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リアクション
34. 二日目 エーテル館 大ホール 午前四時八分
会議はまだはじまらない。
レストレイド、涼介、翔といった列車にいた者たち、百合園女学院推理研究会の面々、PMR、ロックスター商会、その他の者、みな自分たちのグループ内で、話し合いを行っている状態だ。
五人の麻美と彼を守る者たちは、それぞれに離れて、事態の進行を見つめている。
V:ソーマは他の麻美についてるのか。本物かな。正体は誰なんだろう。
俺は、麻美に興味はあったけど、なんで麻美の影武者やってんだ。これで役に立つなら別にいいけど。
「あんた、ブツブツ言っているとバレますよ。寝ててもいいんで、黙っててください」
「火藍が側にいる時点で、モロバレだよ」
「そんなこともないかと思いますがね。俺でさえ、黙ってみんなで並んでいると、どれが誰だかわからなくなるんですから」
「・・・お母さん」
「ふふ。麻美さん。薬を飲みますか、考えごとが多くて、知恵熱がでるでしょう。解熱剤、用意してありますよ」
麻美に変装した久途侘助の隣には、パートナーの香住火藍がいる。
二人のところに、はかなげな少女にしか見えない「男の娘」、真口悠希がやってきた。
「あの、麻美さま、ボクの推理を聞いていただけますか」
「真口さん。この人に、遠慮はいりませんよ。おっと、いや、麻美さんでしたね。お返事はないかもしれませんが、話されればいいと思いますよ」
麻美役の侘助は、普通の応答ができないので、火藍がこたえる。
「ありがとうございます。静香さまがお越しになって、お帰りになられるまで、麻美さまをお守りするには、もっと、麻美さまをよく知らないといけないと思うんです」
「そりゃあ、そうかもしれませんがね」
「はい。ボクは気づいてしまったんですけど、失礼ですが、男の子なのに、麻美さまって名前は、おかしいですよね」
「そうかなあ」
つい答えてしまった侘助の口を慌てて火藍が手でふさいだ。
「言いたいことはわかります。ええ。ええ。ごもっともですね」
「ですよね。だから、名探偵ゆっきー! としては、麻美さまの正体はっ」
「おおおお、おおお母さあん」
侘助は、悲鳴の代わりに、お母さんを絶叫した。
「真の姿を見せてください麻美さま!」
侘助にいきなり抱きつき、着物を脱がそうとした悠希を火藍が引き離す。
「なに考えてんですか。どうしたいんです」
「麻美さんは、本当は女性なんです。それが、かわい家の秘密なんですよ。ボクはそれを証明します」
「ちょ、ちょ、こんなところで、困りますよ。真口さん。気を静めてくださいな」
「そんなっ。あなたは、ボクを信じてくれないんですか。せっかく考えたのに」
「いや、ですからね。大きな声じゃいえませんが、俺は、この人が正真正銘の男だって知ってるんです」
「えっ」
胸の前で両手を合わせ、悠希は、目をまるくした。悠希の顔が、みるみる赤くなっていく、
「まさか、すでに、そういうご関係なのですか」
「はあ。とりあえず、そうしておきましょうかね。麻美さん」
「・・・・・・・・・・・・母さん」
V:麻美役で、舞台ではわけありの町娘役の高崎悠司だ。あの遺言はおかしいし、ガキンチョの前で人死は出したくないしで、俺は、麻美の護衛でもしようと思ってたんだが、同じように考えてるやつがけっこういて、気がつきゃ、俺が麻美で町娘になっちまった。
ったく、だるいぜ。
舞台監督の薫に怒鳴られると、つい真面目に芝居しそうになるけど、俺は麻美なんだから、真面目にやっちゃまずいだろ。そこらへんがすごく難しいんだよ。芝居にでるの、誰か他の麻美が代わってくれねえかな。めんどいんだよ。
継承式の舞くらいは、代役しようと思ってたけど、まさか三日間全部とは、おいおいだな。
トイレで一人つぶやいた後、ホールに戻り、悠司は麻美の演技を続けた。
ぼんやりと視線を宙にさまよわせ、時おり、・・・母さん、とつぶやく。
「内田麻美君。ここにいる大多数が君を注目しているとはいえ、あまり、みなと離れているのは危険だ。あちらで、お茶でも飲もう。島村君たちが、なかなか、おもしろいことを話してくれるらしいしな」
五人の麻美を守るべく、常に神経を張りめぐらせている、日本刀をさげたクイーン・ヴァン・ガード、春日井茜が、悠司を誘った。
ホール隅に置かれた大きめなテーブルには、島村幸やリカイン・フェルマータたちが、二人の麻美を招いてお茶会を開いている。
V:ボクは、ボクは、竹丸おじちゃんを助けることができなかったです。おじちゃんと美沙おねえちゃんのお船に乗っていたら、おじちゃんが京子おねえちゃんの電車の様子を見に行くって言ったので、ついていったです。ボクらは、電車が途中停車してる時に乗り込んで、ボクは、おじちゃんが京子おねえちゃんとお話をしてくると言ったので、空の客室で待っていたです。いくら、待っても竹丸おじちゃんは来なくて、どうしたのかなあ、と思っていたら、電車が転んで、大騒ぎになったです。ボクは、壊れた電車から逃げ出して、野原を走っていく、あの人を見つけて・・・。
逃亡の危険はないと判断され、大ホールの椅子に縛りつけられたヴァーナー・ヴォネガットは、あまねが服につけてくれた超小型カメラに時おり語りかけながら、一人、うなだれていた。
「・・・・・・」
人の気配を感じたヴァーナーが、目線を上げると、そこには麻美がいた。
しかし、麻美は、らしくない強い光を宿した瞳でヴァーナーを見つめ、
「ヴォネガット。心配ない。俺は、信じてるぜ」
ヴァーナーの小さな頭に、優しく手をのせた。
「・・・呼雪おにいちゃん」
ヴァーナーの瞳から、涙がこぼれる。
V:いっそ、くるとくんが真犯人なら面白いのに。「誰が」が「どう」とかいちいち考えるのは、面倒だし、武闘派探偵の私、リカイン・フェルマータとしては、頭が良くて性格の悪そうなやつを全員の投票で選んで、順位の高いやつから、拷問にかければ、短時間で効率よく解決できると思うの。
私は、絶対、上位にはいかないし、これって、もしかして、名推理かしら。
「鞆絵。私の名推理を聞いてくれる。あのね、頭のスマートそうなやつらを理屈抜きで、全員、叩きのめして、本音を吐かせるの。すごいでしょ」
「リカさんらしい大胆な意見ですけど、それをしてしまったら、リカさんは暴行傷害事件の犯人になってしまいますよ」
隣の席にいる、リカインのパートナーで和服の品のよい老婆、中原鞆絵は、穏やかにリカインをたしなめた。
「その頭のスマートやつらの中には、私やピオス先生も含まれているのでしょうか? 頭がストロングそうなあなたに、なにを言われても、私は気にしませんが。ふっ」
クールで知的な雰囲気を身にまとった空京大学医学部生の島村幸は、リカインの名推理を鼻で笑った。
光沢のある金髪で、透きとおるほど肌の白い、人目を引く美少女のリカインとは対照的に、同じ女性でも幸は、ショートの黒髪で男性服をラフに着こなし、一見、男にしか見えない。
メガネのせいもあってか、細身で清潔な男子研究者といった印象である。
「まあまあ。幸を誉めてくださってありがとう。リカイン殿。せっかく、こうしてお茶会をしているのですし、私の用意したホットチョコはいかがでしょう。甘いものはお好きですか? しかし、こうリカイン殿のように、美しくて武芸に優れた女子というのも、また魅力的なものですな」
幸の夫のガートナ・トライストルは、会議前の時間を利用して、麻美との交流を目的に催した、このお茶会の席を、和やかなものにしようと気をつかっている。
「奥さんは、からっきしだけど、ガートナくんは、強そうね。私とお手合わせ願おうかしら。奥さんと君。私と鞆絵の二対二でもいいわ。鞆絵は、こう見えて薙刀を使わせたら、なかなかなのよ」
リカインは、幸のパートナーで、夫である、かっての貴族騎士、現在は剣の花嫁のガートナをファイト? に誘い、席を立とうとした。
「ちょっと待てー。あんた、俺の話をきいてないだろ!」
幸のもう一人のパートナーである、死者すらも甦らせた名医、英霊アスクレピオス・ケイロンが、テーブルを叩いた。
現在は少年の姿をしているアスクレピオス、通称ピオス先生は、このテーブルに集まった三人の麻美、幸、ガートナ、リカイン、鞆絵、茜を前に、周囲を無視して、「人生と勉強」を主題にした講義をはじめ、その結果、退屈したリカインは、名推理の構築にふけり、鞆絵と組んでの幸、ガートナ組とのタッグマッチ実現にむけ、動きだしたのである。
「人生の意味なんて、戦ってりゃ見つかるわ。パラミタはどこも戦いばかりじゃない!」
「リカインさん。あなた、そのうち、ヒャッハア〜って叫びだしそうですね」
「女男のリクエストにお答えして、叫んであげる。ヒャッハア〜!」
幸にからかわれ、リカインは席を立ち、口元に両手をあてて雄叫びをあげた。
美少女の奇行に、ホールの視線が、このテーブルに集まる。
「あはっ! あなたがそんなに解剖されたいとは知りませんでしたよ。夫の手を借りるまでもない、一対一で私がお相手します」
立とうとした幸をガートナが押さえる。
「幸。麻美殿と話をしよう。それが大切であろう」
「リカさん。屋敷から追いだされます。やめてください」
鞆絵もリカインをとめようとする。
はあッ!
気合い一閃、テーブルが真っ二つに割れた。
座の騒ぎが静まる。
「すまないな。しかし、私たちが争っていたら、麻美君を守れないだろう?」
日本刀を鞘におさめ、メイド服の剣士、春日井茜は、一時停止している一同に軽く頭を下げた。
V:島村君のお茶会の提案は、よいアイディアだと思った。この大ホールで麻美君たちを一箇所に集めて、警護する人間が側に何人もいれば、万が一、ここで襲撃されても守りやすいからな。
しかし、
守るはずの人間同士がいがみあってしまっていては、意味がない。麻美君も、不安になるだろう。
私、春日井茜は、この三日間、麻美君を必ず守り抜く。
それが私の使命であり、ここにいる理由だ。
V:手前、空京稲荷狐樹廊と申します。以後お見知りおきを。いまは麻美さんの格好をしてますから、今度、会ってもわからないかもしれませんがね。
麻美さんの踊りの稽古を見せていただくつもりが、あれよあれよという間に、手前が麻美さんに変装させられてしまいました。
ウチのお嬢が一悶着起こすのは、いつものことですし、犠牲になったのがテーブル一つですんだのは、僥倖でしょう。
しかし、清流の舞いってのは、ありゃあ、なんですかねえ。ちらと見ただけですが、舞と言っても、手前が親しんでいる神楽などとは違う、舞自体が儀式というか、見えないなにかを呼び込んで己を身を捧げちまうような、危ういなにかの気がします。
もっとも、手前がこうして麻美さんになった以上、得体の知れない物の怪に身なんか捧げさせませんし、手前も捧げません。
鞆絵が、昨日のうちに仲良くなった女中たちに、代わりのテーブルを用意してもらい、ガートナがお茶を入れなおし、お茶会は再開された。
「話を本題に戻しましょう。楽観的かもしれませんが、私は、この事件は無事解決すると考えています。願望ですかね。で、そうなった場合、あなたたちは、自分のものになった財産をどうするつもりですか?」
幸は、席にいる三人の麻美たちに問いかけた。
麻美たちは、みな、ぼんやりと視線を泳がせている。
「・・・・・・」
「俺も、さっきの話の続きなんだけどさー。だからさあー。お前もさあ、こんなとこでぐずぐずしてるなんて損だぜぇー。
もっともーと広い世界が外には待ってるんだからさ。
なあ、何か勉強したいことはないのか?
あるだろー。
俺なんて千才以上生きてるけど、まだまだ学びたいことが山程あるんだぜ!」
「麻美くんたちの頭ん中がダウンしてるって、見てわんないのかな。先生、お医者さんでしょ?」
今度はアスクレピオスにつっかかろうとするリカインに、ガートナが話しかける。
「リカイン殿は、年頃の乙女ですな。恋愛などに興味はおありかな。お恥ずかしい話だが、この年にして私は幸と一緒になれて、とても幸せな日々をすごしている。リカイン殿は、どんな男性がお好きかな、例えば麻美殿はいかがであろう。麻美殿としても、リカイン殿のようなきれいなお嬢さんには、やはり興味をひかれるのではありませんか?」
「たしかに私はモテるけど、私自身が惚れるのどうのは、まず、ないわね。だいたい外見だけで、好みだとか、好きだとか、言うやつは、失礼だよね。本当にその人のことを知らないと、まともな恋愛は難しいかな」
「麻美さんは、どうですか。好きな人はいますか?」
「・・・・・・母さん」
「マザ・・いや、母親想いなのもいいですが、それでけでは、いけないと思いませんか」
幸が優しく語りかけても、麻美たちは、いつものつぶやきを、たまにこぼすだけである。