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切なくて、胸が。 ~去りゆく夏に

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切なくて、胸が。 ~去りゆく夏に
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SCENE 04

 さてここに、本来この場所にいることの許されぬ二人組がある。
 日比谷 皐月(ひびや・さつき)如月 夜空(きさらぎ・よぞら)である。詳しくは本作では触れないが、二人は過去の悪行により蒼空学園を放校処分となり、ツァンダの街そのものにも進入禁止とされている。それどころか指名手配中なのだ! 間違っても蒼空学園での夏祭りに入り込めるような立場ではないし、相当な度胸がなければそんな暴挙はできないだろう。しかし彼らには、その相当な度胸があった!! ……単に怖いもの知らずなだけかもしれないが。
「帰ってきたぜ我が母校ってなー! まあ、追い出された学校を母校って呼ぶかどーかは意見の分かれるところだろーけど!」
 ゲラゲラ笑う夜空である。実は放校処分そのものはそれほど気にしていない彼女だ。
「しーっ! やばいこと大声で叫ぶんじゃねぇ! オレたち指名手配犯じゃねーか!」
 そんな夜空に引っ張られついつい来てしまった皐月は、もう初っぱなから悪い予感しかしないのだった。
「この人混みだ、いちいち人の会話なんざ聞いてるヤツぁいねぇよ。人生楽しんだ者勝ちだぜ? しょーねん」
「夜空の場合その楽しみ方が物騒だから困るんだけどな」
「お、わかってるじゃん!」
「おかげさんで……。巻き込まれるのにも、大概慣れてきたもんだ」
 皐月は皮肉に唇を歪めた。
「おっと! あれが例のクレープ屋か。デコはっけーん!」
 言うなり夜空はブラックコートを羽織った。皐月にも同様にするよう命じる。気配を消した状態で屋台に近づくも、夜空は舌打ちしていた。
「なんだあのデコ!? 妙にキャワイイ格好しやがって! 新たな客層を狙いに来たのか?」
 気配は消えているはずだが息を殺して、
「格好はともかくデコ校長め、忠犬連れてやがる。あいつああ見えて相当強ぇんだよな……」
「なんの話だよ? 祭を楽しむというのはどーなった……?」
 ちなみに夜空の言う『デコ』とは御神楽環菜のこと、『忠犬』は、そんな環菜をさりげなく護衛する影野陽太のことである。
 ま、いっか、と一言残すや、夜空は突如作戦を実行した。突撃!
「祭りの楽しみ方は人それぞれ。折角だしあたしはあたしなりに精一杯楽しむぜ……主に御神楽環菜の痴態をだがな!」
 環菜の背後に回り込み、その頭にモヒカンヅラ(喪悲漢)を乗せようとする。が!
「環菜様、危ない!!」
 元々の能力の高さに加え、環菜のこととなると超反応! 陽太が寸前でカツラを叩き落としていた!
「そこだ!」
 しかも、夜空のコートを引き剥がしその姿を晒している!
「やるな、忠犬どころか狼だったってわけか! 一応、褒めてやるぜ!」
 だが夜空とて並の覚悟でここに来たわけではない。またたく間に後方へ跳躍し、
「よしここで出番だ! 囮になれ!
 叫ぶや皐月のコートを奪ってくるまり、おまけに彼の背を踏み台にして群衆の中に跳躍! そのまま姿を消したのである!!
「え、何だよ夜空、囮になれってどういう……?」
 よろめいた皐月は如月家メイド三姉妹に包囲され、あっという間に御用となった。
 数分後。
(「オレ、悪くないのに……。完っ全に生け贄じゃねーか……」)
 環菜らの前に引き出された皐月は、自主的に土下座していた。
「久しぶりね」
 そんな彼を見下ろす環菜の口調は限りなく冷たい。ただしその判断は冷静だった。
「土下座なんてしなくていいから顔を上げなさい。どうやら今回は、明らかに相方の囮にされただけのようね。郊外まで連行して街から強制退去処分ということだけで済ませておくわ……余計なお世話かもしれないけど、友達は選んだほうがいいと思うわよ」
 それから、と、皐月が口を開くより先に環菜は告げた。
「そんなつもりはないのかもしれないけれど先に言っておきます。放校処分については、この場で申し開きしたところで解除されるものじゃないので悪しからず。そもそも、あなたたちのしでかしたことは、私の一存で決められるレベルを超えてしまっているから」
「それでは参りましょう」
 ルミーナが皐月を立ち上がらせる。手錠こそ填めるが、決して荒っぽい扱いではなかった。
 引き立てられる皐月の前で、群衆が左右二手に分かれた。その中央を引かれていく。驚き、敵意、哀れみ……幾多の視線が突き刺さった。それがたまらなくて、皐月は夜空を仰ぐ。
「本当はオレ、ひたすら平穏に暮らすのが夢なんだけどな……」
 どうしてこうなったんだろうなー、と彼は思った。