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リアクション
第三章 襲撃
戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は、声を掛けてくる出席たちを適当にあしらいながら定時の巡回を終えると、パートナーのリース・バーロット(りーす・ばーろっと) 、グスタフ・アドルフ(ぐすたふ・あどるふ)、アンジェラ・クリューガー(あんじぇら・くりゅーがー)達に連絡を取った。
「こちら戦部。異常なしです。そちらは?」
「リースです。異常ありませんわ」
「こちらアドルフ。問題なし、じゃな」
「アンジェラよ。変わったことは、何もないわ」
「了解。そうか……」
「どうした戦部。腑に落ちない、といった様子じゃな」
「いや、金鷲党の連中が仕掛けてくるなら、そろろだと思ったんですが……」
「確かにね。本気でテロを起こす気があるんなら、いい加減誰か潜入してこないとおかしいわ」
リースの意見に、アンジェラも同意する。
「まぁ、警備の気の緩みを、ギリギリまで待つというのもかんがえられなくはありませんが……」
「しかし、機会を窺うにしても、事前に潜入しておかなければ、それも出来まい」
「ですわね」
「念のため、他のチームに接触してみたらどうかしら?みんなして不思議がってても、埒が明かないわ」
痺れを切らして、アンジェラが提案する。
(確かに、それもいいかもしれないな)
何か異常があれば、本部を通してすぐに警備員全体に情報が伝わるはずだが、報告するには及ばない様な、ちょっとした情報があるかもしれない。そう考えた戦部は、別会場の警備に当たっている道明寺 玲(どうみょうじ・れい)に連絡を取った。
「えぇ、えぇ、はい。そうです。異常ありませんな。そちらは……そうですか。えぇ……。そうですな、特には……。はい。他のメンバーにも確認してみます。はい。では」
「どうしたのだ?」
無線連絡を終えた玲に、イングリッド・スウィーニー(いんぐりっど・すうぃーにー)が不審気に訊ねる。
「C会場の戦部からの連絡ですよ。何か変わったことはないかと、言っていましたな」
公園内に設けられた5種類の庭園と「まほろば」には、それぞれAからFの文字が割り当てられている。それにあわせて、各会場の警備を担当する警備員も、A〜Fの6班に分けられていた。
玲たちは、日本式庭園の警備を担当するE班に所属していた。
「なんだ、その“異常”というのは?何か気になる事でもあるというのか?」
「さぁ、なんでしょうな。どうも、 『何かが気になる』というよりは、『何もないのが気になる』といった感じでしたが」
「何もないのが……か。確かにな」
爆発物や化学薬品によるテロを特に警戒していたイングリッドは、開会以後10以上の不審物を発見したが、いずれもが会場への正規の搬入物だったり、単なる忘れ物で、危険物は一切見つかっていない。
表向きそっけない態度をとってはいたが、その思いは玲も一緒だった。
毒物によるテロを警戒していた玲は、自分の担当区域に要人が訪れるたびに、彼らの身辺に眼を光らせていた。さらに、要人個人のシークレットサービスと揉め事にならないように気を遣いながら、さりげなく毒見までやってみたのだが、やはり異常はなかったのである。
「ま、要するに、我輩たちの警備が、万事上手く行っているということだろう」
「そうですな」
そういっては見たものの、一度染み付いた“不安”は、中々消えそうもなかった。
「何か、変わったことはなかった?」
ユーナ・キャンベル(ゆーな・きゃんべる)は、同じB会場の警備を担当しているフィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす) に声を掛けた。傍らには、パートナーのシンシア・ハーレック(しんしあ・はーれっく)がいる。
「いや。今のところは。言動に不審な点のある人物は見当たらん」
フィーネはこれまで、出来る限り多くの来客に話し掛けるよう心掛けて警備してきた。
話し掛けたときの反応からテロ犯をあぶり出そうとした訳だが、今のところテロ犯は見つかっていない。
「私達の方も、何もありませぇん」
メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)の言葉に、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)とフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)も首を縦に振っている。
フィーネとシンシアは、マホロバ人や葦原明倫館の生徒を、メイベルとセシリアの2人は、イルミンスールの生徒のような、魔法を使いそうな人物を中心に警戒してきた。だが今の所、テロ犯に関係ありそうな者は1人も見つかっていない。
せいぜい、ハメを外し過ぎたり、女生徒にしつこく迫り過ぎた男子生徒が、警備本部に連行された位だ。
「そう……。」
「C班は、気にし過ぎなんだ」
フィーネはそういうが、ユーナにはどうも引っかかるものがあった。
「あのぉ……」
恐る恐る、といった感じでメイベルが口を開く。
「どうした?」
「いぇ。今、ちょっと思ったんですけどぉ、本当に会場内に、テロリストがいるんですかぁ?」
「?予告声明まで出しておいて、尻尾を巻いて逃げ出すとも思えんが」
「わかったわ!“前提自体が間違っている”。あなた、そう言いたいんでしょう?」
「そうなんですよぉ。別にここを攻撃するのに、わざわざここまで来る必要はないんですよぉ」
「どういうことだ?」
「ですからぁ、もしテロリストが、会場の外から攻撃してきたら……」
ドーン!
突然の爆音が、辺りに響き渡った。
音のした方を見れば、真っ黒な煙と炎が立ち昇っている。
「爆発!」
「会場の外よ!まったく、悪い予感に限ってよく当たるわ!!」
たちまち、会場内に緊張が走った。
愛用の小型飛空艇を駆り、高度数百メートルという低空から晩餐会場を監視していた天城 一輝(あまぎ・いっき)は、すごい勢いで暴走する大型トレーラー3台を発見した。トレーラーは途中の信号を全て無視しながら、会場目掛けてまっしぐらに走ってくる。
「あのトレーラー、一体何処から入ってきた!?」
ユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)が、驚愕の叫びを上げる。
「知るか、そんなコト!クソッ!本部は一体何してやがる!」
会場一帯の上空及び海上の警備は、五十鈴宮家の手配した日本の警備会社が行っている。
あんな勢いで走るトレーラーがあれば、とっくの昔に上空から発見されて、本部に報告されているはずなのだが、これまでに本部からそういった連絡は一切ない。
「本部!本部!こちら特別航空警戒班!本部、応答せよ!本部!!……ダメだ、一輝!まるで応答がない!!」
「なんだって!他の班に連絡は?」
「そっちもダメだ!」
「こんな肝心な時に限って故障かよ!チクショウ、どうしろってんだ!!」
天城達の飛空艇はあくまで民間用の物で、武装は一切ない。もちろん天城達の装備では、上空からの攻撃など、出来よう筈もない。
つまり地上部隊から攻撃してもらうしかないわけだが、連絡しようにも無線もない。もちろん、携帯電話も使用不可能だ。
「どうする、一輝!」
「決まってる、直接連絡しに行くんだ!しっかりつかまってろ!飛ばすぞ!!」
一輝は後ろに向かってそう叫ぶと、操縦桿を一気に押し込んだ。体が、一瞬浮き上がったかと思うと、次の瞬間物凄い勢いで落下して行く。
「いっけぇぇぇ!」
飛空艇は、会場目掛けて真っ逆さまに突っ込んでいった。
上空で天城達がトレーラーを見つけたちょうどその頃、海浜公園に隣接する灯台の上から周囲を監視していたローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)も、会場目掛けて突き進んでくる2台のトレーラーを確認した。
ローザマリアは、トレーラーの接近をパートナー達に連絡しながら、もっとも狙撃に有利と思われる位置に移動した。無駄のない動きで準備を整えると、片膝をついて狙撃の体勢に入る。
愛用のライフル「SR−25」のスコープ越しに、トレーラーのフロントガラスを確認する。運転席には、運転手と、その他に2人、都合3人の兵士がいるようだが、太陽光の反射と角度の問題で、狙撃するのは難しかった。やむなく、トレーラーの前輪に目標を定める。
実際の所、数百メートル先を、時速100キロ以上のスピードで移動する目標を狙撃して、狙い通りの場所に命中させるのは、ほぼ不可能だ。
しかし、ローザマリアはこれまでも、不可能と言われた任務を幾つも成功させて来た。
これまで、絶えず続けてきた厳しい訓練と、潜り抜けてきた数々の実戦と、成し遂げた無数の任務。そして、それらが生み出す絶対的な自信が、彼女を支えていた。
“I’m a Invisible Gunslinger. Aim in silence, and shoot in secret. ( 「私は不可視の射撃者。沈黙の内に狙い、そして人知れず銃爪を引く」)”
いつもの様にそう唱えると、静かに引き金を引いた。
銃口から撃ち出された銃弾は、十分な速度を保ったままタイヤを撃ち抜く。
高速で疾走していたトレーラーは、急速にバランスを失って蛇行した挙句、交差点の中央に建つモニュメントに、正面から激突した。
漏れ出たガソリンに引火して、トレーラーの前半分が大爆発を起こす。
辺りにはもうもうと黒煙がたちこめ、これ以上の狙撃は不可能な状況だ。先頭の1台こそ仕留めたものの、後続の2台はまだ会場へと向かっている。今は、パートナー達に頼むしかない。ローザマリアは、改めて携帯の回線を開いた。
灯台から少し離れた地点で待機していたハールカリッツァ・ビェルナツカ(はーるかりっつぁ・びぇるなつか)、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー) 、上杉 菊(うえすぎ・きく)の3人は、ローザマリアからの連絡を受け、すぐさま行動を開始した。トレーラーの接近を本部に連絡すると共に、用意しておいたオープントップのハマーに飛び乗って、トレーラーの衝突現場へと急行する。
「トレーラーのコンテナから、武装した兵士が現れたという」追加の報告が、ローザマリアからあった為だ。
ハールカリッツァが派手にドリフトを噛ましてハマーを横付けするや否や、グロリアーナは座席から飛び降りた。
「待っておれ!今すぐ剣のさびにしてくれる!」
グロリアーナは愛用の大剣『BLOODY MARY』を肩に担ぐと、敵目掛けて吶喊して行った。
グロリアーナのヒロイックアサルトは、自分の声が相手にはっきりと聞こえる状況でないと、効果がない。
「支援します」
そういうと菊は、ハマーのボンネットに仁王立ちになって大弓を構えた。
(街に被害が出る。『龍虎双剋』は使えない……)
やむなく、黒煙の中から走る火線の元目掛けて、矢を放った。
「会場へは、1人も行かせませんわよ」
ハマーを降りたハールカリッツァも、光条兵器をリカーブボウへと変化させると、射撃に加わる。
交差点は、たちまち戦場と化した。
「闇咲君、早く!ご飯食べてる場合じゃないよ!」
「敵が来たんだよ、お兄ぃ!」
大神 理子(おおかみ・りこ)と後光 葉月(ごこう・はづき)は、必死に闇咲 阿童(やみさき・あどう)を急かした。
いつまで経っても何も起こらない状況にいいかげん飽き飽きした闇咲は、私服警備なのを良い事に、さっきから自棄食いを始めていたのである。
「はひっ!へひはほぅ!」
「口の中に物入れたまま、しゃべんないでよ!!」
「ほ、ほぅ!ひょっひょはへぇ。んぐ、んぐ……ぷはぁ!」
口の中に詰まった物をお茶で一気に流し込むと、闇咲は勢いよく立ち上がった。
「待たせたな!よしっ、いくぞ!理子、葉月!チクショウ、アイツら!を散々待たせた挙句、人がメシを食い始めた途端にやって来やがって!許せん!!」
「阿童君、それ、怒るトコロが違うんじゃないかな……」
「そうだよ、お兄ぃ。もういっぱい食べたじゃない!」
「いや、葉月ちゃん。それも違うって……」
「大神さんっ!敵です!!」
八雲 緑(やくも・るえ)が、息を切らせて駆け込んで来た。
「八雲っ!敵は何処だ!」
「外からです!」
「えぇ!」
「トレーラーが、正門に突っ込んできたんです!」
元々、料理目当てで晩餐会に参加していた八雲だったが、会場内で大神理子に見つかってしまい、半ばなし崩し的に警備に参加させられていた。
とは言うものの、一般客として入場していた八雲には、他の警備員達のように特定の担当区域などはない。
あれこれ思案した挙句、結局無難に会場内を巡回する事になったのだが、途中正門に差し掛かった所で、トレーラーの突入に出くわしたのである。
「正面から正々堂々殴り込みとは、ナメられたもんだ。いくぞ!理子、葉月、八雲!」
残った2台のトレーラーが突入した公園入り口付近では、すでに激しい戦いが繰り広げられていた。
トレーラーから降りて来たのは、皆迷彩服を身にまとい、アサルトライフルで武装した兵士である。2台合わせて3、40人はいるだろうか。トレーラーの陰に巧みに隠れながら、攻撃を仕掛けてくる。
対する警備側は、銃器と言ってもハンドガン位しかない。装備の点で、明らかに劣勢だった。
「き、如月様……」
「大丈夫、まずは落ち着いて」
正門の方から聞こえてくる銃撃の音に、すっかり怯え切っている少女の肩に手を置いて、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は優しく語りかけた。
如月は、晩餐会が始まってからずっと、珠美(たまみ)というこの少女と共にいた。
初め、野に咲く花のような可憐さが気に入って声を掛けたのだが、今では、初対面の自分をあれこれと気遣ってくれる優しさと彼女の奥ゆかしさに、すっかり惹かれてしまっている。
この少女だけは、何としても守りたかった。
「いいかい。テロが起きたからといって、ここまでテロリストがやってきた訳じゃない。警備員の指示に従って、落ち着いて避難すれば大丈夫だ」
「は、はい……」
口ではそういうものの、珠美の顔から不安の色は消えない。肩に置いた手から、彼女の体の震えが伝ってくる。
「それにね、今まで内緒にしてたけど、実は俺も、警備員なんだ。それにこう見えて、剣の腕だってそこそこなんだぜ」
タキシードの内ポケットから、警備員の身分証を取り出して見せる。
「大丈夫だ。俺が付いてる。珠美さんは、絶対に俺が守り抜いてみせる」
「如月様が……?」
顔を上げ、如月の眼を見つめ返す珠美。彼女の体から、徐々に震えが消えて行く。
「そうだ。だから、俺を信じて付いて来てくれ」
「……はい」
珠美は、如月に向かって健気に頷いた。
一方、正門に一番近い位置にあるA会場では、宮坂 尤(みやさか・ゆう)が、パニックに陥りかけた一般客をなんとかなだめようと、必死になっていた。
「みなさん、落ち着いて!落ち着いて行動して下さい!走らないで!前の方を押すと危険です!」
宮坂は大声で呼びかけるが、爆音と銃撃音とで恐怖を煽られ、パニック寸前の一般客の耳には届かない。
「あぁ、もう!全然手が足りない!」
会場にいた警備員の多くが正門に侵入してきた襲撃犯の対応に廻ってしまい、避難誘導にあたってる警備員は、数えるほどしかいない。
「キャー!」
その時、人々が避難している方向から、女性の悲鳴と共に、タタタタという自動小銃の射撃音が聞こえてきた。
ものすごい勢いで人々が逆流してくる。
「こっちはダメだ!敵がいる!」
誰かの叫び声が聞こえてくる。
今、2つある避難口のうち、正門に近い方の1つは、戦いが行われている場所に余りにも近いため、使用できない。そのため、こちらの出口から非難していたのだが、どうやら早くも敵の手が廻ったらしい。
(どうしよう、これじゃ、袋のネズミだわ)
「大丈夫。ここは任せて。連中に避難の邪魔はさせないわ」
そういって進み出たのは、クリュティ・ハードロック(くりゅてぃ・はーどろっく)と神曲 プルガトーリオ(しんきょく・ぷるがとーりお) の2人である。
いつの間に身に着けたのか、クリュティの全身は甲冑で覆われ、しかも背中にはブースターまで背負っている。
「クリュティ、私を連中の鼻先まで連れて行って」
「了解。飛ばすから、落ちないでね」
クリュティはプルガトーリオを抱きかかえると、ブースターのスイッチを入れた。
白煙と突風を巻き起こし、2人はあっという間に敵に到達する。
兵士達が見える位置まで移動する、わずなか間に詠唱を終えたプルガトーリオは、最後に、一際大きな声で叫んだ。
「炎よ、全てを燃やし尽くす壁となれ!」
その最後の言葉と共に、尤達の視界一杯に、巨大な炎の壁が現れる。
「人も弾も、この炎の壁を通り抜ける事は出来ません!さぁ、今の内に避難を!」
突然の事にあっけに取られる一般客に、レイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)が呼びかけた。「皆さん、急いで下さい!」
尤もすぐさま我に帰り、誘導を再開する。
巨大な炎の壁にすっかり毒気を抜かれてしまったのか、今度は一般客の避難も滞りなく終わった。
「どうやら、避難は無事終わったようですね」
「こっちのヤツらは別働隊だったみたいでたいした数はいなかったわ。もう片付けたから大丈夫よ」
いつの間にか炎の壁も消え、その向こうからクリュティとプルガトーリオが戻ってきた。
「さっきは、有難うございました」
ペコリと頭を下げる尤。
「でも、そんな重装備、どうやって持ち込んだんですか?」
さっきからずっと疑問に思っていた事だった。
「入場したときから、着ていたわよ」
「え?」
「鎧の上からメモリープロジェクターで、ドレス姿の映像を被せておいたんですよ」
「プロジェクターで……。なるほどー」
おもわず感嘆の声を上げる尤。
「お陰でクリュティは、ずっと壁際から動けなかったんだけどね」
「余計なことは言わなくていい。さぁ、いつまでここにいてもしょうがない。正門の支援に向かおう」
「はい!」
正門の方からは銃撃の音が絶え間なく響いていた。
楠見 陽太郎(くすみ・ようたろう)とイブ・チェンバース(いぶ・ちぇんばーす)は、煙と土埃が立ちこめる中、必死に避難を続けていた。
二人きりで晩餐会を楽しむ内、いつに無くいいムードになった2人は、「少し静かな所に行こう」と正門の方に移動したのだが、ちょうどその時運悪くトレーラーが突っ込んできて、戦いに巻き込まれてしまったのである。
「どっちに逃げたらいいのかしら……」
「こう視界が悪くちゃ、方向なんて……。とりあえず、銃撃の音がしない方に行こう」
「うん……わかった」
(はぁ、折角陽太郎といい雰囲気になれたっていうのに、どうしてこんな事に……。あたしって、ツイてないわ……)
ため息を吐くイブ。
「大丈夫、イブ?疲れた?」
今のため息を疲労が原因だと勘違いのしたのだろう、陽太郎が心配そうな表情で、イブを見つめている。
「う、うぅん。大丈夫」
こんな状況だというのに、陽太郎の気遣いに胸がキュンとなってしまう。
「ゴメン、イブ。俺の不注意のせいで、こんな事になっちゃって」
「そんな、別に陽太郎のせいじゃ……」
「いや。俺があの時イブを連れ出さなければ、こんな事にはならなかったんだ。いつテロが起こるか、わからなかったのに……」
陽太郎は沈痛な面持ちで、手を握り締める。
「陽太郎は、悪くないよ。だってあたし、陽太郎に誘われて、嬉しかったもの」
うつむく陽太郎の背中に、イブがそっと寄り添った。柔らかく、温かい感触が伝わる。
「イブ……」
「陽太郎……」
見詰め合い、互いの名を呼び合う2人。
その時。
ガサガサッ!という音がして、脇の茂みの中からAK74の銃身が「にゅうっ」と顔を出した。
「うわぁ!」
「きゃあ!」
悲鳴を上げる2人の前に現れたのは目出し帽を被った兵士だった。
一瞬驚いたものの、すぐに陽太郎はイブをかばって前に出た。
その行動を攻撃と思ったのだろう。兵士は、陽太郎に銃口を向けた。
「危ないっ!」
ドスッ!という音と共に、目の前の男が突然前のめりに倒れた。その背中に、棒手裏剣が突き刺さっている。
「大丈夫ですか?」
少し離れた樹の上から、チャイナドレスに身を包んだ女性が飛び降りてきた。
そのまま男の元に駆け寄ると、息をしていないのを確認して、手裏剣を抜く。
「い、いえ。大丈夫です。有難うございました」
「そうですか。それはよかった。でも、こんな所で逢引なんて、あまり感心しませんね」
冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ) は、皮肉交じりに2人をたしなめた。
「テロが起きるなら、きっと犯人は出入り口付近を押さえようとするだろう」と考えて、ずっと正門付近を見張っていた小夜子は、陽太郎とイブがやって来た事にも気づいていた。
それで、戦いに巻き込まれていないか心配になり、ずっと探していたのである。
「ち、違うんです!さっきからずっと避難してたんですけど、どっちに行ったらいいか分からなくなって……」
「ごめんなさい。冗談です。さぁ、こっちに行けば、E会場に出られます。そろそろここも安全では無くなってきました。急いで下さい」
小夜子はそれだけ言うと、また樹上の人となった。
「……ふがいないな、俺。イブを守るどころか、自分の身も守れないなんて」
「そんなこと……ないよ。さっき陽太郎がかばってくれた時、あたしすっごく嬉しかった。陽太郎は確かに弱いかもしれないけど、でも弱い癖にあたしを守ろうとしてくれた、陽太郎のその気持ちが嬉しいの」
陽太郎に寄り添いながら、イブは彼に腕を絡めた。
「爆弾とか毒物とか、もっと何かこう“スマート”な方法で来るかと思ってたんだけどなー」
「まったくだ。こんな正攻法でくるとはね」
公園の木立に身を潜めながら、霧雨 透乃(きりさめ・とうの)とエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は、そう軽口を叩きあった。
「どうする?我らでは、あやつらに近づく前に狙い撃ちだ」
風森 巽(かぜもり・たつみ) は、弾の飛んでくる方向を悔しそうに見つめながら、光条兵器の柄をギリッと握り締めた。風森の光条兵器は長剣型だし、透乃とエヴァルトは格闘術の使い手だ。
「攻撃できるのは、陽子ちゃん位だね……」
そういって透乃は、パートナーの緋柱 陽子(ひばしら・ようこ) を見た。
「私が、魔法で相手の注意を引きますので、その間に皆さん近づいて下さい」
「囮なら、私がなります。詠唱中間身動きの取れないあなたには、囮は無理です」
鬼崎 朔(きざき・さく)は、忍者である。身のこなしには、自信があった。
「身のこなしなら、我らとて負けてはおらぬ。のう、エヴァルト?」
「そうだな、的は多いほうがいいかもな」
「なら、決まりね。陽子、4人で一斉に突っ込むから。支援、よろしくね」
「ちょ、ちょっと、待って下さい。そんなの、幾らなんでも無茶です!」
陽子は、大声で反対する。
「無茶でも何でも、やるしかないだろ」
「我らがここで足止めを食っている間にも、やつらの別働隊が一般客を襲うかも知れぬ」
「そうです。一般客に被害が出るのだけは、なんとしても防がなくては」
「それに、援軍が来るのをじっと待つなんて、ガマンできないよー」
駄々っ子のように言う透乃。
「で、でも……」
不安を抑えきれない陽子。
「よし、二手に分かれるぞ。俺と風森は右から。霧雨と鬼崎は左からだ。タイミングを合わせるからな。ケータイはつないだままにしておいてくれ。いいか?」
「了解だ」
「いいよ!」
「わかりました。タイミングは、任せます」
「あぁ」
力強く頷くと、エヴァルトは、風森と共に木立の中に消えて行く。
「霧雨さん。私達も行きましょう」
「うん……。じゃあね。陽子ちゃん。頼りにしてるからね♪」
「……わかりました。気をつけて下さいね、透乃さん」
「うーん。わかったー♪」
身をかがめたままの姿勢で陽子に手を振りながら、立ち去っていく透乃。
「よしっ。私も頑張らなくっちゃ!」
陽子は、パンッ!と両頬を叩いて気合を入れた。
その頃、闇咲達も襲撃犯相手に苦戦を強いられていた。
射撃武器を持っていない闇咲達3人を、葉月が射撃で支援する手はずになっていたのだが、葉月の攻撃がさっぱり当たらないのである。
「おい、葉月!落ち着いてよく狙え!」
公園の桜の樹で遮蔽を取りながら、闇咲がケータイに叫ぶ。
『お、落ち着いてるよぉ!でも、当たんないんだもん!』
ケータイの向こうから、葉月の悲壮な叫びが届く。どう聞いても、落ち着いているようには思えない。
「そういえば葉月ちゃんって、訓練でも狙撃以外で的に当たったコト無いんだよね……」
あはは、と理子の乾いた笑いが響く。
「笑ってるバアイかっ!」
葉月の支援を全面的に諦めた闇咲達は、必死に突撃する隙を探して敵陣を窺っていたのだが、不意に、敵の攻撃がぱったりと止んだ。
樹の陰から顔を出すと、先ほどから闇咲達に向かって攻撃を続けていた襲撃者が、うつ伏せに倒れていた。見ると、襲撃者の後ろの植え込みの中に、ハンドガンを構えたスーツ姿の男がいる。
戦部 小次郎である。
「すみません、遅くなりました」
戦部は、途中巧みに遮蔽を取りながら、闇咲達のいる木立までやって来た。
「いえ、こちらこそ助りました。うちのスナイパーが、当てにならなくって。ところで、どうやって後ろに廻り込んだんですか?」
「あの人達に、誘導してもらったんですよ」
そう言って上を指す戦部の指の先には、天城の小型飛空艇が、弧を描いている。
「公園の外壁沿いに移動すると、上手い具合に敵の背後に出れましてね。今、10人位が迂回行動中です。その別働隊の攻撃で、連中が浮き足立った所を」
「挟み撃ちって訳ですね」
「そういう事です」
「よしっ!これまでやられ放題だったからな、派手に行くぞ!」
左右の手を打ち合わせて、闇咲は吼えた。
この迂回戦術は、見事に成功した。背後からの奇襲によって警備班に懐に入られてしまった襲撃者達は、武装による戦術優位を失い、一気に狩る側から狩られる側へと追い込まれる事になったのである。
「フッ。ここまで好き放題しておいて、逃げられると思ったら大間違いですよ」
鉄扇を兵士の首筋に叩き込みながら、ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと) は不敵な笑みを浮かべた。
ウィングの気迫にたじろいだ兵士が、半歩後ずさる。
その隙を、ウィングは見逃さなかった。ひとっ跳びで距離を縮めると、『轟雷閃』を乗せた鉄扇を急所目掛けて叩き込む。
たまらず崩れ落ちる兵士。
「う、うぁぁ!!」
恐慌に陥った兵士が、仲間に当たるのも構わず、至近距離で銃を乱射するが、これも『超感覚』と『奈落の鉄鎖』で身体能力を極限まで高めたウィングには当たらない。
通常ではありえない動きで弾と弾の間をすり抜けると、立て続けに鉄扇を浴びせ、息の根を止めた。
晩餐会の為に着てきた巫女装束は、既に、煤と土埃、そして返り血で真っ黒になっている。にもかかわらず、横たわる兵士屍の中に立つウィングは、何よりも美しかった。
「オラオラ、てめぇら。さっさと観念して武器捨てちまえよ……って、日本語通じないか?フリーズ、オーケー?」
エイミー・サンダース(えいみー・さんだーす)はショットガン型にした光条兵器を、威嚇代わりに立て続けにぶっ放した。たちまち、立ち木がずたずたになる。
こういう時、排莢する必要の無い光条兵器は便利だ。何しろポンプアクションの必要が無いから、それこそ出来の悪いゲームのように撃ちまくることが出来る。
つい先ほども、6発連続で撃った所で顔を出して来たマヌケの頭を、スイカの様に吹っ飛ばしてやったばかりだ。
「よーし、あと10数える間だけ待ってやる。いーち、にぃー、さーん……」
数を1つ数えるたび、ショットガンを木に叩き込むエイミー。
結局8まで数えた所で、襲撃者達は投降した。
かろうじて、木は倒れずに済んだ。