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第四章 ゴキブリ軍団大行進その2


「こんな数、どこに隠れていやがったんだ」
 三船 敬一(みふね・けいいち)はアーミーショットガンに弾を込めなおしながら声を荒げた。
 正面の壁と床が、完全にゴキブリによって埋め尽くされている。天井についていないのは、その重さからだろうか。
「知らないですよ。それより、早く迎撃してください」
 白河 淋(しらかわ・りん)が気持ち大きめな声で答える。サイコキネシスでゴキブリの動きを封じ込めているが、数が多すぎて早く減らしてもらわないと手が回らないのだ。
「わかってる」
 彼らと共に、永谷やクレアもこの進撃を食い止めるために奮戦している。
 さらにその背後には、董琳教官が泡を吹いて倒れていた。
「一匹じゃたいしたことなくても、こう数がくると厄介だな」
「そうね。でも、こいつら変じゃない?」
 詰め寄ってくるゴキブリを切り伏せながら、魏 恵琳(うぇい・へりむ)はそう疑問を口にした。
「私ずっと【禁猟区】で警戒してたけど、こいつら真っ直ぐにここに向かってきたのよ」
 電気が供給されてからも、恵琳は常に油断せずに【禁猟区】での周囲の警戒を怠らずにいたのだ。
「このゴキブリ達は、目的を持ってここに向かってきたのですか?」
「さぁ、それはわからないのだけど。でも、これだけの数が今まで駆除されずに残っていたのって、やっぱり変じゃない?」
「隠れてたんだろ」
「だと思う。けど、なんで隠れてたの?」
「そりゃ、俺達が入ってきたからだろ」
「私の記憶が確かなら、互いに共食いするぐらい食料が枯渇している状況で、調査員が襲われたって話だったはずよ。だとしたら、私達が入ってきたらすぐに襲ってくるんじゃない? だって、みんなハラペコなんでしょ」
「つまり、このゴキブリはただの大きいだけのゴキブリではないと、そういいたいのですね?」
「そういうことよ」
「なるほどな。けど、こいつらの頭がよかろうと、もしくはただの偶然だろうと、今やるべき事は、あそこで泡吹いて倒れちゃってる教官殿を守ることだ。だろ?」
「そうね、考察ならあとでもできるものね」
「ただでさえトラウマ確定の状況ですしね。あんまり長い間、悪い夢を見せるのも忍びないので、少し頑張りますか」
 三人は気合を入れなおす。
 この防衛ラインは、そうそう簡単には突破されることはないだろう。


 ジュゲムは走り回っていた。最初で最後の陽動作戦の指揮を取るためである。
 卵を抱えたメス達を逃がす役目のジーナが今頃どうしているかは気がかりではあったが、それよりも今はとにかく時間と皆の意識をこちらに向けるのが一番重要だ。
 外でなら走れば逃げ切れることもあるだろうが、中で人と遭遇した場合逃げ場が無いのが最大の問題であり、それを解消するための作戦がこの全戦力を持っての進軍だった。
「ジュゲムー」
 声が聞こえて、ジュゲムは立ち止まった。
 ブルタは【光学迷彩】で姿が見えないが、声はすぐ近くで聞こえた。
「ジーナの方はうまくいったよ。何匹かやられちゃったみたいだけど、半分以上は突破したよ」
「そうか、これで報われるな」
「そっちはどう?」
「予定通りだ」
「そう。残念だけど、仕方ないね」
「彼らも、まぁ、本望だろう」
「そうなのかな。それでさ、ふと気づいた事があるんだけど、言っていいかな?」
「いいぞ。なんだ?」
「ジュゲムは、どうやってここから出ようか?」
「え?」
 最初の予定では、壁のひび割れなどを見つけて、ゴキブリ軍団で突撃して破壊。堂々と脱出するという作戦を考えていた。ジーナに出会ったのは、壊せそうな壁がないかと調べている時だった。
 それから、中での駆除に対抗するために大慌てで行動をしてしまい。脱出の方法を後回しにしてしまった。
 本人は全力で否定するが、ジュゲムの姿はゴキブリにしか見えない。ジーナ隊が脱出した事で、警戒を強化している状況での脱出劇。考えてみると、ぞっとしないでもない。
「オレは、生きてここから出られるのだろうか」



 ゴキブリの軍団は、董琳のところだけではなく、総指揮を担当していたクレーメックのところや、他で活動していたパーティにも襲い掛かっていた。
 どこも最初こそ襲撃によるゴキブリ達の優位に傾くものの、すぐに地力の差で優位を覆し、教導団の生徒達が勝利していた。
 まだダニやカビなどは若干残っているようだが、生きているゴキブリの姿は無くなり危険物倉庫の駆除はほぼ完了したようなものだ。
 静かになった倉庫の中をルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)は探索していた。彼の目的は、原因を究明することである。
「もし、原因がわかれば他にも色んな生き物を巨大化させることができるかもしれませんからね。そうしたら、騎兵のオレはいろんな生き物に乗って戦うことができますからね。兎とか」
 と、色んな生き物で戦う戦術なんかを彼は考えていた。
「鷹に乗る、というのもかっこいいですかね」
 と、角を曲がったところで彼は足を止めた。
「丁度いいところに! 手伝って欲しいであります」
 ルースに声をかけたのは、土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)だ。
「たぶん毒にやられたみたいんだよね。一応ヒールはしてるんだけど、早く外に出してあげないと」
 すぐ横には、エルザルド・マーマン(えるざるど・まーまん)も居る。
 エルザルドの傍らには、金魚鉢があり、中で金魚が泳いでいた。原因の魔法具を調べるために、試しに近づけてみる生き物として持ち込んだものだ。金魚なら巨大化しても危険が無い、という判断なのだが、金魚鉢を持ち歩くというのは少し不思議な光景ではある。
 二人の周囲には、四人の防護服を来た誰かが倒れていた。
「毒? ってことは、カビにやられたのですか?」
 ルースは即座に二人に駆け寄った。
「わからないであります。しかし、四人もいてカビなどにやられるでありましょうか?」
「それに、防護服にカビがついてないんだよ。おかしくない?」
「そういえば、ゴキブリの群れが外に逃げ出した時に人影を見たという報告がありましたが……、その人物が彼らを動けなくするために毒を?」
 一度だけ、外でゴキブリの逃走を許してしまっていた。散発的に出ていたそれまでと違い、一個の意思があるかのようにまとまって飛び出してきたゴキブリに対応しきれず逃走を許してしまったというものである。
 そこで駆除をしていたリリィによると、
「蝶々みたいな人影が一瞬見えたような気がしないでもないですわ。でも男か女か、それどころか本当に人間だったかさえもよくわかりませんの。もしかしたら、気のせいかもしれませんわね。でも、見たような気もしないでもないので不思議ですわ」
 と、あんまり頼りにならない証言をしていた。
「本当にそんな人が居るとして、なんで彼らが襲われてしまったのでありましょうか?」
「決定的な場面を見られちゃったとか?」
「しかし、それではゴキブリを連れて外に出た理由がわかりませんね。ともかく、まずは彼らを運び出しましょう」
「そうでありますな」
「おっけー」



 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は不満そうな顔で、校舎から危険物倉庫に戻ってきた。
「実験室は使えなかったのか」
 彼女の表情を見ただけで、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)はすぐに察した。
「巨大な昆虫ならインスミールの森には普通にいるから、わざわざ研究するまでもありません。だって!」
「しかし、今回のは危険物倉庫に居たものが巨大化した。しかも、昆虫だけでなくカビすら巨大化したというのに」
「ルカルカもちゃんとそう説明したよ!」
 彼女達は、この事件の原因を究明する為に動いている。協力者も少なくなく、ルースや雲雀とエルザルドも同じ目的で動いている仲間だ。
 何せ、生物の巨大化である。これはもしかしたら、食べ物などに応用が利くかもしれない。そうすれば、今後の食糧問題が解決したりする可能性だってある。仮に食用に向かないとしても、例えばエタノールを抽出する目的で栽培に使えるかもしれない。
 有効な利用法は、考えれば考えるほど出てくるだろう。
 そのためには、しっかりとした調査が必要だ。既に彼女達は内部の探索をある程度進め、とりあえず装置であったり単純な魔道具の効果によってこの現象が起きたのではないと判断した。
 それと同時に、薬品と思えるもののほとんどが、瓶が割れるなどして散乱しているのを確認した。まだ断定はできないが、これらの薬品のどれかが、もしくはいくつかの効果が複合することによってこの現象が起きた可能性というのはかなり高い。
「だとしたら、ありえる可能性としては教導団はこの事件を無かったことにしたいのでは?」
「無かったことにするの?」
「教導団としては、自分達の倉庫の管理が甘かったせいで事件になってしまった。なんて不名誉な記録を残したくない。だから、今回の事件を無かったことにする、もしくは誰かが持ち込んだという事にして、教導団のミスではなかったという事にしておきたい、と」
 薬品が原因であるのなら、薬品を調べるためにある程度の設備は必要になる。そして、研究室の使用を許可すれば、その記録が残る。
 教導団が、本当に事件を無かった事にしたいのならば、その記録がのちのち矛盾となる可能性があり、それを危惧してゴキブリやダニを研究するために施設は使わせないというのは考えられない話ではない。
 ちなみに、当初の予定では倉庫内部に研究室を作る予定だったのだが、今回の駆除作業後に、内部の徹底清掃を行う関係で既にNGを食らっている。流石に、燻煙式の殺虫剤を使っておしまい、ということは今回はできないようだ。
「でも、それじゃあ何も教訓にならないし、何の意味もないよ」
「その通りだ。だが、時として人は実利よりも名誉を重んじる事もある。バカバカしい話だとは思うがな」
「名誉も大事だとは思うけどな。できれば、どっちもあるといいな」
 そう会話に参加したのは、橘 カオル(たちばな・かおる)だ。
 随分昔に絶滅したように思える、黒いゴミ袋を背負っている。中身はサンプル、つまりゴキブリとダニの死骸が詰め込まれているのだ。
「あ、カオル! そっちはどうだった?」
 カオルも彼女らと共に原因探求をしている仲間だ。
「とりあえず、薬品っぽいのは回収してきたぞ。一応うじむしを漬けてみたけど、どっかのキノコみたいにグングン大きくなる奴はいなかったな」
「そっか。それでわかれば楽ちんだったんだけどね」
「だよなー。あの倉庫、分類も何もかもめちゃくちゃだし、しかも巨大なゴキブリやダニが動き回って棚も壊されるわ、カビで薬品や機材が汚染されてるわ、調べるにしてもどこから手をつけていいのやら、って感じだ」
「全くだ。棚が壊されるのは仕方ないとしても、薬品だからと効果で分類せずに一まとめにされると何が何だかわからなくなる」
「動いてる機械は無かったけど、動いてたけど壊れた可能性もあるもんね。そういえば、一緒に居たカルキノスとマリーアは?」
「あぁ……あいつらなら……」
 と、カオルは後ろを振り返った。
 視線の先では、栞のゴキブリ焼却処分場が盛大に運営している。炎の魔法が使えて、まだ体力があまっている人も参加しているので、そこらのキャンプファイアーとは比べ物にならないほどの火柱が立ち上っていた。
 その横に、ちょこんとカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)マリーア・プフィルズィヒ(まりーあ・ぷふぃるずぃひ)の二人が腰を下ろしている。
「なにしてるのかな、あれ?」
 炎の魔法を使って、手伝いをしているわけではないようだ。
「……食事」
「もしかして、ゴキブリを食べちゃってるのかな?」
「カルキノスの胃袋なら、心配ないはずだ」
 昆虫を食べる文化はあります。ゴキブリもまた、食用となる文化圏も存在します。中国では漢方薬の材料となり、日本でも薬の材料として利用されていました。
 そんなわけで、盛大なキャンプファイアーを利用し、ゴキブリをこんがり上手に焼いた二人は、おいしく頂いていた。
「おお、これはいけるではないか。生でも悪くないが、火を通すとまた違った味わいがでてくるな。特に、足の部分なんてパリパリしてて病みつきになりそうだ」
「ねー。鬱陶しい毛が無くなるから食べやすいし。みんなも食べればいいのにね。ただ燃やしちゃうなんて勿体無いよー」
「全くだ。古来より、貴重な蛋白源として食されたきた文化があるというのに、嘆かわしいことだ」
「見た目で損しちゃってるんだよねー。あー、おいしい」