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金の機晶姫、銀の機晶姫【後編】

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金の機晶姫、銀の機晶姫【後編】

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〜幸せのありか〜


 急ぎかえっている飛空挺の中、回りが気を使ってルーノ・アレエとエメ・シェンノートは二人きりで甲板にいた。しばらく沈黙していたが、エメ・シェンノートはゆっくりと口を開いた。

「先ほどは、あの。先走ってすみませんでした」
「いえ、いいのですが……あの」
「私は貴女を『女性』として意識しています」

 頬を赤く染めたエメ・シェンノートの言葉に、ルーノ・アレエはしばらく呆然としていた。言葉が返ってくることを期待していなかったかのように、エメ・シェンノートは柔らかく抱き寄せると、その耳元に唇を近づけた。何言か言葉を告げると、白い紳士は身体を離す。

「エメ……?」
「私は、貴女の幸せをいつも祈っています。例え、貴女が違う方の隣で笑うことになっても」

 そう伝えると、エメ・シェンノートはその場を去ろうとする。その背中に、ルーノ・アレエは抱きついた。

「エメ、私は、例え世界中がエメの敵になっても、私はエメの味方です……あなたの想いに答えられるかわからない。この想いがあなたの言う好きなのか、まだ自信がない。だけど、あなたがくれた暖かな想いを、私はあなた以外に抱きたくないです」

 その言葉に答えることなく、エメ・シェンノートは黙ってルーノ・アレエの手に自分の手を重ねた。



 窓越しにその二人の様子を眺めていたエヴァルト・マルトリッツはため息をついた。

「まったく、口で塞ぐとはなぁ」
「お兄ちゃん、どうして目を塞いだんですか?」
「あ、あれは、目の毒だからだ」
「ちゅーするのが目の毒なんですか?」

 ミュリエル・クロンティリスの言葉に、エヴァルト・マルトリッツは飲んでいた飲み物を思いっきり噴出してしまった。

「ど、どこでそんな言葉を」
「ヴァーナーさんが、さっき……大好きな人にする挨拶だって言ってました」

 赤目の青年は、このときばかりは、純粋な彼女の言葉を恨めしく思うのだった。その渦中のヴァーナー・ヴィネガットは恋人の緋桜 ケイに電話していたところだった。


『ヴァーナー! 無事か?』
「はいです。ケイたちのほうは大丈夫でしたか?」
『大丈夫ですよ! 鉱山は外れだったみたいで、お役に立てなくて残念です』
「でも、無事に銀の機晶石はもらえたです。ニフレディルお姉ちゃん……エレアノールおねえちゃんも一緒です」

 そういう視線の先には、窓の外を呆然と眺めているニフレディルの姿があった。フィル・アルジェントはその隣に立って、同じ方向に視線を向けた。

「何か、思い出しましたか?」
「……わからない」
「え?」
「……私をそのまま連れて行っても、役に立てないかもしれないのに」
「そう悲観するでない。ニーフェの顔を見たら、思い出すかも知れぬぞ」

 シェリス・クローネの言葉に、ニフレディルは笑うことが出来ないでいたが、甘い香りが鼻をくすぐって振り向いた。そこには七瀬 歩と七瀬 巡が立っていた。

「無理に思い出そうとしても、きっと難しいよ」
「そうそう」

 にこやかな表情でお茶やお菓子を勧めてくれる七瀬 歩と七瀬 巡に、ニフレディルはわずかに微笑みかけた。







 急いで到着した百合園女学院で、すぐさま支度を開始したのは朝野三姉妹と五月葉 終夏だった。颯爽と、イシュベルタが借りている部屋に向かった。

「ニフレディルさんが思い出せるよう、準備万端整えるよっ!」
「はいです〜」
「はいなの!」

 元気な三人娘のあとを、イシュベルタ・アルザスがついて走った。もし万が一、ニフレディルが無理な場合は……そう自分でいった言葉を思い出しながら。その途中、緋山 政敏が手を振っているのが見えた。足を止め、声をかけると彼は薄く微笑んでいた。

「アルザス」
「緋山……行くのか?」
「石はある。技師もいる。姉も、見つかった。問題は何もない」
「いいのか?」
「また何か縁があれば、逢えるさ」

 それだけ言って、彼は歩き出した。その先には、リーン・リリィーシアと、カチュア・ニムロッドが立っている。背中を向けた3人に、イシュベルタ・アルザスは頭を下げて礼を言った。



 部屋に入ると、お見舞い客に囲まれて楽しそうに話しているニーフェ・アレエの姿があった。ルーノ・アレエはゆっくり入り、その手の中にある銀の機晶石を見せた。

「あ、ありがとうございます!」
「朝野 未沙、五月葉 終夏お願いします」
「うん! って言っても、お手伝いしか出来ないと思うけどね」 

 そういいながらも、てきぱきと支度を整える。ニコラ・フラメルがニーフェ・アレエを抱きかかえている間、五月葉 終夏はベッドを支度しなおしていた。その間、エネルギーを貸してくれていたラグナ ツヴァイにも、ルーノ・アレエは頭を下げて礼を言った。

「子分がいなくなるのは、さびしいですからね」
「これからも、仲良くしてくださいね」

 後から入ってきたニフレディルは、支度の整えた朝野 未沙の隣にいるニーフェ・アレエの顔を見て、その頬をなでた。そして、離れたところに立っているルーノ・アレエの頬もなでる。

「……だ、め……思い出せない……」
「エレアノール、無理をしないでください」

 ルーノ・アレエが崩れそうなニフレディルを支えると、イシュベルタ・アルザスが朝野 未沙の横に立った。

「俺がやろう」
「イシュベルタさんっ」
「一刻を争う。手伝うんなら言うことを聞け」

 彼の迫力に負け、朝野 未沙はニーフェ・アレエの身体を開く手伝いをした。開いてみてはじめてわかったが、確かに普通の機晶姫とは構造が違った。メンテナンスで斬る範囲のところは他の機晶姫と同じに出来ていたが、その奥はやけに複雑で、例えるなら人の手術を見ているような錯覚に見舞われた。

「そんなに、細かいところを?」
「ああ。普通の機晶姫より、人間に近いな。内部構造をそうしたのは、そこにいるエレアノールなんだが……思い出したらアイツに聞いてくれ」

 そういいながら、手際よく古い機晶石を取り外す。そして、銀色に淡く輝く機晶石をそこにはめ込むとニーフェ・アレエの中の線が全て光を放ち始めた。成功したのかと、一見すると思ったがニフレディルがすぐさま朝野 未沙と五月葉 終夏をのけて作業に加わる。

 目にすることはできなかったが、幾度かの調整をすると、その光は失われた。作業が完了したのだと理解したのは、ニーフェ・アレエの背中を閉じる音が下からだった。すると、すぐさま女性の声が室内に響いた。

「危ないでしょ! どうして姉さんがやるまで待てないの!」
「……え」
「え、姉さんって……まさか」
「あら、今、私……いしゅ、べるた……エレアリーゼ、ニフレディ……」

 作業が終わって間もなく、ニーフェ・アレエが目を覚ますなりニフレディル……エレアノールは涙を流しながら崩れた。

 
 







 百合園女学院の屋外の庭園には、白いテーブルとイスがセットでいくつか置かれていた。空は青く澄み渡り、風は暖かさをましていた。
 そこでパソコンを前にため息をついたのはロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)だった。そこへ、ルーノ・アレエ(るーの・あれえ)が声をかける。

「ロザリンド・セリナ……どうかしたのですか?」
「今までの、ルーノさんと出会ってからのことを、纏めていました。初めて出逢ったときのこと、金葡萄杯のこと、誘拐事件や、爆弾事件……沢山ありましたね」
「本当に、沢山ご迷惑をおかけしました」
「もうっ、迷惑だなんて誰も思っていませんよ……って、やだ。この会話……確か出かける前にもしましたよ」

 それに気がついて、ルーノ・アレエも口元に手を当てお互いに笑いを堪えきれず噴出していた。

「こうして、ルーノさんの情報を集めると、ルーノさんの物語を書いているみたいな気分になります」
「そう、ですね」
「イシュベルタさん、見送らなくていいのですか?」

 そういわれて、ルーノ・アレエは頷いた。

「ニーフェが、見送りに行っています」
「あ、ルーノさん!」

 ソア・ウェンボリスがお花を抱えてこちらへ向かってくる。その後ろには、緋桜 ケイと、林田 樹がいた。

「イシュベルタさんと、エレアノールさん……行っちゃうんですね」
「私を兵器化しないための技術を探しに……まだ、昔の名前を名乗れそうにはないです」
「知らせを、教導団から持ってきた」

 林田 樹が書面化されたものをルーノ・アレエに渡す。

「ランドネア・アルディーン、彼女自身は精神鑑定を行いながら、アルディーン・アルザスが完全にいなくなったかどうか、確認しながらリハビリするそうだ。本人は、あくまでも被害者だからな」
「よかったですね!」
「あの爺たちはどうするんだ?」
「ああ、黒い箱の中にデータとして入っていた老人達の記憶データは、校長同士の会議できめるそうだ。恐らく、破壊されると思う。あそこにあった機晶姫たちも、ヒラニプラで保護してもらえることになったよ」

 一通りの事を聞いて、ルーノ・アレエは胸をなでおろした。

「よかった」
「ええ。ルーノさん……記憶は、戻っていませんよね?」
「完全には。でも、そのうち思い出せると思います。エレアノールみたいに、いきなり思い出すかもしれませんし」
「ゆっくりいこうぜ。それじゃ、俺たちそろそろ行くな」
「それじゃ」

 花束を受け取ったルーノ・アレエは、緋桜 ケイとソア・ウェンボリス、林田 樹を見送った。


「思い、出さないですよね」
「例え思い出したって、大丈夫だ。ルーノには、俺達がついてるんだぜ」
「……機晶姫たちの恨みか、考えたこともなかった」


 林田 樹は空を仰いだ。ニーフェ・アレエが無事に治った喜びに沸いている中、関係していたものたちにイシュベルタ・アルザスから知らされたことがあった。

『ルーノ・アレエは、人間に恨みを持って死んでいった……実験体になった機晶姫たちの記憶を、入れられているらしいんだ。兵器になったときに、躊躇しなくなるように』
『その記憶を、消すことが出来なかった。だから、記憶を抜いて眠らせたんだ。機械が壊れてしまった以上、どうしようもないが……戻らないことを祈るしかない』
『戻ったとしても、大丈夫だと信じたい。お前たちに囲まれているから、な』


「彼女には、今大事な家族がいる。友がいる。大丈夫だ」

 教導団の女性の言葉に、二人は頷いた。


「お茶会の日程、きめないといけませんね。お見舞いに毎日沢山の人が来ているから」
「ええ。早速開かせてもらえるよう、校長にお願いしています」
「楽しみですね。これでようやく、百合園女学院の生徒としてニーフェさんも認めてもらえて……これからも、仲良くしてくださいね」
「はい」
「リンちゃーん!」

 七瀬 歩が呼んでいるのを聞いて、「失礼」と短く言葉を残してロザリンド・セリナは立ち上がった。その背中を見つめて、ルーノ・アレエはにっこりと微笑んでいた。

「ハラワタを弄られる苦しみ、貴様らに理解できるものか」

 突然口から出てきた言葉に、ルーノ・アレエ自身が驚いていた。








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 旧ボタルガの町で、一体の少女形機晶姫が動いていた。
 深々とため息をついて、動きづらい新しい身体に一刻も早くなれようとしている。


「フ、フフフ……私は、私は、消されない。もう、消されない。これは、私の身体……私は、行き続ける」


 甲高い声が、誰もいない町の中に響き渡っていた。










担当マスターより

▼担当マスター

芹生綾

▼マスターコメント

 お疲れ様です。芹生 綾です。

 ニーフェ・アレエの中に銀の機晶石が無事に帰りました。
 


 これにて【金の機晶姫、銀の機晶姫】の物語は終幕となります。

 ですが、ルーノ・アレエの本当の記憶はまだ戻っていません。
 それが戻るのは、まだ先のことになりそうです。

 そのとき、彼女はあなた方にとってどのような存在になっているのでしょうか。
 あなた方は、そのときも彼女の味方として存在しているのでしょうか。


 そして、アルディーン・アルザスは機晶姫の身体を得て何をするのでしょうか。


 ルーノ・アレエとニーフェ・アレエの物語は、終わったわけではありません。
 また、機会があれば語らせていただきたいと思います。

 

 このたびは、ご参加くださりありがとうございました。