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夏の夜空を彩るものは

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夏の夜空を彩るものは

リアクション

 
 
 光の花々 
 
 
 花火を観るスポットにはシートが敷かれ、もうたくさんの人が座っている。空を見上げてはまだかまだかと待つ、そんな期待に満ちた頃合い。
 皆のシートから少し離れた場所を見繕って、水神 樹(みなかみ・いつき)は持参したシートを取り出した。
「ここでどうかな?」
 一緒に来た弟の水神 誠(みなかみ・まこと)に聞いてみると、
「良いんじゃない?」
 あっさりと返事がかえってきた。
 小さい頃は一緒に花火を観に行ったこともあったけれど、その後誠は行方不明になってしまった。やっと再会できた双子の弟、誠。この子といると昔戻ったみたいだと、樹は夜店で買った焼きそばや揚げいもをシートの上に並べる誠を眺めた。随分大きくなったけれど、ちょっとした仕草に昔の面影が色濃く残っている。
 恋人を誘ったのだけれど、どうしても相手の都合がつかなかった。それはとても残念だけれど、こうして弟とまた花火を観る機会が出来たのだから、悪いことばかりではない。
「樹、それも貸して」
 樹の持っているジュースを取ると、誠はそれを軽食の隣に並べた。
 どよ、と上がる歓声に樹が振り向くと、夜空に最初の花火が上がる処。
 暗い空にぱっと開く花火はとても綺麗だ。
 急いでシートに座ると、2人で空を見上げる。次から次へと開く光の花たち。どん、と空気を伝わって、後から響いてくる音。
 そうして弟と花火を観ていると、小さい頃のことを思い出す。
「昔……家族みんなで花火を観に行って、私だけはぐれたことがあったよね……」
「そうだった?」
「夜店で売られていた小鳥の笛に気を取られているうちに、みんなから遅れてしまって……慌てて歩き回った所為で余計にはぐれてしまって……。どうしていいのか分からなくて、泣きながら歩いている私を見つけてくれたのは、誠だった……」
「ああ、そんなことがあったよね」
 樹がはぐれたことに気づいて、誠は必死に探し回った。見つけられたのは、樹の泣いている声が聞こえたからだ。あの頃の樹は泣き虫で、何かあるとすぐに泣いていたから。
 泣いている樹の手を引いて誠は皆の処に連れ帰った。あのときの樹の手はとても頼りなかったのだけれど……。
 しばらくぶりに逢った彼女は、昔より強くたくましくなっていた。成長は嬉しい。けれど……それが自分と共にいなかった時間を思わせて、内心複雑だ。
 そんな誠の物思いには気づかず、樹は続ける。
「こうしてまた一緒にいられるようになって、とても嬉しいよ。また逢えて本当によかった……」
 姉からの言葉に誠は嬉しくも照れて、花火を見上げた。
 視線は花火に、気持ちは樹に。
 もう二度と迷子なんかさせない。ずっと自分が守る。そんな誓いをあらたにしながら。
 
 
 暗闇に火薬の描く花。
 空気を震わし心を震わす音。
 人々が夜空に目を奪われているその隙を狙うように、天代火法 心象以南(あましろかほう・しんしょういなん)は闇の中にすべり出た。
 今日こそは……今日こそは同志を見つけられるだろうか。邪気を纏う暗黒の者を。
 自分のような者が現れるのは、名状しがたきもののせい。そう信じて疑わない心象以南は、黒いロングコートにストッキングを被った格好で、花火に向かって手を広げた。
「我輩は邪気の先導者ファンケル・ゼロ! 邪気に染まれ、イア、イア! ハスター!」
 高らかに呼びかけれど、手ごたえは感じられない。
 神社の境内なんていう場所が良くないのだろうか……そんな懸念も浮かびはしたけれど、それしきでひるんではいられない。心象以南は何度も何度も呼ばわった。
「ねぇねぇお母さん、あれなぁに?」
「しっ……夏になるとああいう人も出てくるのよ。ほら、前を向いてさっさと通り過ぎるのよ、分かった?」
 そんなことを囁き交わしながら通ってゆく親子連れも、心象以南の目には入らない。
「向こうを通りましょうか」
 浴衣を着て花火見物に来た火村 加夜(ひむら・かや)も、そっと心象以南を回避した。
 一緒に来た相手はぼんやりと、ああと呟いて加夜に促されるままに歩いている。ぼんやりとしている、というよりは心ここにあらず、といった所だろうか。彼の心を今占めているのはきっと花火ではなく別のこと……なのだろう。
「来年はみんなで一緒にこの花火が観たいですね」
「来年、か……はぁ……」
 大きなため息をつく相手を加夜は励ました。
「花火は流れ星に似ていると思いません? 綺麗に開いて一瞬で消えてしまう……だから、大きく花火が咲いたとき、願掛けをしましょう。そうしたらきっと、願いは叶います」
「だといいな」
「叶いますよ、だから元気出して下さいね」
 両手を握ってにっこりと笑いかけた後、加夜は空を振り仰いだ。
「次の花火が開いたら一緒に願い事をしましょう」
 大きく開いてきらきらと輝く金の花火に加夜は彼の気持ちが伝わりますようにと祈った。
 彼が笑顔でいてくれること。それが自分の願い、なのだから。
 
 
 実家から浴衣が送られてきたことだから、と神和 綺人(かんなぎ・あやと)はパートナーたちを誘って花火大会にやってきた。他の見物客の中にもちらほらと浴衣姿が見受けられて、花火気分を盛り上げてくれる。
「浴衣を着るのはいいんだが……」
 紺地に絣縞の浴衣を着たユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)は、それでいいのかと綺人に尋ねた。
「いいのかって?」
 何を聞かれているのかと不思議そうな顔をする綺人に、それだ、とユーリは綺人の着ている浴衣を指した。紺地にアジサイの模様がついた浴衣は、クリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)神和 瀬織(かんなぎ・せお)と色違いのお揃いだ。ということは当然……。
「僕の浴衣が女の子のだってこと? 気にしなくていいよ。毎年のことだからもう慣れちゃった……」
 綺人の姉が送ってくるものには、こういうことが多い。既に諦めの境地に達している綺人に、本人が気にしなくていいというならとユーリもそれ以上は言わなかった。けれどこうやって4人で歩いているところを見ると、きっと傍目には女の子3人に男1人のグループに見えるのだろうなと思う。
 クリスの浴衣は白に近い水色の生地、瀬織のはピンクの生地。浴衣がお揃いなのはともかくとしても、髪に飾った紫陽花の飾りまで綺人と3人お揃いだ。
「違和感はないですけれど……クリスは気になりませんか?」
 瀬織に言われ、クリスはにこにこと答える。
「お揃いの浴衣って嬉しいですよね♪ アヤ、可愛いですよ」
 欠片も気にしていないクリスの様子に、これでいいのだろうと瀬織も自分を納得させた。
 空京の花火を福神社から楽しもうという人々は案外多く、夜店が集中している辺りなど油断しているとはぐれてしまいそうだ。
「迷子になるといけないから、手を繋ごうか」
 綺人が手を差し出すと、瀬織はその手にクリスの手を重ねさせた。
「手を繋ぐなんてちょっと照れますね……」
「わたくしはユーリと繋ぎますので」
 4人で繋ぐと他の人の通行の邪魔だからと、瀬織は自分はユーリと手を繋いだ。手を繋がせた綺人とクリスを眺めて見ると、どう見ても女の子同士。
(これを『百合』というのでしょうか……)
 瀬織は少しだけ首を傾げた。
「ユーリ、瀬織が迷子にならないように気をつけてね」
「ああ、気をつける」
 綺人に言われてユーリが肯くのに、瀬織は抗議する。
「こんな姿でもわたくしはあなたたちより年上ですよ。相手が迷子にならぬように気をつけるべきはわたくしです」
「しかし普段でも瀬織を年上と感じたことはないのだが……」
「ユーリ、確かに家のことはしていただいていますし、高所にあるものはとっていただいたりしていますが、わたくしが皆の中では最年長なのです」
 いつも皆に妹扱いされてしまう瀬織はここぞとばかりに主張しておいた。けれどそんな主張も、頭上に咲く花火に綺人があげた声に半ば消されてしまう。
「見て、大きな花火だよ。とっても綺麗だねぇ」
 綺人の見ている花火を他の3人も見上げた。
「来年もみんなでこんなふうに花火を見られたら良いよね……」
 この世界の情勢は刻々と変わってゆく。それでも来年もこうして花火を見られる世界であって欲しい。そう願う綺人の隣で肯きつつも、クリスは今度は皆でなく2人きりで来られたら……なんて思ったりもする。
(……いつまで俺は彼らの側にいられるのだろうか……?)
 ユーリは声には出さず、心のうちに呟いた。来年の花火、再来年の花火、そして……いつまで?
 そんなユーリの内なる思いを知ってか知らずか、瀬織ははっきりと断言する。
「来年、ですか。わたくしは何があっても側にいますよ。綺人の一部なのですから」
 儚いのは花火か人の世か。
 開いては散る花火に、4人はそれぞれの想いを馳せるのだった。
 
 
 初めて着た浴衣は胸元がちょっと苦しい。
 何度も気になる様子でクレア・アルバート(くれあ・あるばーと)は胸元や帯に触れたが、やはりここは我慢しなければ、とそのたびに思い直して手を引っ込めた。
 神社側が引いてくれてあったシートに座り、隣で空を見上げている橘 恭司(たちばな・きょうじ)はゆったりとくつろいでいるようで、こういう場には慣れていそうだ。
「日本にいる時から、よく花火は見てたの?」
 クレアがそう聞いてみると、恭司は空を見たまま、ああと答えた。
「地球にいた頃は、よく友人に拉致されて見に行ったものだ」
「なんか恭司らしいね」
 クレアがちょっと笑うと、恭司はそうかと首を傾げた。
「何にせよ、こういう雰囲気は懐かしい……たまには花火見物も悪くない」
 けれど、そんなことを言っているそばから、何もないのは少し寂しいからと、恭司は酒を取り出した。
「またお酒? いくら強いからって、飲みすぎはよくないよ」
 身体は大切にして欲しいとクレアは心配する。
「飲みすぎるほどは飲まないさ。花火を肴に一献というのも風流なものだろう」
 そう言って杯を口運んでは花火を見、と目と喉でこの雰囲気を楽しんでいる恭司を眺めていると、飲んでいる酒がとてもおいしそうなものに見えてくる。
(見た目は水みたいなものなのにね)
 クレアは興味を引かれて、恭司の杯を取り上げた。鼻に近づけてみると、独特の匂いがする。
「何だか変わった匂いがするわ」
「今はまだそうかも知れないな」
 恭司は笑って、クレアの手から杯を取り上げてそれを飲み干した。喉を通っていく酒は甘露。けれど18歳のクレアとそれを楽しめるようになるには、まだ数年待たねばならない。
「いつか、一緒に飲める日が来るといいな」
「そうね。飲んでみたら恭司より強かったりして」
 くすくす笑ってクレアは視線を花火に戻した。
 いつかまたこんな風に心穏やかに。花火と酒が楽しめる日が来ますように、と。
 
 
 花火大会に来ている客に声をかけてみると、案外多くの人が記念写真を注文してくれた。
「これは現像するのが楽しみだな」
 フィルムを交換しながらフォンは呟いた。それに、ぐっと安くしてあるとはいえ、注文してくれる人が多ければそれなりの収入にはなる。
(こ、これは……このまま行ったらモ、モ、モモ缶何個分に……)
 ぱあっとフォンの脳裏にモモ缶が大行進したその時。
「だぁぁ縲怐v
 頭にしがみついていたセオドア・アバグネイル(せおどあ・あばぐねいる)がぐずりだした。
「何だ? 今忙しいんだ、後にしてくれ」
 せめてモモ缶の個数を計算する間、と思ったのだけれど、セオドアの不機嫌は止まらない。
 元々花火が見たいのにフォンはずっと写真にかかりきり。それだけでもつまらなかったのに、放っておかれるうちにお腹も空いてきた。その上に。
「ん? なんか頭が温かく……」
 オムツが濡れたとなれば、セオドアに我慢がきくはずもない。
「ワァーン! ウェェェェン、ビェェーッ」
 大泣きに泣き始めたセオドアを頭に、フォンはあたふたと周囲を見回した。
「ちょっと待ってろ。ええと、オムツの交換にミルク……どこか場所は、っと。そうだ!」
 思いついて走った場所は福神社。社の中でひっそりと座っていた布紅が、急に入って来たフォンと大泣き状態のセオドアに、に驚いた顔になる。
「どうかしたんですか?」
「布紅さん、場所貸してくれ!」
「は、はい、どうぞ」
 社の奥、何かの際には作業に使用している部屋に駆け込むと、フォンはセオドアのオムツを替え、ミルクを飲ませた。
 セオドアはミルクを飲む間こそ泣きやんでいたが、それが終わるとまた派手に泣き出した。欲求は満たされたのだけれど、すっきり機嫌を損ねてしまったのだ。
「だぁぁぁ、機嫌直してくれよ。写真に夢中になっていたのは謝るから」
 懸命にあやしても、セオドアは機嫌を直してはくれない。
「布紅さん、ちょっとあやしてもらえないか? どうも今は俺じゃ、機嫌直してくれないみたいだ」
「あやすって、どうやってですか?」
 したことはないけれど、と言いながらも、泣いているセオドアを見かねて布紅はフォンに聞きながら見様見真似であやしてみた。
「だぁ……」
 あやし方は上手くはなかったけれど、あやしてもらったこに満足してセオドアは目を閉じる。
「ご機嫌、直ったみたいですね」
 セオドアを覗きこんでいた布紅がほっとしたその瞬間、フォンはカメラのシャッターを切っていた。
「え?」
「すまん、いい構図だったのでつい無意識に撮ってしまった。出来ればでいいんだが、今の写真をコンテストに出していいかな?」
 フォンの頼みに、布紅はぶんぶんと首を横に振った。
「だ、ダメですそんなの恥ずかしいです縲怐v
 とんでもないとばかりに、布紅はぱたぱたと戻って行った。
 
 
「あ……」
 足りなくなった麦茶を運んでいる途中で、七那夏菜は足を止めた。巫女として忙しく立ち働いているうちに、いつの間にか花火が始まっていた。
 花火を見たらきっと悲しくなるだろうと思っていたけれど。
「すごくきれい……」
 間近で見る花火はとても音が大きくて、そして綺麗だった。
 パシャリ、と夏菜の巫女姿をずっとデジカメで記録してきた禰子がまたシャッターを切り、慌てて夏菜に寄ってきた。
「おい、キミ、泣いているのか!?」
 夏菜の頬を涙が伝っている。声もなく涙を流す夏菜に、禰子の心は後悔でいっぱいになった。
「……無理矢理つれてきて、悪かったよ」
 前に進ませようと思って、却って傷を深めてしまったのかと悔やむ禰子に、夏菜はううんと首を振って涙をぬぐう。
「んーん、ちがうよ。あまりにきれいで涙がでちゃっただけ。ねーちゃん、つれてきてくれてありがとうね」
 しばらくぶりに見る花火は涙ににじんで、一層きらきらと夏菜の心に映るのだった。