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リアクション
第一章
・準備編 ――まだヒャッハーしないように
「おや、どうしたんだい?」
空京大学内、PASD情報管理部。
部長代行アレン・マックスは、連絡を受けた。相手は本来の情報管理部長であるロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)だ。
『伝言をお願いします。もし有機型機晶姫の方で、今日の缶蹴りを知らない方がいらっしゃいましたら「一緒に遊びましょう」とお伝え下さい』
「あ、それなら大丈夫だよ。一応、蒼学の二人も百合の子も今日は遊ぶみたいなこと言ってたからね。空京組も、そろそろ出発するんじゃないかな。一応天沼矛の管理課の方には彼女達の分も含めてエレベーターの利用申請はしてあるから」
この日は空京海京間での人の移動も多くなるだろうことから、あらかじめ内部のエレベーターを一つ貸し切っている。
彼もまた、主催者の無茶振りに付き合わされた人間の一人だ。手元には利用申請書と共に、エレベーター利用予定者の顔写真がある。中には魔法少女のプロマイドのようなものまで存在している。
(誤魔化すこっちの身にもなってくれよ……)
彼は一部の人間の画像データを偽造して通行許可を事前に得られるようにしていた。当然、それでテロリストを天沼矛に入れたりしたら彼も同罪である。
「とりあえず、海京に着いたらすぐに合流出来るようにはしておくから大丈夫」
『ありがとうございます。あと、海京の地図はデータで送れませんか?』
「簡易版なら送れるよ。海京はパラミタ直下だから、衛星写真が撮れないみたいでさ。建物とか細かい部分は現地で確認してくれると助かる」
すぐロザリンドに海京の簡易マップを送る。
通信が切れると、彼はそれまでの作業に戻った。
(さて、極東新大陸研究所海京分所からの依頼の続きをしないと)
百合園女学院。
「ヘリオドールちゃん、円達から聞いたんだけど、いろいろ楽しいこと出来るんだって!」
ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)が少し前に百合園に編入したヘリオドール・アハトを缶蹴りに誘おうとしていた。
「一緒に遊ぼうね!」
「……うん、いいよ」
百合園に来てからというもの、彼女からは大分ネガティブさは抜け、稀に笑顔を浮かべるようにもなった。
かつての『悲哀』は次第に薄れつつある。
「あとさ、ヘリオドールちゃん」
次に、彼女を通してもう一人を誘おうとする。が、その当人は偶然にも近くで彼女達の話を聞いていた。
「むむ、楽しいこととは何です?」
小柄な姿がそこにあった。クリスタル・フィーアである。
「缶蹴り、って遊びだって」
首を傾げるクリスタル。
「缶を蹴る人と守る人に分かれて戦うんだよ!」
簡単に言えばそういうことになる。ミネルバが前にやった時の感じを説明した。
「クリスも来る?」
ヘリオドールが言う。
「面白そうなのです。わたくしも行くです」
クリスタルもまた、この機会だからと海京まで行くことを決めた。
「そうです。せっかくだから……」
クリスタルは携帯電話を取り出し、メールを送った。
『五機精』の他の面々に。
そして当日を迎える事になる。
* * *
海京、天沼矛前。
時刻はまだ午前の七時を回ったところだった。エミカの作ったチラシや、勝手に使ったであろうPASDのメーリングリストによれば、開始は午前九時ということである。それまでに各々準備をしておくように、という事だろう。
守備側が罠を張るのは三十分前を目処に、という注意書きもある。
「みんなー、おはよー」
「ジャスパー、よく来てたのですよー」
「面白そうだからね。みんなも来るんだし、楽しまなきゃ」
エレベーターの方から歩いてくる大人びた赤髪の少女、ジャスパー・ズィーベンを桐生 ひな(きりゅう・ひな)が出迎えた。
そのジャスパーの後ろから、跳躍してくる姿があった。
「いやっほーぅ!」
ショートカットの活発そうなその少女は、ルチル・ツェーンという。二人とも、今は蒼空学園に通う生徒だ。
「やほー、緋音っち」
「こんにちは、ルチルさん。早かったですね」
御堂 緋音(みどう・あかね)が彼女と話す。
「そりゃー、これから遊べるんだから、いてもたってもいらんないよー。あ、相手に触られずに缶を蹴ればいいんだよね?」
「そうですよ。でも、多分皆さんかなりの実力者でしょうから、気合入れていきましょう」
缶を蹴る、ただそれだけの行為ではあるが、パラミタ式ともなると容易にはいかない。ただ隠れて鬼の隙をつくだけでは足りないのだ。
そこへ、さらに二人の少女が現れた。
「マイロード、まだお怪我が……」
「……煩いわね、平気よ。内臓以外は綺麗になってるわよ」
心配そうに詰め寄るナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)を、牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)が振り払いながら少女達のもとへ歩み寄る。
彼女はとある一件で普通の人間だったなら即死してるほどの重症を負っていたのだが、今ではすっかり回復している。が、パートナーからしたら、いくら表面的には回復しているとはいえ、ろくりんピックの競技にも出てたりしているため、気が気でないのだろう。
「これで全員揃いましたね」
ロザリンドが、集まったメンバーを見渡す。十三人の女の子が集まっているともなると、華があるというものだ。
ユニフォームの者は、既に着替え済みだった。蒼空学園と百合園女学院の生徒がいるために、東西が混在している。
「まずは、下見ですね。簡単な地図でしたら用意しましたので、建物とかは回りながら記入していきましょう」
手に入れた地図は本当にアバウトなもので、重要な建物の位置が分かる程度だった。この時間を利用して、もう少しポイントを絞って見ておく必要がありそうだった。
開始まで二時間。守備が準備を始めることも考えればそれよりも短くなるが、この時間のうちに、少し急ぎ足にはなるものの下見は出来そうだ。
「建物が密集してるから、隠れる場所は多いね。缶を守るにしても、建物自体を障害物にすることも考えられるね」
桐生 円(きりゅう・まどか)が地図を見ながら、実際に見た街並みと照らし合わせていく。
下見が済んだ後、彼女達はそのまま作戦会議へと突入したのだ。
「しかし、向こうもきっと知っているでしょうから、罠を仕掛けてくるかもしれませんね」
ロザリンドが指摘する。
地の利を生かす守り方をされる可能性が一番高いのは、南と東だ。天御柱学院の生徒が守備側にいた場合、今日初めて海京に来た彼女達には分が悪い。
「あとは北か西か。先に攻めるとしたら……」
どちらも学生がほとんど近付くことのないエリアである。南と東が学生中心の街であるのに対し、北と西は社会人、とりわけ研究者や作業員が中心のものとなっているのだ。
北エリアは倉庫やコンテナ、さらには搬入物資など、敵側が守る際に武器に出来るものが多すぎる。
となれば、下手に罠を張ることが出来ず、施設が密集していない西エリアを強襲してしまうのが手っ取り早い。
もしそれも見越して守備側が西を堅めていたとしても、相手の動揺を誘う事くらいは出来そうだ。
「では、西から攻めましょう」
開始まで残り三十分。そろそろ守備側が各エリアで準備を始める頃合だ。
それが済めば、おそらく開始の合図があるだろう。
その時、彼女達の携帯電話にルール確認の文面と、参加者リストが送られて来た。
「おや、結構見知った顔も多いですね」
アルコリアが守備側の顔ぶれをチェックすると、守備側には彼女が前に参加した時と同じ人も多くいた。攻撃側もまた、同様だ。むしろ、今ここにいる面子の多くが空京での缶蹴りに参加した経験を持っている。
ならばおそらく、彼女達一団を警戒する動きが、守備側にはあるだろう。
「前よりも守りは堅いだろうね」
と、円が言う。
「大丈夫です。策は用意してあります」
ロザリンドが円に視線を送った。目が合った円には、なぜか嫌な予感しかしなかった。
とはいえ、そうなる前に缶を蹴ってしまえばいいというのもまた然りだ。
一行は細かい段取りを決めながら、西エリアへ向けて移動を開始し始めた。
しばらく話しているうちに、天沼矛の近くで雷の奔流が巻き起こった。
続いて、轟音。
時刻はちょうど午前九時。
それが、開始の合図となった。
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