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リアクション
OVERTURE「名探偵サロン」
二〇一九年に、突如、日本列島上空に出現し、政治、経済、文化、地球上の人類一人一人まで、世界のすべてを変えてしまったパラミタ大陸。
でも、契約者に選ばれなかったあたし、平凡なミステリマニアの女子高生、古森あまねにとって、パラミタは直接には縁のない場所でした。
あの日までは。
「あまねちゃん。ボクは、あの館へゆくよ」
お隣の家に住む、卓越しすぎた推理能力以外は、非常に残念なことに、心身共に人間失格と言わざるおえない小学生探偵、弓月くるとくんが、そう宣言して、いつものようにダダをこねまくったために、彼の遠い親戚で、介助者兼伝記作者でもあるあたしは、本当にしかたなく、重い腰をあげたのでした。
空京にいる友達からできる限りの情報を集めて、一一〇センチ、一五キロの草食系どころか光合成植物系のくるとくんと、パラミタ行きの新幹線に乗り込みました。
目的地は、もちろん、空京の外れに立つ洋館「墨死館」。
元々は、米国マサチューセッツ州の寒村ダニッチにあった歴史ある館を解体してパラミタで組み直したという墨死館には、あのゲイン家の現当主ノーマン・ゲイン六世が住んでいて、地上でそうしていたように、パラミタでも忌まわしい悪徳の限りを尽くしているとの噂です。
ゲイン家については説明するまでもないと思いますが、古くは中世西ヨーロッパで十字軍募集の名を騙り、集まった少年たちをローマ貴族に愛玩具として売り飛ばした、奴隷商人の大元締め。
新しくは、アジアのカルト宗教に莫大な活動資金を提供し、外部からの依頼による強盗、誘拐、殺人、テロなどを行う犯罪組織として活動させていたフィクサー。
常に世の人々に名をささやかれてきた闇の血族です。
横に長い館の両端に角のごとく長細く聳え立つ二本の石塔。
塔の高さは二〇メートルいえ、それ以上ありそう。
塔と塔は、上の方の中空にある渡り廊下でつながっているようです。
高すぎて、この距離で見上げているとめまいがします。あたしの隣で、塔を眺めていた、くるとくんは、ほんとにフラフラしてます。
今回の無謀な冒険に際して、あたしは、空京にいる友人を通じて、各学園に応援の依頼をだしていました。
そして、調査に参加してくれる人たちについては、名前、外見、その他、ある程度は事前に調べてきました。
館の調査開始前に、顔を合わせられる方には会っておきたいと思います。
「きゃっ」
誰かが背後から、あたしのお尻を撫であげました。
「ヒャッハア〜。姉ちゃんも墨死館へ行くのかァ? へっへっへっ。こりゃぁお楽しみが出来そうだぜ」
バイクに跨ったモヒカン刈りの人です。
今回、この調査隊に参加したモヒカン刈りの人は、波羅蜜多実業高等学校の南 鮪(みなみ・まぐろ)さん、ただ一人。
彼、南さんは、まともな挨拶もせず、轟音を響かせ、館の方へ行ってしまいました。
要注意人物ですね。
被害者にならなければいいですけれど。
「見るからに感じ悪いお屋敷やな。敷金礼金なしで、お小遣いつきの家賃二〇〇〇円でどうや?」
「月二〇〇〇円とは今時、破格のお値段どすなあ」
「ほんまやな。二〇万で一〇〇部屋借りられる。又貸しして大儲け。ラブホ経営もOKよ、って、違うやろ!」
ハリセン型の光条兵器を手にした大阪弁の桜井 雪華(さくらい・せつか)さんと、扇子を手にした京都弁の一乗谷 燕(いちじょうだに・つばめ)さんが、本人たちにその気はないのかもしれませんが、漫才みたいなやりとりをしています。
さっき本人に聞いた話だと雪華さんは、お笑いコンビ「ピンク・ナース」として普段から活動していて、今日は、相方の人が来られなかったので、どうしようか(なにを?)と悩んでいるそうです。
一方、おっとりしていて、目の細い(失礼!)燕さんは、たぶん、雪華さんと普通に会話しているだけで、お笑いをやっているつもりはないと思います。
にしても、墨死館の数メートル手前で、こうして話してられるのは、蒼空学園の生徒だからか、関西人の血か、二人ともすごい度胸。
「しかし、こんなん、わざわざ中に入らんでも、こっから魔法かなにかで、ぶっ壊してしまえばええんちゃうんか。コラ。ゲイン、いてまうど」
「疑わしきは質せの精神なのと違いますやろか。ほんでも、墨死館はんも、こんな大事になる前に素直に一言、言わはればよろしゅうおましたのに」
「相手は、名探偵やで、へたな申し開きは、あかんやろ。一体、なんて言うつもりや」
「墨死館でっしゃろ。ボクシカン。ボク、シラン。僕、知らん」
「オチが甘い!ほな、失礼しましたあ」
チャンチャン。っと。
「いきなりで悪いけど、この館が呼んでるのは、弓月ではなくて、僕、ニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)だと思うんだ。だから、弓月は帰っていいよ」
そうは言われても、くるとくんも私もここで帰るわけには、いかないのですが、厚い本を抱えた、ぼさぼさの銀髪の少年ニコくんは、もう用はすんだ、とばかりに私たちから視線を外し、目の前の中空を指差して、
「百七十六、七、八。ああ、おまえは、首がないのか。ふうん」
「あの、なにしてるんですか?」
「墨死館の住人を数えてるのさ。と、おい!弓月、古森。まだいたの。あいつらの姿、見えないんだろう。いいから、僕に任せろよ」
私の質問に答えてくれたような、くれないような。ニコくんは、いわゆる、“視える人”らしいです。
「ニコ。くるとやあまねにもいてもらって、手伝ってもらえばいいじゃん。どうせ、おまえは、個人的な目的のためにここへ来たんだろ。事件解決なんて大義名分は、こいつらに任せとけばいいじゃん」
ニコくんの相棒のゆる族ナイン・ブラック(ないん・ぶらっく)さんの外見は、黒猫の着ぐるみさんです。目つきが悪く、タバコをくわえた、しゃがれ声の。
「バカ。僕は、こいつらの身の安全を心配して親切に忠告してやってるんだ。そんな個人的な目的は」
「キッシャシャシャシャ。歯が浮いてるぜい、相棒。人に親切ぅ。いつから俺様よりも嘘つきになったんだ。自分のため以外にニコが動くわきゃねえーよ」
少年と黒猫。
言葉にすると、かわいらしいけど、この人たち、すごくガラが悪いです。
「うるさいなあ。霊たちが教えてくれたんだ。あの屋敷には、禁書があるんだ。たっぷりとね。僕は、ノーマンの知識とそれを手に入れる。犯罪なんて知ったことか、探偵どもに邪魔されてたまるか。僕は自由にやるよ。いいね」
ひどく面倒くさげにニコさんがこたえると、ナインさんは、また、キッシャシャと耳障りな笑いをあげました。
「ねえ、ナインさん。あなたの名前って、九つの命を持つ九尾の黒猫って意味でしょ? でも、いま尻尾が二本しかないってことは、もう、七回死んでいるの」
もちろん、私にこたえてくれるわけもなく、ナインさんは、フン、と鼻を鳴らすと、しっしっと私たちを追い払うように、手を振りました。
他のみんなと少し離れたところにいる、人を寄せつけない雰囲気の彼に、私は近づいて挨拶をしました。
「早川 呼雪(はやかわ・こゆき)さん。本質をえぐる者さんですね。はじめまして」
「ああ。奇なる縁だな」
陰のある眼差しで一瞥されました。
なんか、話しかけちゃいけなかったような気まずい沈黙。
「元気だしてくださいです!」
「は、はい」
いきなり励まされて、振り返ると、背のびした、腰までおろした緑の髪、銀色の瞳の少女に、私は、頬にキスされました。
彼女は、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)さん。私にキスした後すぐに、横にいる、くるとくんをハグします。
驚いて、くるとくんは悲鳴をあげました。
「助けてえ。あまねちゃん」
「ひどいなあ。挨拶ですう」
くるとくんからさっと離れ、頬をふくらませたヴァーナーさんをみて、呼雪さんが目を細めます。
「ヴァーナーの挨拶で少年探偵は、ショック死してしまうぞ」
「呼雪ちゃんまで、そんなこと言うですか!」
「館の主人にもそうしてやればいい」
「えーっと、それは、考えときますです」
「はは。冗談さ」
この二人は、とても仲が良さそう。
「犯罪者一族の屋敷にいても、師匠の元気は、周囲を明るくするから、俺はいいと思います」
さりげなくヴァーナーさんをフォローしたのは、気の弱そうな坊ちゃん刈りの少年、影野 陽太(かげの・ようた)さんです。
陽太さんは、ヴァーナーさんを師匠って呼ぶんですね。
なんのお師匠さんなんだろう?
「はじめまして。こんにちは。古森あまねさん。俺は
「陽太ちゃん。そうです。かわいいは正義ですっ!」
影野さん、ヴァーナーさんに最後までしゃべらせてもらえませんでした。
「はい、師匠。で、俺は、えーと、しまったああ!?貴重な出番がぁ!?」
頭を抱えてしゃがみこむ影野さんと、隣ではしゃいでいるヴァーナーさん。墨死館の前でも、この人たちは、全然、日常しています。
影野さんって、自分で思っているよりも、ずっと、おもしろい人なんじゃないでしょうか。
「弓月」
「なに?」
くるとくんは、めずらしく姓で呼ばれ、呼雪さんを見上げました。
「おまえは探偵なんだろう。犯罪や犯人を追うのが得意なのか。俺は常から思うのだが、目に見えるものだけを追いかけていては大切なものを見失うぞ」
「?」
「弓月、自分で考えろ」
「・・・・・・うん」
くるとくんは、首を傾げて考えている様子です。
あたしたちのまわりで墨死館を眺めている学生さんには、いろんな人がいます。
個人ではなく、団体で参加してきてくれた人たちもいます。
百合園女学院推理研究会のみなさん。
「あのー、ひょっとして、あなたが、マジカルホームズさんですか?」
あたしは、茶色い目で、館の様子をすごく真剣に眺めているピンクの髪のポニーテールの女の子に尋ねました。
「ええ。こんにちは。あまねちゃんと、くるとくん。これは、厄介そうな事件だわ。でも、人の知らないことを知るのが仕事。マジカルホームズこと私の名前は霧島 春美(きりしま・はるみ)。よろしくね」
隣にいる、角の生えた、かわいらしいうさぎの女の子さんも元気よく自己紹介してくれました。
「ボクは、春美のパートナーのディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)。彼女のワトソン役さ。あまねちゃんも、その少年探偵くんのワトソンでしょ。ボクと一緒だね」
ベーカー街にいた本物よりも、ずっと優しそうなマジカルホームズ春美さん、相棒のアニマルワトソンのディオちゃんと話していると、春美さんと同じように腕に、推理研の腕章をつけた人たちが、私に話しかけてきました。
「こんにちは。春美さんと同じ推理研のペルディータ・マイナ(ぺるでぃーた・まいな)です。墨死館は築数百年だけあって、さすがに見た目は、荒れた感じでアレですけれども、ここは空京内ですし、館内でも携帯が使えると思うんです。推理研のみんなとは、携帯で連絡を取り合いながら、手分けして中を調査しようと考えています」
髪も瞳も緑色の大人びた機晶妃の少女マイナさんの言葉に、春美さんも、うん、と、頷きます。
「マイナさん。一緒に頑張ろう!」
「ええ。推理研の晴れ舞台ですね!」
「浮かれすぎるなよ。噂では、ずいぶん危険な仕掛けもあるそうだから、気をつけて調査しようぜ」
パートナーの七尾 蒼也(ななお・そうや)さんが、春海さんと盛り上がっているマイナさんに、注意しました。
飾り気のない言葉だけれど、マイナさんを心から心配する気持ちが感じられて、なんだかあったかいです。
ぶっきらぼうな蒼也さんは、なんか、マイナさんのお兄さんみたいです。
「霧島先輩。マイナ先輩。うさぎもがんばりますっ。危なくなったら、携帯で連絡しますから、助けてくださいね!」
コートの背中に、手製っぽいウサギのアップリケをつけた小柄な女の子が、その場で、ピョンと跳ねました。
ツインテールのこの子は、宇佐木 みらび(うさぎ・みらび)さん。
彼女は、こう見えて魔女っ子探偵の称号を持つお嬢さんです。
「犯罪っていうより、お化け屋敷っぽくてこわいですよね。うさぎ、被害者にならないように用心しまぁすっ。」
小さくて本当に子供みたいだけど、魔法使いさんなのよね。
「私とうさぎちゃんは二人コンビで、イルミンの魔女姉妹探偵とも呼ばれてるんです」
みらびさんの頭をなでながら、春美さんが教えてくれました。
みらびさんから少し離れたところで、彼女のパートナーのセイ・グランドル(せい・ぐらんどる)さんが、こちらを見ています。
「こんにちは。みらびと仲間のみんなのこと、よろしく」
「いえいえ、こちらこそ」
彼も蒼也さんと同じで保護者タイプのようですね。
「フフフフフ。犯罪者の潜む洋館なら、私たち百合園女学院推理研究会に任せてちょうだい。怪しげな容疑者たち、どんでん返しの嵐、最後はもちろん、炎上よ!」
お嬢様然としたオーラを全身からだしているブルーのドレス姿の彼女は、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)さん。たしか推理研究会の代表さんです。
しかし、なんでこんなにテンション高いの? 黙っていれば、お人形さんに見える子が握り拳を力一杯振り回して、炎上よ! って。
「ブリジット。まだ調査は、始まってもいないのよ。それに、どんな犯罪者でも同じ人間。話し合えばきっと分かり合えるわ」
ブリジットさんを優しくなだめる白いリボンの似合う彼女は、パートナーの橘 舞(たちばな・まい)さん。
「舞には悪いけれど、そうとばかりは限らないと思うな」
舞さんの側にいる舞さんそっくりな顔をした赤いリボンの女の子、朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)さんがつぶやきました。
舞さんと千歳さんは、従姉妹同士だそうです。
独り言なのか、千歳さんが誰に言うともなく、つぶやき続けます。
「みんな、このイヤなにおいに気づかないのかしら。質(タチ)の悪い雰囲気の場所だわ。まるで信徒に見捨てられ、忘れ去られた廃神社」
「ブリジットも千歳も、二人とも、もっとリラックスしようよ。まだ、なにも起ってないのよ。それに、各学園からこんなにも探偵が、集まってくるなんて壮観よね」
「舞は、感じないの? この不穏な気配を」
えっ? と、舞さんは首をひねりました、
見るからに、おっとり型の舞さんと厳しい感じの千歳さん。外見はよく似ているけど、性格は、正反対の従姉妹さんですね。
「舞さんのお気楽な理想論は、ともかくとして、千歳には私がついています。相手が何者であれ、誰にも私たちの邪魔はさせませんわ」
つんつんにトゲのある発言の主は、千歳さんのパートナーのイルマ・レスト(いるま・れすと)さん。
冷めた目をした頭の良さそうなシャンバラ人さんです。
早くも剣の柄に手をかけているのは、やる気のあらわれ?
殺気をはらんだ鋭すぎる視線が、舞さんにむけられているのは、なぜなの?
蒼也さんとセイさんを除いた以上、八人が、百合園女学院推理研究会から今回参加してくれたメンバーです。
頼りになりそうな女の子の探偵さんが、こんなに大勢きてくれて、あたしも安心、かな。
パラミタミステリー調査班(PMR)のみなさん
メラメラと瞳に炎を燃やした体格のいいお兄さんが、マントをひるがえし、私たちの前に駆け寄ってきました。
「間に合ったぞ、墨死館事件。これは世界滅亡の危機! 私、イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)とパラミタミステリー調査班のメンバーが、この事件解決させてもらう」
「あ、あ、あ、そうなんですか。どうも」
「・・・・・・あ、ありがとう」
イレブンさんの気迫と頼もしそうな雰囲気に、私もくるとくんも、ついお辞儀してしまいました。
「隊長のイレブンだ。すべて任せてくれ。我々が来たからには、大船に乗ったつもりでいてもらいたい」
「な・・・・・・なんだってー!!」
イレブンさんの後からきた隊員の方の一人、ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)さんが、急に叫びました。
どうしたんでしょうか?
「ごめん。言うとこ間違えた」
あ・・・・・・。はい。
「ちょっと、栄養補給」
赤い瞳が印象的な女の子ミレイユさんは、手にした輸血パック! からストローでちゅぱちゅぱと血を飲んでます。
「ワタシ、下位の吸血鬼なの。怖がらなくてもいいからね。なんか、ここにいると妙に血が欲しくなるなあ。なんでだろ。やっぱ、あの館の影響かな。そうだ。隊長、今日は、パラミタ中の探偵さんが大集合してるから、やんちゃしちゃだめだよ〜」
パシン!
「ちょっと、いきなり、頭はたくのは、なし。びっくりしたなあ」
突然、ミレイユさんの後ろ頭にきついつっ込みを入れたのは、日系のハーフっぽい顔立ちの少女、かと思ったのですが・・・・・。
「初対面の人の前で血を吸っていたら、普通は、驚かれるんじゃないかな。俺なら驚かないけど」
声は、どう聞いても男の人です。
「俺は、城定 英希(じょうじょう・えいき)。女装してるけど、男です。通称は、魔法少女エーコ」
女装男子で、魔法少女? ですか。
「英希。おまえの格好もずいぶんこの子たちを脅かしてるぜ。俺は、PMRの比賀 一(ひが・はじめ)。隊長やミレイユ、英希とくらべるとごくごくノーマルな男だ。よろしくな」
戸惑っている私に、両耳にイヤホンをつけたクールな感じの男の人、比賀さんが、手を差しだしてくれました。
私が軽く握って握手を交わすと、くるとくんにも笑いかけ、
「ウチのメンバーは変わっているけど、頼りになる連中だ。ボク、仲良くしてくれよ」
「しかし、そこに、世界滅亡の危機が・・・・・・」
比賀さんが与えてくれた安心感をうち壊す無機質な響き。
「彼女は、リネン・エルフト(りねん・えるふと)さん。ワタシたちの仲間よ」
ミレイユさんの紹介に、リネンさんは反応しない。
ワタシたちの仲間、というのは、PMRの一員という意味なのか、それとも、人間的に非常に変わっている人、という意味なのか、どちらなのでしょう。
リネンさんは、ボブカットの瞳の大きな女の子なんですが、無表情すぎて、正直、危ない感じがします。
「リネンさん。なんか挨拶しなよ」
「私に・・・“先”なんてない・・・けど。よろしく。今日は、屋敷に入らず、外からみんなを援護するわ」
虚ろな目で、そう言われても困りますってば。
「リネンは、いつもこうだから、気にしなくていいよ」
英希さんも、まったく助けになってないです。
こういう個性的なメンバーをまとめているイレブンさんは、実は、やっぱりすごい人なのかな。
PMR。
どこかで聞いたような気がする。
「PMR。PMR。あ、MMRってなかったっけ?」
「ボクは、知らない」
くるとくんは、知らないみたい。
ま、世界を陰で動かす陰謀や秘密、謎を追い求める人たちは、FBIにも日本にもパラミタにもいるってことね。
雪だるま王国のみなさん
雪だるま王国は、私には名前から活動の内容が想像できない団体でしたが、王国の女王様である赤羽 美央(あかばね・みお)さんの行動をみていると、なんとなくどういう団体なのか、わかる気がしてきました。
腰までは優にある長い白髪、折れそうに細い体をした美央さんは、さっきからずっと、黙ってあたりをうろうろし、たまに立ち止まっては、柔らかい土で泥団子を作り、それを壊しては、また歩きまわり、泥団子を作り壊す、を繰り返しています。
「こんにちは。やっぱり、雪じゃないとダメですか。泥のお団子じゃ、つまんないですね」
私が声をかけると、美央さんは、無表情のまま、こちらをむき、
「むー疲れました。血をもって償ってください」
「えー、それはムリよ。そ、そ、そうね、雪だるまがないと王国はできないから、大変よね」
美央さんは、黙って頷き、ため息をついて肩を落とします。それから、くるとくんを見つめ、ニコっと笑いました。
「弓月くるとくん。今日は、名探偵美央の出番です。くるとくんには、負けません」
「ボクは・・・雪だるまは、作ったことないけど。女王様、今日は、お願いします」
かわいい女の子にじっと見られて、くるとくんは、ちょっと緊張しているようです。
「墨死館ってさ、なんだか面白そうだろ。悪の一族って言っても、一人一人は別の人間なわけだし、根っからの悪人なんてそうはいねーだろ? みんなで話して罪を悔い改めてもらおうぜ」
美央ちゃんの横にきて、私に話しかけてくれたのは、一見すると少女に見える女装の少年、椎堂 紗月(しどう・さつき)くんでした。
彼も雪だるま王国のメンバーさんですが、泥団子は作らないようです。
「恋人と一緒に来たから、もし、なにかあっても彼女のことは、絶対に俺が守るよ。ね」
「・・・・・・ありがとう」
いつの間にか紗月くんの隣には、鋭い目つきをした女性、鬼崎 朔(きざき・さく)さんが立っていました。
朔さんは、さすが、忍者だけあって、私はその気配に気づきませんでした。
「古森あまねです。はじめまして。こんにちは」
朔さんは私には小さく会釈だけを返し、くるとくんには、ぎごちないけどあたたかい笑顔で、微笑みかけてくれました。
くるとくんは、ちょこんと頭を下げます。
「こんにちは。鬼崎さん。弓月くるとです。よろしくお願いします」
「こんにちは。自分を呼ぶ時は、朔でいいよ」
「朔さん。ありがとう」
朔さんは、強そうで怖い感じがしますが、本当は子供好きな優しい人のようです。
にしても、彼女が雪だるま王国にいるのは、紗月さんが所属してるからなのかな、と思いました。
だって、雪だるまは、作らなそうですもの。
無事に日本に帰れたら、今回の事件を映像作品にしたいと思っているあたしは、持ってきた超小型カメラを調査に参加してくれたみんなに配り、捜査中に余裕があれば、録画して欲しいとお願いしました。できれば、解説付きで。
こうして館の前でしばらく時間をつぶした後、あたしたちは、「墨死館」へと足を進めました。
「墨死館」の玄関ホールで、メイドに部屋の選択を迫られ、みんなが迷っていた時、イレヴンさんが大きな声で、
「話は聞かせてもらった。
この館の秘密は『ノーマン・ゲイン一世とそのパートナー』に隠されている!
今の当主は六世、館には怪しげな部屋が5つ。
もしかすると、過去の当主は一人一つずつ部屋を作っていたのでは?
一世は「人の分をわきまえよ」、二世は「明日を見ぬ身」・・・・・・そうすると、六世は生贄を捧げて新たな部屋を作ろうとしているはず。しかし、何のために?
その答えは数字に隠されている!
6とはダビデの星の通り、完成された調和を意味する。
また、一世から六世までのノーマンにパートナーを加えて7人。
ここから思い浮かぶのは白雪姫の7人の小人だ。
つまり、6つの部屋が揃うことにより一世から脈々と続く背徳が完成し、7人の悪魔の小人によって、「何か」が目を覚ます!
その「何か」の正体は人智の及ばぬところではあるが、ゲイン家が何百年とかけた妄執の集大成である。想像するに恐ろしい!
このゲイン家の企みを防ぐ方法は?
その答えも数字に隠されている!
今回の参加者数を確認して欲しい。そう、四九人。
ここから、イレギュラーである少年探偵とそのパートナーを差し引こう」
イレブンさんの推理をみんな、メイドさんたちも、黙ってきいています。
「四七人!
ここまできたら分かっただろう。
そうだ、赤穂義士!
忠臣蔵だ!
私たちがゲイン家の討ち入りを成功させること、それがこの館の謎を解く鍵だったんだよ!
だが、単純に忠臣蔵の演目に沿っていくだけでは最後は赤穂義士は全員切腹=参加者は全員生贄になってしまう。
この悲劇を回避するには、全ての始まりである殿中刃傷をなくさなくてはならない。つまり、ゲイン家の全ての始まり「ノーマン・ゲイン一世とそのパートナー」が鍵なんだよ!」
「な、なんだってぇ!?」
PMRのメンバーのみなさんが、合唱しました。
「あまねちゃん。お腹が、痛いよ」
「えー、しょうがないなあ。すいません。トイレ、どこですか?」
メイドさんに案内されて、あたしはくるとくんをトイレに連れて行きました。
戻ってきたら、あたしたち以外のみんなは、討ち入りに行ってるのかな、なんて思いましたが、それぞれの部屋へ行ってしまった人も、あたしたちを待っていてくれた人もいて、忠臣蔵作戦は、決行されていませんでした。
さて、お待たせしました。
「墨死館事件」始まります。
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