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最終決戦


『残り時間、三十分です』
 突然、審判から知らせが来た。少しずつ空が明るくなり始めている。夜明けは近い。
 エリア1、ここの缶が倒れれば攻撃側の勝利となる。
 改めて現時点での攻撃側の生き残りを見てみる事にしよう。

アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)
佐々良 睦月(ささら・むつき)
如月 正悟(きさらぎ・しょうご)
桐生 円(きりゅう・まどか)
ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)
牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)
シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)
ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)
虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)
浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)
九条 葱(くじょう・ねぎ)
スワン・クリスタリア(すわん・くりすたりあ)

 計十二名が残っている。
 参加総数を考えれば、それだけしか残っていないとも言える。


            * * *

(足音!?)
 ビル街に足を踏み入れたアリアは、守備側のものと思しき物音を聞いた。これまで、このエリアにおいてそれを聞いた者は迂回ルートを通った。
だが、
(誰がいようとも、タッチされなければいいのよ!)
 あえてそちらに突っ込んでいった。
(まさか……きたのです)
 避けてくると思って不意をつかれたシオが、アリアを止めに行く。足音は近付いてくる。
 そして、ちょうどそこへ姿を現したのだ。
「行かせないのです!」
 正面から来るアリアをタッチしようとする。
 しかし、接近しながらもアリアはその手をスウェーで避け、光条兵器の光で相手の視界を一瞬封じる。
 明るくなってきたとはいえ、ビル街の通りはまだ暗い。
 そのまま缶への正面突破を図る。

 その一方、別方向から缶への突破を試みる者がいた。正悟だ。
(なんだかわからないうちに、ここまで来てしまったぞ)
 缶が見える。
 だが、このまま飛び込んでいっても、おそらくは蹴れない。
(ただ、さっき咄嗟に連れてきちゃった子に上から行くよう頼んだから、なんとかなりそうな気はするんだよね)
 遠目に、今度は走ってくる姿が見える。
 アリアだ。
(行くなら今、か)
 そのまま正悟は缶めがけて飛び出して行く。
『アリア・セレスティさんと、如月正悟さん、左右から来ます』
 だが、遙遠からはその二人が見えていた。
 正悟の足止めを、瑠璃がする。
 向かい合うパワードスーツ姿。
 そして上空からは、睦月が下りてくる。
(上が空いてるぜ)
 だが、そんな事はなかった。上から来るというのはもう通じない。霞憐と目が合う。
「アリア・セレスティ!」
「如月 正悟!」
「佐々良 睦月!」
 合流組、第一陣の攻撃は失敗に終わってしまった。
 だが、まだ九人残っている。

            * * *

「残り時間も少なくなってきましたね」
 アルコリアは、絶対闇黒領域でビルの影に溶け込みながら移動していた。
『そっちはどうですかー?』
 エリア1、彼女とは異なる位置にいるロザリンドと円に連絡を取る。
『もう少しで缶から100メートルのところに近付きます』
『子守唄はまだ有効みたいだから、そろそろ流すよ』
 二人は準備を攻撃態勢を整えつつあった。
 アリコリアもまた、攻めるために100メートル圏内を目指す。しかし、彼女が現在いる場所には、守備側の人間も潜んでいた。
 その人物が光術を放つ。すると、アルコリアの姿が顕になった。
「牛皮……ついに来やがったか!」
 亮司は天敵の出現に、危機感を感じる。こいつだけは何としても食い止めなければ、と。
光術を放ったのは、異様に暗い部分があったからだ。
「目晦ましというのはこうやるのですよ」
 その言葉に呼応し、隠形の術で側に控えていたナコトが光術を放つ。
 だが、
「対策をしていないとでも思ったか!」
 発動直前に目を伏せ、すかさず相手に触れ名を叫ぶ。近かったのは、ナコトだった。
「ナコト。オールドワン!」
 だが、コールが成立しない。
 不審に思いつつも次にアルコリアに触れる。
「牛皮消 アルコリア!」
 こちらも成立しない。
 光が収まり、目の前にいる二人のゴスロリ服の帽子を剥ぐ。
「うわっ!」
 二人ともアンデッド・グールであった。最初に触れようとしたナコトが空蝉の術で入れ替わり、そのわずかな時間の間に、アルコリアもグールだけ残して光の中から抜け出していたのだ。
「その辺の魔道書と一緒にしないで下さいませっ!」
 亮司はすぐに向き直り、追いかけようとする。だが動けない。
「は、離れろ!」
 両サイドからグールに思いっきり抱きしめられる。両手に花ならぬ両手に怪物である。
 並の人間だったなら、一生癒えないトラウマとなって残ってしまうことだろう。
 さらにもう一人、時間差をつけてシーマが来る。
「せめて、一人だけでも……」
 グールに自由を奪われながらも、なんとか動こうとする。顔を隠しているが、服装からして仲間である事に変わりはない。
 亮司が目の前になんとか飛び出す。そのままぶつかってくれれば、反則に持ち込めるからだ。
「む……」
 だが、シーマは軽身功で跳躍、忘却の槍を地面に突き立てて飛んだ。
 その先に、
「全員突破させるわけにはいかないぜ」
 ジュバルである。
 亮司の近くにいたものの、先刻は逃げられてしまっていたのだ。
「シーマ・スプレイグ!」
 残り八名。

            * * *

「さっきは失敗しましたが……今度こそは!」
 翡翠はリベンジに燃えていた。
 再びなんとかパートナーと合流し、態勢を整えるに至った。しかし、同じ手はもう通じないだろう。守りも強固になっている。
 現在彼がいるのはビルの屋上だ。
 そこには先客がいた。エリア3唯一の生き残り、涼である。
「俺に考えがある」
 今、箒で飛べるのは二人になった。ならば片方が囮、その隙にもう一人が突っ込めばいい。
 その時だった。
「……歌?」
 子守唄だ。それがエリア1一帯に流れている。
 テンションが上がりきっている彼らにはそれほどの影響はない。

 だが、守備はそうではなかった。
「どこから流れて……いるのですか?」
 攻撃に比べ、常に缶を守るために気を張ってなければいけない攻撃側の方が、疲労が蓄積されている。
 不寝番持ちの遙遠とはいえ、これに耐えるのはキツかった。
「眠い…の」
 それはパートナー達も同様であった。
 そこへ、何者かが駆けてきた。
 ロボ、熊、馬や鹿、ときて今度はどこかグロテスクな雰囲気を持つ名状しがたき獣である。そろそろわけがわからなくなってくる。
「次から次へと……」
 そこへ、ちょうど上空からまたもや翡翠達が下りてきた。
「同じ手は食わないと」
 だが、そこへ視線を向けた瞬間、ビルの谷間から高速の何かが飛び出してくる。
「囮!?」
 そう、翡翠が囮だった。
 その間にエリア3と同じ要領で涼が加速し、箒に乗って飛び込んできた。
「でも、名前が分かっていればどうという事はありません」
 もうほとんど朝に近かった。多少の距離があっても、相手の顔が見れるほどに。
「虎鶫 涼!」
「浅葱 翡翠!」
「九条 葱!」
「スワン・クリスタリア!」
 息継ぎもなく、四人の名前を叫ぶ霞憐。
 残り四人。
 残り時間は五分。
 ここを防ぎ切れば、守備側の勝ちだ。
「あと、四人……ですか」
 遙遠が参加者リストを確認する。
 周囲を見渡す。彼の視界の範囲に、人影はない。とはいえ、100メートル圏内には確実にいるだろうとは予想している。
 瑠璃が名状しがたき獣を食い止めている。動けるのは自分と霞憐。100メートル圏外にいる亮司達は5分以内に戻ってくるのは難しいだろう。
「……っ!」
 気配に気付く。
 名状しがたき獣から少し離れたところから、一気に加速してくる人影があった。
「私達の、勝ちですよ!」
 獣を踏み台にして、地獄の天使を発動。骨と赤い影の翼を生やし、飛行する。さらに彼女の顔は帽子で隠れ、見えない。
「行かせるか!!」
 遙遠も必死だった。バーストダッシュで近付き、光条兵器でその帽子を切ろうとする。だが、空を飛ぶ相手にはうまく当たらない。顔が分からない以上、缶を踏んで名前を呼ぶわけにもいかない。
 残り一分を切る。
「まずいね」
 円とロザリンドから缶までの距離は100メートルちょうどくらい。
「円さん、『あれ』をやりましょう」
 ロザリンドの提案に、円は頷く。
 そして間髪入れずに、

 ロザリンドは円を掴んで、投げつけた。

『円さんアタック』と呼ばれるものらしい。
 そして彼女は、一気に缶へ近付いた。その身を犠牲にして。地面にぶつかった時の衝撃もさることながら、そこから黒檀の砂時計を使い、最後の一歩を缶へと踏み出す辺り、執念すら感じられる。
「………」
 その姿を、霞憐は恐れの目で見ていた。

 カーン!

 それが、最後の隙だった。
 その瞬間に、アルコリアによって缶が蹴り飛ばされたのだ。
 ゲーム終了、二秒前の事である。


 ギリギリではあったが、全エリアの缶が倒された。
 結果は、攻撃側の勝利である。