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夏の夜空を彩るものは

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夏の夜空を彩るものは

リアクション

 
 
 賑わいの境内 
 
 
 普段は夜訪れる者はほとんどいないから、福神社の前は暗い。
 巫女装束に琴音の猫耳、しっぽをつけたルカルカとルカは、玉串の上に光を呼び出し、参拝客を案内する明かりとしていた。
「足下にお気をつけて、ごゆっくりとお進み下さい」
 双子のような巫女たちに導かれ、参拝客は次々と福神社にお参りをする。そのほとんどが花火を観に来たついで、のようだが、これが縁となって福神社との繋がりができると良い。
 お参り、出店、花火見物。それぞれの場所の区分けがされている為、人を多く迎え入れるようなつくりになっていない福神社でも、大きな混乱は起きていない。
 訪れた人々はそれぞれに、興味のある辺りに集まって、今か今かと花火の開始を待っていた。
 
 
「花火……か」
 パートナーを伴って福神社を歩きながら、日比谷 皐月(ひびや・さつき)はふと、去年は花火を観ずじまいだったことを思い出していた。地上で見ることのできた最後の花火を見逃してしまった……そう考えると勿体ないことをした気分にもなるけれど、パラミタでもこうして花火が観られるのだから、まあ良い。今日はゆっくりと花火を……と思った皐月だったけれど。
「祭りだ祭りだーァ! っしゃ、今日は思いっきり羽目をはずすぞーコラー!」
 一緒に来た如月 夜空(きさらぎ・よぞら)はやけにはしゃいでいる。人混みが嫌いな雨宮 七日(あめみや・なのか)も、この程度なら気にならないのだろう、店があるたび興味深そうに眺めている。
 どうやら、落ち着いてゆっくり花火見物、というわけにはいかなそうだ。
「夜空、もう少し落ち着けねーのか」
「落ち着け? ごめ、正直無理」
 皐月に言われた夜空は、当然のように首を振った。
「だって夏じゃん? 花火じゃん? 夜店出てるじゃん? これではしゃがない日本人はいないだろーが」
「オレは別にはしゃぎたくはならないが」
「そりゃ、修業が足りねえんじゃねえの? っつー訳で、今日はとことん付き合って貰うぜぇ、しょーねん!」
 もう止まらない夜空のテンションに、皐月は仕方ねーなと呟いた。
「それよりしょーねん。折角あたしら浴衣着てんだから何か言うことあるんじゃねぇか? 主に七日っちに! に!」
 ほらほら、と夜空は浴衣の袖を広げて見せた。
「似合いそうなのを選んで着付けたつもりだけどねぇ」
 神代 師走(かみしろ・しわす)が言うと、七日はちらりと皐月を見、そして慌てて目を逸らした。
「変でないといいのですが」
 着慣れないから勝手が分からない、という七日の浴衣姿を皐月は改めて眺めた。小柄な身体にあわせてか、小さめの柄が愛らしく配置された浴衣だ。
「変じゃない……と思う」
「そういう時には、似合ってると言うものだよ、皐月」
「浴衣のことなんてわかんねーからなぁ」
「だから、そういう時には、ね」
 師走はそう言って笑った。
「しょーねーん。この際だから射的荒らしやろうぜ」
 夜空の方は、もう狙いの出店を見つけて走ってゆく。皐月と師走も夜空に付き合って、射的の景品を狙った。
「皐月、あれは何ですか?」
 店先に花が飾られた夜店を見つけ七日が足を止める。
「ん? ああ、フラッペを売っているようだな」
「いらっしゃいませ。甘くて冷たいフラッペはいかがですか?」
 来客に気づいたリュースが店先に出てきて勧めた
「味はイチゴ、メロン、マンゴー、レモンがありますよ。氷漬けにした果物を型で抜いてソフトクリームと盛りつけた、目にも楽しいフラッペです」
「食べてみるか?」
「はい。ではイチゴを」
 注文を受けると、リュースはフラッペを可愛らしく作っていった。果物にソフトクリーム、そして最後の仕上げに、そのまま食べても構わないエディブルフラワーを1輪飾り付けて完成だ。
「食べ終わったカップは、店に戻して下さい。そうしたら1Gキャッシュバックしますから。神社の境内を汚さないためだそうですので、ご協力をお願いしますね。それと、カップの底に氷漬けの薔薇の花びらがあったら、代金は全額お返ししますから一緒に持って来て下さいね」
「運試しか。あるといいな」
「綺麗……」
 七日は洒落たフラッペのどこから手をつけようかと迷うようにしばらく眺めていたが、やがてスプーンを入れた。口に運ぶと幸せな甘味が広がる。
 たくさんの種類を食べられるよう皐月と分け合いながら、七日は次々に甘味類を制覇してゆく。
「あちらにも……」
 何かありそう、と行きかけた七日は下駄を引っかけて転倒した。慌てて立ち上がろうとするけれど、足首に痛みが走ってまた座りこむ。どうやらくじいてしまったようだ。
「ほら」
 そんな七日に背を向けて、皐月はおぶってやった。
「丁度良いし、静かなところで休憩しよう」
 けれど、夜店を回った疲れからか、七日はすぐに皐月の背で寝息を立て始めた。すやすや眠る七日の重みを背に感じながら、皐月は思う。自分は七日に何をしてやれただろうか、と。
「オレ、七日の笑顔を見た事ねーんだよな……」
 思い返せば、自分は間違いばかりを犯してきたような気がしてしまう。悔やんでも悔やみきれないことだってある。
 そんな皐月の言葉を、師走は穏やかに受け入れた。
「背負った物の大切さに気づけるなら、間違いだって正しいさ」
「そそ。後悔なんて、後からでもできるじゃん。だから、今は今を楽しみよ、皐月」
 夜空もそう言って、何でもないように笑う。
「皐月……来年もまた、花火を見に来ようじゃないか」
 全部見通してでもいるかのような目で、師走に言われ、皐月は肯いた。
 これからの1年にも、悔やむことはたくさんあるだろう。けれど。
 来年見る花火もきっと綺麗だし、皆が共にいることが堪らなく嬉しいのに変わりはないだろう。きっと。
 
 
 みんなで浴衣を着ての花火見物。エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)は出かける時から、皆で花火を観るのが愉しみでならなかったのだけれど。いざ境内にやってきてみれば、あっという間に、心引かれる出店の数々と空腹を訴えてくるお腹に負けてしまった。
「うゅ……エリー、お腹すいちゃった、の……出店に寄りたい、なの」
 じわりと目の端に涙浮かべてのおねだりに、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は仕方ないわねとエリシュカの頭を撫でた。
「エリーがそう言うなら、何か先に食べるもの、買って行きましょうか」
「うゅ……ありがとう、なの」
 さっそくエリシュカは夜店に走り、あれこれと食べ物を選び始めた。こんなときにしか売られないような食べ物も多く、目移りしては悩んでいる。
 そのエリシュカよりももっと様々なものを買い求めているのはグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)
「祭りの夜は晩餐にはうってつけだの。祭りは心も腹も満たしてこそとは思わぬか?」
 もっともらしく聞こえるけれど、イカ焼きをかじりながらの言葉だ。もう片方の手に焼き鳥やり揚げいもやらが、器用に指の間に挟まれているのを見て、ローザマリアは呆れた声を出した。
「あんたは少し自重しなさい!」
「ふむ。では晩餐の品々ではなく、別のものにしてみようか」
 何か面白そうなものはと夜店を見渡したグロリアーナは、金魚すくいに目をつけた。
 はじめての経験だけに最初は戸惑ったものの、グロリアーナはすぐにコツを掴んだ。そればかりでなく、意外なことに非凡な才能をみせた。
「流れにそって、切っ先を合わせ、打ち込みには迷いを込めず、渾身に――そこだッ!」
 ポイが水に入った、と思うや、おたまじゃくしを掬いあげている。
「くそっ、客寄せの大物ばかり狙いやがって」
「ふふ。悪いの、店主よ。だが折角の命ならば、大切にする故な」
 水槽に放されている亀や稚魚等、大物ばかりをせしめると、グロリアーナは悠々と店先を去った。
 一方典韋 オ来は、グロリアーナほどにはうまくいっていなかった。
「だーっ! こんなことなら生前、もっと弓の腕を磨いたり射的の腕をあげとくんだった!」
 射的に興味を示してやってみたのだが、全く景品をゲットすることが出来ない。
「なんで取れないんだよ。こんちきしょー! おい、もう1回だ!」
 地団駄踏んでは挑戦し、またあえなく玉砕する。
「全く、あんたは無駄弾ばかり撃っても当たるわけないでしょ。――ちょっと貸しなさいな」
 見かねたローザマリアが代わると、己の持つ技全開で次々と景品を打ち落とした。
「教導団の狙撃手を敵に回した時点で戦術的敗北よ。御主人、良かったわね。私がやったのが1回分で」
 すっかり呆然としている店主ににっこりと笑顔を向ける。ちょっと可哀想な気もしたのだけれど。
「全く、お前さんは凄ぇよな。全部一撃で落としちまったら、ン十回も挑戦したあたしの立場がねぇぜ」
 というオ来の言葉に、まあいいかと思い直した。たっぷりとオ来がつぎ込んでいるようだから、これくらいせしめても大丈夫だろう。
 戦利品を分けてやろうとして、ローザマリアはエリシュカの姿を探した。
 けれど、どこにも見当たらない。
「エリー? どこにいるの?」
 慌てて捜すローザマリアに、オ来も動き出す。
「はぐれたのか? 皆で手分けして捜そうぜ」
「よろしくね。いつはぐれてしまったのかしら……」
 つい射的に夢中になってしまったことを、ローザマリアは悔いた。
 けれどほどなく、食べ物の夜店を集中的に捜したローザマリアは子供のように泣いているエリシュカを見つけることが出来た。
「はわ……ローザ、怖かった、の……」
 べそをかきながら走り寄ってきたエリシュカを、ローザマリアは抱きしめる。
「ごめんね、エリー。もう何処にも行かないから」
「うゅ……うん、行かないで、なの」
 エリシュカもローザマリアにぎゅっとしがみついた。
 
 
「あ、おにーさん、そこの売り上げの小銭入れが落ちそうよ」
 店番が余所見をした隙に、ヴェルチェは持っていたお椀の方で金魚をがっぽりと掬った。
「そんなに掬ってたか?」
 不審そうな店番に、にっこり子供の笑顔を向けるとヴェルチェはさっさと戦利品をせしめてその場から立ち去る。
「はい、クーちゃんこれも持って」
 ヨーヨーや射的の景品、そして新たに加わった金魚。焼きそばやフラッペなどお腹に収まったものもかなりある。全店制覇しそうな勢いのヴェルチェに、クレオパトラは文句をつけた。
「一体どれだけやるつもりじゃ。土産も買いたいのに小遣いが足りなくなるぞ」
「え、軍資金? ダイジョウブ」
 言った途端ヴェルチェはよろけて、前から来た男性にぶつかった。
「ごめんごめん、大丈夫だったか?」
「うん、転ばなかったから」
 良かった、と頭を撫でる男性から離れると、ヴェルチェはこっそりと男物の財布を開いた。
「あら、あんまり入ってないわね」
「だから買いすぎだと……ぬ? それはそなたの財布か?」
「もちろん違うわよ。通りすがりのシンセツな人たちからちょっぴりお財布ごと借りれば、軍資金なんて心配不要よ♪」
「そうか。土産のためとならば仕方あるまい……」
 ついヴェルチェに言いくるめられそうになって、クレオパトラは慌てて首を振る。
「いやいや、そんなわけなかろう!」
「皆だって昔はよくやったでしょ? でもこれだと大きな水槽を買うには全然足りないわねぇ」
 もう一度、と周囲を物色するヴェルチェをクレオパトラは止めた。
「戯れも大概にするのじゃ……」
 ちらり、とクレオパトラが目をやった処では、武装した上に巫女装束、という目立つ姿の鬼崎 朔(きざき・さく)が、警戒にあたっていた。別方向を見ているのとこの人混みでこちらは見えていないだろうけれど、今日は巫女として手伝っている生徒もいる境内、どこで捕まらないとも限らない。
「しょうがないわね、ま、いいわ」
 実際は軍資金はたっぷりと持ってきている。ただこれも縁日らしいからと、やんちゃしてみただけだ。
 警備の目をはばかってそれ以上はやめることにして、ヴェルチェはさっきすったばかりの財布からお金を掴み出した。
「これでみんなにお土産のベビーカステラ買っていきましょ♪」
 
 ヴェルチェとぶつかった男性は、何も気づかぬまま歩き続けた。そこに、7、8歳ぐらいの女の子が駆け寄ってくる。
「ね、パパ、パパ、向こうにわたあめ売ってたの」
「そうか。よかったなリーナ、わたあめ売ってて。ママがお小遣い奮発してくれたから、好きなもの買っていいんだぞ」
「うんっ、あたしね、いっぱいママのお手伝いしたの。そのごほうびだってー」
 まさか懐が空になっているとは知らぬまま、男性は娘のリーナに手を引かれて、わたあめの屋台へと歩いて行くのだった。
 
 
 福神社の境内を歩きながら、朔は人の視線を感じていた。
 鎧の上から巫女装束を着ているのだからそれも仕方あるまい、と朔は己の格好を眺める。装束から見えているのは首から上の部分と篭手だけだが、下に鎧を着込んでいる分、やはりシルエットが不自然になるのは否めない。
(随分と動きにくいな……)
 鎧と巫女装束によって身体の動きはかなり制限されてしまう。けれど、巫女として働くからにはこの装束を着なければと、朔は律儀にそれを守っていた。
 似合うばすもない、と当人は思っているのだが、自然と制限される動きはしとやかになり、最初に見た時は驚かれても、奇妙ながらもこれもありなのかも知れないと他の客たちには思われているようだ。その辺りは、様々なものが流れ込んできている空京ならではの感覚ともいえるのだろう。
 接客は苦手だからと警備を引き受けた朔は、常に境内を巡回していた。
 そこに、朔同様境内を見回っているヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)が近寄ってきた。
「どうだ? 何か変わったことはあったか?」
「今のところは特には何も。場所取りでもめかかっている人がいましたが、私が話しかけたらすぐに和解していただけたようですし、酔って女性に絡んでいた方も、槍で軽く引き剥がしましたらすぐに謝罪し、境内から立ち去っていかれました」
「なるほどな」
 ヴァルは朔の格好を眺め、分かったように肯いた。揉め事を起こそうという気も無くなろうというものだ。
「帝王、そらそら腹ごしらえしないと、いざという時に動けないっス」
 ヴァルが朔と話していると、シグノー イグゼーベン(しぐのー・いぐぜーべん)がその腕を揺らした。夜店に花火にカップルにと、シグノーはここに来てからずっとそわそわし通しだ。
「少し待ってろ。情報交換中だ」
「だからその間にっスね、ちょっとお小遣いでもくれたら、そこのたこ焼きとわたあめと……」
「ああ分かった分かった。ほら」
 ヴァルが小銭を渡すと、シグノーはすぐに夜店に駆けて行った。真っ先にお面を眺めているのをやれやれと見た後、ヴァルは朔との話を続ける。
「こちらも、些細ないざこざはあったが幸いにも大事に至ったものはない。が、万が一何かあれば困るのは布紅や近隣の住人だ。もしこの神社で大事が起きれば、来年からここでの花火の開催もなくなるだろう」
 来年も再来年もここで皆が楽しい思い出を作れるようにする為に、お互い警備を頑張ろう、とヴァルは花火見物を楽しんでいる人々を朔に示すのだった。
 
 
 浴衣姿に団扇を持って、頭には夜店で買ったお面。そんな格好でカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)は境内を回っていた。といっても今日は花火見物に来たのではない。境内を警備するのに、あまり物々しくては雰囲気が壊れるかと考えて、客と同じような格好を選んでいるのだ。
「ね、ジュレ、あそこに誰か隠れてる。何だか怪しくないかな?」
 木々の間に隠れ、顔を半分出している人影を見つけ、カレンか表情を険しくする。
「どれどれ……」
 ジュレールはしばし観察した後、肩の力を抜く。
「ああ、あれは巫女を鑑賞しておるようだな。写真を撮っているでもなし、放っておいても害はないだろう。見たところ、どこかの生徒の様だしな」
「まあ、巫女服ってそのてのものが好きな人にはたまらないだろうからね〜」
 害のない趣味ならば口出しすることもないかと、カレンとジュレールはまた別の場所へと歩いて行った。
「しかし、この浴衣とやらは少々窮屈だな」
「でもジュレのは子供用だから、まだ動きやすい方だよ。ボクなんて帯が……」
「子供用だと? 歴としたレディの我にそのようなものを着せたのか?」
「だってサイズが丁度……あ、あそこで子供が泣いてる!」
 話を途中で打ち切って、カレンは人波を分けてそちらに急いだ。迷子か、と思ったのだけれど、近くでなだめているのはどうやら父親のようだ。
「どうかしたのかなっ?」
 カレンが女の子を覗きこむと、父親がばつの悪そうな顔で答えた。
「どうやら財布を無くしてしまったようで……」
「わたあめ買ってくれるってやくそくしたのに……パパのうそつき!」
「すまんリーナ……また今度夜店が出たら、連れてきてやるからな」
 父親は弱りきった顔で、しゃくりあげている娘に向かって手をあわせた。
「無くしたって、落としたの? それとも盗られちゃったとか?」
「分からないんだ。神社に来た時には確かにあったのに、気づいたら……」
「この人混みだからな。懐中のものには十分注意しておらんとな」
 ジュレールに言われ、父親は小さく身を縮めた。
「どんなお財布なのか教えてくれる? 落し物にしろ盗られたにしろ、見つけたら救護所に預けておくから後で寄ってみてね」
 カレンは男性から財布の情報を詳しく聞いてメモに取った。
 
 
「何かお困りのことがありますか?」
 普段の動作を出さぬようにと心がけながら、大岡 永谷(おおおか・とと)は巫女として境内の案内にあたっていた。そうしていると、パラミタに来る前、実家で巫女としての修業をしていた1人の少女としての自分に戻ってゆく気がする。
「手水舎ですか? ここからだと少々見辛いのですが、ここをこのまま進んでいただくと左手に見えて参ります」
 指先をそろえた手で、道を示す。その際、残された方の手で軽く長着の袖を押さえ、腕があらわになるのを防ぐ。
「足下が暗うございます。どうかお気をつけて」
 軽く頭を下げる仕草も、軍人の礼とはまるで違う。
 忘れないものだなと、永谷はいつの間にか身にしみこんでいる巫女の仕草にこっそりと苦笑した。
 境内を巡回しては、困っている人がいないかと目をこらす。見つければすぐ側に行って、どうしましたかと声をかけ。
「ご気分でも悪いのですか?」
 暗がりにしゃがみこんでいる人に気づいて尋ねれば、永谷と同じくらいの年頃だと思われる少女は、困りきった顔をあげた。
「イヤリングを落としてしまったんです。こっちの方に転がってきたと思うんですけど」
 そう言う少女の耳を見れば、確かに片方にしかイヤリングがついていない。
 プレゼントされた大切なものだから、と少女は手で地面に触れながら感覚で捜そうとしている。
「少々お待ち下さいね」
 永谷は手の上に光を呼んだ。周囲の人に迷惑のかからぬ程度のささやかな光だけれど、それは少女の周りの地面をほんのりと照らした。その中にきらりと銀の光がある。
「ありました!」
 少女はハートのイヤリングを拾い上げ、両手に包み持った。
「留め金を直すまで、バッグに入れておいた方が良いですよ」
 もう落としたりしないで済むように、と永谷が言うと、少女はハンカチに大切にイヤリングをくるんでしまいこんだ。 
 人の命を守る軍人とは違うけれど、人の笑顔を守る巫女もまた良いものかも知れない。実家にいたときとは違う目で巫女というものを考えながら、永谷は待ち合わせに急ぐ少女を微笑で見送った。
 
 
 花火見物の為のシート付近で、ざわっと声があがった。
 不穏なものをはらんだざわめきに、ルカルカとルカは案内から外れて駆けつけた。
「おらおら、どけよ」
 脱げそうに着崩した浴衣を着た3人が、シートに座っている人々をどけ、自分たちがそこに座ろうとしている。夜店で買ったばかりの食べ物が、下駄に蹴られてシートの外へと飛び出す。
 あまりの所業にルカルカは眉をしかめた。が、花火大会で騒ぎは起こしたくない。
「猫耳の巫女が来たぜぇ」
 げらげらとこちらを指差して笑う3人に近づくと、ルカルカは小声でヒプノシスをかけて眠らせた。
「あら? お休みになられたのですね」
 ルカルカがにっこりと笑うと、周りの人々は恐々ではあったが、その場に転がって眠り出した3人を眺める。
「すぐに片付けますので、しばしお待ち下さい」
 ルカは眠り込んだ者を抱え上げた。ルカルカはユニコーンに詫びながら不届き者たちをその背に乗せる。
「こんなのを乗せてごめんね。すぐそこまでだから……」
 不機嫌なユニコーンを宥めつつ、ルカルカとルカは失礼しましたとお辞儀をすると、しずしずとその場を立ち去って行った。
 人目につかぬところまで行ってから、お灸をすえて3人を神社自体から退場させる。
「どこにでもああいう輩は出るものなのね」
 ルカが呆れたように呟いた。
 ルカルカはくすくす笑いながら、近くの木の後ろに回りこむ。そこにはビール片手に木の幹に寄りかかった鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)の姿があった。
 ルカルカが福神社に行くというのでやって来たのだが、見れば巫女として仕事中。邪魔をしてはいけないと、たまにルカルカの頑張っている姿を目の端に確認するだけで、あとは1人で夜店を回ったり、こうして雰囲気を味わいながらのんびりとアルコールを口にしたりして過ごしていたのだった。
 ルカルカと一緒に花火見物がしたい。
 その気持ちはあるけれどそれよりも、彼女がしている仕事の妨げとなってはいけないという気持ちの方が強かった。
 一緒に出かける機会はまたあるだろうから、と。
 そんな真一郎の心を分かってか、ルカルカは
「せっかく来てくれたのに、一緒に花火を観られなくてゴメンネ」
 と謝った。
「そんなの構いませんよ」
 気にするなと笑う真一郎に、ルカルカは袂から線香花火を取り出して渡す。
「お仕事が終わったら、境内の裏で一緒に花火しようねっ」
 大きな花火は一緒に観られなくても、一緒にする小さな花火は去る夏を惜しむのには十分なはずだから。