校長室
学生たちの休日5
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★ ★ ★ 「みんな、いくよー。第二回、チョメチョメ闇鍋選手権大会〜♪ わーい、ぱふぱふぱふ、ドンドンドン」(V) 芦原 郁乃(あはら・いくの)が高らかに宣言した。カオスクッキングを入れれば第三回かもしれないが、細かいことは気にしないことにする。 「あは、あは、あはははははは……」 パチ……パチ……パチ……と、散発的にパートナーたちが引きつりながら拍手をする。 前回、日本の伝統料理だと欺されて行った闇鍋パーディーは、全員が気づいたときには病院のベッドの上だったという悲惨な結果に終わっていた。 「まさか、あれに懲りずにまた闇鍋大会を開くだなんて……、主、恐ろしい子!」 蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)が、ブルブルと身体を震わせる。 くじ引きで、出汁と味つけは昆布茶とカレーに決まった。 「カレー……カレー……」 ベースとなる具材の鶏団子を鍋に入れつつ、秋月 桃花(あきづき・とうか)が顔を強張らせた。前回、アーサー・レイス(あーさー・れいす)が配ったカレーを入れてしまったおかげでとんでもないことになったのが彼女のトラウマとなっている。さすがに蒼空学園に転校している今、同じことにはならないと信じたい。 「さあ、電気を消したらみんなで具材を入れるよ。みんな、がんばろうね」(V) そう言うと、芦原郁乃が部屋の電気を消した。ガスコンロの頼りない明かりの中、それぞれが鍋の中に何かをボトボトと投入していく。 くじ引きですでに食べる順番は決まっていた。最初は、蒼天の書マビノギオンである。 「なむなむなむ……」 お祈りをあげると、蒼天の書マビノギオンは鍋の中に箸を突き入れた。 軽い手応えで何かが箸に突き刺さる。 「いただきます!」 意を決して、蒼天の書マビノギオンがその物体にかぶりつく。 がぷっ。 大根だった。 秋月桃花が入れた物だ。 一見無難なように見えるが、しっかりと出汁を吸い込んでいる。カレー味の大根……。食べられないことはないが、とても美味しいなどとは口が裂けても言えない微妙な味である。いったい、この辛いような甘いような油っぽいようななんとも言えない味はどこからきた物なのだろうか。 「二番、芦原郁乃、いっくよー!」(V) ぐにゅっ。 何か、手応えがないというか、柔らかい。 「これは何……」 箸の先でブルブルしている白い物を、芦原郁乃は意を決して口の中に入れた。 ぱくっ。 はんぺんだった。 入れたのは、荀 灌(じゅん・かん)である。 「うっ、だめだよぉ、汁を吸う物を入れちゃあ……」 ちょっと涙目で、芦原郁乃は少し黄色に染まって数倍にふくらんだはんぺんを見つめた。蒼天の書マビノギオンが食べた大根と大差ないようにも思えるが、吸収しているカレー出汁の量が遥かに違う。むしろ、出汁のゼリーを食べているかのような錯覚にすら陥る味であった。 「さ、三番、荀灌、ま、参ります!」 さっと鍋の中に箸を入れた荀灌が何かを挟みとった。 なんだか、でろーんとしている。とはいえ、はんぺんではないようだ。 がぶり。 鯨の竜田揚だった。 入れたのは蒼天の書マビノギオンである。 だが、すでに周囲が溶けてしまい、ただの脂ぎった肉と化している。しかもカレー味。 「さ、最後ですね……。桃花、参ります」(V) これが最期にならないようにと、秋月桃花が闇鍋の中の物をつかみ取った。 なんだかぬるぬるしてつかみにくい。と言うことは鶏肉ではない……。 秋月桃花の額に、一筋の汗が光った。 「い、いただきます!」 しゃくっ。 モモ缶の桃だった。 入れたのは、芦原郁乃だ。 「し、心配ないです。大丈夫です……」(V) 桃のシロップ特有の甘さと、カレーの風味と、鍋の温かさが秋月桃花を悶絶させる。 「み、みんな、今度は生きてる……?」 「な、なんとか……」 芦原郁乃の言葉に、全員がかすれるような声で答えた。 カーテンと窓を開けて部屋の換気をしてカレー臭を外に追い出すと、やっと一同は人心地ついた。 「く、口直しを要求します!」 荀灌が手を挙げて叫んだ。 「許可します。桃花、例の物を……」 食卓に突っ伏した芦原郁乃が承認した。 「はい、ただいま」 超特急で、秋月桃花があらかじめ準備しておいた普通の鳥つくね鍋を持ってきた。 「癒しの力をここに……」 秋月桃花が祈りを捧げる。 「お、美味しい……」 涙を流さんばかりに、全員が普通の鍋をつつく。 「なぜ、これを食べる前に闇鍋なんか食べてしまったんだろう……」 蒼天の書マビノギオンは、その後ずっと素朴な疑問をいだき続けたのだった。 ★ ★ ★ 「行きますですー!」 モップを構えた広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)が、ウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(うぃるへるみーな・あいばんほー)にむかって言った。 「いつでもどうぞ!」 模擬戦用の木製の剣を構えながら、ウィルヘルミーナ・アイヴァンホーが答える。 「モップ捌きを見せるですー。そりゃーですー!」(V) 振り下ろされるモップを、ウィルヘルミーナ・アイヴァンホーが払いのけた。バランスを崩した広瀬ファイリアが少しよろける。 「はわわ……」(V) 「後先考えないで突っ込むから崩れるのですよ。もっとどっしりと構えて!」 「はいっ!」 ウィルヘルミーナ・アイヴァンホーに叱責されて、広瀬ファイリアがモップを構えなおした。 それにしても、なぜモップなのだろうか。メイドであれば分からなくもないが、ウィザードが杖や箒の代わりにモップというのは、ちょっぴりずれている気がしなくもない。 その少しずれている感覚が、ウィルヘルミーナ・アイヴァンホーにとっては不安材料だった。 シャンバラが東西に分かれ、さらに御神楽 環菜(みかぐら・かんな)前校長の暗殺などというとんでもない事態に、いつものほほんとしていた広瀬ファイリアが危機感をもって自分で自分の身ぐらい守れるようになろうと考えたのはいいことだ。ウィルヘルミーナ・アイヴァンホーとしては、どんなことがあっても広瀬ファイリアを守るつもりではあるが、絶対にいつもそばにいられるという保証はない。最悪、自分が先に倒れてしまったら、広瀬ファイリアは自分で自分の身を守らなければならなくなる。そのとき、ちゃんと戦えるようにすることは大事だった。 「もう一度、打ち込みをどうぞ」 「はいっ! フルパワーアタックですー」(V) モップを構えなおした広瀬ファイリアが、再び打ちかかってくる。 二人の日常を守りたいという共通の思いを貫くため、その日遅くまで蒼空学園の体育館でモップと木剣を打ち合う音が鳴り響き続けた。