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KICK THE CAN2! ~In Summer~

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KICK THE CAN2! ~In Summer~
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序章 天御柱学院にて


 海上都市、海京。
 中心には天沼矛があり、それが都市のシンボルとしての機能を果たしている。6000メートルもの高さを誇り、天空の大陸に繋がる巨大エレベーターは、さながら神話に出てくるバベルの塔のようだ。
 この人工都市を囲う太平洋上を、実機訓練中のサロゲート・エイコーン――通称、イコンが飛び交っている。
 世間はろくりんピックムードあり、海京からも天沼矛を通じてパラミタへ向かう者も多い。そのような雰囲気だからこそ、不測の事態に備えて、普段以上に訓練にも力が入っている事だろう。
「シミュレーターの授業が減ったと思ったら、実機訓練の割合が増えるなんてな」
 天御柱学院。
 訓練の時間を終え、帰投した辻永 翔(つじなが・しょう)は嘆息した。ろくりんピックのコントラクター部門にエントリーしている生徒も多いため、この夏は特別なカリキュラムが組まれている。
 学生にとって今の時期は夏休みだが、天御柱学院の生徒にとってはこういう長期休暇こそ、座学ではない実技を行うための恰好の時間となるのだ。
「なんでも、イコンを動かしてるだけでも十分に威嚇になるだろうとのことだ。それにもしテロリストが現れた時に、即座に行動に移れるようにするという狙いもあるそうだ」
 アリサ・ダリン(ありさ・だりん)が翔に応じる。
「かえってこっちの戦力を敵に分析されなきゃいいけどな」
「仮にもここは私達のホームだ。その辺の対策はしてるだろう」
「敵も迂闊に攻め込むような真似はしない……か」
 彼らの練度は、初の実戦となった校長赴任から一月が過ぎた今でも、まだ敵には及ばないだろう。
 とはいえ、校長のコリマ・ユカギール(こりま・ゆかぎーる)や「大佐」なる人物を筆頭とする研究チーム、さらには学院上層部直属の強化人間管理課など一筋縄ではいかない者達が敵襲に備え隠し玉を持っている可能性は高い。その噂は生徒の中でも流れ、半ば都市伝説化しているものさえもあるくらいだ。
 新型機が既に完成しているだとか、強化人間どころか非常に強力な人造人間の製造にも成功したとか、校長が本気を出せば一人でイコンの十や二十は余裕で相手に出来るとかそういう類のものである。あくまで噂の域は出ないが。

「アリサちゃん」
 訓練からの帰り際、時禰 凜(ときね・りん)がアリサに声を掛けてきた。
「なんだ、凛?」
「一緒に缶蹴りしにいってみない?」
 凛の手には一枚のチラシが握られている。そこに『缶蹴り大会やるよー』という文面と共に、その詳細が書かれていた。さりげなく「裏ろくりんピック」と小さく書かれているのは、主催者の個人的な企みだろう。
「缶蹴り?」
 アリサには缶蹴りというものがピンとこないようだ。元々、昭和初期に日本で自然発生した遊びであるため、パラミタのヴァルキリーである彼女が知らないのは無理もない。
「えーっと」
 ルールを確認する凛。二十一世紀になって久しい今日この頃、ゼロ年代の生まれで缶蹴りを実際にやったことのない者は少なくはない。
「見つかったり、鬼にタッチされないように缶を蹴ればいいみたい。他にもルールはいくつかあって……」
 チラシを見ながら説明する。
「なかなか面白そうだ。それで、開催はいつだ?」
「これによると、明日だね」
 日時を確認すると、翌日の朝からという事になっていた。
「よし、ちょうど明日は訓練も休みだ。いいぞ」
 幸い、二人とも翌日は休みだった。
 それに、漠然としたイメージでは文面通り「軽い運動」で済みそうだと感じたので、その後の訓練にもほとんど影響はしないだろう。
 もっとも、その認識が甘いと知るのはもっと後になってからではあるが……

 彼女達以外にも、天学生でこの缶蹴りに興味を持った者は少なからずいる。
「缶蹴りですぅ〜、彩華も蹴りたいですぅ〜」
 同じように訓練帰りに天貴 彩羽(あまむち・あやは)天貴 彩華(あまむち・あやか)姉妹もその存在を知った。
 海京でやるということなので、学校内掲示板にもチラシが張り出され、告知されているくらいだ。
「缶蹴り、ね。たまには訓練以外で身体を動かすのもいいわね」
 先に興味を示したのは姉の彩華の方であったが、妹の彩羽の方も乗り気なようだ。
 海京は都市の性質上、マリンスポーツや屋内の体育施設を使う以外に運動する術がない。と、思われていたのだが、缶さえあればどうにでもなる缶蹴りなら、この海上都市でもあまり関係はない。
「明日が休みでよかったわ」
 この日実機訓練だった者の多くが、翌日は休みであるようだ。
 缶蹴りの知らせを見て興奮を覚えているものが他にもいる。
「ふっふっふ、面白そうじゃないか。日頃の成果を見せる時が来たようだ……」
 月谷 要(つきたに・かなめ)があんぱんとメロンパンを交互にかじりながら喜々として缶蹴りの知らせを眺めていた。
「興奮してるわねー、要。でも確かに面白そう」
 パートナーの霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)がそんな要を見遣る。
「ああ、明日が楽しみだ……ぐふっ」
 どうやらパンが咽喉に詰まったらしい。
「食べるか喋るか興奮するかどれかにしないからよ。あと、その二つの組み合わせはどうかと思うわ。甘さ的に」
 こうして、次々と天学からも缶蹴りの参加者が集まり始める。

 なお、「缶蹴りが行われている午前九時から午後二時まで、出来る限り外出しないように」という学院側が足したと思われる注意書きがあったが、果たしてどれほどの人間がその文の持つ意味に気付いたのだろうか。

             * * *

 翌日。
「エカチェリーナ、起きて下さい!」
 オリガ・カラーシュニコフ(おりが・からーしゅにこふ)はパートナーのエカチェリーナ・アレクセーエヴナ(えかちぇりーな・あれくせーえうな)を自室のベッドから引きずりだそうとしている。
「……う、何、オリガ。こんな時間に?」
 寝ぼけ眼でオリガを見上げるエカチェリーナ。朝までずっと飲んでいたせいか、吐く息はアルコール混じりであり、まだ酒が抜け切っていないようだ。
「行きますわよ」
「行くってどこに? それに今日は実機訓練休みのはずじゃ……」
 エカチェリーナの言う通りである。ただ、イコンの性能を十分に発揮するためには二人で搭乗する必要がある。
 そこで、オリガは彼女になぜイコンに乗るのかを説明した。
「わたくしがこの文面から一晩考えに考え抜いた結果、これは「軽い運動」に見せかけた、秘密作戦だと分かりましたわ。そうでなければ、この時期にあえて海京で開催する理由がありませんもの」
「それが、このカンケーリィなのね。よくは分からないけど、とりあえず缶を外敵から守ればいいってことかしら?」
 ロシア人である二人にとって、缶蹴りというのは異国のスポーツ(?)であり、馴染みはない。そのため、ろくりんピックという世界的なスポーツの祭典が行われている中で、あえてこれを大々的にやるというのは、何か大きな意味があるように感じてしまっていたのだ。
 実際は、エミカの退屈しのぎ以外の理由はないに等しいのだが。なお、シャンバラ人である彼女が缶蹴りを知っているのは、親代わりである司城 征が日本人であることに加え、パラミタに渡る前はよくリヴァルトや海京移転前当時の天御柱学院の同級生達とやっていたからである。
 オリガは勘違いしたまま、実機訓練生に紛れて学院の中のイコンデッキへと、パートナーと共に向かって行った。