天御柱学院

リアクション

第十二章


「ねえ黒龍くん、今日は月が綺麗なんでしょ？　じゃあさ、新入生のレオンくんを誘って、お月見しようよ！」
　そう、高　漸麗（がお・じえんり）が提案したのを聞いて、天　黒龍（てぃえん・へいろん）は首を傾げる。
「お前……目が見えないはずだろう？」
「見えなくても、いーのっ。雰囲気を楽しむ事とか、大事でしょ？」
「まぁ、私は構わないが。月見……もうそんな時期か」
　時が経つのは早いものだと思いながら、レオンにメールを打つ。
『パートナーがレオンと月を見たがっている。付き合ってくれないか』
　簡潔な一文を作り、送信ボタンを押そうとした時、そういえばレオンのパートナーはどんな奴なのか、と気になった。見た事がない。
「黒龍くん？　連絡ー連絡ー」
「ああ」
　急かされて、ボタンを押す。
　レオンから返ってきた答えは、『ちょうど今日月見する予定！　ヴァイシャリーで教導団の先輩たちと！』で。
　なんだか騒がしい月見になりそうだ、という予感。
　場所を確認し合い、では向かうか、と寮を出た。

「成程、美しい月よの」
　夜空に浮かんだ銀色の月を見て、黄泉耶　大姫（よみや・おおひめ）がうっとりとした声を上げる。
「まぁ、我がマホロバの桜月夜に敵うものは無いがのう……」
　けれど、どこか残念そうに。
「姫様、今日の月じゃヤダ？」
「嫌ではないぞ。雲の無い空に浮かんだ見事な月だ。悪くは、ない」
　漸麗の声に、大姫は首を振り否定の言葉を紡ぐ。
「そっか、よかった！　姫様がちょっとは満足してくれたみたいで、僕、嬉しいな」
「なぜ妾が満足すると漸麗が喜ぶのかは知らぬが……まぁ、良い」
　見る価値がある程度には、月が綺麗だから。
「……それにしても、レオンとやらは。妾を出向かせるとは、大したものじゃのう。一体どのような奴か、興味があるぞ？」
　不敵に笑ってそう言って。
　待ち合わせの場所まで、三人で歩く。
「そうそう、お月見にはやっぱり、月餅とお酒だよねー♪」
　途中、漸麗が楽しそうに言いだした。酒、と聞いて黒龍が眉をひそめる。
「黒龍くんも成人したし、やっとお酒――」
「高漸麗。私達が良くても、レオンは恐らく未成年だ。第一学校では手に入らないだろう、茶にしておけ」
「なんじゃ？　月見酒がない月見だと？　そのような所業、花の無い花見に等しいぞ」
　なので、と大姫が取りだしたものは。
「……黄泉、貴様……」
「なんじゃ、喜ばぬか。妾が遠くマホロバより持参して参ったものじゃぞ」
「やった、お酒っ♪」
「高漸麗。お前もどうしてそんなに嬉しそうなんだ……」
「えー、だって、姫様の言うとおりだよ？　お酒がないお月見は、花のない花見と同じ」
　ねー？　と、漸麗と大姫、顔を見合わせて、ニッコリ。
　二人が相手では、黒龍が何を言っても無駄だろう。片方だけでも面倒なのだ。
「じゃが菓子は月見団子以外認めぬわっ！」
「なにぃっ！　月餅は譲らないよ！　ねぇねぇ黒龍くん、黒龍くんもそう思うよね！」
「黒龍……勿論、月見には団子よの？」
「……どちらでもいい……」
　心底面倒そうに、二人の言い合いを一蹴して。
「レオンにでも決めさせたらどうだ。ほら、あそこで手を振っているぞ？」
　おーい！　と声を張り上げながら手を振るレオンを指差して。
　さあ、月を見よう。

「パートナーの高漸麗と黄泉耶大姫だ。二人とも、彼が『例の』新入生だ」
「俺はレオン、よろしくなっ！　……で、例のって何」
　簡潔な紹介を終え。
「ところでレオン、月見には団子か？　月餅か？」
「は？　どっちも美味いし、両方だろ」
　質問は、寛大なのか馬鹿なのか、把握しかねる答えによって終わり。
「ねぇねぇレオンくん、お酒！　お酒飲もうよ！」
「マホロバから入手した酒ぞ、美味であることは妾が保証しよう」
「……酒飲みばかりで、すまない」
　酒飲みな二人は互いに酌をし合い、黒龍とレオンは茶を飲みながら月を見る。
　高台から見る月は、寮から見る月よりも、大きい。今日が十五夜だからということもあるのだろうけれど。
「綺麗な月だよな」
　レオンの言葉に、ただ頷いて茶を飲んで。
「……今日は、一人か」
「なんで？　あっちに先輩方が居るけど」
　そういう意味ではない、とため息。
　ブートキャンプの時にも思っていたのだけれど、実はレオンは馬鹿なのではないか、と思う。
　いろいろと物事を真っ直ぐ捉えすぎなのだ。
「パートナーは？」
　なので、質問の仕方を変えてやる。
「留守番」
　と、あっさり答えた。
「偶には連れ出してやったらどうだ……このように、な」
　ちらり、漸麗と大姫を見遣る。
　酒を飲んで、団子と月餅を食べて、月を見て、笑う。
「……黒龍、なんじゃその言い草は。まるで妾が手のかかる子供のような言い草じゃな」
「誰もお前が子供だとは言っていないだろう……それとも、そういう自己認識があるのか。まぁ、自覚があるなら、無知の知だな……」
「何じゃと？　我が鬼神力の露としてくれようか！」
「お、落ち着けよ。黒龍も姫さんも、なに喧嘩しそうな空気作ってんだ。今日は十五夜だぜ？　月を見る日だろ」
「おお、そうじゃ、レオン」
　それまでの怒りの気配をすぅっと収め、大姫はふいっと視線をレオンに向ける。それから、にんまりと笑んだ。悪戯っ子のようで、けれど悪戯っ子にはない艶を含んだ笑み。
「妾は美しいものが好きでのう。おぬしにひとつ聞いてみたい。
　今宵の月と妾は、どちらが美しいかの？」
「ああ、月だな。だって姫さん、顔全部出してねぇもん」
　意地悪な問いにも、レオンは即答。
　なるほど、全てを曝け出していないのに比較などできるか、といったところか。
　けれど、この素直さは……やはり、馬鹿かもしれない。
「お前……不本意かもしれないだろうが、少しは疑え……」
「え、何を？」
「言葉の裏だとか、そういうものをな……」
「？？　なんで？」
　そのやりとりのそばで、
「ね？　姫様、レオンくんは素直でしょう？」
「……うむ、正直者のようじゃの。じゃが、偽れぬ素直さは、時に愚かじゃぞ」
　漸麗と、大姫が言う。大姫は少なからず不機嫌そうだ。
「姫様だって、綺麗だよ？」
「やかましいっ。妾は団子と酒があればいいのじゃっ」
　一応は漸麗がフォローするけれど、逆効果だった。そんな大姫に苦笑しつつ、漸麗はレオンに笑いかける。
「真っ直ぐ元気で芯の強い、気持ちのいい声をしているね」
「そうかな。意識したことなかったけど。……でも、なんで声なんだ？」
「僕、目が見えないから。聞こえたもので判断するしかないんだ。
　見えなくても、わかるよ。君が素直な人だってことは。
　ねえレオンくん、どうかいつまでも、そのままの君で居てね」
　そう言って、漸麗は持ってきた筑を奏で始める。
　透明に、真っ直ぐに響く音。それでいて、静かな音。


＊...*＊*...＊


　レオン・ダンドリオンに告白したけれど、彼は喜んでくれただけ。
　それ以来、何度か誘い合わせて一緒に遊びに行ったけれど、正式なお付き合いとはまだ遠くて。
　お互いの事を、少しずつ分かり合えてきたからこそ、今日は。
　もう少し、自分の気持ちを伝えたいと天海　北斗（あまみ・ほくと）は切に思う。
　そんな北斗を、兄の天海　護（あまみ・まもる）は応援してくれるようだし。
「レオンは心のこもった手作りの料理が好きだそうだぞ？」
「料理……って、オレ、ちゃんと作ったことないよ？」
　護が教えてくれた情報に、戸惑いながらも料理本を読んだりして、練習もしたりして。
　迎えた今日は十五夜で、晴れで、月は綺麗だし。
「伝えるぞ……っ！」
　意気込んで、レオンのケータイに連絡した。

　まではよかったけど。
　レオンは同じ教導団の先輩たちとお月見をしていて、デートというわけにはいかなくて。
　団子を食べて、甘酒を飲んで、北斗は笑っているけれどもどことなく寂しそうで。
　それを陰から見ていた護は、負けるな、と心の中でエールを送る。
　兄として、弟の幸せを願わないわけにはいかない。それに今日、護がこっそりヴァイシャリーまで出向いてきたのは、二人の絆をより深く確かなものにしたくて、だ。気を使わせたくないから、北斗には内緒で、こっそりと。
　サポートしてやるつもりでいた。弟の恋が、実るように。
「レオン、レオン」
　そっと、レオンを呼び寄せて。
　くいくい、と北斗に視線を向かわせる。
　そんな護に北斗は気付いていないし、レオンは護の意図するところを気付いて。
　ワリ、という顔をしたかと思えばすぐに、行動を実行に移す。
「北斗！」
　一人で月を見ていた北斗の横に行き、二人が一緒に月を見て。
　散々練習して、作ってきた料理を食べさせたり。
　甘酒を注いでやったり、注がれたり。
　友達と言うには、仲が良い。恋人というには、一歩距離がある。
　そんな二人を、ただ護は眺める。
　そうしているうちに、北斗の顔つきが変わった。真摯なものへと。
「……なぁ、レオン」
　予行演習をしていた時とは違って、落ち着いた声。
「お……オレとさ。正式に……その。…………お付き合い、してくれたら……嬉しいな……」
　少し歯切れは悪く、言葉が止まったりもしたけれど。
　言いきった北斗に、心の中で拍手。
　レオンは困ったように月を見上げて、「友達のままじゃ、ダメか？」と言い返す。
　なぜだ、と思ったのは、北斗と同時だったのかもしれない。兄弟そろって、顔に疑問符を浮かべる。
「俺。まだ、恋とか愛とか、よくわかんないんだ。
　北斗のことは好きだぜ。好きだけど、それが『どう』好きなのか、俺自身もよくわかんないんだ。
　だから、そんな状態でお前と付き合うなんて、なんつーか……グラグラしたもんじゃ、駄目だと思うんだ。
　もっと、『好きだ！』って、ちゃんと向き合えるようにならなきゃいけないと、思うんだ」
　真面目なレオンらしい、真面目な答え。
「……オレのこと、嫌いだからってわけ、じゃ？」
　北斗は俯き気味で、そう尋ね。
「それはねーよ。もしそうなら、最初の時点で嬉しいなんて言わねーし。
　俺、北斗のこと、もっと知りたいと思うぜ。それは、好きだからだろ？　だけど、その好きが――」
　言葉を紡ぐレオンの唇に、人差し指を突き付けて。
　北斗が言葉を止めた。
「わかった。いつかオレ、レオンに『好きだ！』って言わせてみせるよ」
　悲しんでいるのかと思った弟の顔は、むしろ強気で自信に満ちていて。
「おう！　言わせてみろ！」
　と笑うレオンと、一緒に笑っていた。
　そんな二人を見て、改めて護は思う。
　幸せになれますように。
　北斗が、レオンが。
　幸福になれますように。


＊...*＊*...＊


　しっとりと話しこんでしまったので、タイミングを逃したものがある。
「忘れてたわけじゃないのよ？」
　ルカルカ・ルーはそう言って、お団子を用意した。
　これは、そう。
　お団子ロシアンルーレット。
　朝霧　垂が、エオリア・リュケインが、ダリル・カイザックが。
　アタリとハズレの団子を作って、混ぜた。
「ダリルー、中身は？　からあげとか入ってるのかー？　あれ、それってハズレなのかな？　オイラならアタリっぽいよねー」
「ネタバレな質問は禁止しまーす！」
「きゃはは、淵ちゃーん、頑張ってハズレ引いてね！」
「誰が引くか！　お前が引け！」
　騒がしくありつつも、お団子の乗ったお盆を手にしながらルカルカは笑う。
「改めてルール説明よ☆
　って言っても、ルールは一つだけ、順番に一人一個ずつお団子を食べるだけだけど……。
　というわけで、作り手さんたちからいってもらいましょうか♪」
　ずずい、お盆を差し出して。
「俺はこれにするぜ」
　垂が取る。
「では、私はこれを」
　続いてエオリアが。
「嫌な予感しかしないのは、何故だ？」
　フラグを立てながら、ダリル。
　みんなで「せーの！」と声を合わせて、食べなさいコール。三人が一口で団子を食べて――
「俺のはこし餡か……粒餡のほうが好きなんだけどなー」
「私のは……月餅餡ですね。美味しいです」
「…………」
　舌鼓を打つ垂とエオリア。そして、建てたフラグ通りに黙りこむダリル。
「……え、ダリル本当に？」
　ルカルカが問うと、
「……ハバ、ネロ……」
　口を押さえたダリルが、悪くなった顔色で言って。
　ぱたり。
「ダリル……！　お前の死は無駄にしねぇ……！！」
「死んでねぇよっ！」
　垂の芝居がかったセリフに、淵がツッコむ。
「じゃ、次は淵な。あとライゼ」
　ツッコんできたから、次はお前。とばかりに盆を差し出すと、ライゼ・エンブはノリノリで団子を選び出す。
「淵ちゃん、あーん☆　し合おうかっ♪」
「絶対、嫌だ」
「けちんぼ」
　ぶーたれつつも、一口で食べる。ライゼの顔が、すぐに笑みに変わった。
「いっちごっじゃむー。アタリだね！　淵ちゃんは？　淵ちゃんは？」
　そして楽しそうに問い、
「生キャラメル。甘すぎるだろこれ……」
　ある意味ハズレだ、と顔をしかめる、淵。
「淵ちゃん、美味しくない」
「は？」
「そこはハズレを引くべきポイントなのにー！　ずるいおかしいー」
「おかしいのはお前の思考回路だろっ、俺はハズレを引かねぇ」
　そう言い張って、盆をクマラ　カールッティケーヤとメシエ・ヒューヴェリアルに差し出した。
「ほら、次はお前ら」
「ふっふっふー、オイラはアタリを引くよ？　ラッキーボーイだからねっ」
「ふふ。ハズレを引こうと、アタリを引こうと……気高くいたいですね」
　団子を取り、食べて、
「ほーらね、おいし……なんだこれ？　げっ！？」
　クマラが引いたのは、任務紙。
　任務紙はハズレだ。書かれた任務を、実行しなければいけない。
「メシエは？」
　ハバネロ団子から復活したダリルが問うと、メシエは「ふむ」と頷き、
「粒山椒ですね」
「「「いやそれハズレ」」」
　なんでそう、平然としていられるのかと一斉にツッコミが入るが、メシエは涼しい顔のまま。
「私は言いましたよ？　ハズレを引いても、気高く居たい……」
　その言葉を裏付けるように、ハズレを引いても顔色一つ変えないと。
　さすがだ、さすがである。
　どよめきが広がる中、クマラが任務紙の内容を読み上げた。
「オイラ……えー！？　『猫耳と猫尻尾で30分奉仕』！？　なにそれー！」
「あ、ルカの書いたやつね☆　ちゃんと全部読まなきゃダメでしょ？　二人称は『御主人様』、語尾は『〜にゃん』で奉仕、よ♪」
　嬉しそうにルカルカが言って、どこからともなく猫耳と猫尻尾を出して、クマラに装着。
　不満そうだが、楽しそうでもあるので。
「こっちはこっちで、ある意味アタリか？」
「ぶー、オイラ、餡子入りのがよかった……にゃん？」
　思わずぶーたれたが、任務紙の内容を思い出し、語尾をつけてみる。
　思いのほか恥ずかしかったらしく、「うああぁ〜」とクマラが身悶えた。
「似合ってるぞ？」
　垂が笑う。
「似合ってなくてもいいよ、にゃん！」
「言えてない、言えてない」
　語尾になってないぞと笑い立てると、クマラはぶすっとした顔になる。
　それを皆で笑ってから、盆が回される。
　さて、ハズレもだいぶ減ってきた。
「ここでルカか〜、ちゃんとアタリを引かなくちゃね☆」
「いや、そのセリフ死亡フラグ」
「えっ、俺もやるのか？」
　最後に選ぶのは、ルカルカとエース・ラグランツと、それから月見をしていたレオン・ダンドリオン。一時はこの輪から離れたレオンだが、引っ張られて来てまた巻き込まれたのだ。
「いい？　みんな、選んだわね？」
「ああ、ハズレを引こうとアタリを引こうと、恨みっこなしだ」
「え、何だこれ。俺説明されてないんだけど、何だよ？」
　わかってないレオンにも団子を選ばせ、いざ！
「……うぅ。変なセリフは死亡フラグなのね〜……チョコ団子が、食べたかった……」
　口から任務紙を出して、ルカルカ。
「俺は月の女神の祝福があったようだ。白餡だな」
「え、何だよこの紙？？　え？　先輩が同じ紙？　え、落ち込んでるのはなんでだよ」
　ハズレの任務紙を引いたのは、ルカルカとレオン。
「レオン……腹をくくるのよ。紙を開いて？
　ああ、でも先輩らしく、ルカから開いた方がいいわよね」
　励ましつつ、ルカルカが紙を開くと、内容は。
「『こいのぼりを使って一時間人魚になりきりプレイ』……と、まぁ、こんな感じの指令が書かれているの。それをこなすのよ」
　説明しながらも、クマラからこいのぼりを渡されそれを履いて、ポージング。
「なるほど……じゃあ、俺の内容、は……！？」
　紙を見て、レオンは硬直した。
「何だよ読めよ？」
　ニヤニヤと、垂。
　ダリルとエオリアが覗き込んで顔を見合わせ、「……ご愁傷様」合掌。
　紙には、『教導団の金団長が水着着用時にしていたポーズをした上で、金団長の物真似をしながら「ちょうど良い所に来た。貴官に新たな任務を命じる。」と言う』と書かれていて。
「いっ、……嫌だあぁぁぁ！！」
　月がよく見える丘の上、レオンの絶叫が木霊したのだった。