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リアクション
お掃除日和
しとしとと雨は降り続く。
こういう雨はやみそうに思えない。
東條 カガチ(とうじょう・かがち)は『S×S×Lab』の窓から雨を眺めるのをやめ、部室の中に雨具になるものはないかと探してみた。
けれどこういう時に限って、置き傘合羽に謎の機械、いつもは転がっている雨降りに使えそうな物品がまったく見当たらない。
「掃除でもするかねぇ」
ただ雨の上がるのを待つのもなんだからと、カガチは掃除道具入れを漁ってみた。と、こちらは掃除してくださいとばかりに揃っている。
「これから掃除ですか?」
掃除道具をがたがたと取り出したカガチを、エヴァ・ボイナ・フィサリス(えば・ぼいなふぃさりす)が不思議そうに見た。
「そ。雨の日って湿気で埃が舞い難いから実は割と掃除に向いてるんだよねー」
「では私もお手伝いします」
雨の部室での掃除。
壊れやすいものもあるから、注意して埃を払ってゆく。
「それにしても、何時来てもすごい資料の数ですね」
資料の埃を払っていたエヴァは、そのうちの1つを開いてみた。
細かく引かれた設計図。物々しいその図面に、もしやこれは兵器の資料か……とよくよく見れば。投入口付近に描かれているのはタマネギと豚のイラスト……?
「……全自動料理機、ですか」
大切にその資料を戻したけれど、今度は隣の資料が気になる。
「こちらは生物兵器?」
はっと目を近づければそれは……新種のペットの掛け合わせを考えたもののようだ。
手広いのか、それでいてお茶の間サイズなのか……けれど面白い資料がたくさんあって飽きない。学問の道を目指すこととなった自分も、こうして資料を集め研究しようという姿勢は見習いたい処だ。
(こちらは何でしょうか……?)
エヴァは興味を惹かれるままに、次々と資料を紐解いていった……。
そんなエヴァに目をやって、カガチは声に出さずに笑った。いやに静かに掃除をしていると思ったら、資料棚の資料読みふけったっきり地蔵と化していたのか。
急ぐ掃除ではないからエヴァはそのままに、カガチは邪魔しないように音を立てない埃取りをすることにする。
今は座る人が不在のボスの机。その埃を掃除しながらふと思い出す。
(そういや俺がボスに拾われたのも、こんな雨の日だったなあ……)
怪しい微笑みで『退屈しませんよ』と誘われてほいほい来てしまったけれど、確かにその言葉は嘘ではなかった。
(……あれやらこれやらそれやら散々ひどい目にもあったけどねえ)
けれど、拾われて此処に来たお陰で仲間たちとも出会えた。ひどい目にあった分を差し引いても十分に幸せだ、そう思える。
今はボスは諸事情でいないけれど、こうして掃除して、仲間とわいわいやっているうちに、何でもなかったかのようにふらっと帰ってきてくれる……きっと。
「っと、いけねえ」
自分の手も止まっていたことに気づいて、カガチは掃除の手を動かした。きっちり綺麗にしておかなければ。
何時帰ってきてもいいように――。
音楽はベッドの上で
今日は雨。
出かける予定はひとまず延期して、如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)と冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)は家でまったり過ごすことにした。
「千百合ちゃん、この間買ったCDを聴きませんかぁ?」
晴れの日はあれこれやることがあって、なかなか落ち着いてCDを聴いている時間も取れない。
こんなゆったりした雨の日だからこそ、ゆっくりとCDを楽しめるというもの。
家の中だから誰にも気兼ねはいらない。すっかりくつろいで、2人はベッドの上にゴロゴロ転がった。
イヤホンの右は日奈々に、左は千百合に。1つのイヤホンを分け合うと、2人はCDから流れてくる歌声に耳を澄ませた。
流れてくるのは落ち着いた雰囲気のラヴソング。
愛しい人を想って甘く歌い上げられる歌が、耳に心地良い。
「いい曲、ですよねぇ〜」
豊かな声量から紡ぎ出される歌声に、日奈々はうっとりと呟いた。そんな日奈々が可愛くて、千百合は静かに上下している日奈々の胸元を、軽くくすぐった。
「きゃっ……千百合ちゃんってば〜」
びっくりする日奈々に微笑むと、今度はそっと唇を触れあわせる。
「千百合ちゃん〜! もう……、私もお返しですぅ〜」
「あっ、日奈々ってば〜。よ〜し、あたしも負けないからねっ!」
きゃっきゃとはしゃぎながら、2人はじゃれあった。
「日奈々ってばもうかわいいんだから」
先にがまん出来なくなったのは千百合の方。えい、と日奈々をベッドに押しつけてしまう。
「千百合……ちゃん?」
じゃれているうちに、いつの間にか耳から抜けてしまったイヤホンが、ベッドの上に小さなBGMを流していた――。
時間の止まった部屋の中
みかど荘4階。月草の間。
5月で時の止まった部屋の中、ナナリー・プレアデス(ななりー・ぷれあです)は球形の鳥籠型寝台に座り、普段は締め切っているカーテンを開けた窓の外を眺めていた。いつもは2つに結んでいる髪は解かれ、銀の流れのように背に掛かっている。
(五月雨……? 私への罰……?)
冷たく硬い雨音は、自分をなじるもののようだ。
さつき、とナナリーは大切な人の名を口唇の形でなぞった。
自分はおかしいのだろうか。困らせた上に逃げ出した嘘吐きなのに、大切な人として想い合いたいと願うようになっているなんて。
そんなことを考えながら降る雨を凝視してみるけれど、天上より生まれた雨はただ大地へと落つるのみ。見える形で答えを示してはくれない。
いつしかナナリーの手は、寝台内に転がっていたオカリナを取り上げていた。
心の赴くまま奏でる即興曲は、何処か哀愁を漂わせた曲となる。それは愛しく優しい人を想う故か。
(それでも貴方だけは私の『お客様』じゃない……)
オカリナを吹くナナリーに微かな笑みが浮かぶ……。
その頃、ルナリオ・セラフィーラメイア(るなりお・せらふぃーらめいあ)もまた、みかど荘の自室、月白の間にある1人掛けソファに座り、窓の外を眺めながら天使のリュートを奏でていた。
「……妄想的に処罰を期待する程の自責や自嘲の形をとった自我感情の低下……フロイトのメランコリー論、ですか」
弦に絡むような指先が奏でるのは、連続して落ちる雨粒のような優しいアルペジオ。
「心の時間が止まり、既に愛する対象が観念化しているなら……」
オレの気持ちはきっと届かない……そう呟く時だけ、リュートの音がわずかに振れ揺らぐ。それでも……。
(生きて欲しい)
そう思う。
「好きです。だから、この空が泣き止んだら君も笑って、ナナリー」
雨が降る。
雨が降る。
けれど、終わり無いように見える雨も、いつかは上がる。雲間から明るい太陽を覗かせて――。
雨降りの喫茶店
客商売は天気に左右されるもの。
「今日は暇かもしれませんねぇ……」
いつもアルバイトをしている喫茶店。その窓越しに神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)は雨空を見上げた。
たまには暇なのも良い。特に、山南 桂(やまなみ・けい)はまだアルバイトをはじめたばかりだから、少し余裕があるくらいの方が良いだろう。
今日のシフトは、翡翠は厨房で調理補助、桂はホールで接客。
いつもより暇だとはいえ、慣れない桂にとっては大変な仕事だ。
「おーいお姉ちゃんー、注文まだー?」
「はい、今行きます……って、俺、お姉ちゃんじゃありませんけど」
女顔なのを気にしている桂は、女性と間違われると機嫌が悪くなる。幸い、怒れば怒るほど笑顔になる為に、客にはその不機嫌さは伝わらない。けれど、からかわれても笑顔でいるが為に、悪ふざけのようにセクハラされたり、なんてことも出てくる。
それでも相手はお客さん。
やんわりとかわして注文を取り、手元のハンディターミナルに打ち込む。
女性に間違われるのはこれで何度目だろうと、桂が溜息混じりに厨房へと戻れば、そこでは翡翠が慣れた手つきでてきぱきと、注文された品を用意していた。
桂の顔を見ると、翡翠は微笑する。
「桂、疲れたでしょうから、休憩入って良いですよ。代わりに出ますから」
「はい、主殿、よろしくお願いします」
言葉に甘えて桂が休憩に入ると、翡翠は髪を1つに束ね、眼鏡を外して服装を整えた。
ホールに出ても、注文を取るのもスムーズ、ハンディに打ちこむのも素早く、慣れていない桂の動きとは大違いだ。
「さすがに慣れてますね。ああすればいいのですか……」
休憩に入るのも忘れ、桂は翡翠の動きに見とれた。
そして無事に1日が終わり。
「やはり今日は暇でしたね」
「これで暇だったんですか……はぁ」
思わず溜息がこぼれる桂を、翡翠は優しい表情でねぎらった。
「慣れてなくて疲れたでしょう。夕飯は好きなものを作りますよ」
「でしたら和食が良いです」
そう答えながらも、桂は気づく。翡翠はずっと動きづめだ。
疲れを見せないようにしているけれど、きっと無理をしているに違いない。
「主殿も休んで下さいね。倒れてしまいますよ」
「大丈夫ですよ。慣れていますから」
何でもないように微笑む翡翠をどうにか休ませないと……そんなことを考えながら、桂は傘を開くのだった。
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