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お見舞いに行こう!

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リアクション

【8】


  PM 15:35
     百合園女学院



 野いちごを一緒に詰みにいった瀬蓮さんが風邪で寝込んだ。
 そして今は、パートナーの秋月 桃花(あきづき・とうか)が風邪で休んでいる。
 決めた。
「よし。私、桃花のお見舞いに行く」
 芦原 郁乃(あはら・いくの)は誰にともなく意気込んで、教室を出て行った。
「え、え?」
「郁乃?」
 クラスメイトが突然の宣言に戸惑いつつも、
「お粥作ろうとか、余計なこと考えちゃだめよ!」
 そんなことを言ってきた。
 風邪引きさんへの定番メニューであるそれを作ろうと思っていた郁乃は、なんでかなぁと首を傾げつつも、廊下を早足で歩いて出て行くのだった。


「郁乃様……!?」
 部屋を尋ねると、少しよれたパジャマに身を包んだ桃花が出迎えて、そのまましばらく郁乃の姿を見た。茫然といった顔をしていたが、
「こんにちは。気分はどうかな?」
「あ、桃花なら、全然……! 大丈夫ですので……!」
 問いかけるとわたわたと手を振り、
「お茶、淹れますのでどうぞ中へ……っ!?」
 招き入れかけて、立ちくらみでもしたのだろうか。よろめいて倒れかける。
 その手を引いて、自分の方に抱き寄せて倒れることを回避させた。
「……ぁ、の。郁乃様……」
「…………」
 ドキドキする。
 汗の匂いが。高い体温が。すぐ近くで聞こえる相手の鼓動が。相手に届きそうな自分の鼓動が。
 全てが、ドキドキする。
「郁乃様、郁乃様。離して下さい、……風邪がうつってしまったら、桃花は郁乃様に合わせる顔がなくなります」
「あ、っ。ごめん!」
「いえ。……助けてくれて、ありがとうございます」
 桃花がはにかんで笑って。
 ああ、どうして? 顔が赤くなる。
 顔をばっ、と背けて俯く。桃花もどうしてかあわあわとしていて、さっきからなんだか。
「普段は落ち着いているのに、珍しいのね」
「えぇ……? だって、これは」
「これは?」
「郁乃様が……」
「私?」
「……なんでもないです」
 変な、桃花。
 そう言って笑うと、桃花も困ったように微笑んだ。
 それから肩を貸して、ベッドまで運んで、寝かしつけて。
「汗かいてるね。身体、拭いてあげる」
「ええ!?」
「? 不都合……かな?」
「そ、そういうわけでは、でも……恐れ多いです」
「ええ? どうして、私がしたくてするのよ?」
「したくて!?」
「う、うん。なんだか桃花、本当に今日はリアクションが激しいね? 風邪のせい?」
「だ、だから、これは……いえ、もう、なんでもないです」
「なによー。……えっと、それで。身体、どうする? 嫌ならしないよ?」
「……お願いします」
 パジャマを脱がせて、タオルで拭いて。
 ああ、桃花の肌ってすごく綺麗。


 主に送れること15分少々。
 蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)は、他のクラスメイトたちと桃花のお見舞いへとやってきた。
 ドアをノックして、
「桃花様、入ります」
 声を掛けて、「えっ? ちょ、待――」声がかすかに聞こえたが気付かず、ドアを開ける。
 と、上半身を露わにした桃花と、桃花に寄り添って身体を拭く郁乃の姿。
「あ――」
 しまった。
 ドアを閉めようとしたけれど時すでに遅し。クラスメイトは入室し、「おやおや〜? ラブラブですね〜?」「イチャイチャだ! この、このっ♪」「仲良しさんたちめ〜」冷やかしのような声を上げていた。口笛まで吹いていて、ああもう桃花の顔は真っ赤だし、布団を抱いて俯いている。
 郁乃は平気な顔をしているけれど、かすかに頬が赤い。しかし、口を開いた。
「いつも桃花にはわがまま言ってるし、これくらいしなきゃいけないよね? それに……嫌じゃなかったし」
「おっ? 郁乃ツンデレですか?」
「なによそれ。別にツンでもないしデレでもないでしょ?」
「またまたぁ〜」
 冷やかしは止まらなくて。
 でも、マビノギオンは思う。
 十分、惚気ですよね? 主。
 渦中よりやや後方、騒ぎの輪から外れたところで郁乃と桃花、それからクラスメイトを見て、少し妬けます、と呟いた。


*...***...*


  PM 16:00
     百合園女学院 受付口


 差し入れを思いついて、それをフィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)に相談したところ、風邪薬を調合して持って行くことになった。
 彼女の薬学に関する知識と調合は、その筋の人間も白旗をあげるほどのもので、つまりよく効く。
「流行しているとなれば薬は多くあった方がいいだろう。こっちは予防効果が高いものだ。おまえも飲んでおけ」
 イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)は、受付口で身分証明書と共に薬を出し、マスクをしていた受付係にそう言いつけた。
「余ったなら廃棄してもらって構わない。頼んだぞ」
 別に、怪しんで飲まれなくてもよかった。だから飲ませることを強く勧めもしないし、配って回ることもしない。そこまで頑張るつもりはない。
 だってこの薬の、本来の用途は違う。
 ふら、ふら。立っているだけなのにふらついていて辛そうな、アルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)。それでも気丈に、弱音の一つも吐きやしない。風邪なのだろうに、そんな素振りも見せようとしない。
 頑固者め。そう思う。
「ほら」
 アルゲオ用にと取っておいた薬を手渡した。
「……あの、イオ。これは……?」
「調合をしているところを見ていただろう? それに、材料の採取も手伝った。まさか何かわからない、ということはなかろう」
「いえ、そうなのですが」
「何だ」
「なぜ、これを私に?」
 この期に及んでシラを切るか。いっそ感服する。
「お前、まさか俺が気付いていないと思っているのか?」
「なんのことです?」
「風邪を引いているだろう」
「……そんなこと」
「隠すな、わかっている」
「…………申し訳ございません」
 イーオンの屋敷は、それなりに大きい。そしてイーオンの身の回りの世話をするのは、アルゲオの仕事だ。仕事の分担をしても、決して少ないとは言えない量の仕事をこなしている。風邪くらい、引くか。いつも頑張ってくれているのだから。
 そうは思っても、イーオンは甘やかさない。
「体調管理がなっていないから風邪など引くんだ。しっかりしないか」
「返す言葉もありません」
 けれど、覚束ない足取りで歩くアルゲオを支えてやるくらいは、してやる。
「屋敷に帰ったらゆっくり寝ていろ。後のことはセルたちが引き継ぐ」
 そう言っておけば安心するだろうと。
「だから早く治せ」
 屋敷まで、ゆっくりと歩いた。



*...***...*


  PM 16:00
     百合園女学院 学生寮


 放課後、授業が終わってすぐ。
 ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)は瀬蓮の部屋のドアを叩いた。
 左手には、ジャタにあるパン屋『猫華』の、大きな袋を下げて。
 はーい、と中から声が聞こえてきて、「お邪魔します」ネージュはドアをそろりそろりと開けた。
「ごきげんいかがですか、瀬蓮さま」
「ネージュちゃん! お見舞いに来てくれたんだね、嬉しいな〜」
「瀬蓮さま、あたしの名前……覚えていてくれたんですか?」
「うん? うん、大切な百合園の仲間だもん、覚えてるよ〜。それにその格好も目立つし。可愛いよね」
 母の影響で始めた、ナチュラルロリータのこの格好を、褒められた。憧れだった瀬蓮に。
 風邪引きの瀬蓮よりも顔を赤くしながら、テーブルの上に『猫華』の袋を置いた。
「それ、なあに?」
「えっと、ミックスベリーのレアチーズケーキです。風邪を引いた時って、元気なくなっちゃいますから、甘い物を食べて元気になってほしいな〜、って。ホールでお取り寄せしたんです。ホールだから、おっきくて、いっぱいです。アイリスさんと一緒に食べてください」
「わ、嬉しい! ありがとう〜♪」
「あれ? 瀬蓮ちゃん、もう起きていて平気なの?」
 ベッドの上でキャァキャァとはしゃぐ瀬蓮を見て、ナース姿の秋月 葵(あきづき・あおい)はきょとんと目を丸くした。
「あ、葵ちゃん〜。葵ちゃんも来てくれたんだね。……でも、その格好、何?」
「ナースだよ! 白衣の天使で瀬蓮ちゃんのお見舞い〜☆ はい、今日の授業ノート。いまはこんな格好だけど、ちゃんと真面目に書いてあるからバッチリだよ♪」
 一冊のノートをテーブルの上に置き、それから瀬蓮の手を取った。
「? なあに?」
「ナーシング〜。早く良くなってほしいから。手厚く看病しちゃうよー?」
「えへへ、大丈夫だよ〜? もう本当、良くなったから」
「本当かなあ? 瀬蓮ちゃん、たまに無理するから、そういうところが怖いなぁ」
「本当だもん。もう今日一日ベッドで寝てて治っちゃったよー」
「退屈でも、寝てた方がいいよ〜?」
 ネージュが苦笑しながら声を掛けた。
「そうだよ! 言う通りー。ほら、瀬蓮ちゃん、横になるの、寝るのー」
 葵が言葉を繋いで、瀬蓮を横たえた。「ぶー」と、若干不満げな声を出して、
「なんだか二人が、おかあさんとかおねえちゃんみたい」
 と言って笑った。
「お姉ちゃん、と言ったら私もそれにあたるかな?」
 ドアのところから、声が聞こえて振り返る。桃色の薔薇の花束を抱えた霧雨 透乃(きりさめ・とうの)が、にっこりと微笑んだ。
「透乃ちゃん」
「こんにちは! 瀬蓮ちゃん元気そうだね、よかった」
「うん、元気〜。透乃ちゃん、わざわざ来てくれたんだ……」
「瀬蓮ちゃんの友達だもの。当然だよね。飾らせてもらうね、花」
「薔薇?」
「そう。桃色の薔薇の花言葉には病気の回復って意味があるからね」
 花束を飾りながら透乃は言い、続いて水筒を取り出した。
「霧雨透乃お手製にんじんジュース。飲めるかな?」
「うん。……あ」
 寝ていろ、と言われたそばから起き上がってしまったため、瀬蓮はネージュと葵をちらりと伺い見る。二人とも笑っていた。にこにこしながら、透乃が注いでくれたコップを受け取りひと口。
「……あまい」
 驚いた。にんじんのジュースだって言うから、甘くないと思っていた。するとどうだろう、ほんのり甘くて優しい味で、後味も悪くなくて、
「透乃ちゃん、これ美味しい」
「ふふ。私にとっての思い出の飲み物、気に入ってくれたみたいだね」
「思い出の?」
「そう。私がまだ小さい頃、風邪を引いたり体調を崩した時にお母さんがいつも作ってくれたものなの」
 ああ、だから、こんなにも優しい。
「蜂蜜とか混ぜてるから、飲みやすいでしょ?」
「うん、とっても。ありがとう透乃ちゃん」
 飲み終えたコップを透乃に渡しながら礼を言って、ベッドに横になった。掛け布団をネージュが整えてくれて、葵が枕を氷枕に取り替えてくれる。
「ありがとう〜」
「冷たすぎないかな?」
「大丈夫。冷たくて気持ちいいよ」
「……それ、まだ熱があるんじゃですか? 瀬蓮さま〜……」
「大丈夫だよ〜、……けほ、こほんっ」
「そんなときはハーブなんていかがですかー?」
 ドアのところで声がして、そちらを見るとヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)がにこにこと微笑んで立っていた。
「こんにちは、瀬蓮おねえちゃん。まだお熱があるならこれどうぞ♪」
 トレイにティーポットとカップを乗せて、慎重に部屋に入ってくる。あのティーポットからだろうか? アロマのような、癒される匂い。部屋に広がる。
 瀬蓮のベッドに近付いて、ヴァーナーがニコォと微笑み。
「ローズマリーティーですよー。セキにきいたり、あたまいたたにきいたり、ねつさましになったりするんです♪」
 説明をして、「のめますかー?」問いかけた。
 瀬蓮は再び、起きてもいいかな? と視線で問いかけて、ネージュと葵に微笑まれてから起き上がる。
「どれくらいのみますかー?」
「さっき透乃ちゃんのお手製ジュース飲んだから、ちょっと少なめかなぁ?」
「りょうかいです。どうぞー☆」
 ポットから注がれる、ローズマリーティー。お茶はほんのり緑がかっていて、香りもはっきりと広がって。
 飲んでみると、部屋中に広がるほど強い香りのわりに、飲みやすくクセはない。すっきりとした後味で、気分も晴れた。
「それから、これ」
「ユーカリの精油……?」
「マッサージオイルです。さっきおねえちゃん、セキしてました。胸のとこにぬりぬりーってすると、楽にりますよ。あとね、テーブルブーケもあります。お茶淹れたときに置いてきちゃった。とってきます〜」
 トレイをテーブルの上に置いて、身軽になったヴァーナーがぱたぱたと走って部屋を出て行く。途中「廊下は走らないっ」という声が聞こえたから、誰かに注意されたらしい。
 微笑ましいなあ、と笑って待っていると、
「はいっ!」
 赤い小さな花束を持って、ヴァーナーは戻ってきた。
「春らしくてぱーっと明るくなれるです」
「春のお花?」
「そうです。スイートピーとチューリップ、ラナンキュラスとバラ。春のキレイなお花のブーケです♪ あとね、これもありますよー」
 テーブルブーケを飾ってから、「はいっ♪」差し出されたのはピンクのカップ。
「アイス?」
「のどにつめたくてきもちいですよ♪ おねえちゃん、あーんです」
 ふたを開けて、スプーンでピンクのアイスを掬ってあーん。
 あーん、と口を開き、食べさせてもらうとひろがるイチゴ味。
「ん〜♪」
「えへ。おねえちゃん嬉しそうで、ボクも嬉しいですっ♪」
「せーれんちゃーん! お見舞い来たよー! あっズルい!? 私も瀬蓮ちゃんにあーんしたい!!」
 訪問するなりそう言って、瀬蓮とヴァーナーの間に割り込むようにして抱きついてきた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)に、瀬蓮もヴァーナーも目を円くした。
「美羽ちゃん」
「ダッシュで来たけど遅くなっちゃった!」
「だって美羽ちゃん、ツァンダからでしょ?」
「でも」
 美羽は透乃を見る。
「透乃ちゃんは早かったし」
 そして、しょんぼりと落ち込んだ。
 急に名前を呼ばれ、そして落ち込まれた透乃は困ったような呆れたような顔をして、
「早く来ればいいってわけじゃないよ? 早ければ偉いとか、そういうこともない。美羽ちゃんが瀬蓮ちゃんを想ってここに来たなら、それが意味あることでしょ?」
 ぽん、と美羽の頭を撫でた。
「だからそんなこと言わないの」
「……透乃ちゃん、お姉ちゃんだなぁ〜」
「普通よ」
「もー、美羽さんっ! 毎回毎回、私を置いていかないでくださいっ!」
 美羽に遅れること、数分。
 ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が息を切らせて部屋にやってきた。大きなバスケットを両手で持って、そこからはみ出さんばかりのオレンジ、イチゴ、キウイ。水分とビタミンCを豊富に含んだ果物がたくさん。
「置いて行ったつもりないんだけど……? あれ? 置いて行ってた?」
 きょとん、と美羽が言うと、
「美羽さんの全速力についていけるわけないじゃないですかっ」
 猛然と抗議。
「えーだって、瀬蓮ちゃんが心配で、うぅ。ごめんね?」
「もう……。あ、瀬蓮さん、うるさくしてしまって申し訳ございませんでした。この通り、美羽さんが瀬蓮さんへと果物を大量購入して参りましたので、いかがです? 風邪にいいと思いますよ」
「果物好き〜♪」
「そうだ! 瀬蓮ちゃんだけじゃなくて、みんなで一緒に食べよう! だっていっぱい買っちゃったんだもん」
「では剥いてきますね」
「あたしも果物好きっ♪ 皮剥くの手伝うよ〜」
「ありがとうございます、葵さん」
 葵が率先して、ベアトリーチェと一緒に部屋を出る。
「待って、私も手伝う」
 透乃もそれについて行って、
「じゃあボク器に盛り付ける〜☆」
 ヴァーナーも出て行った。
「えと、あたしに手伝えること、ありますかー?」
 ネージュも続いて、部屋に二人きりになって。
「瀬蓮ちゃん」
 ベッドに腰かけて、美羽が話しかける。
「私、瀬蓮ちゃんが無理してるの、やだなあ」
「……無理?」
「風邪引いて寝込むまで、辛いとか大変とか言わなかったり、こうして寝込んでいても弱音吐かなかったり。
 ううん、すごいと思う。すごいと思うけど、……親友としては、なんか、寂しいなあ」
「……うん。ごめんね」
「えへへ。……ちょっとは頼って欲しかったり。して。
 ……ああもう、暗くなっちゃうな! そういうの、私の役目じゃないよねっ!」
 明るく言って、笑って、瀬蓮の額に自分の額をくっつけた。
「み、美羽ちゃんっ? 近い、近いよ……?」
 それこそ、唇と唇が触れそうなほど近い距離で熱を計って、
「熱いね」
「美羽ちゃんが近かったからだよぉ!」
「あはは、瀬蓮ちゃん、笑った!」
「こら、美羽さん! 瀬蓮さんをあまり困らせない!」
 きゃっきゃ、と笑う美羽を、ベアトリーチェが注意して。
「みんな、……ありがとう」
 瀬蓮が微笑んだ。