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リアクション
SCENE 21
縁日を端から食べ歩き、パートナーとともに出店を全制覇目指して満喫――これが草刈 子幸(くさかり・さねたか)の予定であり、その予定はほぼ達成されつつある。
「出店で食べるご飯はまた格別美味いであります! どの店もさすがでありますな!」
なお、地球環境に優しい子幸は、マイ箸・マイ茶碗を持って出店を回っている。
「自分の場合、たこ焼きや焼きそばもおかずであります! 白い飯と味噌汁があってこそ活きるものなのであります!」
ということで、草薙 莫邪(くさなぎ・ばくや)には炊き立てご飯のおひつを、鉄草 朱曉(くろくさ・あかつき)にはあったかい味噌汁を魔法瓶に入れて持たせている。
「当然、カキ氷だっておかず、わたあめやりんごアメだって立派おかずであります!!」
かく豪語する子幸は男前すぎるのである。金魚すくいや型抜きなども踊り食いしそうな勢いではないか。
「ばっかやろう!! 子幸! いちいち叫ばなくても聞こえるんだよ! っていうかりんごアメで丼飯食らって味噌汁飲むのは気持ち悪いからやめろってんだ!」
と莫邪も叫び返していたりする。いささか苛ついているのは子幸のすさまじい悪食のためではなく、本心では子幸と二人きりで花火見物がしたいからだったりする。無論、そんなことを素直に口にできる莫邪であれば苦労はしないだろう。
一方で朱曉も同じ気持ちだ。
(「うーん、さっちゃんとじゃあ、夜空の見えるところに行ってもロマンチックにゃほど遠そうじゃのお〜。ばくやんもいるしのお」)
けれど朱曉とて諦めたわけではないのだ。できれば子幸と、いい雰囲気にもっていきたいところだ。
というわけでこの夜、三人組には微妙な三角関係が形成されているのだが、それは子幸の知らぬ所なのであった。
「よし、次はあのスムージーとか言うのを試してみたいのであります! 無論、飯と味噌汁つきで『スムージー定食』にするのであります!」
「想像するだけで胸焼けするような定食だな!! 何? ッたく、また腹減ってんのかよ……おら!」
文句を言いながらもきっちり、莫邪は子幸に白米を盛り、
「ほれほればくやん、そう怒らんと、さっちゃんと共に味噌汁飲んで落ち着こうでー」
などとマイペースな笑い声上げて、朱曉は莫邪にも子幸にも味噌汁を勧める。
「るっせえバカツキ!! 俺の辞書に『スムージー定食』なんてものはねえ!!」
「わっはっは、ばくやんは照れ屋じゃのう」
「どこをどう解釈すればそういう返事になるんだバカッ!」
大変、賑やかな三人なのである。ロマンチックは次回にお預けのようだ。
目の覚めるような蒼い髪をなびかせ、リアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)が戻ってくる。その手にはクレープの包みが二つ、自分と青島 兎(あおしま・うさぎ)の分だ。
「ごめん、環菜さんのクレープ屋ってまだまだ結構込んでて、兎ちゃん、退屈しちゃったかな?」
「そんなことないよー、買いに行ってくれてありがとうー、りあとりす〜」
兎は大きな瞳をわずかに細めて微笑んだ。彼女の手には、『カフェ・カサブランカ』でテイクアウトした二人分のカプチーノのカップがあった。両方、トールサイズだ。
「貸して。両方、僕が持つから」
「あっ……別にいいのに」
行こうよ、とリアトリスは兎を誘った。
二人きりになれる高台に。花火のよく見える場所に。
いつの間にかクランジΦ(ファイ)は、たくさんの『友達』ができていることを知った。
誰もが彼女を歓迎してくれる。浴衣を可愛いと言ってくれるし、食べ物を分けてくれる。
なぜこの人たちは親切なのか、ファイには判らない。『友達』という言葉を使う彼らの意図もわからない。それは『友軍機』あるいは『僚機』という言葉とどう違うのだろうか。彼らはあまりに非論理的だ。
(「理解……不能」)
だがその、理解できないことがファイには心地良かった。
彼女自身は気づいていないが、今、ファイの顔には、誕生以来初めての『笑み』が浮かんでいた。
これほど変貌していても、ファイがクランジであることを見抜く者はあるものだ。
「んに? あそこに居るのって……ク、クランジじゃないかな?! ほら、集団の中央にいる子!?」
屋台でたい焼きを買ったばかりのリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)は、そのたい焼きを袋ごと落としそうになった。袋の中身(三尾)を一気に口に押し込むと、ぐいぐいと七枷 陣(ななかせ・じん)、小尾田 真奈(おびた・まな)の両者の袖を引っ張るのである。
「またさっきのように、Ψのモデルになった小山内南さんと見間違えたのでは……?」
「絶対そうだよ! 髪の先がビリビリってなるもん! ボクの体が覚えてるんだ、クランジの電磁鞭を!」
真奈はたしなめるような口調をやめた。リーズが主張するからだけではない。真奈自身も『何か』を感じ取っていたからだ。確かに、あの少女には既知の恐ろしい力を感じる。
にわかに身を強張らせる二人を、
「待て待て」
と陣が止めた。リーズにはいたずらっぽく、言い加えておいた。
「仮に彼女がそうだとしても、いきなり手を出すのはルール違反やろ? 折角の祭りに暴力沙汰は御法度やし、下手すりゃ返り討ちだ。まぁ……リーズはまたツンツン頭になってもえぇかな?」
「良くないよぉ! 元に戻すの大変だったんだからさぁ……」
さすがに陣はリーダーの素質がある。場の空気を一変させ、真奈の態度も軟化させた。
でも真奈は、そっと教えておくことにした。
「ですがご主人様、リーズ様が倒れた時は物凄い勢いでお怒りになってましたよね?」
「え、いやちょっ……おい真奈っ!」
「へぇ〜陣くんそんなに怒ってたんだぁ♪ にはは、ちょっと嬉しいかも」
三者三様、なんとなくほぐれたところで、
「みんなもいるし、やっこさんも敵意はねぇだろ。だから感じよく接しようや。な?」
第一印象が肝心、と言って陣はクランジに片手を上げ、近づいて自己紹介を始めたのである。
(「また、理解不能な人間……?」)
ファイはしかし、もう彼らを受け入れる準備はできていた。
「……確かに本機はΦ。今夜、本機は任務は受けていない」
「みんなにも事情は聞いた。まあ楽しんでってや。塵殺の連中はこういう祭をせんやろ?」
ところで、と陣は自身の顎に手を当てて、
「クランジとかΦとか呼ぶのは兵器丸出しでアレやし、せめて愛称くらいつけたほうがええんとちゃうかな」
ファイはまた、理解不能なことを言われてまばたきするばかりだった。
「そうやな……ファイスって言うんはどうやろうか? それでフルネームは『ファイス・G・クルーン(Crune)』とか。クルーンとミドルネームのGはクランジのアナグラムで、ファイをファイスって変えれば少しは女の子っぽくなるんじゃね?」
軽い口調で陣は提案していたが、内心、陣にとってこれは賭けだ。このことをきっかけにクランジΦが自我に目覚め、塵殺寺院との因縁を断ち切るきっかけとなることを期待している。拒否されればそれまでのことだが……。
しかし、
「理解。本日に限り、本機は名称をファイス・G・クルーンと改める」
その提案は、受け入れられたのである。
「じゃ、改めてよろしくねファイスちゃん……って、ビリビリはダメだよ」
おっかなびっくり、リーズはファイスに握手を求めた。