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リアクション
序の十 ロリコン集結
「こ……こんな……こんな事が起こるの? 剣の花嫁が、以前の状態に戻ったら……、こんな……!」
ファーシーは、ショックを受けて震えていた。めちゃくちゃになった店内、倒れたカリン、怪我を負ったスカサハ、そして――辛そうな、朔の顔。
「ピノちゃんも、ユリさんも……みんな、おかしかった……。ひどい……。こんなことが沢山の人達に起きたら……」
車椅子をゆるゆると進め、障害物で通れなくなるぎりぎりの位置まで朔に近付く。
「朔さん……」
「……大丈夫です……」
朔は、カリンの脇に座ってその顔を見詰めながら、ファーシーに言った。
「目が覚めたら……ちゃんと、カリンと仲直りします……」
「……何だ? 下からすごい音が……!」
上の方から声がする。エスカレーターから駆け下りてきた日比谷 皐月(ひびや・さつき)は、フロアの惨状に驚いた。喫茶店から来た13人、朔達、店員の表情を見て状況が判ったのか、自分が傷ついたかのように僅かに俯く。そして、ファーシーに気付くと安堵したように表情を和らげた。しかし、その顔をすぐに引き締めると彼女に近付いていった。
「ファーシー」
「……皐月さん」
ファーシーは、痛く悲しそうに、それでいて憤りを含めた顔で皐月を見た。
「こんなのひどいよ……。仲の良かった人達が、どんどん壊れていく……。どうして? 何の為に……なんで、こんな事が出来るの? 人を苦しめて、何が楽しいの?」
初めに事件が起こってから、もう随分時間が経った。冷たい言葉を投げかけられてこのデパートを出てから彼女に何があったのかは分からない。もしかしたら、何処かで光を見つけて戻ってきたのかもしれない。
だがそれだけでは無く、ファーシーは幾つかの現場にも立ち会ったらしかった。それに因って彼女は、確かに――
「……夜空が撃たれた」
「…………!」
ファーシーは息を呑んだ。心持、顔が青ざめているような気がする。
「まさか……何か、言われ……?」
「…………」
1つ心当たりがないではなかったが、夜空の言葉は人格が変わってのものではない。純粋な、夜空の意思が発した言葉だ。
「……いいや、何も言われてない。前契約が無ければ、人格は変わらないんだ」
「そう……」
ファーシーは安心して力を抜く。夜空には以前に胸を揉まれたわけだが、だからといって被害に遭っていいわけではない。
「ただ、ひどく体調が悪いみたいで……歩くのも大変そうだった。今は、安全な場所で休んでる。でも、犯人を捕まえないと……多分、元には戻らない。避難所には、気を失ってるやつも居る」
「そんな……」
再び、ファーシーの顔が曇った。その彼女に、皐月は言う。
「オレは夜空を助けたい。でも、ファーシーの事だって放っておけねーんだ。けど、オレの掌じゃどちらもなんて救えない。だから」
――だから、彼女に、日比谷皐月の大切なものである“彼女自身”を託す。
「助けてくれ。オレの大切なものたちを守る為に」
「……え……?」
意味が判らないというように、或いは、信じられないとでもいうように。
ファーシーは、目を見開いた。
「苦しいことも、辛いことも有るかもしれない。でも」
――誰よりも彼女を救えるのは、彼女自身でしかなくて。
――オレに出来る事は、その力添えになるくらいなんだろう。
だから。
「……頼む」
目を逸らさずに、一言だけ。
「……わたしが?」
驚いた表情のまま、ファーシーは言う。
「わたしが……助けるの? わたしが……夜空さんを……みんなを……助けるの?」
フロアを見回す。圧倒的な力によって壊された、店内。縦横無尽に動いて壊された、商品達。
「犯人を……捕まえるの……? 捕まえられるの?」
人の役に立ちたかった。この身体を得るまでに、いっぱい助けられたから。いっぱい、「気持ち」をもらったから。何か出来ることがあるなら、関わりたい。協力したい。……助けたい。
そうやって、今まで頑張ってきた。だけど――
ファーシーにとって、誰かに「助けてくれ」と請われることは初めてで。
だから、戸惑った。言われた事に、違和感があった。
(わたしが……頼られてるの……?)
彼女は気付いていなかった。いつの間にか、自分で自分の限界を決めていた事に。その中で、行動を取っていた。やりたいと思ったことから、出来る事を選び取っていた。
行動自体は間違いじゃない。そうして、得手不得手が違う皆と協力していけばいい。人は1人じゃない。その為に、トモダチがいる。
だけど、限界を決めるというのは――自分を諦めるという事でもある。それに気付かないままに、ファーシーは、ただ、自分の中の何かが変わった気がしていた。
精一杯やろう。わたしに遠慮しないで。
それはみんなが言ってくれた、やりたい事をやればいい、というのに繋がる筈だから。
もう1度フロアを見回し、彼女は言う。
「……うん。わたしで良ければ、助けるよ」
そして振り向いた。
「みんな、いいよね?」
皐月は避難スペースで集まった情報をファーシーに話す。
「犯人はブラックコートを着た中年の男と赤茶色の髪をした女だった。女の方が武器のバズーカを持ってる。あの2人に聞けば、解決方法も判ると思う」
「黒いコートの2人組を探せばいいのね。分かったわ」
「ファーシー?」
エレベーターが開き、ユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)を先頭にリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)、ララ サーズデイ(らら・さーずでい)、ロゼ・『薔薇の封印書』断章(ろぜ・ばらのふういんしょだんしょう)、そして達御剣 紫音(みつるぎ・しおん)が降りてくる。ユリの瞼は閉じたままだ。
紫音は、1階フロアにいる面々を見て、言った。
「友人達には会えたみたいだな」
「うん……さっきはごめんね」
「さっきよりも明るい顔になってるどすよ。安心したんや」
綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)も、紫音の後ろからそう笑みを浮かべた。
リリが言う。
「ところで、ここで怪しいやつとか見かけなかったのだ?」
「怪しい人……って犯人? ううん、見てないわ。でも……」
ファーシーはカリンの変貌を思い出し、答える。
「もしかしたら、さっきまではいたかもしれない。……どうして?」
「いや、妙な放送があったのだ。ロリコンで剣の花嫁が迷子でどうとか……」
「ああ、そういえばそんな放送があったな。変な迷子案内だとは思ったけど」
皐月もそう言い、ファーシーは「?」と首を傾げた。
「あったかなあ……気にしてなかったのかな?」
ちなみに放送があったのは、ファーシーとフリードリヒがスカサハ達と会ったばかりの頃である。
「ユリがこの状態だから、早めに何とかしたい所だな。とにかく、まっすぐ歩いているだけのようで、私達でその都度歩く方向を調整してここまで来たが……」
「そう……」
ララの言葉に、ファーシーは夢遊病状態のユリを心配そうに見遣った。
「犯人達を捕まえないとね。黒いコートを着た2人組……。一応、どんな姿か見ておきたいわ。最近寒くなってきたし、人違いしたら悪いから」
「んー……じゃあ、1度見に行くか? デジカメ」
「うん、行きましょう!」
彼女は朔を振り返る。
「朔さんは……」
「私はここにいます。カリンの意識が戻るまで……」
「スカサハも朔様と一緒にいるであります!」
それを聞くと、ファーシーはうんと頷いた。
「スカサハさん、さっきは守ってくれてありがとう……。その腕、後で修理してあげるからね!」
「えっ!!! いや、大丈夫でありますよ! 問題無いであります!!」
――スカサハは、必死になってそれを断った。