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今年最後の夏祭り。

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今年最後の夏祭り。
今年最後の夏祭り。 今年最後の夏祭り。 今年最後の夏祭り。 今年最後の夏祭り。

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第二章 それぞれに夜は訪れ。? 〜更けていく夜〜


 視線が、気になる。
 皆川 陽(みなかわ・よう)は、ちらりと横目で隣を歩くテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)を見た。陽が気にする、人の目はテディに向けられている。
 日本文化に疎いテディは、『ハデでキレイだから』と女物の浴衣を着ていた。別に、変ではない。むしろ似合っているし、可愛らしい。つっこむ気が起きないほどに堂々と着ていて、だからかとても魅力的で。
 にこにこ笑って、「陽! チョコバナナ食べようよ!」と屋台へ走っていくテディに、待って、と声をかけることが精いっぱい。
 いいんだろうか、自分が、彼のパートナーで。
 幾度となく繰り返してきた問いが、また脳裏を過る。
 女物の浴衣をあっさりと着てしまったり、ズレたところはある。
 けれど、様々な意味で強くて、なんでも器用にこなして。
 そんな人が、何も出来ない、薔薇の学舎にふさわしくない自分なんかのパートナーだなんて。
 ――きっとみんな、似合わないとか不釣り合いだって思ってるよね。
 沈んでいくだけの問い掛けを繰り返して、ため息。
「陽? お祭りの日にそんな暗い顔してるとイケナイんだよ?」
「……テディ」
「はい、チョコバナナ」
 手渡されたそれを陽が受け取ると、テディは微笑んで自分の分のそれを食べる。陽も倣った。
 いつか。
 いつかこうして、夏祭りの日にテディの隣を歩く人物は、自分じゃなくて可愛い彼女になるんだろう。そして、自分なんかとはもう、一緒に歩いてくれなくなるのだろう。
 夏祭りに一緒に行けるのは、これが最後なのかもしれないと思うと、寂しくて悲しくて。
 あれ、でもどうしてこんなに寂しいなんて思うのだろう。
 自分のものでもないでもない。ただのパートナー。
 それだけなのに。
「……打ち上げ花火が観たい」
 ぽつり、呟いた。
 気を紛らわせたくて。派手で綺麗な打ち上げ花火が見たくて。
 それが口からこぼれ出て、
「じゃあ行こう!」
 テディが笑って、手を引いた。
 ……手を引いた?
 右手と左手。繋がっている。指と指を絡めたラブ繋ぎで、そんな、おかしい。だって男同士なのに!
 どう見られるのか。怖かった。人の目が怖かった。
「ど、どこまで行くのっ!?」
「もっと良く見えるところまで!」
「なんで手を繋ぐのっ!」
「はぐれないように!」
 テディは嬉しそうに笑っている。
 陽の気持ちなんて知らないで、嬉しそうに楽しそうに、笑っている。
 一番混んでいる、人がいっぱいいる場所に、陽を連れて行こうと、綺麗な笑顔で。
 嫌だと言うより、怖かった。見られることが。不釣り合いなことが。
 だけど。
「ねぇ見て、素敵なカップル」
 誰かのその一言で、恐れが飛んだ。
 カップル? 男同士なのに。どう思ってテディを見た。女の子の恰好をした、可愛い陽のパートナー。
 ああ、そうか。
「テディは女の子に見えるんだね」
「ん。これなら陽と手を繋げるよね?」
 きゅ、と、テディの手に少し力が込められた。
 彼は、ああやって。陽のことまで考えてくれて、努力してくれて、それなのに自分はうじうじしているだけだなんて。
 情けないなぁ。
「……テディ」
「どした、ヨメ!」
「僕、もっとテディに相応しい人になるから。一緒に歩いていて、人の目が気にならなくなるくらい。素敵な人になるよ」
 その発言と同時に、花火が上がる。
 テディが、微笑んだ。
 この夏のことは、忘れないだろう。
 たぶん、きっと。


*...***...*


「花火大会があるらしい。……よかったら、行かないか?」
 そう、大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)に誘われて。コーディリア・ブラウン(こーでぃりあ・ぶらうん)は、嬉しそうに微笑んだ。
「けれど剛太郎様。お仕事は、よろしいのですか?」
「任務だとか戦闘だとか、今日はそういったことは忘れようと思う。
 純粋に、コーディリアとの祭りを楽しみたいんだ」
「……はい、私でよければ。喜んで」

 そうして夏祭り会場へ着いて。
「すごい人混みですね……」
 コーディリアは、思わず呟く。大規模な祭りだということは剛太郎から聞いていたが、これほどまでとは。
「そうだな……はぐれるなよ、コーディリア」
「……じゃ、あ」
 はぐれるな。そう言うのなら、いいかしら、と。
 ドキドキうるさい心臓と、震える指を制御して動かして、剛太郎の手に伸ばす。
「!」
「あ、あの。はぐれそうなので。手を繋がせて、くださいませんか」
「わかった」
「離さないで、くださいね」
「それも、わかっている」
 暖かい剛太郎の手が、握り返してくる力が、堪らなく愛おしい。
 充実感と、安心。幸せだなあと歩いていると、視界の端にテディベアが見えた。足を止める。
「どうした? ……ん、射的か」
 足を止めたコーディリアの視線を追って、剛太郎が言い。
 射的屋の屋台へと、足を向けた。
「剛太郎様?」
「あのクマでいいのか?」
「! 取ってくださるのですか?」
「任せておけ、銃の扱いは得意だ」
 お金を払って、銃を握る。
 剛太郎が得意とする小銃射撃だったが、射的の銃は実銃とは違うらしく四苦八苦していた。そんな剛太郎を微笑ましく思う。
 追加で金を払い、今度こそテディベアを落とした彼は、少しバツの悪そうな顔で、
「ほら。……カッコ悪いところを見せてしまった」
 テディベアを手渡した。
「そんな。私にとっては、どこの誰よりも剛太郎様が、……」
「なっ、」
「…………」
 後半の言葉は言えなかったけれど。
 いつか言えたらなあと、テディベアを抱きながら、思った。
「そ、ろそろ。花火が上がるな」
 剛太郎の声が、浮ついた。さっきの告白まがいの言葉に、心を揺さぶられたのか。それなら嬉しいと、コーディリアは思う。
「花火、観ていきますよね?」
「ああ。酒でも飲みながら、どうだ?」
「私もですか?」
「嫌なら、無理には飲ませない」
「乾杯くらいでもよろしいなら」
「いい。じゃあ、行こうか」
 酒を買って、お好み焼きを買って。
 花火が見える席に陣取って座り。
 夜空に咲く大輪の花を、見上げた。
 不意に、肩に温もり。
 剛太郎がコーディリアの肩を抱いているのを見て、心臓が跳ね上がる。
 手を繋いだ時よりも暖かさを感じる。近くて、ドキドキして、胸が苦しくて、でも幸せで。
「剛太郎様。貴方に会えて、よかった」
 ちいさくちいさく呟いた声は、きっと花火の音に消えるだろうから。
 だから、今日なら、今なら、言えるのだ。
「だいすきです」


*...***...*


 不覚だと、沢渡 真言(さわたり・まこと)は俯いた。
 せっかく夏祭りに来たのに。紺地に桔梗の浴衣で、背伸びして下駄を履いて嬉しそうにしていたのに。
 鼻緒が切れて思いきり足をくじいて。
「ほら、食べてろ」
 マーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)に気を遣われて。
 出てくるのはため息しかない。
「……不覚です」
「はぁ? 何がだよ」
「何でもないです」
 言って、渡されたたこ焼きを食べた。あつあつだったたこ焼きも、ここに来るまでの時間で冷めてしまった。ちょっと悲しい。
 鼻緒を直すためと、くじいた足に負担がかからないよう座っていられる場所を探して、神社の境内まで来た。おぶってやろうかというマーリンの提案を頑なに断って。
 無理に歩いたせいで足が痛む。そのうえ足を撫でていたことがマーリンにばれて、
「だから素直に言うこと聞いてりゃ」
 苦く言われた。
 そんなことしてもらうわけにはいかないでしょう、恥ずかしいし。というのは、言わない。言っても何が? と返されるのがオチだろうし。
「……すみませんね、珍しく貴方が誘ってくれたのにドジなことをしてしまって」
「拗ねんな、先に足見せてみろ」
 マーリンが、下駄を置いて真言の足を取った。小さく何事かを唱え、「ヒール」魔法を使うが。
「痛いです」
「ねんざにゃあ効かないか。まぁダメモトだから期待はしてなかったけど。痛いの痛いの飛んで行けー」
「からかってるんですかっ」
「本気だけど? おまえが痛い思いしてるのは嫌だしな」
 さらりと、こういうことを言うから。
 神社が暗くてよかった、と心の底から思う。顔が赤いことに気付かれないだろうし。
 遠くでは祭り囃子の音。人の声。華やかな表舞台。
 ちらりと、マーリンを見る。
 あっちに行かなくていいのだろうか。楽しい思い出を作ってもらいたいのに、自分のドジのせいでこんな薄暗い所で黙々と鼻緒を直させたりして。
 ああ、私は何をしているのだ。
「マーリン」
「あ?」
「私にかまわず祭りを楽しみに行っても構いませんよ?」
「なんで?」
「なんでって。せっかくのお祭りなんだから、楽しまないと」
 言うと、マーリンがため息をついた。
「おまえ、アホか」
「なんでですか」
「俺はな、…………なんでもない」
「?? なんですか、ねぇ」
「なんでもないって。リンゴ飴とか食べてろよ」
「まだたこ焼き食べてますから」
「あ、そ」
 会話が途切れた。
 虫の声と、遠くの喧騒。それ以外は互いの吐息くらいしか聞こえない。
 ああ本当に、静か。
「マーリン」
「何?」
「私にかまわず」
「またそれかよ」
 マーリンにデコをピンッと弾かれた。痛い。
「だって。ここからじゃ、花火が上がったところを見れるのかもわかりませんし」
 額を押さえながら、真言が言う。マーリンは、もう一度深く深くため息を吐いてから下駄を直す作業に戻った。
 嫌なのだ。自分のせいで、楽しめなくなってしまうのは。
「ほら、直った」
 沈んでいたら、声をかけられた。足を取って、マーリンが下駄を履かせてくる。
「いいんだよ俺は。人混み嫌いだから抜ける口実にもなっって正直ラッキーだし。
 花火は……そりゃここから見られればいいけど、今日見られなくても来年、今日のお詫びとして連れて来てもらうし」
「な、勝手に」
「あっちのざわめきに埋まってるより、今こうして二人で居る方が楽しいんだから、いいんだ」
 どぉん、と花火が上がった音がした。
 ここからは、見えない。
「…………来年」
「ん?」
「来年も、来ることになりそうですね」


*...***...*


 祭り会場から少し離れた場所で。 
 ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)は、ため息を吐いた。その様子に気付いたパラミタ虎のポンカが、慰めるように足元にすり寄ってくる。その毛を撫でながら、「ありがとう、ポンカ」ジーナは弱く微笑んだ。
 本当なら、今頃。
 大好きな先輩と一緒に、あの人混みの中を歩いていたのだろう。
 もしかしたら、手を繋いでいたかもしれない。
 だけど先輩は都合がつかなくて、来れなくなって。
 その連絡を、祭り会場に着いてから受けて。
 心を躍らせる夏祭りの雰囲気に馴染むことはできず、疎外感を感じながらも歩いていたら、会場の外れに出てしまった。
 あの場所に戻ることを考えると、歩みが遅くなり。幸い、座れる場所を見つけたからそこに腰を降ろし、こうして花火が上がるのを待っているのだった。
 ティーカップパンダのシンシアや、ゴーレムのビスマルク。毒蛇のリヨンもいるし、パラミタ猪のタロも居る。
 一人じゃないから。
 別に、寂しくはないけれど。
「……、うん」
 寂しくは、ないけれど。
 先輩と一緒がよかったなぁ、とは思ってしまう。
 そんな最中、ひゅるるる、と音。上がって行った音が、弾けて、火の花が咲いた。
「上がり始めましたね」
 シンシアを撫でながら、呟く。
 ジーナは花火を見たことがない。地球に居る間に見ることのなかった日本風の花火を、シャンバラで見ることになるとは思わなかった。不思議な感慨を覚える。
「この花火も素敵ですけど、いつか、皆で日本の夜空を彩る花火を見ましょうね」
 そのときは。
 そのときは、先輩も一緒に。
 上がっていく花火に、まるで流れ星に願いを込めるような思いで。
 ジーナは、強く思った。


*...***...*


「”エアー前原さん”と夏祭りに行きますので、大丈夫です。……え、あの、どうしてそんなに引いているのですか? あの。……はい、わかりました。止めますから、安心してください。それでは」
 アシュレイ・ビジョルド(あしゅれい・びじょるど)は、ケータイを切ってため息を吐いた。
 憧れの隊長が来れなくなって、せめてもの気休め……と思った自分の提案は、ドン引きされて却下。
 なので、一人でも楽しもうと新たに決意。
「きっと前原さんだって、いつまでも私がぐじぐじ落ち込んでお祭りを楽しめなかったら、悲しくなりますよね」
 うん。と新たに決意とガッツポーズを握った瞬間、
「あら、可愛い子。お一人ですの?」
 神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)に声をかけられた。
「え、っと……?」
「突然ごめんなさい。電話の内容が聞こえてしまって。
 私も、恋人の都合がつかなくなって一人で夏祭りを回ることになったのです。よろしければ一緒に回りませんか?」
 楽しむべきだ、楽しもう。そう決めたけれど、一人でいたらまたいつ落ち込んでしまうかもわからないから。
「一緒に回りましょう」
 エレンの手を取って、アシュレイは言ったのだった。

「だから私、別に特別なことを望んでいたわけじゃ、ないんです。
 ビジョルトさん、じゃなくって、アシュレイ、って。名前で呼んでもらえませんか? って。
 それだけ、言いたかったのに……なんで来れなくなっちゃったんですか、前原さん〜……」
 つい愚痴まがいなことを言ってしまっても、
「それはそれは……悲しいですね」
 エレンは慰めてくれた。
「エレンさんは? 寂しくないですか。悲しくないですか? 言いたいこととか、あったら聞きます。
 さっきから私ばっかりぐちぐちと……ごめんなさい」
「ううん、私はありませんわ。だって、アシュレイさんと知り合えたのはそのおかげでもありますし。ね?」
「エレンさん……」
 なんだかとってもじーんとキた。
 そうだ、さっき悲しんでちゃいけないと決めたばっかりなのに!
「よし、夜店を回りましょう! 楽しみましょう! あっかき氷屋台ですよ、行きましょう」
 エレンの手を引いて、かき氷屋台へ行って、
「何味がいいですか?」
「オーソドックスにいちごで」
「じゃあ私はメロンにしますね」
「はい、ひとつ二百万円ね」
 かき氷屋台で働いていた、スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)にそう言われた。
「……高くないですか、店主さん」
「冗談だよ。睨まないでくれ、可愛い子に睨まれると怖い」
「うふふ。私たち一人身なんです。オマケしてください、素敵店主さん」
「同士か……! 任せとけ、特盛りにしてやるよ」
 ガリガリガリ、と氷を削る音が心を躍らせる。
 かき氷機の音なんかも、聞かなくなったものだ、とぼんやり思った。
「ほい」
 そしてずいっと目の前に差し出される、かき氷。
「本当に特盛りですね……」
「同士には優しいんだ、俺は。ほら、受け取れ」
 笑って手を出すスレヴィに、お金を手渡して。
 かき氷を口に含んだ。冷たくて、ふわふわ柔らかく、すぐに溶ける。
「美味しいですね」
 エレンに微笑みかけると、エレンは別の方向を見ていた。視線の先には、瀬蓮とアイリスが居る。
 アイリスは、仮想の敵であることを思い出し、途端視線が鋭くなった。
 ――前原さんと夏祭りを楽しめないのなら、せめて将来前原さんに戦功を立てて頂くために敵の戦力を把握しないと。
 そんなことを瞬時に考え、じっと見据える。
 と、エレンはアイリスに寄って行って、
「あら、瀬蓮さんにアイリスさん。ごきげんよう」
 声をかけていた。
 仲が、いいのだろうか。
「こんにちは、エレン。祭りを楽しんでいるかい?」
 浴衣姿のアイリスが、微笑んで返す。瀬蓮も笑顔を見せて、「こんにちは、エレンさん!」と挨拶していて。
 ああ、仲良くなれたけれど、前原さんの仮想敵のお友達なんだなぁ、とちょっとだけ、胸が。
 だから静かに目を閉じた。

 そんな葛藤があるとは知らず、エレンは瀬蓮とアイリスに微笑みかける。
「ええ、楽しんでいますわ。見てください、可愛い子をナンパしてしまいました」
「それは何より。悲しませるようなことはするなよ?」
「うふふ、ご忠告痛み入りますわ、アイリスさん」
 艶やかに笑い。
 ひとついいかしら、と前置いた。
 アイリスは頷く。
「立場や出自、周りの人の態度や言葉、いろいろなものが時に目をくらませたり惑わせたりしますけど――人と人の繋がりって実はすごく単純ですわ。自分の心が相手をどう思っているか、どれほど思っているか、それだけのこと。
 でも心の中は例え信頼している者同士でも、親友や恋人同士でも見えやしませんからね。相手の心の中を勝手に思い描かずに適度に話し合うことですわ」
「こちらこそご忠告痛み入るね、エレン」
「うふふ。お説教臭かったでしょうか?」
「そんなことはないさ。ありがとう」
「ええ。では、存分にお二人の今を楽しみなさいな。ああ、宿題はちゃんとやらないとダメですわよ」
 最後に意地悪を言い残して。
 アシュレイの元へと、戻っていく。
「あら、どうしました? 目をつむって……」
「なんでもないです。あ、エレンさん、たこ焼き食べませんか? 知り合いが店を出しているみたいなんです」
「そうなんですか。ではお邪魔しに向かいましょうか」
 夜は、更けていく。
 それぞれの、夜が。