番街、給水塔横の五階建ての建築物に潜んでる。隊長、無茶はしないでくれよ」
「やれやれ、隊員に心配されるようでは私もまだまだだな。気遣いありがとう、葛葉隊員」
 鷹塚は電話の向こうで静かに笑っているようだった。翔は作戦の成功を願って通話を終える。


 ◇◇◇


 この一ヶ月のセイニィの活動を記そう。
 彼女は白虎牙を手に入れるため、フリューネの居所をしらみつぶしに探していた。空峡沿岸部でたびたび目撃される彼女が、クィーンヴァンガードに危険視されるまでそう時間はかからなかった。普段の彼女なら、クィーンヴァンガードと言えど蟻を踏みつぶすのと同等の手間で片付けられるのだが、今回はそういかなかった。前回の傷が完治していなかったのが、災いしたのである。物量での勝負を挑んで来たヴァンガード隊により、昼夜を問わず追跡され傷は悪化しまともに戦闘を行える状態ではなくなってしまったのだった。
 話を現在に戻す。
 既に旧市街に当たりを付けていたヴァンガード隊の行動は迅速だった。
「こちら第三小隊。六番街で移動中の目標を発見。応援を頼む」
 あっと言う間に発見されてしまい、セイニィは政敏から分断されてしまった。小隊規模の部隊が複数展開してるこの状況では、政敏たちだけで守りきれるものではなかった。せめて追っ手を数名引きつけるのが限界だった。
「……使えないわね、あの三人」
 路地裏を一人駆け抜けるセイニィの前に、数名のヴァンガード隊員が立ちはだかる。
 セイニィは両腕を突き出し構えを取った。発現した【星剣・グレートキャッツ】が紺碧の光を放って威嚇する。星剣の効果により、野獣のような俊敏性がその身に宿された。しかし、それと同時に傷口から血がにじむ。彼女の額にふつふつと嫌な汗が浮かび上がった。
「……女一人に大層な歓迎だな。それがクィーンヴァンガードの流儀なのか?」
 不意に、レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)の声が緊張を破った。
 セイニィの背後から遠当てを放ち、彼は牽制攻撃を加える。
「な……、なんだ、君は? 十二星華に味方しようというのか?」
「怪我人相手に敵味方もねぇよ。それに、俺はまだこいつがどんな奴か知らねぇ」
 そう言うと、セイニィの赤く染まった包帯に触れ、ヒールを施した。
「……何のつもりよ、別に助けてなんて頼んでないわよ」
「礼が欲しいわけじゃねぇよ。ただ、おまえと話がしたくて来ただけだ。この場を切り抜けない事には叶わねぇが……」
 救援に駆けつけたのは、レイディスだけではない。両者が睨み合う頭上、建物の三階付近に武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)とその相棒のリリィ・シャーロック(りりぃ・しゃーろっく)の姿があった。騒動を聞きつけてやって来たのだろう、セイニィと面識のない二人は状況から、金髪の女性がセイニィなのだと判断した。
「リリィ、おまえは降りて先行しておいてくれ。セイニィを連れて後から駆けつける」
「うん、わかった。牙竜……ううん、ケンリュウガーも気をつけてね」
 牙竜は頷く。そして、右腕に装着したリュウドライバーにカードをセットし、ケンリュウガーへと変身を遂げた。
「そこまでだッ! クィーンヴァンガードッ! これ以上好きにはさせん!」
 三階外付け階段の猫の額ほどに狭い踊り場だとて、華麗に登場ポーズを決めねばヒーロー失格。悪の組織認定されてしまったヴァンガード隊はポカンとした表情を浮かべている。だが、すぐに自分を取り戻し、お決まりの台詞を言うのだった。
「な……、何者だ!?」
「俺か? ケンリュウガー。ただの正義の味方だ!」
 そして、颯爽と踊り場から飛び降りる。バーストダッシュで滑空すると、セイニィに向かって突っ込んで来た。勿論、素直に体当たりを受ける彼女ではない。面倒くさそうに回避しようとすると、レイディスが「大丈夫だ」と彼女を制した。レイディスとケンリュウガーは視線を交わらせ頷き合う。志を共にする者同士、通じ合えたのかもしれない。
 すれ違いざまにセイニィを抱きかかえると、ケンリュウガーはそのまま路地の奥へ消えていった。
「……そんでもって、今からここは通行止めだ」
 追撃に転じようとした隊員たちの前に、レイディスが立ちはだかる。
 変転の隙を突いて等活地獄を放った。一人目のアゴを打ち上げ、二人目の腹部に拳を突き立てる。常人なら気を失っている所だが、さすが精鋭部隊と言うことか、重大なダメージを負いながらも決して倒れる事はなかった。
「そう簡単にはいかねぇか……、おもしれぇ!」


 牙竜とセイニィは、ガラクタが積み重なった路地裏に身を潜めた。
 二人を確認するとリリィは顔を出し、そっと唇に人差し指を当て、ガラクタの隙間から大通りの様子を窺った。ヴァンガード隊員が慌ただしく駆けていくのが見えた。確実に包囲網は構築されつつある。リリィは持っているトランクから清楚なワンピースと伊達眼鏡を取り出し、セイニィに渡した。本当はフリューネのところで、ファッションショーをして遊ぶために持ってきた衣装だったが、思わぬ所で役に立ちそうである。
「とにかく、これに着替えて。後は、髪型も変えないとね」
 背に腹は代えられない。セイニィもしぶしぶそれを受け入れた。
 時間にして十分ぐらいだろうか。髪型をツインテールからポニーテールに変え、眼鏡とワンピースを装着した。リリィの特技『隠す』と『ファッション』でヴァンガード隊の目を欺こうという作戦だ。
「……わりと似合うじゃないか。あ、そうだ。これもやるよ」
 変身を解いた牙竜はそう言うと、きれいな指輪を左手の薬指にはめてあげた。
「後で返せって言っても返さないわよ」
「俺はそんな狭量な男じゃねぇーって」と頭を掻きながら「……はじめに言っておくが、俺はクィーンヴァンガードとは敵対してるが、フリューネの味方だ。おまえの行動によっては敵同士になる。だから、そうなる前に知っておきたいんだ、おまえが戦う理由を。それを見極めるために、俺はここに来た」
「……勝手にすれば?」
 そして、三人は何食わぬ顔で通りに出た。こういう時は焦ってはいけない。しばらく歩くと案の定呼び止められた。
「すみません、一般の方でしたか。この区画に危険人物が潜伏しています、すぐに出て下さい」
「はーい、お仕事頑張ってくださいねぇ」
 にこやかにリリィが言うと、ヴァンガード隊は離れていった。
「上手くいったね!」と思いきや、先ほどの隊員たちが猛ダッシュで走ってくる。
「……って、そんなもんで騙されるわけねーだろ!」
 セイニィの顔を知ってる彼である。彼らがよほど酩酊でもしてない限り、欺く事は難しいだろう。
 身柄を押さえようと隊員たちは迫る。だが、その手は彼女を捕まえることなく空を切った。そればかりか、ヴァンガード強化スーツが悲鳴を上げるほどの衝撃を受けて弾き飛ばされた。セイニィの前に割って入ったのは、呂布 奉先(りょふ・ほうせん)。方天画戟と名付けたハルバードを振り回し、困惑する隊員たちを威圧する。
「次から次へと……、誰だ、おまえは!?」
「誰だって……『Foret Noire』の奉先を知らないってのか?」
 奉先は髪をかきあげて、ちらりとセイニィに目を向ける。
「散歩するなら場所を選んだほうがいいぜ、子猫ちゃん。どうもここは不愉快な連中がたむろしてるようだからな」
「わかってるなら、さっさとこいつらを片付けなさいよ」
 礼も言わないセイニィに、奉先は楽しそうに笑った。
「相変わらずの野良猫ぶりだな。まあ、言われなくとも、こいつらには嫌と言っても礼をするつもりだ……」
 表面的にはいつも通りの彼女だが、その胸中たるや穏やかではなかった。セイニィを傷つけたヴァンガード隊は、烈火のごとき怒りの矢面に立たされている。方天画戟を右へ左へ薙ぎ払い、隊員たちを本気で叩きのめす。牙竜とリリィも、セイニィの退路を獲得するため、戦いに加わっていった。
「さあ、今のうちです。こちらへ」
 奉先の契約者シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)が、路地から顔を出して手招きした。


 ◇◇◇


「随分とさびれた場所なのだよ」
 その頃、旧市街の三番街にリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)とそのパートナー達がいた。
 道路沿いの花壇や街路樹を調べ、あるものを探しているところなのだ。彼女たちがここにいる理由は、今朝ロスヴァイセ邸を尋ねた時に起因する。いつも通りパートナーのララ サーズデイ(らら・さーずでい)の後ろについて、もう一人の相棒のユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)と、フリューネの愛馬【エネフ】の様子を見にいったのだ。
「ああ、何てことだ。美しいエネフに傷がっ!」
 馬小屋の前で、ララは宝塚ばりの大げさなアクションで地に崩れた。
 リリは無表情で近寄り、その傷とやらを見やる。なんと言う事はない、大分前に完治した傷跡だった。
「前回の戦いの傷跡なのだ。もう治っているのだよ」
「でもハゲてるじゃないか。ユリ、早くヒールを」
「怪我は治っているです。ワタシの術では毛は生えないのですよ」
 のようなやり取りがあり、彼女たちはエネフのため、薬草を探しにここまで来たのである。
「……花壇のハーブは使えそうなのだ。あるだけ摘み取っていくのだよ」
 育毛効果は定かではないが、薬草らしきものは何種か見つかった。
 とそこに、息を切らせてシャーロットとセイニィが走ってきた。リリは目を細める。ヴァンガード隊に追われてる二人の片割れ、眼鏡ポニーテールのほうから嫌な予感を感じた。噂に聞くセイニィの容姿と異なるものの、その両腕の蒼爪がある事実をリリに伝えていた。これはなんだかヤヤコシイ事になると、彼女は思った。
「(……面倒な奴に会ってしまったのだ。奴がセイニィなら、手負いとはいえこちらもただでは済まないのだよ)」
 パートナーに退避を促そうとするが、ララは持ち前の騎士道精神を発揮している所だった。
「人気のない街で乙女を追い回すとは……、どう見ても卑劣漢。恥を知りたまえ」
 腰元の剣を引き抜き、加速ブースターで距離を詰めた。二人を守るように立ちはだかり、隊員と斬り結ぶ。
 動揺する隊員にさらなる追い打ちがかかる。身長20センチの機晶姫霧雪 六花(きりゆき・りっか)が、シャーロットのポケットから飛び出した。針のように細い剣を隊員の頭にプスリと突き立てると、彼は悲鳴を上げて逃げていった。
「大丈夫、シャル?」剣を納めながら、六花は軽やかにシャーロットの肩に飛び乗った。
「私はなんともありません。でも、彼女が……」
 土気色の顔でセイニィはその場に膝をついてしまった。
「……む? そっちの君、怪我をしているじゃないか。ユリ、来てくれ。彼女に手当を」
 ユリとシャーロットは応急処置を施した。出来れば、奇麗な包帯と取り替えてやりたいのだが、この状況ではそんな余裕はない。仕方がないので、セイニィの着ていたワンピースを破って包帯代わりにして巻き付けた。本来の服の上に着ていたので問題ないだろう。そして、二人は簡易包帯の上から、ヒールを唱えた。彼女の顔に少しづつ赤身が戻っていく。
 治療が終わると、リリはセイニィに摘み取った薬草を突きつけた。
「馬の薬草だが半分別けてやるのだ。これを持ってどこへなりと行くがよいのだ」
「ダメ、お茶を飲んでゆっくりしていくのです。ここで会ったが一期一会なのですよ」
「(ユリ、どうしてこんなに空気読めないのだ……)」
 関わらないようするための、リリのささやかな抵抗は打ち砕かれた。
「弱ってる時は体を冷やしちゃダメなのですよ。これを差し上げるのです」
 ユリはニッコリ笑って、セイニィに無理矢理腹巻きを着せた。
「そんなダサイの嫌よ!」と嫌がるセイニィだったが、装着してみるとなかなか快適だった。現在のセイニィのファッションは、ポニーテール、眼鏡、腹巻き。髪型がバーコードはげだったら、完全に昭和のお父さんである。


 通りの向こうから朝霧 垂(あさぎり・しづり)が走って来た。
 その横にパートナーのライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)夜霧 朔(よぎり・さく)も並ぶ。怪我を負ったセイニィの噂を聞き、心配してやって来たのだが、妙な情報に引っかかって到着が遅れてしまったのだ。
「良かったぜ。間に合って。しっかしなんだよ、新市街にセイニィが向かったとかってあの情報は……」
「なんの話よ? 情報って?」
 妙な情報の発信源であるシャーロットは、首を捻る垂を何食わぬ顔で見ていた。
「そんな事より、怪我のほうが心配だよっ」
 ホテホテと前に出たライゼは、ヒールを施す。何かもうヒールと挨拶が同義になってる旧市街。
「あ、そうそう。チョコ食べるー?」
「食べる」セイニィは引ったくるように奪うと、ライゼの『ショコラティエのチョコ』を食べた。
「……ところで、何があったんだ。そんな状態になるなんて、ユーフォリアの時のお前の強さからじゃ、全く想像できないぞ。まさか……、ユーフォリアを入手出来なかったからってティセラにでもやられたのか?」
「ティセラはそんな事しないわ」
 セイニィに睨まれて、思わず垂は後ずさった。
「わ……、悪かったよ。でも、本当にどうしたんだよ?」
 そこに数名のヴァンガード隊が駆け込んできた。垂たちの姿を見て、彼らは眉を寄せる。時が経つに連れて協力者を増やすセイニィに困惑しているのだろう。そして、彼らの登場により、垂はセイニィの怪我の理由を理解する事が出来た。
「なるほどな……、おまえらの仕業か。俺のダチに手を出しやがって、覚悟は出来てんだろうな?」
「ダチって、どういうつもりよ?」セイニィは不思議そうに見た。
「あの時お前は俺を攻撃しなかった。なら俺達は戦友……つまり『友達』だな」
「友達……」
 垂は顔の前で印を切ると、腕を突き出した。彼女の影から八匹の犬の形状のオーラが飛び出し、ヴァンガード隊に飛びかかる。ヒロイックアサルトの『八犬士』である。俊敏に攻め立てる犬達に、彼らは翻弄され統制が乱れた。その隙を逃さず懐に潜り込み、必殺の則天去私を叩き込んで、相手を壁に勢いよく吹き飛ばした。
 倒れた隊員を守るように、ヴァンガード隊は陣形を整える。
「だ、大丈夫かっ! この女ただ者じゃないな。こいつは一般人じゃない、実力を持って鎮圧する!」
「皆さんの相手はこちらにもおりますわよ」
 そう言うと、夜霧 朔(よぎり・さく)は両手を前にかざす。巫女服の裾の奥になにやら光るものが見えた。ヴァンガード隊がそれに気が付くのにさして時間はかからなかった。6連ミサイルポッドだ。両腕に二つ、合わせて12発。
 回避を不可能と瞬時に判断したヴァンガード隊は女王の楯の構え。爆風を最小限のダメージで受けきった。
「流石は精鋭部隊といった所ですね」
 掌に内蔵された機晶キャノンを出す。爆煙の中にスプレーショットと弾幕援護で弾幕を張った。こちらの目的は敵の殲滅ではなく、如何にしてセイニィを救うかである。倒せずとも、時間が稼げればそれでいい。
「さあ、今のうちに移動しましょう」
「ま、待て……! せめてセイニィだけでも……!」
 強引に弾幕をかいくぐった隊員が、剣を振り上げてセイニィに迫った。
 とその時だ。通りに面した建物の窓が割れ、マッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)が飛び出したのは。隊員の眼前に着地した彼は、ガードラインの構えでセイニィを守った。
「ひさしぶりだ〜ね☆ 元気そう……ではないみたいだね」
「随分探すのに時間がかかってしまった。町中に殺気が渦巻いていた所為だな」
 マッシュに続き、窓からひらりと、彼の主シャノン・マレフィキウム(しゃのん・まれふぃきうむ)が降り立った。彼女はセイニィの肩に手を触れ、とりあえずヒールをかける。とりあえず、ビールみたいに言ってしまったが。
 ヴァンガード隊は緊張の面持ちで、新手を見据えた。そして、マッシュの手に持った刀が既に血にまみれている事に気付いた。戦慄する隊員の無線からけたたましく怒鳴る声が聞こえる『こちら、第四小隊。隊員数名が負傷! 重症だ! 不気味な子どもと吸血鬼の女に気をつけろ! 繰り返す……』隊員達は武器を持った手に汗をにじませた。
 そんな彼らを気にも留めず、シャノンはセイニィの近況に関心を持った。
「しばらく会わない間に随分と人望が出来たようだな」セイニィを囲む生徒を見回す「……君にひとつ確認しておきたい事がある。今もティセラのために背徳行動を行っているのか?」
「どういう意味よ?」とセイニィは睨みつけた。
「このひと月の間に、君が心変わりをしてやいないかと心配でね。もし、君が女王器をあきらめ、凡俗に帰してしまっているのであれば、私はとても悲しい。どうなんだ、まだティセラのために戦う気はあるのか?」
「はあ? 当たり前でしょ? なんのためにあたしがここにいると思ってんのよ?」
「そうか……、それを聞けて安心した」満足そうに唇を舐め「マッシュ、ここの始末は一人で出来るな?」
 問われて彼は、大きく目を見開き、笑みをその顔に貼付けた。
「いいんですか、結構派手に散らかしちゃいますけど?」
「葬儀屋の心配をするなんてお優しい事だな」シャノンは笑った「構わないだろう、どうせさっきも散らかしたんだ」
 マッシュは二刀の構えを取り、ヴァンガード隊に突っ込んだ。両手に持った刀『初霜』で、左右の隊員の胸を容赦なく切り裂く。その太刀筋に一切の躊躇はなかった。ただ殺すために振るわれた禍々しい一撃だった。
「ヒャハハ! なんだよ、もっと抵抗しなよ!」
 血飛沫があがるのが合図だ。シャノンが先頭を走り、セイニィを誘導する。それに続いて他の生徒たちも駆け出した。脇目もふらず走っていると、ふと、路地から影が飛び出した。セイニィの手を掴むと、影は別方向へ連れ出したのだった。


 ◇◇◇


 影の正体は幻時 想(げんじ・そう)と言う。
 裏路地沿いにある通りから隠れた廃墟に飛び込むと、扉を閉じ、想は呼吸を整えた。セイニィは床に手をついて、肩で息をしている。随分と体力を消耗しているのは、全力疾走の所為だけではないのだろう。
「ここまで来れば……、たぶん、安心だよ。大丈夫かい?」
 彼女の肩に手を伸ばすと、思い切り払いのけられた。想は手を抑え、セイニィを見つめる。
「その傷と疲労は、元はと言えば僕たちの所為だよね……」
「あんた、この前の……」ここで彼女は、ようやく影の正体に気付いた。
「僕たちの手で傷物にしてごめん……。よかったら、責任を取らせて欲しい」
 そう言うや否や、喉元に青爪が突きつけられ、思わず息を飲む。
「やっぱり変態はいつまで経っても変態ね……」
「ち、違うんだ。そんなつもりで『人目の無い建物』に連れ込んだわけじゃ……、ああっ!」
 泥沼とはもがけばもがくほどはまるものである。前回、変態の烙印を押されてしまった想は、この機会になんとか誤解を解こうと思っていたのだが、この泥沼は底なしのようで、そう簡単に脱出を許してはくれなかった。
「そ、その……、君に、これ以上むやみに人を傷つけて欲しくないんだ」
「はあ?」
「人を傷つけていたら自分に返ってくるものだから……、君もこんなに傷だらけに……」
 言いながら、想はヒールを施した。本日何回目なのか失念してしまったが、完全にヒールの供給過多である。ヒールをかけながら、想は思った。セイニィはそれほど悪い奴ではないのではないだろうか、と。
「(……ティセラと友達だから協力しているのなら、僕が友達になれば、セイニィを変える事ができるかもしれない)」
 その目に決意をたたえ、想は言った。
「地球には良い言葉があるんだ。『まずは……、友達から始めよう』……」
「まずは……って何よ?」
「(うう……、また変な言い回しになってしまった……)」
「……その辺で気はすんだか?」
 氷のように冷たい目のセイニィと炎のように赤面する想に、シャノンが声をかけた。
 はっとして室内を見回すと、いつの間か、先ほどの顔ぶれが集結していた。外からは数名の足音が聞こえる。
「おい、セイニィは見つかったか?」
「どこにも見当たらない。もしかして、包囲網を突破されたんじゃないのか」
「まさか……、いや、そうなると、女王器が危ない。ここはもういい、ロスヴァイセ邸の警護を厚くするぞ」
 そうして、慌ただしく足音は遠ざかっていった。
 垂はほっと一息吐いて、シャノンに目を向けた。
「さて……、どうする? このまま、旧市街から出るか?」
「そう急く事もないだろう。折角、いなくなってくれたのだから、堂々とこの街にいようではないか」