空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

激突必至! 葦原忍者特別試験之巻

リアクション公開中!

激突必至! 葦原忍者特別試験之巻

リアクション

【第十一幕・資質】

 アキラとの戦いの後、利経衛は校舎脇に聳える物見櫓の梯子を上っていた。
 そこから明倫館を一望してみようと考えてのことらしい。
「これで後は、シン先生とアレキサンダーだけでござるが……ふたりは一体どこにいるのでござろうか。アレキサンダーは、戦っている内に見かけるかと思っていたのでござるが」
「ん、呼んだ?」
「うわっ!」
 と、利経衛は上から声をかけられて危うく落ちそうになった。
 上へ辿り着くと、そこには青い忍び装束を着たシャンバラ人、アレキサンダーがいた。
 彼の印象。それは、黒ぶちの眼鏡をかけたのんきそうな目以外は、中肉中背で特に目立つ特徴は無く印象に残りそうもない、影が薄い感じのする少年というのが正確なところであった。
 そんな彼の横には、にゃん丸と朝霧 垂(あさぎり・しづり)もいる。
「よ。今までの戦い、見せて貰ってたぜ。なかなか忍者の戦いってのは見ごたえあるな。もっとも、おまえはあんまり活躍してなかったみたいだけど」
 と、一言だけ言葉をかけてまた外に視線を戻すのは垂。
 それだけで特に試験に加担はせず、戦いの様子を見に来た相手だと利経衛は悟った。
「さて、なにはともあれいよいよ俺の出番だねぇ。あ、そうそう。アレキサンダー君、ギャラリーが多い方が燃えるからな……これを渡しておくよ」
 そしてアレキサンダーに双眼鏡を渡したにゃん丸は、利経衛に近づきぽんと肩に手を置いて、
「黒脛巾一族の頭領も駄目爺さんだが……人望があってね」
「え?」
「パラミタ中から皆が君を応援に駆けつけたんだ。誰にも真似出来ない友達を作る能力。素晴らしいじゃないか!」
 どうやら資質のことについて話してくれているらしいと気づいた利経衛は、やや戸惑いながらもこくりと頷いていた。
「よし。それじゃあ、後は俺に任せて、そっちもしっかりなぁ」
 そう告げるが早いか、にゃん丸は櫓に置いておいた自身の小型飛空艇へ跨るとそのままシン先生の元へと向かっていくのだった。
 そんな彼を眺めつつ、利経衛はぼそりと呟く。
「拙者の資質は……そういうことなんでござろうか」
「いいや。それも勿論あるけど、肝心なところは違うよ」
 と、事もなげに言ったアレキサンダーに利経衛は目を丸くする。
「え? し、知っているのなら教えて欲しいでござる!」
「いやいや。それはやっぱり自分で知らないとねぇ。それより、こっちはいよいよメインのシン先生のバトルに忙しいんだから」
「あ、そういえばシン先生はどこにいるんでござるか?」
 その質問に、アレキサンダーはある場所を指差した。そこは……

「思ったとおりだよ。そろそろ道具が全部集まるから、ここに戻ってきてたんだね。それともずっとここで隠れてたのかな? なんにしてもそろそろ出てきていいんじゃない?」
「まさに灯台下暗しというものであろうな」
 殺気看破で見つけ出した詩穂とクトゥルフは、その部屋の行灯にあかりをともした。
 ふたりがいるのは、職員室だった。
「どちらも正解だ。私は最初からここに身を隠し、時折様子を見に行っていた」
 隠れ身で身を隠していたシン先生は、ドロンとわざわざ煙と音を立てつつ姿を見せる。どうやらそういった古典がちょっとしたこだわりらしい。
 ただ、そうしたややコミカルな登場とは裏腹に……
「「……っ!!」」
 間近に向かい合ったふたりは、ビリビリとした圧迫感をその身に受けていた。
 闇を現すかのような漆黒の忍び装束を着込み、一部の隙も見せず、それでいて自然体で立つその姿こそまさに忍者と言えた。
 瞳は感情を消したかのように冷淡で、鋭く。表情もまるで心が読み解けない、不思議な空気を醸し出している。
 最初に戦ったシェイドなどとは次元の違う相手だと、詩穂はすぐに理解できた。
「さて。私としては、利経衛が来るまで待ちたいところだが……そうもいかないのかな」
「どうしても詩穂が教諭との手合わせを願いたいようだ。我輩からも何卒お願い申し上げる、詩穂が手加減無用と望んでいるので承知して頂ければ我輩も幸いだ」
 シン先生の言葉にクトゥルフが答えを返すと。
「なるほど。承知した、では仕合うとしようか」
 シン先生は了承の意を示して、大胆にも右手に目的の巻物を出していた。
 直後、いきなり鬼眼を発動させる詩穂。小細工は無用と悟り、即効で仕留めにいく気だとクトゥルフは理解した。
 そして動きに制限を加えたところを、間髪いれずにブラインドナイブズで姿を隠しての攻撃に移る詩穂。シン先生の死角、左斜め後ろの位置にまわった彼女はヒロイックアサルトで鞭状にした剣を一気に振りぬいた。
 その鞭の剣は巻物に絡みつき、そのまま詩穂は剣をしならせて手に巻物を掴みとった。
「やった!」
 あっさりと巻物をGETできたと喜ぶ詩穂。
「ふたつほど忠告しておこう」
 だが。
「任務を達成した直後ほど、隙ができやすいので気を引き締めなければならない。そして」
 シン先生は、既に詩穂の背後に回りこんでいた。
「忍は、相手に隙を作り出してから仕留めにくるゆえ注意が必要ということだ」
 いつ動いたのかすら、詩穂もクトゥルフも視認できなかった。
 ドス
「あ……っ」
 首元に手刀を叩き込まれ、詩穂はがくりと気を失った。
「詩穂!」
 クトゥルフは慌てて駆け寄って抱きかかえる。
「心配ない、すぐに目を覚ます。もっともこの試験中はもう加勢できないだろうがな」
 そう告げるシン先生の手には、巻物がしっかり取り返されていた。
 勝敗が決したのを知ったクトゥルフはそのまま踵を返し、
「東洋の魔術、しかと刻ませて頂いた。我輩の知る魔術とは異なり、人間の心を悟り己の糧とする脅威の術……いずれまた、お目にかかりたいものだ」
 去っていくのだった。
 シン先生はそれを静かに見送り、懐に巻物をしまった。
「さて。次の相手は……」
「シン先生、あんたの巻物は俺が頂く!」
 と、どこかから新たな聞こえてきた。
 それにシン先生は正確に声のした窓の方に視線を動かす。すると職員室向かいの屋根の上、そこに小型飛行艇に跨る男が一人いた。それは現代忍者、にゃん丸であった。
「これはまた、派手な登場の仕方なことだ」
「まずはこいつで挨拶っ!」
 にゃん丸はそのまま飛行艇で接近しながら、ショットガンでの牽制攻撃を放ってくる。窓枠が弾け飛んで室内に弾丸が降り注ぐが、シン先生は眉ひとつ動かさぬままそのへんの机を軽く持ち上げて弾や窓の破片を防いでいく。
 そして飛空艇のまま職員室へ突入し、同時に煙幕ファンデーションを展開させる。
「ふむ、煙幕か。古典的だがそういうのは嫌いじゃない」
 もうもうとした白煙の中。
 突如ピリリリリリ、と携帯電話の音が鳴った。
 場にそぐわない電子音に、思わずそちらを振り向くシン先生。だがそれは、にゃん丸が注意を逸らせる為に仕組んだ罠。にゃん丸本人はそれと真逆の方向から、おもむろに芋虫の粘液を浴びせにかかった。
「む」
 その不快な感触にさすがに少し嫌そうな顔をしたシン先生。
「現代忍者の本領、とくと見よぉぉおおおお!」
 僅かながら動きを制限されたところに、にゃん丸は光条兵器である忍刀での一閃を懐めがけて一気に薙いだ。
 装束が軽く切れてぽろりと落下する巻物。そこをすかさず光精の指輪で目くらましを行ないながら、掴み取ろうとして――その巻物が突如ボンと音を立てて爆ぜ、脳が一瞬パニックになった。
「なかなか筋がいい。流れるような連携の数々、少しヒヤリとした」
 そして正常に思考が機能する前に、顎に砕けるかのような衝撃が走り。そこまでだった。
「機会があればたまに修行に来るといい。……と、もう気を失ってしまったか」

 にゃん丸とシン先生の戦いを、双眼鏡で眺めていたアレキサンダー。
 その傍ら、垂も備え付けの望遠鏡で戦いを見て、
「それにしても、こんな夜中まで試験の手助けに付き合うなんて、皆は本当にお人好しだなぁ。ってか、試験だったら自力でクリアーしないと意味がないだろ……なぁ?」
 ちら、と当事者に視線を向ける垂だったが、ムッとした様子の利経衛を見てすぐにまた視線を戻した。
「にしてもすげぇな、今の。速過ぎてよく見えなかったけど何がどうなったんだ?」
「あれは幻術と体術の相乗攻撃だよ。まず偽の巻物をわざと落として、相手の注意を惹く。更にそれを爆発させることで相手を驚かせて隙を作り、そこを狙って急所に足蹴り一発さ。言うだけなら簡単そうだけど、あれこそ熟練のなせる技だろうね」
 そうやって垂に解説しているアレキサンダー。
 明らかに隙だらけの彼に、なにかの罠かと思って警戒していた利経衛だったが。
 ついに痺れを切らせて双眼鏡ごと眼鏡を奪い取った。
「ん? あ、なにすんだよ利経衛……って、そうか。その眼鏡も奪取物のひとつだったっけ。それじゃあ仕方ないな」
 あっさりとそんな風に言うアレキサンダーに、利経衛はこけそうになった。
「い、いいんでござるか? 簡単に渡すなと先生に言われているんでござろう?」
「あー別に、いいからいいから。それより利経衛も、もうシン先生のとこ行きなって。お前さんがいないと誰も勝てっこないんだから」
 その言葉の意味を計りかねる利経衛だったが、確かにぐずぐずしてても仕方ないと判断し梯子を駆け下りていった。
「今の、どういう意味だ? あいつがいても、大した役に立たないと俺は思うぜ」
「んふふ。そんなことないさ、利経衛がいるのといないのとじゃ全然違うんだよ。なんなら、間近に行ってみるか? 眼鏡無いとよく見えないから、そうしたいんだけど」
「え? あ、ああ。わかった」
 そして。アレキサンダーと垂も、職員室へ向かうべく梯子を降りていくのだった。