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今年最後の夏祭り。

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今年最後の夏祭り。
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第九章 それぞれに夜は訪れ。? 〜屋台での出来事〜


「……っけ、カップルめ……」
 スレヴィ・ユシライネンは思わず毒を吐く。
 かき氷屋台を開いてだいぶ経つが、来る客のほとんどが、
 イチャイチャ。
 ラブラブ。
 そんな言葉の似合う連中ばっかりで、ムカつく。
「この暑い時にさらに密着しなくてもいいじゃないか」
 花火と一緒に打ち上げられてしまえ。
 ぶつくさアレコレ言うけれど、心の中ではいいなァなんて羨んで。
 あーあ、誰か俺の全てを受け止めてくれるようないい女、居ないかな。まあ、居なくてもいいや。そんなことを思いつつ、残りの氷を見る。あと一つ分といったところだ。
 売り切れれば花火を見に行くのに。屋台からではあまり見えない。
 ああ、いいことを思いついた。
「なぁオイアンタ」
「?」
 隣で綿飴を売っていた橘 恭司(たちばな・きょうじ)に声をかける。
「かき氷、食わね?」
「かき氷……俺にか?」
 きょとん、とした顔で問い返すので、こくりと頷いた。
 ずっと隣で屋台を開いていて。
 カップル来店に、妬み嫉み羨ましさと虚しさ侘しさを抱きながら接客していた自分とは違い、カップルには大きめの綿飴を作って配っていた恭司に。
 なんとなく、好感を抱いたのだ。
「いくらだ?」
「お金はいいよ。差し入れだと思ってくれ」
 イチゴシロップをかけて、ずいっと突き出す。一瞬、躊躇するような間を開けてから恭司がかき氷を受け取った。
 よっしゃこれで花火を見に出掛けられる。
 屋台から出ていこうとした時に、ついっと出される綿飴。
「……へ?」
「俺からも差し入れだ」
「差し入れって」
「なんだか寂しそうだったしな。甘い物はいいぞ、気分が優しくなる」
 一日ずっと隣に居れば、少しのことくらいわかるってか。
 なるほど、いい女との出会いはなかったが、いいヤツとの出会いはあったらしい。
 サンキュ、と言って受け取って。
 歩きながら食べた綿飴は、とても美味しかった。


*...***...*


 冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)と手を繋いで、如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)は祭り会場に来ていた。
 遠くで、花火が上がる音が響いている。人々の、「綺麗」という声や、息を飲む気配が伝わる。
 きゅ、と握った手に力を込めると、千百合が握り返してくれて。
「日奈々、綿菓子あったよ。買いに行こう」
 楽しそうな声。
「う、んっ。綿菓子……食べたい、ですぅ」
「べたべたして髪の毛にくっついちゃうかもね」
「そしたら……千百合ちゃん、とって、くれますか?」
「うん」
 くしゃり、髪の毛を撫でられる感触がくすぐったい。笑うと、「へへ」と千百合の声。千百合も笑ったようだった。千百合が楽しんでくれれば、日奈々も嬉しい。
 千百合が買ってくれた綿菓子を食んで、空に上がっているであろう花火を見えない目で見た。
「……綺麗、ですか?」
「うん。今、オレンジ色の花が咲いたよ。あ、右上の花火が消えていくよ。左下に緑色の花が咲いたよ。大きいの」
 教えてくれる花火の色。大きさ。それから音で、想像する。イメージする。
「綺麗、ですぅ」
「ね。あ、日奈々。やきそばとたこ焼き、買いに行こう!」
「は、いっ」
 手を引かれて歩いた。
 歩きながら思う。
 私は花火を楽しめないけれど、千百合ちゃんには楽しんでほしいんですよ?
 手を繋いで、一緒に屋台を回ってくれるのは嬉しいけれど。
「あ」
「?」
「やっほー日奈々ちゃん。お好み焼きいかが?」
 千百合の声に立ち止まると、次いでルカルカ・ルー(るかるか・るー)の声がした。
 そういえば、お好み焼きの屋台をやると言っていた。そこにも寄ろうと思っていて、けれどまだ会えずにいたから丁度良い。
「ルカ、ちゃ」
「お祭り楽しんでる?」
「楽しんでる……ですぅ」
「そっか、よかった♪ お好み焼き買って行かない?」
 楽しそうな声にこくりと頷く。
 じゅうじゅうという鉄板の音が聞こえ、次第にいい匂いが漂ってきて。
「はい、出来上がり♪」
 声に、手を伸ばす。渡されたパックは二つあった。
「一枚はサービス♪」
 にこにこ、笑っているのだろう。楽しそうなルカルカを想像して、なんだかこっちまで楽しくなって微笑む。
「ルカちゃ、ありがと……」
 受け取って、ぺこりとお辞儀をして、屋台から少し離れて。
 お好み焼きを、食べる。ほくほくとあったかくて、美味しい。
「ねえねえ日奈々」
「?」
 食べ終わる頃に、左手を取られた。
「……なぁに、千百合ちゃん……?」
「これ」
 す、と取られた左手に、薬指に、冷たい感触。
 ……わっか?
「今はまだ、おもちゃだけど」
 ぴんときた。
「いつか本当のを贈りたいって願いも込めて。
 受け取って、もらえるかな?」
 左手の薬指。わっか状のもの。丁度良いサイズ。この言葉。
「ゆび、わ……? いつの間に……」
「お好み焼きを買ってる時に、ね」
 へへ、と照れくさそうに笑う声。
 ああ、そうだ、お返事しなきゃ。
「千百合ちゃ、……私、待ってる、ね。いつか、本当の、指輪。もらえる日。
 千百合ちゃんの隣で、……待ってる」


*...***...*


「上手くいったかしら?」
 ルカルカ・ルーはお好み焼き屋の屋台に立ち、呟いた。
 日奈々がお好み焼きを買う間に、ルカルカの屋台の近くで千百合が指輪を買っているのを見ていた。おもちゃだけれど、あれを日奈々の薬指に嵌めるのだろう。その姿を想像すると、笑みがこぼれる。
「かぁ〜わいいっ♪ 青春よねぇ、ダリル♪」
 隣でお好み焼きを焼いているダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に笑いかけると、
「……何やってんの?」
「キャベツくれ」
 包丁を持った渋面で、そう言った。渡していたキャベツがなくなるほど、作ったし売ったみたいだ。
 ダリルの作るお好み焼きは評判が良くて、美味しいという言葉を何回ももらって。ルカルカも食べたが、それはまあ美味だった。どうして美味しいのかと尋ねたら、「豚玉の生地か。骨出汁を加えてコクと旨味を出したからな。材料は生産者から直接買って、具だくさんを可能にした」陰での努力を聞かされた。さすが料理人、一切の手抜きがない。
 だからルカルカも、屋台を出した目的の一つである治安維持を努力したし。
 そのおかげでか、大きな騒ぎらしい騒ぎは一度も起こらなかった。みんなが楽しめるお祭りになれたかな? なれてたらいいわね、と心から思う。
「ルカ、キャベツ」
「あ、忘れてた。はい♪」
 渡したキャベツでお好み焼きを作ってもらったら、一緒にそれを食べながら花火でも観ようか。
 そう思っていたら、
「志方ないよね」
 隣の屋台から声が聞こえた。


*...***...*


「“皇女殿下”様はホント何様なんでしょうねぇ。昨年からの騒乱を傍観しておいて……」
 聞えよがしに――ただし、アイリスには聞こえないよう、瀬蓮にだけ聞こえるように声量を調節して、志方 綾乃(しかた・あやの)はそう呟く。
 志方ないよ。だって、龍騎士様は神様で、ドージェ級の力を持ってるんだもの。
 龍騎士が神でなくとも、その力の事が単なる思い込みであろうとしても。
 こんな言葉が聞こえたら、命が危ないから。
 でも言わずにはいられないから。
「志方ないよね」
 がりがり、氷を削る音が喧しい。
「え?」
 瀬蓮が立ち止まる。志方ないね。もう一度心の中で呟いた。アイリスは、瀬蓮が止まったことに気付かないまま先へ行ってしまい、人混みにまぎれて見えなくなる。遠くなる。
「龍騎士様、か。ドージェと喧嘩できるほどの実力がありながら、件の騒乱を傍観してた、龍『騎士』様」
 騎士の部分を強調した。騎士。騎士。人を守る、騎士。人を守る? 笑わせてくれるね。
 ――一度だって、守ってくれなかったくせに。
「ま、エリュシオンの親玉の娘だし。端っからシャンバラを引き裂くつもりでしたんだから、手助けなんてするはずないか」
「あ、の?」
「しかもその半分を支配出来る状況にいるときて。きっと心の中ではメシウマとか思ってるんでしょうねぇ」
「メシウマ? え、あの?」
 瀬蓮は戸惑った声をあげている。
 知らない。気付かない振り。アイリスに聞かれたらどうとか、そんなことも頭からは消えた。
 不満は、自分で思っていたよりも断然、溜まっていたらしい。
「やっぱり“エリュシオンの神様”って、シャンバラ側の人間がいくら死んだり傷ついても何も感じないんですねえ」
 一度出た言葉は、止まらない。濁流。ごうごうと、濁った水が綾乃の中で蠢いてうずめいて、ただ流れていく。人を傷つける言葉となって、飛び出していく。
 悲しい顔で、悲しい瞳で、けれど誹謗中傷から逃げずに、瀬蓮が綾乃を見ている。
「こっちは何度も血の涙を流して、戦って、傷ついて、死にかけて! そして今度は己の半身を引き裂かれるような思いをして……!!」
 わかってる、瀬蓮に言っても仕方がないことくらい。意味のないことくらい。わかってる!
 だけど、言い出したら止まらなくなったんだ。
 止まらなく、なったんだ。
「ついでにパートナーもパートナーだよね! シャンバラ人どころか、同じ地球人すら踏み台にして地位や権威が欲しい……」
 言ったところで、頬に衝撃。パァン、と小気味いい音を聞いたのは、一拍遅れてからだった。
「……あ、」
「言い過ぎよ」
 ルカルカ・ルーが、険しい顔で立っていた。
「事実無根の中傷だわ」
「……何ですか。本当のことかもしれないじゃないですか」
「もしも、もしも仮に、万が一そうだったとしても。
 言っちゃいけないわ。そんな酷い言葉を、人に向けてはいけない」
「…………何よ」
 言い返そうとしたけれど、萎んでしまった。気力が。気持ちが。一体何をしているんだと思ってしまった。
 意味ないのに。瀬蓮に言っても。
 仕方がないのに。
「……志方ないんですか?」
 ルカルカは首を振った。わからない、ということなのだろうか。
 わからない。
 アイリスが何もしなかったこと。何もしなかった理由。
「これは私見じゃが」
 不意に、隣で黙って止めずに愚痴を聞き、高性能 こたつ(こうせいのう・こたつ)が削った氷にシロップをかけてかき氷を売りさばいていた袁紹 本初が口を開いた。
「アイリス殿は、生前のわらわにこそ若干劣るが高貴な身分。
 彼女の地位からして……『何もしなかった』ことこそが、エリュシオンの政策に対する最大限の抵抗ではなかったのかのう?」
 だからといって、何もしないで見ていただけなんて。
 ひどいと思ってしまっても、仕方がないじゃないか。
 そんな綾乃を見て、本初がため息を吐く。
「所詮綾乃も下賎生まれ。“上”の人間が、その立場故にどれだけの苦労を背負っておるのか。理解が足らんようじゃて」
「……知りたくもないです」
「知らねばならぬ」
 その言葉に、いろいろな裏がある気がして。
 ただ、綾乃は黙った。
 先を行ってしまったアイリスが、「セレン?」と声を上げながら戻ってきたのを見て、また何か言ってしまいそうになって。
 静かに屋台を畳んだ。
「……帰ります。……止めてくれて、ありがとう」
 ルカルカにそう言うと、彼女はにこりと微笑んで手を振って。
 なぜだろう、無性に悲しくなった。


*...***...*


「セレン? 暗い顔で、どうしたんだい?」
 暗い顔をした瀬蓮に、アイリスは尋ねる。「なんでもないよ」と笑う顔が、妙に辛そうに見えるのはどうしてか。
「最後の夏祭りだと思って、ナーバスになっちゃったのよね☆」
 それをルカルカがそう言うから、ああそういうものなのか、と内心複雑になった。
 僕の事情で。僕のせいで。
 そう思ったこともある。
 そう思っても、何も出来なくて。
 ただ、悲しくて。
「セレン……」
「アイリスさん、瀬蓮さん」
 呼ばれてルカルカを見ると、彼女は綺麗に笑っていた。彼女の隣では、重い雰囲気も意に介さずでルカルカのパートナーのダリルがお好み焼きを焼いていて。
「統一できる日を信じてます。お互い出来る事をやっていきましょう」
 強い瞳。強い意志。
 ああ、彼女はとても強いんだな、と感じた。
「だから、これは最後の夏祭りじゃないの」
 ダリルが鉄板から顔を上げて、
「出来たぞ」
「うん、さすがダリル、今日一番美味しそうなお好み焼きね☆」
 ルカルカにお好み焼きを渡したと思ったら、
「これ、ルカのおごり。食べて?」
 今度はアイリスと瀬蓮に渡された。
「ダリルのお好み焼きは、シャンバラ1美味しいんだから。食べなきゃ損損♪」
 歌うように言われて、受け取って。
 食べたお好み焼きは、本当に美味しくて。
 少し元気をもらった気がした。